第三話 中国革命

「きゃー、風が気持ちええですねぇー!」

「や、やめてくれヒメ、ここはオレの家広島県なんじゃけえもっと優しく運転してくれ、伊予の早曲がりは封印し……ぎゃああああああ!!」



爽やかな夏空に悲鳴がこだまする。鮮やかなオレンジ色のオープンカーの運転席では、おさげ髪の少女・愛媛県がハンドルを握っていた。広島は助手席で空と同じくらい青い顔をしてシートベルトにしがみ付いている。

愛媛は心底楽しそうに無邪気な声をあげながら、信号が青に変わった瞬間右にハンドルを切った。軽いエンジン音と共に、一気にトップスピードに乗る。運転の時にだけ着けるというサングラスを少し上げて、更にアクセルを踏み込んだ。


「さぁスピード上げて行きますよぉー! ところで広島さん、目的地はどこ?」

「駆け出しもいい加減にしんさーーいっ!! ゔっ、と、止まれぇえぇええ!!!」



そこから数十分程走り、車は市中心部の大通りに入った。流石に車通りも増えてきたので少しスピードは落としたものの、未だアクセルを踏み込む足は離さない。

「頼む、ヒメもう落ち着いてくれ……」

「まぁまぁまぁまぁ、これくらいが楽しいんですよ車の運転は。だって間に合わないじゃないですか、せっかく送っていったげるっていうのに――ん? 角のとこ渋滞してます、かね? 何かあったんかな?」


好奇心のままに、愛媛はぎゅっとハンドルを切る。スピードは上がったまま角を曲がったところで、「あっ……!?」と急ブレーキをかけた。

車を後輪が浮くほど勢いよく止めたが、彼女の目はもうハンドルなど見ていなかった。助手席との間の収納スペースにサングラスをねじ込むと、ドアすら開けず車から飛び降りる。一拍遅れて、広島もシートベルトを外し下車した。


角を曲がった先の広い大通り。そこでは、大量の車が散乱していた。自家用車にトラック、軽自動車やバス、路面電車すら止まっている。車線を外れたものもあり、所々で追突事故が起きている。

それらを呑み込むように『敵』が道路を埋め尽くして鎮座していた。



「な、なんじゃこれは……!?」

「分かりません……でも、どう見てもあれが原因ですよね? 道を塞ぐほど大きくなるなんて……!」

愛媛が驚きと恐怖が入り混じった、慄いた声を出す。運転時の威勢が嘘のように、小刻みに少し震える手を握りしめていた。だが、上がる悲鳴と黒煙、火柱を見ると、短い沈黙のあと覚悟を決めてきゅっと瞳を上げた。


「だけど……だけどわたし達がやるしかないんですよね。県民を護るのも、わたし達県に課せられた使命ですもんね……

 広島さんは下がってて! 召喚コール!『道後温泉』!」

言うが早いか、背中から弓を取り出して絞り、力強く放つ。飛んでゆく矢が風を切ると共に水球が起こって、一部は車から立ち上る炎を消していった。残りは的が大きいからなのか、全て『敵』に当たった。

「待てヒメ、オレも手伝……」

「広島さん技出せないんでしょ!? 無理させる訳にはいきませんから――きゃっ!?」


技を当てられて怒ったのか、『敵』は小柄にされどより濃く素早くなって眼前に迫る。腹のあたりを薙がれて、踏ん張りが効かなかったのか、愛媛の小柄な体は後ろに飛ばされた。

少し後ろにいた広島も巻き込まれかけたが、面積差を生かしてどうにか乗り捨てた車に激突する前に止める。しかし弓で受けたのだろう、愛媛の召喚した武器は真っ二つになっていた。


「っつ……ありがとうございます、大丈夫でしたか?」

「オレは別に……でもヒメ、それ……」

愛媛はこくりと頷き、自分の代わりに折れた武器に哀しげに目を落とした。数本だけ残ったもう使い物にならない矢を一緒に抱えている。

だがその一瞬の隙を突いて『敵』は更なる一撃を入れようとしてくる。どうにか避けるため広島は愛媛を受け止めていた姿勢から無理やり転がった。手が塞がっていると受け身を取るのもままならない。そうして逃げたのも束の間、一拍も置かず『敵』は避けた先に突っ込んできた。


