第四話 四国連合

「納得いきませんっ!!!」


テーブルが力任せに叩かれる音と元に、そんな罵声が部屋に響く。置いてあったペンや缶コーヒーが衝撃で跳ね上がり、床に落ちて乾いた音を立てた。声の主は、銀髪を二つに分けて結んでいる少女・徳島県。「ち、ちょっと落ち着きなって……」と隣の少年・香川が宥めようとするが、彼女は伸ばされた手を乱暴に叩き払った。


「これが落ち着いてられるって言うの!? いいよね、あんたと媛姉には利点しか無いけんね! 大体媛姉も媛姉じゃ、指揮者リーダーだってのに独断で動いて! ともかく――」

一度言葉を切ると、もう一度四国の面々を睨みつけて徳島は声を張り上げた。



「ワタシはっ! には断固反対ですっ!!」



時は数時間前に遡る。

何故かずぶ濡れになって四国に帰ってきた愛媛は、戻ってくるなり四国地方の面々を呼びつけた。が、当然別々の場所に居たため駆けつけるだけで大変である。

そんな折、何の前触れもなく伝えられた中国地方との同盟協定。愛媛曰く『相談しても纏まらない事は必至なので先に決めさせていただきました』とのことだったが、それがどちらかと言えば近畿地方と繋がりの深い徳島の逆鱗に触れた、らしかった。



そして今に至る。

「……何で」

「何でも何もありますか」相変わらずの冷たい声で徳島は続ける。

「中国地方と提携したって、どうせ分裂するのは目に見えてます。こんな脆弱な地方が割れたところで、何がどう出来るって言うのやら。折角一度纏まったというのに……」

幾度目になるか分からない溜め息を吐くと、次は擦り込むようにして彼女は言った。


「組んだところで、メリットが有るのは大都市のみ。そりゃ媛姉は良いでしょ、人口多いもの。香川だって、岡山さんと繋がっているんでしょう? 発展できて良いよね、中国地方と同盟結べたなら。だけどワタシは違う。兵庫さんも大阪さんも便宜は図ってくださるけど、これ以上繋がりが薄くなってしまったらこんな小規模県にはどうしようもできない。どうしてもと言うのなら、ワタシは四国連合から離れます」

啖呵を切った徳島に、愛媛と香川は何か言い返す事すらできない。そんな沈黙の間を縫って、これまで黙り通しだった高知が「……俺も」と呟いた。


「悪ぃが俺もそれには納得出来ん。俺は中国地方どころか本州の誰とも繋がっちょらんき、利点が無い。そんな状態で四県全部で協力出来るかと言われるとな……」

「でも――」「まぁ待て」

何か言い返そうとして口を開いた香川の言葉を遮り、高知はもう一度語り始めた。

「それに何より、


 今の時代、もうどこかと同盟を組むのは難しいだろうと思う。


……理由、知りたいか?」

「そりゃあ、わたしは一応言ってほしいかな……」

愛媛の返事を聞いて、そうか、と彼は崩していた姿勢を正す。少し目に掛かっていた紅色の髪を掻き上げると、何かを思い出すように眉間に皺を寄せる。一度大きな溜め息を吐くと、ぽつぽつと言葉を吐き出し始めた。




『ちょっと相談したい事があるんだ。今から来てくれないかな、“土佐”』

数日前、腕のカウンターを眺めながらぼんやりと考えていた高知に、山口からそう電話がかかってきた。彼が高知のことを“土佐”と呼ぶ時は決まって『あの時』関連の事なので少し身構える。

が、旧友からの呼び出しを無視する訳にもいかず、渋々高知は中国地方へと出かけていった。


「ごめんね高知、急に呼び付けたりして。こちら、島根と鳥取です。って、知ってるか」

しかし、本州に上陸した彼を待っていたのは山口だけでは無かった。

山口の後ろには、長い緑髪を太く三つ編みにして書生のような袴を着た青年の島根ともう一人、白髪で片目が隠れているが他はかっちりとした格好をした鳥取がいた。普段は滅多に人前に出ることのない二人が山口に着いてきている。その特異な状況に高知は少し身構えた。

