第五話 奥羽同盟
どうしてこうなったのか、と目の前の青年二人を見ながら山形は考えを飛ばす。(どうしてもこうしても無ぇんだけど、本当は。私たちが選んだ道なんだがら、仕方ねぇか)彼女の横では、東北地方の
「……た、山形。聞いてるか?」
「え、ええ、はい。纏まったのかしら」
いつの間にか意識を飛ばしすぎていたようだ。宮城の掠れたハスキーボイスに我に帰る。相手に悟られないよう、軽く首を振って正座し直す。山形の前に座っている青年の、銀色の瞳がほんの僅か訝しげに細められたが、彼はすぐ
「では改めて」と宮城が正面の相手に左手を差し出した。
「俺達東北地方は、貴殿に同盟を申し込みたい。承諾、してくれるか」
ふぅん、と眼前の宮城の手を見て差し出された側の青年は呟く。ちらりと横に座る青年に目配せしたが、彼は「お好きに」と微笑んで囁くだけだった。同郷の反応に一度頷く。
「――ええよ。仲良うしようやないの、東北地方」
勝ち気に答えると、大阪は宮城の手を取った。
「それにしても珍しいな、自分ら東北の方から声掛けてくるなんて。近畿は近うないのに、どういう風の吹き回しやろか」
と大阪は人懐っこい笑みを浮かべながら語りかけてくる。その笑顔に自分達の腹積もりを見透かされたような気がして、ひやりとしたものが背筋を走る。だがそんな逡巡を悟られる訳にもいかず、仕方なく司令官に代わってそっと手を挙げた。
「私達東北地方だけでは、このゲームを乗り切るのも無理があるかと思いまして。
「なるほどなぁ。つまり東の勢力への対抗策を持ちたかった、と?」
依然笑顔のまま、楽しそうに大阪は続ける。そんな彼とは裏腹に、山形は内心肝を冷やしっぱなしだった。幾ら今友好的に振る舞ってもらえているとはいえ、それでも実力差は開き過ぎている。下手に機嫌を損ねでもしたらどんな被害があるかは想像に難くなかった。
自分達二人が東北地方の行先を左右していると思うと、気分は沈んでいく一方。ああもう、荷が重すぎる――
そんな彼女の不安が移ったのか、横に座る宮城は「……まぁ」と重い口を開く。
「貴殿が俺達を蔑ろにしないという確証は無い、がな……」
そう言って、白くだがかっちりとした指を組み直す。そんな空気を察したのかどうか判らないが、大阪は微笑のまま少し間を空けると「せやなぁ」と明るく声を上げた。「ほなお近づきのしるしにええ事教えたろか。あのな――」
にんまりと笑って声を顰める。兵庫が「ちょっ、大阪さん!」と慌てて制止しようとしたが、大阪はそんな彼の口を無理矢理塞いで唇に人差し指を添えた。
「自分らの手元のカウンター。その数値、
「……奪う、ですって」
突然のカミングアウト。予想だにしていなかった言葉に、冷や水を浴びせられたように背筋が冷たくなる。喉から、薄く小さく悲鳴にも似た声が洩れた。姿勢を戻し一人笑顔のままの大阪とはうって変わって、彼の横の兵庫は頭を抱えていたが。あーあ言うてもた、と噛み殺したうめき声が聞こえる。
「黙っとれって言われたやないですか……」
「あれ、そうやったかな。まぁええやろ、あいつらの思い通りにさせとくの癪やし。それにほら、フェアとちゃう」
悪戯っ子の様な表情で大阪は続ける。だが山形と宮城は、近畿二人のどこか気楽な空気に染まる余裕は欠片も無かった。(横がら掻っ攫うだなんて、ほだな事、許されるの? いいえ、気付いてさえしまえば、これが一番手っ取り早えのよね。んだけど、じゃあ、私達のしてることって……)
思いがけず、ちらりと左手首のカウンターに目をやる。その数値は相変わらず、細やかに上下を続けていた。こちらを嘲るように変動する。そんな彼女の様子を見ても、大阪の屈託のなさは変わらない。が、声のトーンは少し落とした様だった。