(嘘じゃろう……九州で見たものよりも速い……もう一度避ける暇なんか無い、か)そう判断すると、ほぼ無意識に愛媛を庇うようにして抱き込んだ。「どうして……!」という彼女の呟きをかき消し『敵』が大きく鞭のようにしなる。九州でも感じた敵意に身がすくむ。攻撃の衝撃に備え、固く目を瞑った。



その時、『敵』の腕がいきなり撃ち抜かれた。



一瞬の間を置いて、たぁん、と乾いた銃声が響く。

何処からか分からない攻撃に怯んだのか、『敵』は少しにじり下がる。と同時に、広島の携帯電話が呼び出し音を鳴らした。



数十メートル以上離れたビルディングの屋上で銃声の主は小さく息を吐くと、通話が繋がったのを確認して耳に当てる。「もしもし!?」と、抱えていたスナイパーライフルを掴んだまま傍に押しやり、下界の騒音にも負けないように山口は声を張り上げた。


「広島! 遅い! 岡山に怒られるよ!」

『ぁあぁ、山口!? 助かったー!』

安心したのか、気の抜けたような広島の声が聞こえる。だが上から見る限り安心するのはまだ早い気がするが。そこは流石に元海賊、落ち着いたのか愛媛が弾き返していた。


しかし道を覆い尽くす程の巨大な『敵』を一人で受けるのは無理があるのか、数本後ろに逸れた。山口はそれを見ると、未だ広島の声がする携帯電話を側に投げ捨てライフルに持ち替える。「発動インボーク、『奇兵隊』」唱えたのち素早く装填、構えの姿勢を取ると二、三発続けて発砲した。飛んでいった銃弾は標的を過たず撃ち抜く。ほんの少し間が空いて、数発分の発砲音が聴こえた。


「ふぅ……油断すんなよ広し――」

『山口っ! まずい、分離したっ!』

ふ、と頭に影が落ちた。と同時に、ぞわりとした寒気が背中を走る。条件反射でライフルの先を向けようとしたが転落防止の鉄柵に引っ掛かり上手く構えられない。ようやく狙いを定めても、銃を使うには近すぎる距離にまで『敵』は迫っていた。

「ぐっ、発動インボーク、きへ――だっ!?」

鉄柵に打ち付けられ、柵ががしゃんと音を立てて揺れる。


(いってぇ……でも距離を取れたのは僥倖じゃな。ただ撃つためのタイムラグで突っ込まれるか……一か八か)「召喚コール!『御神籤』!」一つ技を出し、寄りかかったまま引き金を引く。ぱん、ぱぁん、とまた数発撃つのとほぼ同時に『敵』が突撃してきた。

その腕を撃ち抜かれ霧散しながら残った部分で山口を鉄柵ごと薙ぎ払う。ガス状のどこにそんな力があるのか、というほどの威力をライフルを壁にして受け流す。



柵を越える感触と、風を受ける浮遊感が襲う。



後ろに大きくのけぞるが山口は攻撃の手を緩めない。むしろ自分を追い落ちてくる『敵』を待ち構えるように、先に落下しながらライフルを放つ。墜落の勢いを借りた今までより一層強く多い銃弾に『敵』は今度こそ跡形もなく霧散した。

自分を押し返す、逆に押しやる風にまだ突かれているので、地面はどんどんと近づいてくる。山口っ! と悲痛に叫ぶ総監の声が繋がったままの携帯電話から聞こえた気がした。



歩道横の高い建物の屋上から山口が落下していくのが、広島のいる場所からもよく見えた。受け止められるぎりぎりの距離かと計り、踏み出したそのとき地面にいる『敵』が攻撃を入れる。一回転して避け、地面に落ちているガラス片を蹴り上げて追撃を防ぐ。だかその一瞬のタイムラグの間に追いつくには難しい高さまで落ちてきていた。