「何じゃあ、山陰まで珍しい……おまんら滅多に出てこんのに」

「ちょっと、な。着いてきて欲しい」

ついつい、と島根が手招きをする。相も変わらず鳥取は一言も声を発さない。訳の分からないまま高知には彼らの後ろを歩くことしかできなかった。


「おい山口、俺を呼んだのはおまんじゃろ。何でこいつらがいるんじゃ」

「ぼくが高知に見せたいもののね、封印を任せてるんだよ。だから一応話は通しておこうと思ってね」

前を行く山陰に聞こえないように小声になって耳打ちをするが、山口は意に介さない様子だった。何を言っているのか、高知にはさっぱり分からない。そうこうしているうちに、山陰の足が止まったのが見えた。


おいで、と手招きを繰り返しながら島根が入っていったのは、古ぼけて今にも崩れそうな廃神社。そう大きくはないが、戸を閉め切っているので神殿の中は真っ暗だった。高知が部屋内に入ったのを見て、山口は後ろ手に扉を閉める。闇に漸く目が慣れてきたとき、視界に入ったものを見て高知は小さく息を呑んだ。



闇に満たされた室内。

奥の柱に、人影が磔にされ跪いていた。



「う、わ……思ったよりしっかり封じてあるね……」

流石の山口も驚愕の声を洩らすが、島根は軽く頷くだけだった。何も言えないでいる高知に近づくと「言っておくが、」と呟く。

「“あれ”は人間でもなければ、俺たちみたいに土地でも概念でもない。江戸のが言うところの『敵』だ」

「『敵』……」

「ああ。それっぽい形を取ってはいるがな。この間捕らえた」


何事も無いように淡々と告げる。(捕らえるとか……そがな事出来るんか? 倒すしかないからあいつは『敵』と呼んだんやないんか? 何なんじゃ、一体……始まってからずっと、訳の分からんことばっかり)高知が考えている間に、山口はつかつかと『敵』との間合いを詰める。

ただ、『敵』とは言っても、それはやっぱりどう見ても同じ存在の様に見えた。烏の濡れ羽のような黒髪に、古傷の刻まれていない所がないほどぼろぼろの体躯。所々が赤黒く染まった時代錯誤の袴を着たその少女に、高知は見覚えがあった。だが、山口は彼よりも深く彼女のことを知っているだろう。彼女は――



「久しぶりだね、“会津”」



確かに山口は『敵』に向かってそう言った。敢えて旧敵の名を呼んだ。その声に反応して『敵』は、否、会津はゆっくりと顔を起こす。彼女の口元が歪むのが見えた。

「何が久しぶりだ――調子に乗りやがって」

百数十年振りに聞く声は、あの時と全く同じ、変わっていなかった。

「うん、ごめん。気に障ったなら謝るよ。でもそろそろ許して貰えると嬉しいかな。きみの妹さんとの確執は残しておきたくないしね。そう思うでしょ、『残留思念』」


闇に溶ける彼の声は、周りの暗さと相まって聞く者の体感温度を下げていく感じがした。その状況を黙って見ているしか出来なかった高知と、山口の大きな目が合う。辛うじて分かるくらいで彼は手招きをした。気づいて我に帰ると、高知も彼女に近づいてゆく。


「……何か用か」

「どう会津、こいつのこと覚えてるでしょ、土佐だよ。だから話聞いてくれないかな。あいつに偉そうに言ったんだもん、ぼくも向き合わなくちゃならないのかな」

高知の呼び掛けを無視して山口は話を進める。顔を上げた彼女の目が自分の目線と合った。やはり福島と似ているな、と呑気に思った。

だが、今更どんな顔をして接すれば良いというのだろうか。あの戦争は、あの分断は間違いなく自分にも責任がある。なのに何もなかった様にのうのうと対面しろと? それこそ馬鹿げている。こんな思考に貶める事が、『敵』の、否『残留思念』の思惑なのだろうか――


