第三十三話 戦いの黒幕たる武器商人、誕生の物語

「木を隠すなら……

森の中に隠せ。

と」


茶屋四郎次郎ちゃやしろうじろうの言葉に、明智光秀が反応した。

「銭[お金]が『多く』ある場所に隠せということか」


「平氏が持っていた莫大な銭[お金]の行方ゆくえ……

光秀様は、その手掛かりをつかまれましたかな?」


「分かったぞ!」

疑問の答えに辿たどり着いたようだ。


「四郎次郎殿。

銭[お金]が多くある場所とは、多くの銭を『動かす』者たちのことではないか?」


「多くの銭[お金]を動かす者たち?」

答えに辿り着けない徳川家康が、2人の会話に口を挟む。


「家康殿。

答えは……

こうなる。

平氏が持っていた莫大な銭[お金]は、『商人』たちの手へと渡ったのだ」


 ◇


「商人たちですと!?

それは、どういうことです?」

家康は納得がいかないらしい。


「考えてみれば分かることだ。

そうとの貿易から得られる利権は全て、平氏一族が独占していたことになっている。

ただし!

実際に貿易や取引という『実務』を行っていたのは、平氏一族ではあるまい?」


「あ……

確かに!

実務を行っていたのは、平氏の『家人けにん[家来のこと]』たち!」


「平氏が貿易や取引で得ていた利益……

このまことの数字を知っているのは、実務を行っていた平氏の家人たちしかいないのだ」


「平氏の家人たちが『帳簿ちょうぼ[得られた利益の数字が書かれた書類のこと]の改竄かいざん[嘘の数字に変えること]』をすれば……

!」


「うむ。

それがしは……

四郎次郎殿の話を聞いて、ある『仮説』を立ててみた」


「仮説?」

「平氏の嫡流ちゃくりゅう[本家を継承する家柄のこと]にして絶対的な権力者[独裁者のこと]であった清盛きよもり公の意思、あるいは平氏の家人けにんたち自身の意思によって……

『裏の帳簿』が作られたのではないかと」


「裏の帳簿!?」

「表の帳簿には、貿易や取引によって得られた利益の『正しい』数字が書かれていた。

一方で裏の帳簿には……

実際に得られた利益より『少ない』数字が書き込まれたのだ」


「何と!?

裏の帳簿を作った上で、表と裏をすり替えたのですか!

平氏を倒した源氏に対し……

簿?」


「うむ。

この方法を使えば、莫大な銭[お金]が忽然こつぜんと姿を消すことになる」


「何と見事な銭[お金]の隠し方でしょうか!

これでは、あの源義経みなもとのよしつね公がどれだけ探しても見付からないわけですな……」


 ◇


四郎次郎が口を開く。


「いやはや、驚きました。

御二方おふたかたのご明察の通りです。

優れた後継者であった重盛しげもり公を亡くした平清盛公は……

2つのことを断行されました。

1つ目は、平氏にとって脅威となる人物をことごとく『粛清しゅくせい』すること。

ただこれは逆効果となります。

命の危険を感じた源頼朝みなもとのよりとも公が先手を打って平氏の目代もくだい[国の支配者の代理のこと]を殺し、兵を挙げたからです」


「清盛公の粛清は……

源氏が次々と反乱の狼煙のろしを上げる『呼び水[きっかけという意味]』になったと?」

家康である。


「家康殿。

清盛公は……


「なぜです?」

「重盛公は穏やかで、常に周りの空気を読む人と思われているが……

別の『一面』を持っていたらしい」


「別の一面?」

「自らの従者じゅうしゃたちが、身分の高い公家くげ[貴族のこと]の家人けにん乱暴らんぼうされたことを聞くと……

激しい怒りをあらわにした。

『立場の強き者には飼い犬のようにびへつらうくせに、立場の弱き者には平然と乱暴を働くのか?

ふざけるなっ!