(ちっ、邪魔が入った! 何か出せるなら助けられるものを……こんな時にまでどうして……!)「……っ、こ、コール……」真似をして呟くが、技を出せるイメージが降りてこない。ずきん、と刺すような痛みが走り、首の傷が開いた気がしてしまう。幻痛だと分かっていながら声が出ない。歯を食いしばるが、見つめることしか出来ない。


が、山口は落下しながらぐるりと体を横に半回転させると地面を向く姿勢になり、受け身を取って街路樹の一本に足から突っ込んだ。

ばぎっ、がさがさがさっ、と葉が散る。それを確認して安心したのが良かったのか首の痛みがふっと消える。肩の強張りが解けたのを感じ、山口が落ちた街路樹に駆け寄った。



「いっだぁ……ああもうしくじったな、くそ」

「山口生きとったか……良かった……!」

「勝手に殺さないでよ。直前に『御神籤』で運を上げられたのがぎりぎり効いたかな……我ながら危険な賭けだった」

よっこらしょと勢いをつけて枝の折れた樹木から滑り降りる。葉と擦り傷に塗れてぼろぼろの姿だが、他に目立った外傷は無いようだ。止まって体の動作確認をしたのも束の間、スナイパーの顔に戻るとまた数発放った。片腕を消されても未だ動きを止めない『敵』に対して。


「愛媛大丈夫? 随分長い間持ち堪えてくれたね、ありがとう」

「山口さん、生きてましたか! ご無事で!」

「きみらは人を勝手に殺す趣味でもあるの?」

山口は呆れたように呟くが、引き金を引く手は止めない。敢えて明るく振る舞う愛媛の声に滲む疲れと動揺を感じ取ったのだろう。無理もないことだが、その身体を四分の一ほど捥がれた『敵』は一層強く抗い攻撃の手を強めてきていた。


二人がかりで技を放ち『敵』をじわじわと削ってはいるが、まだその黒く暗い全貌は道を覆うほどの大きさがあった。

「愛媛気づいてる? どうもぼく達じゃ決定打に欠けてるみたいなんだよね……」

「ええ、何となくは……わたし達じゃない、とでも言ったらいいんでしょうか? だとしたら――」


そのとき、愛媛の独り言ちる声に被さるように、『敵』はずるりと崩れた。


一度地面に厚く広がり、大通りの端の建物の間を埋めるように雪崩れ落ちたのも束の間、粘土を組み上げるように巨大な翳へと変化してゆく。高く、高く形を成す動きに、三人は立ち尽くして見上げるしか出来なかった。これまでの攻撃がリセットされた気分になり、絶望感が心を覆う。その絶望に呼応するように、築かれるスピードは加速する。

手を出せない間に『敵』はどんどんと形作られ、車や街路樹を飲みこみ、歩道までを埋め尽くすようになったところでぴたりと形成が止まった。高さは五十メートル程もあり、全体の長さは予想もつかない。


ただ、作り上がったその姿はある物に似ていた。装甲があり、甲板があり、砲台がある、巨大な軍艦に。呉で生まれ、坊岬沖に消えたあの軍艦に。遙か高くにある船首を見上げ、広島が声を洩らすのが聞こえた。



「戦艦大和――」



戦艦大和。第二次世界大戦最中に呉海軍工廠で造られ、当初は世界最大の規模を誇ったが、一九四五年四月の坊ノ岬沖海戦で被弾、沈没した超弩級戦艦。

主砲は人間一人が楽に入れるほど大きく、数千人は優に乗ることが出来るほど巨大な甲板を持つ。当時として世界最高峰の技術が使われたであろう事は想像に難くなかった。


戦友とも呼べる、自分の家広島県で生まれた軍艦の生き写しのように『敵』が変化を遂げ、広島は胸を強く衝かれたような錯覚を覚えた。別れてから、もう八十年近くが過ぎた。瀬戸内からは遥か遠い海の底に、あの時からずっとずっと、戦争のとっくに終わった今も沈んでいるのに。もう二度と、お前を見ることはないと思っていたのに――


