第35話 幸せを
その後、ダンスパーティが終わるまで、私は誰とも踊らなかった。
レベッカに「試しに踊ってみませんか?」と言われたが、絶対に首を縦に振らなかった。
怪我をさせてしまうだろうし、みんなの前で恥をかかせてしまう可能性が高い。
踊りたいと言ってくれるのはありがたいので、もっと私が上手くなったら踊ると約束をした。
レベッカ以外に私をダンスに誘ってくれる人は、男性も女性もいなかった。
普通ならばもっと誘われてもおかしくないらしい。
だがレベッカ曰く、すでに皇子殿下を断っているのが知れ渡っているので、誰が誘っても結果は見えていると思われていたようだ。
断るのも大変だったと思うので、そこは皇子殿下に感謝しないと。
ジークとのダンスが終わった後は適当にジーク達と話し、それからレベッカと一緒に令嬢達と話したりと、とても楽しい時間を過ごした。
そんな楽しいパーティも終わり、今は帰りの馬車の中。
ジークと一緒にタウンハウスに戻る最中だ。
「とっても楽しかったわ!」
「そうか、それならよかったな」
私はパーティのことを思い出して、ジークにいろんな感想を伝える。
「前の社交会はとっても堅い雰囲気だったし楽しむ余裕はなかったし、今回はいろんな令嬢と話せてダンスも楽しかった! それも全部レベッカのお陰だし、本当に彼女と出会えて友達になれたことは幸運だわ! 今度お礼をしたいのだけど、何をすればいいかしら?」
「ダンスでも練習して一緒に踊ればいいんじゃないか」
「それでお礼になるかしら? 私も一緒に踊りたいし、恩を返しているわけじゃないと思うのよね。何か贈り物を今度したいわ。前にお茶会も開いていただいたし、紅茶でも送ろうかしら?」
「それがいいかもな」
「そうよね! だけど今日仲良くなった令嬢の方々もすごいいい人ばかりで、もっと仲良くなりたいわ。私からお茶会を開いて誘ったりとか……」
その後もダンスや楽しかった思い出を次々に語っていく。
ハッと気づくと、目の前に座っているジークが、目を細めて微笑ましそうに私を見ていた。
「な、なによ、その顔は」
「ん? その顔って、どんな顔のことだ?」
「……子供がはしゃいで遊んで帰ってきて、楽しかったことを話されて、それを優しく見守る保護者のような顔のことよ」
「いやに具体的だな。そういう感情であることは間違いないが」
くぅ、自分で言っておきながら恥ずかしい……!
確かにはしゃいでジークにいろいろと話していたが、まさかそんな表情をされるとは。
レベッカにジークが保護者のようだ、と言われたが、今は否定できない。
私はジークから顔を逸らして馬車の窓から外を見る。
外はもう完全に日が暮れていて、王都の街並みが少しだけ見えた。
家の中の光や、街灯などで色鮮やかに街が光っている。
その街並みを見て落ち着いたのだが、同時に少し感慨深くなってきた。
私は数年前まで、この光景を見ることさえ出来なかったのだ。
この王都には暮らしていた、アルタミラ伯爵家の屋敷で。
だけど私がずっといた部屋は屋根裏部屋で、窓もなければ灯りを付ける道具さえなかった。
暗闇の中、自分の光魔法だけを見ていた。
あの時に光魔法を意図せずに練習していたから、ディンケル辺境に行っても活躍できた。
辛かったけど、無駄ではなかった時間だ。
ディンケル辺境伯家で家族が出来て、王都に戻ってきて友達も出来た。
私は今、とても幸せだ。
「どうした、仏頂面をしてたと思ったら、いきなり外を見てニヤついて」
「ニヤつくって言い方やめてよ、変人みたいじゃない」
「街の光景を見ていきなり笑うやつは変だろ」
「街を見て昔のことを思い出しただけよ」
「……そうか」
ジークは私がどんな子供時代を過ごしたのか知っている。
だから少し気まずいような空気が流れたが、私はふっと笑う。
「大丈夫よ、嫌な気持になったわけじゃないから。嫌な気持ちになって笑うのなんて、それこそ変人じゃない」
「確かにな」
「昔と違って、今はすごい幸せだなって思ったのよ。ディンケル辺境伯家と家族になれて、王都に来て初めての女性の友達が出来て」
昔の自分に見せてあげたい、こんなに幸せになれるって。
「お前が大袈裟に言う幸せってのは、普通に生きてれば手に入るものなんだけどな」
「普通に生きるってのが幸せなのよ。家族と一緒にご飯を食べて、友達と話して、暖かいベッドで眠って」
「……それなら、その幸せは絶対に続かせてやるからな」
ジークがそう言った瞬間、馬車が止まる。
窓の外を見ると、タウンハウスに着いたようだ。
「ふふっ、嬉しいこと言うわね、ジーク。じゃあこれからも家族として、ずっと一緒にご飯を食べてくれる?」
私の言葉にジークは一瞬だけを目を見開き、少し考える素振りをした。
ジークが答える前に外から馬車の扉を御者の方が明けてくれた。
先にジークが立ち上がって、馬車の外に出ようとする。