「何や、皆驚いてばっかりやんなぁ。いや、こんな事すら教えられへんとゲームさせられとるんか……」
「じ、じゃあ!」
襲いかかる衝撃に耐えられなくなったのか、宮城が声を荒げる。彼と大阪を隔てる低机を乗り越え、激昂の勢いのまま大阪の胸倉を掴んだ。
「それなら、俺達の闘ってる意味って何なんだ!」
「うーん……俺に言われてもなぁ……」
しかし大阪の様子はその状況でも変わらない。上半身を釣り上げられた状態でも、妙なほど冷静だった。その様子を見て宮城も我に帰ったのか、「……すまん」と彼の上着から手を離した。
「ええよ別に、その気持ちも分からへんでもないし。あのな、これは唯の俺の考えなんやけどな。一つの参考意見とだけで聞いて欲しいんやけど。
このゲームをさせる事が目的と違うて、技を出させる事が狙いなんとちゃうか、って思うねん。
かなりがばがばな設定のまま動かされとるって考えると、どうもそんな気がしてな」
技を出させる? そんな単純な、と思わなくもないが、言われてみれば意外とすんなり腑に落ちた。ならばいっそ闘わない方が好都合なのだろうか? でも――
(……でも、もう退けねぇんだ。東北は)
一通り言葉を吐くと、大阪は「こんなもんでええやろか?」とこちらの様子を伺ってくる。聞きたい事は未だ山程あったが、この辺りが潮時だろうと諦めるしかなかった。
「ええ、まぁ、はい。この後は追々考えていきま――」
山形の声を掻き消して、突然警報音が鳴り響いた。
「!」一体何処から? 外じゃない、もっと近くで幾つも鳴っている。思わず身を強張らせた兵庫と、「な、何や一体⁉︎」と叫ぶ大阪とは対照的に、宮城は素早く袖口から携帯電話を取り出す。液晶画面を机に放り投げると同時に「まずい……来るぞ!」と腰を浮かす。
数瞬間置いて、視界が揺れ始めた。卓上の湯呑みが浮き、中のお茶が跳ねる。部屋を照らしていたライトも左右に振れ、水中のように光が揺らぐ。しかし、体感では長く感じたがきっと所詮は一瞬のこと、それも直ぐに収まった。かた、かたん、と小さな音を残してまた平穏が戻ってくる。
「……良かった、思ったよりは酷くなかったな」
安堵の溜め息を一つ吐いて宮城はまた腰を下ろす。震度は三くらいだろうか? 他の地域も揺れてないと良いけれど。「……怖かった」と頭を抱えた兵庫が微かに洩らし、大阪も「びっくりしたなー」と同意した。
「こないに揺れたんは久しぶりやな……近畿の方は最近揺れること有らへんかったし。なぁ兵庫?」
「いや、まぁ……そうです、かね……」
と彼は統領に同意する。言葉の上では大阪に意識を向けている様であった。
だが、ほんの一瞬、頭を抱えていた腕の隙間からその銀色の瞳がこちらを見据えているのと目があった。先程までの交友的な雰囲気とは似ても似つかない、見定める様な眼差し。何かまずいことでもしてしまったのだろうか、まさか、
「タイミングとしては悪くなかったか。他の奴らにも連絡を入れたいから、そろそろお引き取り願えるか」
「あーなるほど。確かに。ほな何かあったら連絡せぇよ、東北地方。それなりに手助けくらいはできるやろうさかい、な!」
完全に収まり、場の雰囲気も元に戻りかけたところで宮城がそう促す。それを受けて大阪も立ち上がり、早速閉め切っていた襖に手をかけた。これでようやく会合が終わる、と山形が安堵しかけたその時。「ああ……せや」と大阪が振り返った。そこに先程までの笑みは無く、感情は一切捉えられない。
「一つだけ忠告したるわ。