数百年前には海賊船に乗って瀬戸内海を駆け回っていたであろう愛媛は、弩級の戦艦にも怯むことなく呟く。

「でも、これだけ大きいなら、攻撃を当てるなんて簡単でしょう? それに当時はもう戦闘機の時代で――」

気色ばんだ愛媛の手を、山口が掴んで押さえる。

「ううん……はね、僕達の希望だった。最後の望み、最後に送り出せた戦闘艦隊。広島は、あのこを隠密で造り始めた時からずっと仲良くしてた。だから僕達じゃああのこに向き合うことはできない……」


語末はほぼ聞こえないほど、自分に言い聞かせる囁き声のようだった。だがそんな山口の言葉も、広島の耳には入ってこない。絶望と、悲哀と、懐旧と、愁傷と、様々な感情がない混ぜになって耳を塞いでいる。

(なんで、お前が……違う、あれは所詮偽物、あいつじゃない……でも……!)

「……やっぱり、怨めしいのか。全部忘れようとして、のうのうと過ごしているオレが、許せないのか?」

ここ数十年で一番なほど強い痛みが首を襲う。細い紐で緩く、されど鋭く絞められている錯覚に陥り、苦しさに涙が滲んだ。ぼんやりと霞んでゆく視界に軍艦の影が映った。誘われるようにしてどうにか上を見上げる。



空のほぼ全てを覆う、姿を変えた『敵』の透き間に、青い夏空が見えた。



(青い……あの日も、こんな群青の空だった)

先日、痛みを知る同士と交わした言葉が蘇った。そうだ、あいつは何と言っていただろうか。思い出せ。思い出せ、オレが誓った『夢』は――

「――ヒメ、山口、退いてくれ」

「えっ! なんで!? まだ顔真っ青ですよ、大丈夫なんですか!?」

愛媛は叫ぶが、広島はそれに沈黙で応える。頸部の痛みは未だ消える気配が無い。「……それでも、」と言いながら彼は立ち上がった。


「それでも、あいつにはオレが向き合うてやらんといかんのじゃ。もう過去から目を背けることだけはしない。そう決めた」

俯きがちだった目線をぐいと上げる。大和最後の出港以来、久方ぶりに『彼』を真っ直ぐに見据えた。広島の背中を押すように、山口がぼそりと呟く。

「過去に向き合う覚悟、か……頑張ってね」



「……久しぶり、じゃな。大和」

広島は手を伸ばせば舷にまで届きそうな距離までゆっくりと歩いていった。すぐ側で見上げると、その巨大さに空は全て阻まれ、太陽の光は完全に遮られる。強い逆光で、シルエットははっきりと見えた。公表されなかった進水式、こっそりと覗きに行ったあの時の大きさのまま。


「済まなかった。無下な期待をさせてしまって。だけど――」

広島の言葉はそこで遮られた。『敵』が砲台を起動させ砲弾を放ったのだ。否、最早『敵』とも呼ぶことはできない。それは、唯『戦艦大和』だった。

幸い最も巨大な主砲は使わなかったようだが、すぐ側に立っていたことでの衝撃は凄まじかった。耳が吹っ飛んだのではないかと言う轟音。体の芯まで揺する振動は、広島の動きを停めるのには十分すぎた。

(何が、何が起こった!? 耳も脳もかき混ぜられた……!? それより、街は……!)「っは、や、やめてくれ、大和!」耳はまだ聞こえないまま、喉を絞って喚く。


「どうして街に牙を剥くんじゃ! これが、お前の望みなのか!? 違うじゃろ!」叫ぶ合間にも数発、大和は攻撃を加えてきた。その都度耳を塞ぎ、衝撃に備えるので相当な負担になる。距離を取らされているのが自分でも分かった。まるで大和が、近づくなとでも云いたげなように。


攻撃の手は緩まらない。後ろの愛媛と山口も手を出せないでいるのだろう。分かっている、相手は所詮無機物。本物ですら無い。それでも、広島は問いかけずにはいられなかった。

「なぁ、嘘じゃろう……本当に、お前はそう思っとるのか?



