第二十四話 最強の武力とは何か

武器商人は、借りたお金を返済する2つの方法を提案していた。


1つ目は、鉱山開発。

鉱山開発の技術を提供するという名目で……

大蔵長安おおくらながやすとその一党を、武田家へと送り込む。


2つ目は、次の侵略。

駿河国するがのくに遠江国とおとうみのくに[合わせて現在の静岡県]を治める今川家を侵略されては如何いかが

甲斐国かいのくに[現在の山梨県]にはない、海に面した港を我が物とするのです」

と。


ただし……

この次の侵略には、大きな壁が立ち塞がっていた。


武田家は今川家に加えて、相模国さがみのくに[現在の神奈川県]の大名・北条ほうじょう家も加えた三国さんごく同盟を結んでいる。

しかも北条家にとって今川家は兄も同然であり、侵略されるのを見て見ぬ振りをするはずがない。


北条家の当主・氏康うじやすといえば……

誰もが戦上手いくさじょうずだと認める名将だ。

氏康が率いる北条軍を敵に回すのは厄介極やっかいきわまりない。


これを重々承知している商人は、既に北条軍を封じる手を打っていたようだ。


 ◇


「信玄様。

『包囲網』を築くのです」


「包囲網?」

「北条家は武蔵国むさしのくに[現在の東京都と埼玉県]の扇谷おうぎがやつ上杉家、上野国こうずけのくに[現在の群馬県]の山内やまのうち上杉家を潰して破竹の勢いで関東を我が物にしつつありますが……

これに常陸国ひたちのくに[現在の茨城県]の佐竹さたけ家と結城ゆうき家、下野国しもつけのくに[現在の栃木県]の宇都宮うつのみや家と小山おやま家、下総国しもうさのくに[現在の房総半島]の里見さとみ家などの『弱小勢力』が必死にあらがっています」


「つまり……

?」


御意ぎょい

その中で最も『勢い』のある佐竹家とは、既に話が付いております」


 ◇


「一つ、不思議なことがある」


「何でございましょう?」

「佐竹家のことよ」


「どのような?」

「佐竹は、我ら武田と同じ源氏げんじの流れをむ名門ではあるが……

常陸国ひたちのくにの3分の1程度を治める弱小勢力に過ぎない。

この国は、鎌倉殿の十三人に加わった八田知家はったともいえ[大河ドラマの鎌倉殿の十三人では市原隼人さんが演じている]の末裔である小田おだ一族と、常陸平氏ひたちへいしの嫡流である大掾だいじょう一族があなどりがたい勢力を持っているからじゃ。

しかも、この2つの一族は北条と結んでいるらしい」


「よくご存知で」

「『弱小勢力』で、しかも周囲を敵に囲まれた佐竹が……

?」


「さすがは信玄様のご明察……

お見事です」


「そちがからんでいるのであろう?」

「それがしは……

佐竹家の当主である義重よししげ様と取引を始めました。

鉱山開発の技術に加えて、『武器』も納めさせて頂いております」


「どんな武器を?」

「鉄砲です」


「やはりそうか……」

「義重様は、大層たいそうお喜びでございました。

こう申されました。

『鉄砲は、いくさようを劇的に変えた。

ぶ厚い木の板どころか、鉄の板さえ貫通するこの威力!

木の盾を並べ、甲冑を着ていても、鉄砲から身を守ることなどできないのじゃ。

北条の大軍など恐れるに足らん』

と」


「鉄砲は、弾込めに時間が掛かるという難点こそあるが……

『最初の一発』を避けることは絶対にできない。

必ず身体のどこかに当たり、運悪く急所に命中すれば即死よ。


「人は……

おのれの力でどうしようもない相手に『恐怖』する生き物でしょう?」


「鉄砲隊へ向かって進むことの『意味』を、おのれの身をもって知った兵たちは……

恐怖を感じて突撃を躊躇ためらうようになったと聞く」


「北条家がいくら大軍をようしていても……

突撃を躊躇ためらう兵たちを抱えていては、相手を打ち倒すことなどできますまい。

安全な城の内側から狙撃そげきする相手に向かって進むことは、もっと不可能なのです」


「鉄砲は、『守る側』に圧倒的な優位をもたらしたのか」

「例え弱小勢力ばかりであったとしても……

鉄砲さえ揃えていれば、巨大勢力とさえ互角に渡り合えます。

佐竹家を通じて結城家や宇都宮家なども包囲網に加えれば、北条家に十分対抗できるでしょう」


 ◇


「そちの申していることはよく分かった。

今川家への侵略のいくさを始めると同時に、包囲網を築いて北条家を牽制しようではないか」


「お聞き届け頂き、ありがとうございます」

「ただし!

