第三十二話 莫大なお金の行方

そうから宋銭そうせんを買って日本全国にお金を普及させ、栄華を極めた平氏一族の中で……

周囲の空気を読める優れた人物が一人いた。

平清盛たいらのきよもりの長男・重盛しげもりである。


「『平氏でなければ人ではない』

一族の者たちが、そんな馬鹿げたことを申していただと?

何たる愚か!

我ら平氏が周りからどう思われているのか、それすらも分からないのか?

無能にもほどがあるぞ!」


こう嘆いたという。

「銭[お金]は……

我ら一族に絶大な権力と有り余る富をもたらしたが、同時に一族の者たちを腐らせて愚鈍ぐどんにならせた。

実力を磨いて世のため人のために尽くすどころか、おのれの利権をどう守るかに執着し、ひたすらみにくい姿をさらけ出している。

もはや人ではないほどに腐り果てた平氏一族こそが、人ではないのだ!」


おのれの一族の将来を、こう予言した。

「我らは大きな過ちを犯した。

銭[お金]に依存し過ぎる余り、人としてあるべき姿を失ったのだからな!

我ら平氏はいずれ……

それ相応そうおうの『報い』を受けるに相違ない。

!」


日々大きくなる心痛と比例し、重盛の身体は病魔にむしばまれていく。

結果として父の清盛よりも先に死んだ。

これでもう、空気を読める人間は誰もいない。


一方……

平氏への嫉妬と憎悪をひたすらつのらせた源氏は、ついに爆発する。

源平げんぺいの争い』である治承じしょう寿永じゅえいの乱が勃発した。


明智光秀が言った通りであった。

「銭[お金]の普及は……

日ノ本で最大の内戦を引き起こすという災いを招いたのだ」

と。


 ◇


光秀と徳川家康の会話は続く。


「幸いなことに、源氏には3人もの『英雄』がいた。

関東の武士たちの人望を集めた源頼朝みなもとのよりとも[大河ドラマの鎌倉殿の十三人では大泉洋さんが演じている]公。

倶利伽羅峠くりからとうげの戦いで平氏の大軍に勝利した源義仲みなもとのよしなか[同ドラマでは青木崇高さんが演じている]公。

その義仲よしなか公を超える戦いの天才である源義経みなもとのよしつね[同ドラマでは菅田将暉さんが演じている]公。

義経公は一ノ谷いちのたにの戦い、屋島やしまの戦い、最後は壇ノ浦だんのうらの戦いで勝利し、平氏を滅亡へと追い込んだ」


「『重盛しげもり公が平氏の軍勢を指揮していれば……

山猿やまざる[北陸と信州の武士たちのこと]や東戎あずまえびす[関東の武士たちのこと]どもに、こんな無様な敗北を続けることはなかったのじゃ!』

平氏一族は、こう嘆き悲しんだとか」


「重盛公の父である清盛きよもり公は……

平氏一族において絶対的な権力者[独裁者のこと]であったと聞く。

だからこそ『決断』が早く、誰よりも早く『改革』できた」


福原ふくはらの港[現在の神戸港]の建設に加えて瀬戸せと内海うちうみ航路[瀬戸内海航路のこと]を整備し、音戸おんどの瀬戸[現在の広島県呉市]を広げ、厳島いつくしま神社[現在の広島県廿日市市]を改修し、平氏一族だけでなく日ノ本ひのもとの民を富ますことにも成功しました。