東京には近付くな。
あの野郎、多分他にもよぉけ嘘吐いとるさかい。法螺ばっかや。けったいな気ぃ起こすんちゃうで。分かったな、東北地方」
どくん、と、鼓動が跳ねる。一気に部屋を満たした圧に、最早息もできない。(これが……西の巨頭。三大都市、その一角。こだな
「ほな、そろそろ退散するわ。中々楽しかったで、自分らと話すの! さ、行くで、兵庫」
「あー、はいはい。じゃあ宮城、山形、ここらで俺達は失礼するよ。今度は東北の文化も体験していきたいね、本場の芋煮とか食べてみたいな。どっちの方が美味しい?」
「ああ、そうだな……宮城県のも美味いが、やっぱり芋煮なら山形じゃないか?」
と、問いかけとともに宮城がちらとこちらを伺う。そんな事を言うなんて、と予想とは異なる答えに山形は一瞬きょとんとした。だがやはり少し嬉しいところもあり、少し頬が緩む。
「そうそう、やっぱり芋煮なら私です。何と言っても日本一大きな芋煮会ですから!」
「ふぅん……なるほどねー。じゃ次来たら食べに行ってみようかな。それとも帰りに寄ろうかな……?」
感嘆の声を上げながら兵庫も大阪の後を追って立ち上がる。せっかちな大阪はとっくの昔に部屋を出て行っていたらしく、襖の外から声が聞こえた。じゃね、と彼が完全に部屋を出て行こうとするが、そうだその前に聞きたいことがあったんだった。
「あの、兵庫さん」
「はい。何?」
「貴方は、いえ貴方に限らずなんですけど、どうして大都市の露払いなどしようと思ったんです?」
山形の問いかけに、彼は襖の引手に手をかけたまま僅かに固まった。だがそれも束の間、また貼り付けたような笑みへと戻って軽く首を傾げる。
「そうだね……山形が宮城の側にいるのと同じ理由じゃないかな? それじゃ今度こそ、お邪魔しました」
そう言い残し、彼は今度こそ完全に部屋を出て行く。ぱたん、と軽い音がして付近は静寂に包まれた。
大阪と兵庫が遠ざかったのを十分に確認してから、宮城が「はぁあーっ……」と大きく息を吐き机に倒れ込んだ。
「大丈夫?」
「ああ……緊張した……あんな大都市が来るなんて聞いてねぇよ……はぁ、山形、
「ええ、そうね。お疲れ様、
山形がぽんと軽く彼の肩を叩くと同時に、宮城、否宮城に化けていた者は「
「もう、わー、疲れだ……何だ、あの圧……それに、東京さ近づぐなって……とりあえず、うめぐいっだがな?」
「んだな……多分ばれてねぇと思うんだげども……」
気が抜けたのか、いつもより酷めの訛りで彼はそう心配する。とは言え、今更もう戻れないのだ。作戦はとっくに始まっている。(宮城と福島、大丈夫かしら)眉間を揉みながら、ダウン寸前といった様子で目を閉じている青森を何とか励ましながら、山形は同時進行で活動している筈の隣県にそっと心を配った。
「……少し、揺れたな。そちらに被害は無いか」
山形と青森がいる会合場所とはまた離れた所。そこでも青年と少女が一人づつ、別の二人組と向き合っていた。会合の形こそ似たようなものだが、場を満たす雰囲気はこちらのほうが幾らか剣呑だった。
「ええ、特には」
宮城の前に座る、年頃も性別すらよく分からない人型、東京がそう薄く微笑む。その冷静さに、腰を浮かせかけていた少女・福島も黙ったまま再び腰を下ろした。
「話が途切れましたね。申し訳ない。改めて、もう一度手を出して頂けませんか?」
丁寧すぎるとも取れる言葉に、宮城は微かな不信感を抱く。しかし東北地方
自らの隣に座る少女をちらりと盗み見る。さも腑に落ちない、といった表情で福島は腕を組んでいた。心底嫌そうである。