 お前の愛した、国じゃないのか。

 お前を愛した、國じゃないか……!」



縋るように、抑え付けるように言葉を絞り出す。届くなぞ到底思っていなかった。だが、大和は数瞬だけ動きを止め、砲台を収めた。話を聞くという意思表示のように。

「……聞いてくれるのか」

広島は、もう一度大和に近づいてゆく。一歩一歩踏みしめるようにして。再び触れられる距離まで間を縮めたが、大和はもう撃ってはこなかった。ほんの少しの間大和を見上げて躊躇った後、遠慮するようにそっと手を伸ばす。冷たく、海水に浸かったことで生まれた錆びを感じる舷に、擦り傷だらけの指が当たった。


「……ありがとう、『戦艦大和』。いや、お前だけじゃないな。この國に、この県にいたことで散った命は幾つもあった――それでも、信じてはくれないか。七十五年は草も生えぬ、そう言われたまま年が経った。だけど、此処まで戻ったよ。綺麗な街じゃろう、お前達のお陰だ」

言い聞かせるように、沁み込ませるように彼は戦友に語りかける。



「忘れない。ずっと、戦い続ける。約束するよ。――発動インボーク。『平和の誓い』」



舷に触れたまま技を発動させる。小山程もあった大和は、それを合図として少しずつ形を崩してゆく。やがて、水溜まりに雫が落ちるようにして、ぱしゃんと軽い音とともに跡形もなく消え失せた。飲み込まれた車や電車、散らばっていた破片などは全て無かったかのように元に戻っており、ちらちらと現れ始めた雲が光と影を同時に落とす。

数瞬間前まで『敵』に覆われていたとは思えないくらいに見晴らしのいい道路があるばかりだった。



『敵』の影が消えた後も、同じ場所でへたり込んだままの広島に愛媛と山口は駆け寄る。

「広島さん、大丈夫ですか?」

「……うん……心配するな……

 はぁ、それにしても、どうして『大和』になったんだろうな。オレ達を攻撃したいのなら、そのままの形でも良かったはずなのに、ね……」

心ここに在らず、という様子で彼はへらりと笑った。退けはしたものの、まだ大和に恨まれているのではないかという考えが頭を覆っているのだろうか。もう一度黙り込んだ広島の横に、山口は膝をついて座る。


「――あのさ、ぼく、この間九州に行ったでしょ。その時襲われたんだけどさ、姿んだ。後で聞いたんだけど、それは沖縄の歴史の思い出らしかったんだよね。だからきっと、


 あれはぼくたち都道府県の残留思念だ。


記憶とか、記録とか、事件とか、そんなものが『敵』になるんだと思う。そりゃ躊躇しちゃうよね……

あと広島、きみ、大和がぼくの港に来てから会ってないでしょ。ぼく会いに行ったんだよ。じゃけえ間違いない、あのこはきみを恨んでない。あのこだけじゃなくて、誰もきみのせいだなんて思ってない。あるとしたらそれは、きみが留めた心残りだ。気づいてあげたから、大和は納得してくれたんじゃないかな――」


広島の背をさすりながら訥々と語る。広島は暫くぽかんと山口の顔を見つめていたが、やがて「……ああ、」と目線を地面に落とした。

「そうか、あいつは、あいつらは、オレのことを許してくれたのか。そうか……」

消え入りそうな声をかき消すように、ぱたぱたん、と雨粒が落ちてきた。先程から頭上に現れていた雲が雨雲へと変化したようだ。

「あ、雨」愛媛がぽつんと呟く。昔、同じようにへたり込んで街を眺めていた時とは違う、美しい澄んだ雨だった。



三人の周りに波紋を作りながら雨足は強くなっていく。

「とりあえず、戻るか。また岡山に怒られる」

少し頭を冷やし元気を取り戻したのか、広島はゆっくりと立ち上がる。乗り捨てた車に戻ろうとした時、後ろにいた愛媛が彼のシャツを掴んだ。


「? なんじゃ、どうした愛媛? 落とし物でも――」「中国地方総監リーダー。四国地方指揮者リーダーとして、ご相談があります」

雨を映す眼を濡れた前髪が遮り、彼女の蜜柑色の瞳に影を落とす。だが、広島を見つめる表情は、しっかりとした指揮者リーダーのそれだった。



「わたし達四国地方は――」

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