しかしそんな考えが降りてきたのも一瞬のこと。彼女の「断る」という鋭い声に意識が戻される。

「はは、私が『敵』に見えるか。唯の『残留思念』だと感じるか。相も変わらず愚かだな、長州、それに土佐。どうして私が本物の“会津”だとは思わないんだ? 今も昔も、自分達に都合の良い事しか観ていないんだな。ふっ、あはは……断言してやる。



都道府県お前達過去の記憶私達に向き合わなければ、このゲームを終わる事が出来ない。



だから何度でも言う、お前如きの肩入れなんか、例えもう一度消えたとてしてやるものか」

「……残念。振られちゃった」

彼女の言葉を聞き終えた山口が呟くのと、ほぼ同時に目前で霧が散った、様に見えた。違う、飛んだのは彼女の首だ。今まで一言も発さなかった鳥取が、武器として取り出していた大鋏で掻き切ったのだ。やはり本質は『敵』と呼ばれるものだったのか、胴体の方も同じように霧散して消えてゆく。


「失礼致しました、山口様。しかしこのまま続けると、貴方様にとって、いえ中国地方にとって大きな損害に成るかと思いまして――」

「ううん、あれくらいが潮時でしょ。ありがと」

どこか残念そうに、しかしもう興味は無くしたのか山口は踵を返す。淡白に去ろうとする彼の手首を、高知はどうにか掴んだ。


「ち、ちょっと待ておまん何じゃあ今の!」

「何って……言ったでしょ、きみに見せたいものがあるって。でもあんまり収穫は無かったかな?」

やっぱり偽物じゃあ駄目だったか、福島に聞きたいなぁ、と小首を傾げる山口。余りにも飄々としたその態度に思わず声を荒げてしまった。


「そんな事を聞いちょるんじゃない! おまん――」

「九州地方に呼ばれた。そこでゲームの不可解さを知った。中国地方として出掛けた。そこでこのゲームの裏を悟った。ゲームに蔓延る、この違和感は何なんだ? 食い違う面が生まれているのはどうして? 東京はこの日本列島を変えようとしている。ならぼく長州が動くのは当然のことだ。違う?」

強い言葉に押さえつけられる。高知が言葉に詰まった隙を突いて、彼はさらに畳み掛けてきた。手が差し伸べられる気配が暗闇の中からでも伝わってくる。


「もしも同意してくれるのであれば、この手を取ってくれませんか、土佐。否“高知県”」

あの時とは逆、今度は握手を求められる側になってしまったようだ。その躊躇いがそうさせたのか、山口の大きな目に囚われるような錯覚を覚えた。




自身が経験した事をそこまで語り終えたところで、高知は一度口を閉じた。慣れない語り部を担当したので、やっぱり疲れた、と思う。

「……それで?」

「それでも何も。俺がここに居るっつうことは、そう言う事だろうよ。その場で断ってきた」

「そうなの……どうしよう、食い違っちゃった」

勿体ない事したなぁ、と愛媛はぐったり脱力する。また駆け出しの悪い性格が出たと落ち込んでいる様だった(存分に反省してくれ。自覚が生まれる分マシじゃけど)。

そんな彼女に追い討ちをかけるかのように、徳島は「やけん言ったでしょう」と声を浴びせた。だが高知の話を聞いているうちに毒気を抜かれたのか、その声は先程よりは幾分か穏やかだった。それでもその言葉が刺さってがっくりと肩を落とした愛媛を、香川は仕方なさそうに慰める。

「しょうがないよ媛姉ちゃん。まさか高兄ちゃんも行ってるなんて思わないじゃん。仕方ないよ纏まんないの、四国なんやけん」

半分笑い、半分皮肉混じりの言葉を愛媛にかける。だが彼女はそんな慰め程度では気分が戻らないようだった。


「仕方ないって何よー……またあなた達はすぐ諦めて……それだから人口百万切るんでしょ!」

「「か、関係ないじゃろ!」」

高知と徳島の声が綺麗に重なった。痛いところを突かれたのか香川も口を閉じてしまう。

「関係なくないっ! 不甲斐ない兄と弟妹で愛媛は恥ずかしいわ! そんな事だったら四国No.1の座も貰っていくけんね!」

「はぁ⁉︎ 四国一は俺じゃ! 薩長土肥を舐めんなよ!」「ワタシですって。一番京阪神に近いのはうちです!」「え、僕でしょ⁉︎ 物流の要は誰だと思ってんの⁉︎」「うっさいうどん!」「何やって阿波踊り狂! すだちかかぼすか分からんもん作りおって!」