絶対的な権力者の存在なくして、ここまで『徹底的』にはできますまい」


「うむ。

その一方で……

平氏一族そのものは、清盛公に命じられたことをただこなすだけの存在と化した。

おのれの頭で筋道を立てて考えず、ひたすら清盛公のご機嫌取りに励むだけの無能集団と成り果ててしまった」


「絶対的な権力者が率いる組織は改革こそ早いものの……

『腐る』のもまた早いということですか」


これは強みでもあり弱みでもある。

重盛公が平氏一族を率いていれば、平氏は滅ぶどころか数百年続く繁栄を手に入れたかもしれない」


「光秀殿。

それがしは、吾妻鏡あずまかがみという歴史書を何度も読みました。

今までの話を聞いて……

一つ『妙』なことがあります」


「妙なこと?」

「『源氏との最終決戦である壇ノ浦だんのうらの戦いで、平氏の敗北が濃厚となったとき……

平氏一族は、推戴すいたいしていた安徳天皇あんとくてんのうと他の皇族ともども老若男女を問わず、次々に海へと身を投げていった』

こう書かれています」


「うむ」

「しかし……


「家康殿。

肝心なモノの行方ゆくえとは?」


「光秀殿は、それをお分かりのはず。

意地が悪いですぞ?」


「……」

「平氏一族が持っているはずの、莫大な『銭[お金]』の行方のことです」


「そこに気付かれるとは見事だ。

家康殿」


「……」

「我が明智家の祖先である土岐とき家には……

ある『言い伝え』が残されていた」


「どのような?」

「土岐家は源氏一族として、源頼朝みなもとのよりとも公の弟である範頼のりより公の下で戦っていた。

壇ノ浦の戦いにも参加し、敗北を悟った平氏一族が次々に海へと身を投げていくのを目の当たりにしたのだ。

一方で水軍を率いていた義経よしつね公は、これを見て平氏一族を一人でも多く救うよう兵たちに命令を出したのだが……

同時に、信頼する部下にこう命じていたという。

『平氏の船には、あるモノが大量に積まれている。

おぬしたちで探し出せ。

と」


「あるモノとは……

平氏一族が持っているはずの、莫大な銭[お金]?」


「うむ」

「兵たちに決して悟られてはならなかったのは……

莫大な銭[お金]があることを知られたら、たちまち略奪が起こるからだと?」


「そういうことだ」

「それで、見付かったのです?」


「平氏の船を隅々まで探したようだが……

見付かることはなかったらしい」


「平氏が三種の神器じんぎの一つである草薙剣くさなぎのつるぎと一緒に海に投げ落としたのでは?」

「海の中も探したが、見付かることはなかったらしい」


吾妻鏡あずまかがみによると……

『義経公は、必死に草薙剣くさなぎのつるぎを探した』

こう書かれていましたが?」


「あくまで表向きの話よ。


「義経公がまことに探していたものは、神器ではないと!?」

「当然であろう。

神器などを取り返して、命を懸けて戦った兵たちが『喜ぶ』か?」


まことに必要な物は……

神器よりも銭[お金]だということですか」


「義経公ほどの天才でなくても、誰にだって分かる道理であろう?」

「……」


 ◇


「光秀殿。

平氏一族が持っているはずの莫大な銭[お金]が……

船にもなく、海の中にもないとすれば、一体どこへ行ったと?

まさか忽然こつぜんと消えたとおっしゃるので?」


「そうだ、家康殿。

莫大な銭[お金]は忽然と消え失せたらしい」


「そんなことなど、有り得ません!

瀬戸せと内海うちうみ[瀬戸内海のこと]にいくつかあった平氏の拠点のどこかに隠されていたのでは?」


「壇ノ浦の戦いの後……

義経公は、瀬戸せと内海うちうみ周辺でまだ生き残っている平氏一族の残党がいないかを血眼ちまなこになって探したらしい。

もちろん人ではなく莫大な銭[お金]の在処ありかを探すためにな」


「平氏一族の残党狩りの目的が、銭[お金]を探すためであったと!?」

「うむ。

あの義経公がどれだけ探しても、莫大な銭の行方はようとして分からなかったらしい。

『平氏に勝てば莫大な銭を我が物にできる!』


「光秀殿!

吾妻鏡あずまかがみにはこう書かれていました。

『平氏を滅ぼした義経公は、やがて兄の頼朝公と対立した。

義経公は後白河法皇ごしらかわほうおう[大河ドラマの鎌倉殿の十三人では西田敏行さんが演じている]から頼朝討伐の命令を得ることに成功し……

京の都の人々は皆、大義名分を得た義経公が圧倒的に有利だと思っていた。

ところが!

最終的に義経公には誰も味方せず、圧倒的に不利となって京の都から逃亡した』

と」


「当然であろう。

こういう言葉があるではないか。

『銭[お金]の切れ目が、縁の切れ目』

だと。

銭のない義経公に忠誠を誓う者など、誰もおるまい」


「そんな馬鹿な!

光秀殿。

兵たちは、ただ銭[お金]欲しさで戦っていたと!?」


「家康殿。

これをよく覚えておかれると良い。

『人は……

誰に忠誠を誓うのか?

大名か?

幕府か?

はたまた、みかどか?

いや違う!

と」


「……」


 ◇


光秀が茶屋四郎次郎ちゃやしろうじろうを見た。


「四郎次郎殿。

おぬしが、なぜ……

それがしに銭[お金]の歴史を披露するよう求めたかが気になっていた」


「……」

「おぬしは恐らく……

平氏の持っていた莫大な銭[お金]の行方を『知っている』のではないか?」


「……」

「違うか?」


「光秀様。

お見事です。

それがしの完敗にございます」


「ま、まさか!

四郎次郎殿は知っておられるのか!?」

家康はまたも驚きの声を上げた。


御二方おふたかたは、この『言葉』をご存知でしょうか?」

「言葉?」


「木を隠すなら……

森の中に隠せ。

と」



【次話予告 第三十三話 戦いの黒幕たる武器商人、誕生の物語】

明智光秀はこう言います。

「答えは……

こうなる。

平氏が持っていた莫大な銭[お金]は、『商人』たちの手へと渡ったのだ」

と。

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