薄汚い奴らめ、絶対に許しておくものか!』

とな。

何と身分の高い公家を相手に数百人の軍勢を差し向けるという、凄まじい報復を行ったのだ」


「恐ろしや……

重盛公には、決めたことを『徹底的』に実行する一面もあったのですな」


「並外れた純粋さのせるわざよ。

もし重盛公が平氏の軍勢を指揮していたら……


「光秀様のおっしゃる通りでしょう」

「四郎次郎殿。

して、2つ目は?」


「清盛公は……

貿易や取引の実務を行っていた家人けにんたちにこう命じました。

『裏の帳簿を、用意せよ』

と」


 ◇


時をさかのぼる。


清盛は……

平氏の家人けにんたちを集め、こう語り始めた。


公家くげどもが、武家ぶけを犬も同然に扱っていた頃の話じゃ。

あの頃は海賊や山賊が日ノ本ひのもと各地で跋扈ばっこ[流行しているという意味]していた。

わしは瀬戸せと内海うちうみ[瀬戸内海のこと]を荒らす海賊討伐を命じられ、『おぬしたち』を相手に死闘を続けていた」


「……」

「おぬしたちは、元々から海賊だったわけではない。

公家どもと手を組む奴らに不当に搾取さくしゅされ、生きるために止むを得ず反抗していた者たちであった。

わしはこう思ったのじゃ。

『平氏にとってまことの敵は、海賊や山賊ではない。

むしろ腐り果ててうみが出ている公家どもよ。

奴らを権力の座から引きり下ろす方法はないものか?

そういえば……

そうの国では、多くの銭[お金]を持つ者が絶大な権力を振るっていると聞く。

銭[お金]には力があるのか。

ならば!

日ノ本ひのもと宋銭そうせんを普及させようぞ!

民の生活はもっと豊かで楽しくなり、一石二鳥ではないか!

宋銭そうせんを持ち込むには……

モノを運ぶ能力に長けた者たちがどうしても必要となる。

そうか!

!』

と」


「我らは、この世で最もさげすまれた[差別されているという意味]存在でした。

それを……

清盛様が与えてくれたのです!

人の幸せのために生きることができる、という『希望』を!」


「今までよく働いてくれた」

「これまで以上に清盛様への忠義を尽くします」


「おぬしたちの忠義、まことに有り難く思っている。

しかし……」


「しかし?」

「平氏の世が続くことはあるまい。

いずれ、終末しゅうまつを迎えるだろう」


「終末!?」

重盛しげもりを失ったからじゃ!

あれほど優れた後継者はもういない。

終末という運命から、逃れることはできない」


「そんな!」

「いずれ、『英雄』の手によって平氏は滅ぶ」


「英雄……」

「おぬしたちは、その英雄と戦ってはならん。

むしろ黙って従え」


「その英雄とやらは……

どこから出てくるのでしょうか?」


「恐らく、源氏だろう」

「源氏!?」


「源氏は、日ノ本各地にいる。

武田たけだ佐竹さたけ新田にった足利あしかが石川いしかわ多田ただ土岐とき……

これらが一つになれば、平氏を『上回る』強大な勢力となる」


「いずれは源氏の世となると?」

「ただし、簡単に事は運ばないだろうな」


「なぜです?」

「公家どもが黙っていないからよ。

奴らは必ず、源氏の『弱点』を突く」


「弱点!?」

「源氏はずっと、みにくい身内争いに明け暮れていた。

『一つになる』ことができない」


「なるほど」

「公家とて、馬鹿ばかりではないぞ?

源氏の中に争いの種をいて『弱体化』させるくらいのことはできる」


「では……

公家の世へと戻ってしまうこともあると!?」


「それだけは絶対に許さん!

わしは、腐り果てた公家どもが権力の座に戻ることを断固として阻止する。

だからおぬしたちを呼んだのじゃ」


「我らにどうせよと?」

「裏の帳簿を、用意せよ。

平氏を倒した英雄に対し……

実際に得られた利益より少ない数字が書き込まれた帳簿を差し出せ。

そうすれば、莫大な銭[お金]が忽然こつぜんと姿を消す」


「き、清盛様!

我らに莫大な銭[お金]を預けるおつもりですか?」


「おぬしたちは……


「京の都の『武器商人』になれとおっしゃるので?」

「おぬしたちはそうとの貿易を一手に取り仕切り、航路という航路、街道という街道を知り尽くし、売り買いするモノを運ぶ能力にけている。

莫大な銭[お金]を持つ武器商人となれば……

『裏』から日ノ本を支配することができよう」


「裏から日ノ本を支配ですと!?」

「当然じゃ。


「確かに……

モノを運ぶ能力にけた我らならば、望む側をいくさの勝利に導くことが可能かもしれません」


「京の都に君臨する『戦いの黒幕』となれ。

そして、腐った奴らが権力を握ることを絶対に許すな!」


「清盛様。

かしこまりました。

我らは、与えられた『使命』を必ずまっとうすると誓います」


こうして最も差別された者たちは……

平氏の家人けにんを経て、圧倒的な銭[お金]の力を持つ京の都の武器商人となり、裏から日本を支配し始めた。


戦いの黒幕たる武器商人、誕生の物語である。



【次話予告 第三十四話 京都の商売敵・堺の登場】

戦いの黒幕たる武器商人が誕生してから、およそ400年後。

上京で5人の男たちが集まります。

喫緊の問題について話し合うためです。

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