先程までのシリアスな雰囲気は何処へやら、ただの泥試合である。この切り替えの速さ、割り切りの淡白さも四国彼らの長所だと言えば聞こえは良いが……


会議が会議の体を成さなくなったところで、堪忍袋の尾が切れたのか愛媛は遂に怒鳴り声を上げた。

「あぁあああぁあもうーっ! そんなに言うなら好きにしたら⁉︎ わたしは広島さんと手を組むから、こうお兄ちゃんもかがもとくも四国を出て勝手に生きれば良いんじゃない⁉︎ こうなったら四国連合、分解よっ!」


怒りに任せて彼女はテーブルを蹴り倒す。机の上にあった文房具や缶コーヒーが床に落ちて派手な音を立てた。がしゃがしゃん、がん、どさどたどたっ、と音は長く感じられた。

長い? 落ちるなんて所詮一瞬のはずなのに? と疑問が生まれる。違う、これは落下の音だけじゃなくて……室外からも聞こえる。『何か』がこちらに駆けてくる音――「おまんら! 構えろ!」何も言わないよりはましだと高知は後ろの四国勢に向かって声を張り上げた。彼らも異変は感じていたのか、椅子を蹴って席を立とうとする。



間に合ったかは分からない。

その瞬間、締め切っていたはずのドアが何者かに蹴破られた。



否、何者かじゃない。何が入ってくるかなんて薄々予想は付いていた。『敵』が、空っぽになった枠を超えて侵入してくる。

ただ、それは本州で見たものと同じような人型をしているように高知には見えた。顔の部分は靄が掛かったように暗く空っぽだが、数人、いや数十人と形を成して雪崩れ込んでくるその様子は妙に人間臭かった。『敵』は古臭い軍服に身を包み、頭には鉢巻き、手には銃剣を構えている。


あいつと同じ、と高知は思った。山口が見せてきた“彼女”によく似た雰囲気。きっと彼女の土地に生きていた者たちを基盤としているのだろう。

(偉そうに論を垂れたところで、俺も結局は、過去に囚われたままなのか。罪悪感という柵に――)「何ぼおっとしとるの高兄ちゃん! こっち!」香川に腕を強く引かれ、漸くのこと我に帰る。彼に目を向けると、もうその手には武器として取り出した大針が数本握られていた。


「もう嫌〜! 今日本当についてない! 広島さんとこでも襲われるし……! 会議室はどうせもう使い物にならないし……最悪よ! 召喚コール、『柑橘類』!」「雑な括りやな……」

愛媛は怒りに任せて召喚した蜜柑や伊予柑、ポンカンなどを野球選手よろしくぶん投げる。流石は野球王国、コントロールは抜群だった。投擲された柑橘は狙い過たず『敵』の顔面を撃ち抜く。


「媛姉ちゃんだけに良い顔させとく訳にはいかないし、ね――召喚コール、『オリーブオイル』!」「召喚コール、『鳴門の渦潮』」

それでもなお乗り越えてこようとする『敵』の隊に、香川と徳島が立ち向かう。香川の召喚したオリーブオイルは突っ込んでくる軍団を滑らせ、バランスを崩したところを渦潮が襲う。水が巻き上がると、その中で『敵』は押し潰され霧散していった。


