第三十五話 強盗や殺人と何の違いがあるのか

浅井あざいも!

朝倉あさくらも!

三好みよしも!

もっと武田信玄公と毛利元就もうりもとなり公を見倣みならったらどうです?

皆を一つにできない弱く愚かな支配者ばかりだから、いつまで経っても織田信長に決定打を与えられないのだ!」


吉田屋の鋭い指摘に誰も何も返せなくなっていたが……

西村屋という屋号の男が沈黙を破った。

この男も田中屋と同様、40代半ばに見える。


「吉田屋の了以りょうい殿。

おぬしの申す通りじゃ。

実績のある筆頭家臣でさえ粛清して絶対的な権力者[独裁者のこと]へと駆け上がった東の武田家と、西の毛利家こそ……

真にいくさに強い大名であろう」


「……」

「だからこそ。

武田家と毛利家が織田信長の『敵』になれば、我らは圧倒的な優位に立つことになる」


西村屋は何と……


 ◇


これを聞いた吉田屋の了以りょういが笑い始めた。


「ははは!

何を申されるのかと思えば……

武田家と毛利家が織田信長の敵になれば、ですと?」


「うむ」

「有り得ませんな」


「なぜ有り得ないと?」

「武田家も、毛利家も、信長の『同盟』相手ではないか」


「……」

「武田信玄公の後継者となった四郎しろう勝頼かつよりに……

織田信長は、織田家中おだかちゅうで最も優れた才能を有する娘であり、なおかつ手元に置いて大切に育てた愛娘を嫁がせた。

これによって武田家と織田家の関係は『一変』したとか」


「一変とは?」

「当の勝頼本人が妻にれ込み、もはや本物の夫婦にしか見えないらしい。

ご存知ないと?」


「……」

「加えて。

川中島合戦かわなかじまかっせんで弟の信繁のぶしげを失った信玄公は……

清廉潔白せいれんけっぱく[心が清くて私欲がない人のことを指す]で実力にも秀でた高坂昌信こうさかまさのぶ山県昌景やまがたまさかげ内藤昌豊ないとうまさとよ馬場信春ばばのぶはるの4人の男を重用ちょうようするようになった。

周囲から称賛を込めて武田四天王と呼ばれた4人の優れた武将でさえ、織田信長の愛娘には一目置いていると聞く」


「……」

「武田家と織田家の絆は盤石と申す他、ない」


「……」

「もう一方。

西の毛利家も同じく……

織田信長との絆を固くしたと伝わっているが?

毛利家随一の実力の持ち主にして、山陽道さんようどう[現在の山陽新幹線、山陽本線沿い]を任された毛利元就もうりもとなり公の三男である小早川隆景こばやかわたかかげ

この男もまた、その清廉潔白せいれんけっぱくさゆえに信長の『天下布武てんかふぶ』のこころざしを強く支持しているとか」


「天下布武?」

「『天下』

つまり、この戦国乱世を……

『布武』

武士の頂点である室町幕府の秩序を回復することで、平和で安全な世に変えること」


「……」

「戦いの黒幕の武器商人たるそれがしでさえ……

信長とその愛娘のこころざしには、強い共感の念を禁じ得ない」


「……」

「それがしの申すことに間違いがあろうか?」


吉田屋の話に間違いがなければ……

武田家と毛利家が織田信長の敵になるなど、有り得ないことだ。


西村屋はどう返すつもりなのだろうか?


 ◇


「吉田屋の了以りょうい殿。

おぬしの申された通り……

武田家と毛利家が信長の敵になるなど、有り得ないことに『見える』だろうな」


「見える、とは?」

「武田家と毛利家の者全てが……


「何っ!?」

「人の持つ『欲』というものを、まだ分かっていないようじゃ」


「欲!?」

「おぬしは……

『全ての人』が、天下布武てんかふぶこころざしに共感すると思っているのか?」


「……」

「目立つ地位、あるいは権力や富を得たいと欲するあまり……

平然と他人を利用し、あやつり、だまし、あざむく欲深い愚か者も大勢いる」


「それは、もしや!

人の持つ欲を『あおって』争いを引き起こすと?」


「我らは戦いの黒幕たる武器商人ぞ?

欲深い愚か者どもをあおって争いを引き起こし、いくさへと発展させ、兵糧や武器弾薬を売りさばいて利益を得る。

これこそ戦いの黒幕たる武器商人の『真の姿』であろうが」


吉田屋の了以りょういは、これに激しく抵抗した。

「馬鹿な!

我らが平清盛たいらのきよもり公より与えられた『使命』は、そんなことではない!」


「使命?」

「銭[お金]の力で裏から日ノ本ひのもとを支配し、腐った奴らが権力を握るのを絶対に許ないことだ!

