第三十四話 京都の商売敵・堺の登場
戦いの黒幕たる武器商人が誕生してから、およそ400年後。
5人の男たちが集まっている。
上京を代表する商人であり、屋号を
筆頭格らしき男が、口火を切った。
立花屋のようだ。
頭を剃り上げているため年齢がよく分からないが、見た感じは50前後だろうか。
「皆々様。
本日はここにお集まり頂き、有り難く存ずる。
我らを悩ませる
「喫緊の問題とは……
我らの商売に関わる事でしょうな?」
直ちに応えたのが吉田屋であった。
こちらは20前後と一番若いためか、気負いが現れている。
「当然のことじゃ。
あの
我らの商売は先細りを続けている」
「……」
「それだけではござらん。
「立花屋殿。
商売敵やら、大名やら……
抽象的な表現ばかりでは?
はっきり申されたらどうです?」
若い吉田屋は、白黒はっきりさせたいらしい。
「ははは。
吉田屋殿はお若いですな。
それがしが、立花屋殿に代わってはっきり申し上げましょう。
商売敵とは『
大名とは『織田信長』のこと」
両者に割って入ったのが、田中屋のようだ。
年齢は40代半ばだろうか。
京の都の武器商人たちが憎悪を向ける商売敵・堺の登場と、堺と手を組む織田信長という構図が明らかになったところで……
吉田屋は
「皆々様。
かつて、こう
『堺が織田信長に従うことなど、絶対に有り得ない』
と」
話に反応する者は誰もないようだ。
沈黙が耐えられないのか、吉田屋は更に話を続ける。
「
覚えておられませんか?」
重い沈黙が破られる気配はない。
吉田屋は苛立ちを見せ始めた。
「織田信長が
これでもまだ思い出せませんか?」
今度は吉田屋を除く面々が、苦虫を潰したような表情を見せ始めた。
田中屋が問いに答える。
「覚えているが。
それが何か?」
「その予想は……
見事に『外れ』ましたな」
「外れただと?
堺が織田信長に従うなど、誰もが予想しなかったことではないか」
「……」
「堺は、信長から過酷な要求を突き付けられていた。
2万
「自主独立を好む堺が、こんな要求を飲むはずがないと?」
「当然であろうが」
「なるほど。
それで、こう予想されていたわけですか?
『堺の武器商人どもは……
信長に一度は京の都を追われたとはいえ、なおも強大な勢力を保つ
両者が争っている間に、京の都は漁夫の利を得ようぞ』
と」
「……」
無言でいることが、吉田屋の言っていることを肯定しているのだろうか。
吉田屋は構わず続ける。
「ところが!
堺の武器商人は何と……
2万貫もの銭[お金]を差し出し、代官を置くことを受け入れました。
信長の過酷な要求を全て飲んだのです」
「……」
「ここで、一つの疑問が残ります」
「疑問!?」
「信長が、堺に対して過酷な要求を突き付けたのは『なぜ』か?」
「なぜ、だと!?
何か理由が?」
「それがしは、こう思っております。
信長は……
堺の武器商人たちに、『人を見る目』があるかどうかを試したのではないかと」
「何っ!?
それは……
我ら京の都の武器商人たちに、人を見る目がないと申したいのか!」
田中屋の表情が怒りへと変わった。
◇
一番の年長でもある立花屋は……
若者の挑発に乗らず、冷静にこう切り返す。
「吉田屋殿。
いや、屋号ではなく名前の
「……」
「おぬしもまた京の都の武器商人であろう。
「『事実』を申し上げたのみです。
なぜ、皆々様は事実から目を背けるのですか?」
「……」
「事実として。
堺の武器商人たちは、信長から様々な『特権』を与えられました。
一方!
織田信長という男を
田中屋が切り返す。
「吉田屋の
まだ信長の勝ちと決まったわけではあるまい」
「それはどういう意味です?」
「我らは
敵に『包囲』されている信長は、いつ負けてもおかしくない状況にあるではないか」
「田中屋殿。
はっきり申して……
その考えは、甘いですぞ」
「甘い、とは?」
「浅井も!
朝倉も!
三好も!
比叡山も!
所詮は『小物』ばかりではありませんか」
「小物?」
「一度は同時に攻めて信長を窮地に追い込むことはできたものの……
その後の足並みが揃わず、信長に決定打を与えることができていませんが?」
「浅井も、朝倉も、三好も……
身内では様々な『問題』を抱えている。
常に足並みを揃えることなどできまい」
「問題とは?」
「一族や家臣たちの利害が、複雑に絡み合っているのじゃ。
そんな簡単に皆を一つにすることなどできようか」
「ほう……
一族や家臣たちの利益を図らなければ、当主でも皆を一つにすることはできないと
「吉田屋の
おぬしはまだ若い。
もっと『協調性』を学ばれよ」
「は?
何を
協調性が、
今は平時でなく戦時なのですぞ!
どんな状況に置かれても、大将の命令を忠実に実行して敵へと襲い掛かることができる武将では?
違いますか?」
「……」
「実力もないくせに、利害がどうのこうのと騒いで従わない一族や家臣など邪魔なだけ。
そんな邪魔者は……
『粛清』してしまえば良いのだ!」
「粛清?
若い者は、とにかく短気でいかんのう」
「お忘れですか?
一緒に戦った同僚でさえ粛清し、鎌倉幕府の実権を握った
自らを支え続けた弟の
我らが支援した御方たちは、身内でさえ容赦なく粛清して皆を一つにした強く賢い支配者ばかりではありませんか」
「それは昔のことじゃ。
今は
「下剋上?」
「一族や家臣を大事にしなければ……
当主でさえ、その座から引き
「
「そうではないと?」
「例えば……
東では、甲斐の虎とも呼ばれた武田信玄公。
西では、中国[中国地方のこと]の
特に信玄公は、実績のある筆頭家臣でさえ粛清して絶対的な権力者[独裁者のこと]へと駆け上がられたとか。
浅井も!
朝倉も!
三好も!
もっと信玄公と元就公を
皆を一つにできない弱く愚かな支配者ばかりだから、いつまで経っても信長に決定打を与えられないのだ!」
「……」
田中屋は、何も返せなくなった。
【次話予告 第三十五話 強盗や殺人と何の違いがあるのか】
西村屋はこう言い放ちます。
「欲深い愚か者どもを煽って争いを引き起こし、戦へと発展させ、兵糧や武器弾薬を売り捌いて利益を得る。
これこそ我ら戦いの黒幕たる武器商人の、真の姿であろう」
と。
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