だが勿論(それは置いておいて)東京と、彼の隣に控える神奈川の前で、そんな弱みを見せるような真似が出来るはずもなかった。
「ああ……宜しくな、東京。関東地方。同盟成立、ということで構わないだろうか」
「はい。その認識で大丈夫です、ふふ」
どこか嬉しそうに東京は笑みを溢す。素直なようにも見えるが、宮城にはその笑顔はただひたすらに不気味に感じられた。
「何が可笑しい」
「ふふ、いえ。まさかここまで早く、どこかの地方とお近付きになれるだなんて、と思うと嬉しくなってしまい。しかも、群馬や栃木、茨城と仲の良い東北地方なら、喜びもひとしおでして。
「珍しく機嫌良いじゃん、東京。お前がそれで良いなら俺としては何も言わないよ」
暢気な雰囲気がふたりの間を満たしているようだ。(暢気……? 冗談でねぇ。隙が無さすぎる)隠し切れていない殺気を感じて福島の方を恐る恐る伺う。彼女はふたりの死角になる位置で、杖を握り締めていた。仕込み杖になっているのか、ほんの少しの隙間から刃が覗いている、気がする。
「宮城、しゃんとしていろ。……宮城で間違いないな?」
「言うな福島」
バレたら大変なんだっつの。冷や汗を流す宮城にお構いなしに、「そうだ、宮城くん、福島くん」と東京が手を鳴らした。すわ露呈したかと焦ったが、東京の笑顔を見るにそんなこともないようだ。
「ぼく達を選んでくれてありがとう。ささやかなお礼ですが、ひとつ。
大阪くんには近付かないようにしてくださいね。
何か企んでいるようですから。誰と手を組んで、何をしようというのでしょうかね。全国行脚も順調そうですが、嫌な予感がします」
「嫌な、か」
「はい。誰かに対してこんな感覚、ぼくは抱いたこと無いんですけどね。それと、ちなみに宮城くん、ご自身のカウンターは確認していますか?」
とんとん、と自らの左手首を叩くジェスチャーを見せてくる。スーツの下までぴっちりと白い手袋に包まれた東京の手首からはカウンターは目視できないが、おそらくそこでメモリは回っているのだろう。釣られて、左手首に目をやる。初めて見た時よりも、数値は僅かに減少していた。
「確認自体はしているが」
「どうですか?」
「……下がっているな」
「そうですか。ということは宮城くん、君はまだ一度も闘っていませんね?」
「!」
全くその通りの事を言い当てられ、宮城の目は僅かに見開かれる。自分では抑えたつもりだったが、研ぎ澄まされた精神の持ち主である福島は彼の動揺を嗅ぎつけたのか、こそりと囁いてくる。
「そうなのか、宮城?」
「ああ、そうだ……そもそも、あまり『敵』に遭遇することが無くてな。まだゲームが始まって一週間と経っていないから、そういうものかとも思っていたんだが。福島、お前はどうなんだ」
「ああ、まぁ、会敵すれば、それはね。然るべき手段を取っている」
東北ふたりの会話を聞きながら、東京は満足そうに数回頷いた。
「成る程成る程。福島くん、茨城から聞いていたよりも好戦的ですね。上がっているならそれで構いません。ただ……カウンターも、会敵数も、
「連……動?」「東京」
宮城が思わず東京の言葉を繰り返すのとほぼ同時に、神奈川が東京の肩に手を置いた。彼はそのまま東京の耳に唇を近付けると、一言二言囁く。
「どうしました、神奈川? ――そうですか。少し、喋り過ぎましたかね。これ以上はフェアでないですし。すみません」
「謝るくらいなら最初から話さないで欲しかったのだが……」
負担が重い。聞いてしまったから、余計に。気分の沈み様が止まる事を知らない宮城を尻目に、東京はおもむろに立ち上がった。そのゆったりとした動作一つについても、油断しているようで、隙は無い。主が動き出したのを見て、神奈川も席を立つ。