争いの種をき散らして銭を儲けるなど、『人でなし』がすることよ。

?」


「では……

我らは、どうすべきだと?」


「簡単なこと。


これには、田中屋が烈火の如く怒り始めた。

冷静であるはずの立花屋や平野屋も同じような反応を見せている。


「ふざけたことを抜かすな!

みかど[天皇のこと]を抱え、戦いの黒幕として裏から日ノ本を支配し続けたこの京の都が……

新参者の堺や、田舎大名の織田信長ごときの風下に立てと?

数百年保ってきた『都人みやこびとたる誇り』を地にとすつもりなのか!」


「都人たる誇り?

そんなもの、とっくの昔に地に堕ちていようが」


「とっくの昔?」

「いつまで『現実』から目を背けている?」


「現実とは何じゃ?」

100!」


 ◇


同じ頃。


遠江国とおとうみのくに・浜松城[現在の静岡県浜松市]では……

京の都の武器商人・茶屋四郎次郎ちゃやしろうじろうによって『戦いの黒幕たる武器商人、誕生の物語』が語られていた。

最も差別された者たちが平氏の家人けにんを経て、圧倒的なお金の力を持つ京の都の武器商人となり、裏から日本を支配したことである。


四郎次郎しろうじろうの話は続く。

「京の都の武器商人たちは……

『腐った奴らが権力を握るのを絶対に許ないこと』

この平清盛たいらきよもり公の言葉を、最初は忠実に守っていました」


明智光秀が反応した。

「どうやって忠実に守っていたと?」


「権力を握るのに相応ふさわしい人を『正しく』選んで……

兵糧や武器弾薬を支援することです」


「正しく?

何を基準に?」


「並外れて『純粋』であること」

「純粋、か」


まことに純粋な『動機』で日ノ本の民をうれいているか注意深く観察した結果……

源頼朝みなもとのよりとも公、北条義時ほうじょうよしとき公、そして足利尊氏あしかがたかうじ公が選ばれました。

この御三方おさんかたの共通点は、平和で安全な世を作りたいとのこころざしを持っていたことです」


「なるほど。

それが、並外れた純粋さの『証』なわけだな」


「ところが!

足利尊氏あしかがたかうじ公が室町幕府という新しい秩序を作り、平和で安全な世の実現が近付いた頃……」


「ん?」

「京の都の武器商人たちが、ある行動を起こします」


「ある行動?」

「お考えください。

平和で安全な世となれば、武器商人の商売はどうなるでしょうか?」


これには徳川家康が反応した。

いくさに必要な……

刀、槍、弓矢、甲冑や兵糧などが売れなくなってしまうと!」


おっしゃる通りです。

おのれの商売が先細りとなることを恐れた京の都の武器商人たちは……


「汚い方法?」

「光秀様、家康様。

天下に名だたる英雄の御二方おふたかたならば……

人の持つ『欲』というものを、十分に分かっておられましょう?」


「何っ!?

それは、つまり……

人の持つ欲をあおって争いを引き起こすということか!」


御意ぎょい

欲深い愚か者たちをあおって争いを引き起こし、いくさへと発展させ、兵糧や武器弾薬を売りさばいて利益を得ようとしたのです。

ちょうどその頃……

京の都の武器商人たちは、足利あしかが将軍家がある『悩み事』を抱えていることに目を付けていました」


「悩み事?」

「そもそも足利将軍家は、一門の筆頭であった斯波しば家、二番手の畠山はたけやま家、三番手の細川ほそかわ家を始めるとする三河みかわ武士たち、初代将軍である尊氏たかうじ公の覇業に貢献した佐々木京極ささききょうごく家、赤松あかまつ家、山名やまな家などの『有力大名』たちの支えによって存在しています」


「ああ、そういうことか。

足利将軍家は……

まつりごとに口を出してくる有力大名たちが、『邪魔』になったのであろう?」


「その通りです。

おのれの望み通りにまつりごとをしたい足利将軍家は、有力大名たちの力を『ぎ』たいと考えるようになりました」


「それを……

京の都の武器商人たちに付け込まれたと!

何と愚かな!」


「武器商人たちは、足利将軍家にこう提案します。

『我らにお任せあれ。

有力大名の中に身内争いを引き起こしてご覧に入れます』

と。

そして斯波しば家、畠山はたけやま家、赤松あかまつ家、山名やまな家などで次々と後継者争いが起こりました」


「京の都の武器商人どもは……

?」


「ご明察の通りです」

「おのれ!

何と汚いやり方を!」



【次話予告 第三十六話 応仁の乱の真相】

衝撃の真相が明かされます。

「『京の都』の武器商人の汚いやり方に反発する者たちが、『堺』の地に集結しました。

こうして京の都と手を組む西軍11万人と、堺と手を組む東軍16万人が、11年も続く泥沼の戦を始めたのです!」

と。

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