「えっぐいな……」

「高兄も手伝ってよ、数多いんやけん。カウンター回せなくてもいいの?」

「いや、そうじゃなくて……ちょっと……」

用があるなら早く言え、とばかりに徳島は眉を寄せる。彼女の爪は、いつでも攻撃に移れるように鋭く砥がれ構えられていた。

「あれ、人型しちゅうがやろ? やき、やっぱちょっと躊躇して……」「はぁ? 何言いよるの?」

高知の答えに徳島は驚きと困惑が混じった声を上げた。彼の出した理由が意外だったのか、愛媛と香川も虚を突かれたように振り返る。え、とその三人のリアクションに余計戸惑う高知に、徳島は彼が予想だにしていなかった事を言い放った。



「人型なんかしてないけど……? ただの黒い靄じゃない。高兄、何が見えてるの?」



「は……?」

思わず喉から声が洩れた。人型をしていない? 嘘だ、だって軍刀を構えているじゃないか。隊列を成しているじゃないか。お前たちこそ、何を見ているんだ。そう言いそうになるのをどうにかして堪える。

「徳の言う通りでしょ。遠慮なんか要らない。そうじゃないの?」

そう無邪気に小首を傾げる香川。愛媛も同じような表情をしているのが分かり、背中に寒気が走る。もしかしたら、これは自分の目がおかしいのだろうか。


「こうお兄ちゃんも、かぁ……。広島さんも同じような事言ってたしなぁ……最近、どうも変だよ」

『敵』の攻撃を受け流しながら愛媛は小さく呟く。確かに、この頃は理屈に合わない事ばかりが起こっているような気がする。ゲーム用の的であるはずの『敵』が積極的に襲ってくるところも、旧国として現れるところも、自分達の記憶をほじくり返すように出現するのも。


心底くだらない、そう思った。(こんな事をして一体何の解決になるんじゃ……東京。本当に訳の分からない奴。おまんの思い通りになどなってやるものか)気合いを入れ直すため一度自分の頬を張ると、高知は軍隊に向き合った。

「っしゃ――やってやらぁ! 俺はあいつらとは違う、囚われてやるものか! 行け、召喚コール『土佐犬』!」

「うわっ、凄……って高兄ちゃん! 僕巻き込まないでよ!」「ワタシもいるんですけど⁉︎」

豪快に飛び出した数匹の大型犬は、敵味方関係なく飛びかかってゆく。そのうちの二匹ほどは前方にいた香川と徳島に向かっていったようだった。二人の怒声混じりの悲鳴が響く。


「あー悪い悪い。どうだ、効いたか?」

「うーん、あんまり芳しくないみたい。というか撃っても後から後から湧いてきて……」

舌打ち混じりに愛媛は外れた扉の方を指す。確かに彼女の言う通り、侵入してくる数は止まるところを知らない様だった。そう扉の方を眺めていると、「こ、高兄ちゃん! 媛姉ちゃん! 窓!」と香川の叫び声が聞こえた。その声に思わずそちらを見ると、『敵』が窓ガラスに罅を入れて割ろうとしているところだった。


「嘘だろ……ここ四階だぞ⁉︎」

「ど、どうしよう……雪崩れ込んできます!」

徳島が叫ぶが早いか、遂に窓が内側に砕け散った。空いた窓枠から、高知視点としては軍隊が、さながら駆け付けた援軍のようにリノリウムの床に降り立つ。じりじりと壁際に追い立てられる。


「もしかしてこれ、相当やばいんじゃ……」

「相当やばいよ⁉︎ っ、く、来る!」

背中が壁に当たるのと、『敵』が勢いよく振りかぶり向かってきたのはほぼ同時だった。せめてもの兄としての振る舞いと、三人を庇うように背中の後ろに隠す。目を瞑ることすらできず、砕けた窓とその前方に迫る軍刀をただ凝視することしかできなかった。

その時、ふっと影が空を背景にして飛び込んできた、ように見えた。



発動インボーク、『標準時子午線』」

「おらぁ、召喚コール! 『通天閣』!」



一つ目の声と共に、『敵』は一瞬動きを止めた。その隙をついたように、二つ目の声が立派な塔で軍隊を薙ぎ払う。たった一度の攻撃だけで、部屋内を埋め尽くしていた『敵』はほぼ全て片付けられた。二つの影は、その勢いのままよろめく事もなく綺麗に着地する。二人の顔を見て、徳島が軽く息を呑む音が聞こえた。