「それでは、話はひと段落したので失礼致します。この後は……何でしたっけ、神奈川?」
「町田に呼ばれてたんじゃなかったっけ?」
「そうだそうだ、それです」
雑談を交わしつつ戸を開ける。突然別れを告げられ、当惑半分、安堵半分で宮城は軽く頭を下げる。彼の頭上に、相変わらず感情の読み取れない東京の声が降りかかってきた。
「期待していますよ、東北地方。他の
夏の太陽も沈み始め、西日が差す公園に少年少女の声が響き渡る。
「
白髪で着物の少女の声と共に、黒く突起のある鉄壁がそそり立ち『敵』の攻撃を止める。
「
黒髪で狩衣の少年の声と共に、弾力のある薄い木がしなり『敵』の伸ばしてきた腕を叩き落とす。岩手県と秋田県、ふたりの完璧なコンビネーションに『敵』はじりじりと後退していく。反動で後ろに飛んでいた秋田が音も立てず着地すると、僅かに芝生が舞った。彼らが退けたのか、公園には秋田と岩手、それに『敵』以外の影は無い。
「いいね、流石は岩手。止めはどうする?」
「どうぞ、秋田。この前は譲ってもらったからね、今回は任せるよ。好きにしたまえ」
「そう? じゃあ――あっ! 宮城! 山形!」
突如秋田に振り向かれ、宮城は少し肩を揺らした。声すら掛けていないはずなのに、まさか気付くとは。弱体化した『敵』にはもう目もくれず、犬の様な笑顔で彼は宮城と、道中で合流した山形の方へと駆けてくる。片手間で『敵』の攻撃を防いでいた岩手もこちらの気配を悟った様子だ。
「2組とも、会合、終わったのかい? 首尾は?」
「……まぁまぁ、と言ったところかしら」
「そうかい。それにしては、ぼく達にしては珍しく全員揃っていないね」
「福島は茨城に呼ばれたとか何とかでまた出かけていった」
「青森は
「青森……」
気の毒そうな顔で秋田は空を仰ぐ。おれには出来ねや、と、彼はふるふると首を振った。そこで岩手は何か思い付いたのか、宮城に近付いてきて軽く彼の肩を叩く。
「宮城。折角だから、宮城が倒してみねぇか? だって、宮城、一度も『特異技』出してないだろう? カウンター、落ちたら大変だ」
無邪気な岩手の提案に、少し葛藤が生じてしまう。(それは、正直ありがてぇ……俺だって消えたくはねぇ、けど。東京の奴、連動している、と……)もしここで宮城が自分のメーターを上げに向かってしまったら、他の東北達の数値が下がってしまうかもしれない。ゲームの終わりが遠のいてしまうかもしれない。それだけは、宮城の許せる事では無かった。
「……いや、それは……構わない。秋田と岩手でここまで削ったんだろ?」
「んー、まぁねー。でも、早くしてくれねと、そろそろ抑えるのも――っと⁉︎」
ばづんっ、と嫌な音を立てて封印が解かれる。一足早く異変に気付いていた秋田は包丁にも似たガンブレードを構え直すと、『敵』に向かって一歩踏み込んだ。
「っ、やっべ、
右手で武器を握りしめながら左手を添え、大きく振りかぶる。皮を削いでいく様に刀を振るうと、『敵』は破片となって剥がれ霧散してゆく。だがやはり近付きすぎたのか、次第に防戦する回数の方が増えていた。避け切れなかった『敵』の腕が秋田の頬を掠め、僅かに赤い血が舞う。流石に分が悪いと感じ、秋田は再び跳躍して一度退いた。
「秋田、大丈夫かい⁉︎ 嗚呼、折角綺麗な顔なのに……」
「ねぇ岩手そこ?」