「ルアーナ」
「ん?」
「俺もお前が母上を救ってくれたことで、普通の幸せという大事さを思い出した。だが俺は欲深いようで、それ以上の幸せを望んでしまう」
「それ以上?」
「ああ」
そう言ってから、ジークは先に馬車から降りた。
私もそれに続いて馬車の扉から出ようとしたら、ジークが手を差し伸ばしてくれていた。
「ありがとう」
手を取って馬車から降りたのだが……ジークがなぜかまだ手を離してくれない。
「ジーク?」
不思議に思ってジークの顔を見上げると――彼はどこか艶がある表情で、私を見つめていた。
「それ以上の幸せってのは、ルアーナ……お前と今以上の関係になるってことだ」
「い、今以上の関係って……?」
ジークの表情と言葉を聞いて、私はなぜか緊張してしまった。
少し震えた声で問いかける。
「家族なんだから、それ以上の関係なんてないと思うけど?」
「……まあ、そうだな。家族以上の関係は、ないだろう」
「そ、そうよね」
「だが、今の兄のような妹のような関係じゃ、終わらせない」
私が姉でジークが弟よ、なんて軽口も叩けない雰囲気。
ジークがふっと笑い、握っていた私の手に顔を近づけて……手の甲に、唇を落とした。
「っ……!」
「これからだ――覚悟しておけよ、ルアーナ。俺は今の関係じゃ、満足できてないからな」
ジークはそう言い放ち、私の手を離して屋敷の方へ歩き出す。
い、今のって、どういう意味?
なにこれ、心臓の音が耳まで聞こえてきて、顔に熱が上がっていく。
ジークに「今のどういう意味よ」と声をかけたいのだが、ドキドキして全く出来ない。
「ルアーナ、固まってないで屋敷に入らないと風邪引くぞ」
「っ……!」
その言葉に何か言いたいのだが、私はジークの後ろを黙って歩き始める。
くっ、なんだかジークにしてやられた感があるんだけど……!
私だけいろいろと反応して……って、あれ?
後ろから見えるジークの耳が、めちゃくちゃ赤い。それに首も赤い気がする。
もしかして、と思い隣に行って彼の顔を覗き込む。
「っ、なんだよ」
やはり、ジークの顔もなかなか赤かった。
私もなんとか揶揄おうとしたけど……何を言うべきかわからず。
「……なんでもない」
「……そうかよ」
結局、お互いに顔が赤いまま歩く。
ジークの言う「今以上の関係」というのは、どういうものなのだろう。
私にはわからないけど、今よりもジークと仲良くなれるなら……嬉しいかも。
べ、別にジークだけじゃなくて、クロヴィス様やアイルさん、レベッカとも仲良くなりたいけど!
でも今は……手の甲に落とされた唇の感触が、私の心臓を高鳴らせる。
全く嫌な感じではなく、むしろ心地よいもので。
私は唇を落とされた右手を見て、隣にいるジークをチラッと見る。
そして、その手でジークの左手を握った。
「っ……」
ジークは少しビクッとしたけど、特に何も言わずに。
繋いだ手を握り返してくれた。
握り返してくれた手から伝わる熱は、やはり心地よいものだった。
ジークと一緒にいるとドキドキすることもあるけど、居心地がいい気がする。
お互いに気を張らずに、素の自分でいられる。
これは、家族だから?
もしかしたらこの関係が、ジークの言う……ううん、まだわからない。
だけどこの関係がいつまでも続けばいいと、私は願っている。
「ジーク、これからも私と仲良くしてね」
「……ああ、もちろんだ」
伯爵家で生贄として捨てられた時は、どうなるかと思ったけど。
自分を売る気概でディンケル辺境伯家に来て、才能と努力が認められて。
それだけでも嬉しかったのに、クロヴィス様やアイルさん。
そしてジークが、家族になってくれた。
私の人生は、これからもっと幸せなものになっていく予感がする。
いえ、幸せになってみせるわ。
だから今はこの幸せを、ジークと握った手を。
さらに強く、握りしめた。
――――――
ひとまずここで一区切りです。
読んでくださり、ありがとうございます!
【重要なお知らせ】
皆様の応援のお陰で、本作が書籍化&コミカライズが決定いたしました!!
ありがとうございます!!
更新が止まっていた理由は、本作の一巻の打ち合わせをした結果、かなり加筆して仕上げることになったからです。
正確に言えば、一巻分の内容は30~40%は新しく加筆する感じになりました。
その分、本作をすでに読んでいる方でも書籍の方でも楽しめるものになっていると思います。
まだ発売時期などは決まっておりませんが、その時になったらお知らせします。
よろしくお願いします!
【書籍化&コミカライズ】生贄として捨てられたので、辺境伯家に自分を売ります 〜いつの間にか聖女と呼ばれ、溺愛されていました〜 shiryu @nissyhiro
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