「四国地方大ピンチやったな! 用事の前にちょい遊んで行こう思うたのが……自分ら大丈夫か⁉︎」

「ごめんなー、本当は俺一人で来ようと思ってたんだけど、大阪さんが行くって聞かなくて……はい徳島、忘れ物。急に帰ったからかな」


騒がしく声を上げる大阪が駆け寄り、その後ろから少し申し訳なさそうに徳島の水筒を差し出す兵庫が歩いてくる。徳島は「え、あ、ありがとうございます……! ごめんなさいわざわざ届けに来てもらって……!」と恥じらいながらそれを受け取っていた。

「ここ四階なのに……」

「まぁこれくらい、俺にかかればちょちょいのちょいやで。なぁ俺も届け物あるねんけど、この中で四国地方の指揮者リーダーって誰や?」「あ、わたしです」


高知の後ろにいた愛媛が顔を出す。まだ何が起きたのか完璧に把握しきれていないといった顔をした彼女に、大阪は一通の封筒を差し出した。

「何ですか、この手紙?」

「東京からや。詳しくはその中に書かれとるらしいんやけどな――



 一週間後、地方首脳リーダーズ会議開催やって。



 俺も殆ど知らへんねんけどな、あいつ言葉足らずやから。詳細はそれ読んどいてな!」

ご丁寧にも赤い蝋で封のされた、東京からだという手紙。愛媛が開けようとする前に、「ほな俺ら九州にも顔出さなあかんさかい、この辺で! 今からも暫くは気ぃつけてなー!」「何かあったら言ってね。お邪魔しましたー」と二人は外れた扉を跨いで部屋を出て行く。


愛媛は改めて手紙の封を切る。ぱさりと広げた紙を、肩の後ろから残りの三人が覗き込む形になる。

「何て書いてあるんじゃ?」

「ええと……日時と開催場所と……東京さんとこなんだ、やっぱり。あとは……地方毎に一人ずつだって。あ、中部は三地方カウントらしいよ」

「なら媛姉ちゃん、中国地方との同盟って結局どうするの?」

「うーん……これのとき広島さんともう一回話し合ってみるかな。こうお兄ちゃんととくの言う事も分からなくもないしさ」

「ふぅん。それにしても大阪さんに兵庫さん、強かったな……」

届けられた水筒を抱えながら、まだどこか少し混乱した様子で徳島は呟く。「そうだよねぇ。流石は大都市、西の巨頭」と香川も同意した。


(西の巨頭……)

相手は日本を司る三代都市の一角。それに付き従う彼も生半可な実力ではなかった。言葉にできない嫌な予感が脳裏を掠める。

「こうお兄ちゃん? どうかしたん?」

「いや、なんでも……

 ただ、俺たちじゃ倒せなかった『敵』をああも軽々と消したとなると、やっぱり凄い実力だな、と思って……」

「そりゃそうよ、人口差とか十倍くらいあるもの」

何を当たり前のことを、と徳島は肩をすくめる。しかし、高知の頭に浮かんだ考えは消えることがなかった。


(あんな大都市なら、俺たちみたいな地方を潰すのも簡単じゃろうな……もし敵に回ったら、一体どうなるのやら。これだから同盟なんか組みたくないんだ。こんな疑問を抱くくらいなら)




「大阪さん」

「んー?」

「先程の『敵』、どう見ました?」

「せやなぁ――あんな見事にのは久々に見たかな。高知以外は気づいてへんかったみたいやけど」

「そうですか? 俺にはただの黒い霧に見えましたが」

「人によるっちゅーことやろ。それよか兵庫、あいつら、あの二人との擦り合わせは順調か?」

「ええまぁ、今のところは。連絡を取っているのはあの方達というより隣県ですが」

「まぁそれなら何でもええねん。良かった、それならあの計画もどうにかなりそうやな。日本を変える、か……はは、上手いこと言いよって」

「好ましい方向に進むと良いですね」

「ああ。期待してんで」

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列島回游 かやぶき @thatched

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