その前に、そちの存念ぞんねんを問いただしておく必要がある」


「何なりと」

「わしにこう約束したことを覚えているか?

『武田家を最強の武力を持つ大名にしてみせましょうぞ』

とな」


「覚えております」

「武器商人である以上、いろんな相手に武器を売りたい気持ちは分かる。

だがな……

申していることと、やっていることが『違う』のではないか?」


「……」

「わし以外の大名にも武力を与えているではないか。

まことに、わしに最強の武力を持たせるつもりがあるのか?」


「……」

武器商人はすぐに弁明しようとしない。


このままでは、信玄の猜疑心さいぎしんが大きくなるばかりだ。

一体どうするつもりなのだろうか?


 ◇


「信玄様。

それがしは、ずっと……

『最強の武力とは何か』を語らずにおりました」


「ん!?」

「事ここに至っては、致し方ありません。

語ることにしましょう」


信玄は驚きを隠せない。

「ちょっと待て!

最強の武力とは、鉄砲のことではないのか?」


「鉄砲は、『武力』ではありません。

ただの武器に過ぎません」


「何っ!?」


「全く意味がない?

なぜ?」


「鉄砲を撃つには『弾丸と火薬』が不可欠だからです。

弾丸と火薬が10発しかない鉄砲100ちょうと、弾丸と火薬が100発ある鉄砲10ちょう

どちらが強いでしょうか?」


「そういうことか!

鉄砲よりも、弾丸と火薬の数を揃える方がはるかに重要だと!」


「その通りです。

弾丸と火薬を作る原料は、南蛮人なんばんじん[スペイン人とポルトガル人のこと]から買うしかありません。

その貿易船は和泉国いずみのくにさかい[現在の大阪府堺市]に着いています」


「その貿易船がどれくらいの頻度で着いているかは分からんが……

弾丸と火薬の量は『限られて』おり、武器商人と『手を組む』ことをしなければ手に入らんのだな?」


「それがしをお信じください。

佐竹家には、弾丸と火薬の量をわずかしか流していません。

それがしはこう考えています。

?』

と」


「そういうことであったのか……」

「信玄様。

包囲網を築いて北条家の動きを封じた上で、おとろえた今川家を侵略し、甲斐国かいのくににはない、海に面した港を我が物とされるのです!

それがしは堺から『直接』船を回して弾丸と火薬を大量に送り届けます」


「それが実現すれば、わしは……

?」


「武田軍の鉄砲隊が持つ恐ろしいほどの『火力』は、たちまち近隣諸国へと鳴り響くことでしょう。

武田家の領地を侵略しようなどと考える愚か者は、誰一人として現れなくなるに違いありません!」


「わしは、ある者からこう聞いたことがある。

『平和は簡単に達成などできない。

強大な武力をって相手から一目置かれるか、強大な武力を持つ者の所有物に甘んじるか。

二つに一つしかない』

とな」


「それこそ『真理しんり』かと。

絶対的な権力者[独裁者のこと]である信玄様が最強の武力を持てば……

真の平和と安全が達成できると思いませんか?

まつりごとに携わる者は、信玄様がいかに不正を憎まれるかを知っています。

法を破ろうとする者、人をだまして銭[お金]を得ようとする者は、かつてそのような者たちがどのような『見せしめ』に合ったかを知っています」


まさにわしが『理想』としている国ぞ!」


「民ならば、こぞってそのような国に住みたがるものでしょう?

真の平和と安全こそが民の幸せでもあるのです」


「よし!

直ちにいくさの準備を始めよう」


 ◇


今からおよそ80年前。

日本はアメリカと戦争を始めた。


日本軍は武器の性能でアメリカ軍を上回っていたが……

弾薬が『不足』して弾数たまかずを気にしながら戦うことを与儀なくされた。


一方のアメリカ軍は弾薬が『豊富』であり、総合的に高い『火力』を出した。

火力が低い日本軍は消耗戦を強いられて劣勢となり、やがてアメリカ軍が圧倒的な優位に立った。


歴史にifはないが。

日本軍が弾薬の確保と補給を『重視』していれば、アメリカ軍はもっと苦戦を強いられたことだろう。



【次話予告 第二十五話 武器商人は味方か、それとも敵か】

太郎義信はこう言います。

「我らと前田屋は『相容れない』存在……

生き方が違う武器商人を、味方と見なすことなどできるわけがありません」

と。

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