下がってきた秋田を庇う様に、山形がクロスボウを構えて少し前に出る。秋田に気を取られている今が好機だと感じ取ったのか、『敵』は山形に向けて軌道を変えた。大きく広がると、東北勢をそのまま呑み込まんとして空を覆い尽くす。夜の帳が降りた、そんな幻の様だった。(『敵』が、攻勢に回ってしまった……迷わなければ良かった、か)「――山形、退け」東北に仇なそうとする、それだけで宮城には十分だった。東北地方
「
最後の言葉は、五月雨式に響く銃声によって掻き消された。暗闇の中で、銃口からの火花だけが星の様に瞬く。硝煙の匂いが辺りを包み、直ぐに風が起こる。宮城の首に巻かれていたマフラーがその風に流され、僅かに傷痕が覗く。かつて夜襲の仙台師団の異名を取り、日露戦争を戦った将兵達の幻がそこにあった。煙が全て払われてしまうと、眼前を覆い尽くしていた筈の『敵』は銃痕塗れとなって崩れていく所だった。遮られていた西日が再び差し込み、公園内を珊瑚色に染め戻す。
「……派手ね」
「伊達と言え、伊達と」
山形がゆっくりと宮城に近付き、解けかけていたマフラーを巻き直す。彼女はマフラーに目を落としたまま、「何を聞いてきたの?」と宮城に問いかけた。
「……」
「誤魔化さないで頂戴。隠し事は無しよ。黙ったって分かるわ、貴方は嘘が下手だもの。
「あったねそんな事」
「君も斬ったろう、秋田?」
斬った(しかも秋田の場合、斬られたのは宮城の人間である)。
「私もね、」と山形は続ける。その紅色の瞳は、未だ宮城の方を見ない。
「聞いたのよ。大阪から。カウンターの数値は奪えるの」
「……そうか」薄々予想は付いていた。他県と連動しているというならそれが一番手っ取り早い。ちまちまと『敵』を潰さなくたって、自分は優れていると、一番確実に示すことができる。
「奪う⁉︎ そんな事、許されるのかい⁉︎」
叫びながら岩手が勢いよく立ち上がった。人情的な彼女らしい怒りを見せて、宮城と山形に大股で近付こうとする。そんな岩手の着物の袖を、秋田は白い指で掴んだ。
「何故止めるのかね、秋田! それとも、君は――」
「赦されると思ってらよ、おれは。でなきゃ、どうやって立ち向かえっていうの? 抗え、って事だべ」
日ももう沈みかけなのか、段々と公園内が暗くなっていく。秋田の長い前髪が、彼の整った顔に翳を落とした。
「無理だよ、おれ達の人口流出率じゃ。自然増加とか望むべくもねぇ。綺麗事で何が解決するの? ……分かっでら、でもさ、自分が生き残る為だもん。悪ぃね、150年前から思考変わってねくてさ」
形の良い眉を歪めて肩を竦める。あの時の顔と同じだ、と宮城は思った。必死に涙を堪えながら、しかし絶対に自分の意見を曲げようとはしない顔。
「落ち着いて。岩手、でも、分かっているでしょう。だから、私達、
二人の手を取って、山形は小首を傾げる。どこか拗ねた様な表情で、「……そうだったね」と岩手は俯いた。
「その通りだ。間違いない」
宮城が呟くと、三人が揃ってこちらを見た。夕闇の中で宝石の如く閃く三対の瞳。縋る様な視線を一心に受けた時、宮城の心は固まった。(ああ、やはり、護らなくては。東北地方
「東京」
「どうしました?」
「今日本当に上機嫌だよね、珍しい。何があったんだ?」
「そうですねぇ――そろそろ、蒔いた種が芽吹く頃かと思いましてね」
「種、ね?」
「はい。ぼくが芽吹かせた以上、しっかり水はやるつもりですよ。だって、単調なゲームじゃつまらないでしょう?」
「……ま、そりゃそうだ。何事もちょっと混ぜてやらねぇと沈澱するし。俺は別に、お前が何をしようとも構わないよ。支えるだけだ」
「ええ。期待していますよ」
列島回游 かやぶき @thatched
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