第34話 ルアーナの特別


 彼の両手を握って、曲に合わせて踊り始める。

 これほど注目されているので、やはり最初は緊張していたのだが。


「おい、テンポが速いぞ。もっと曲に合わせろって」

「う、うるさいわね。この曲聞くのも初めてなんだから、合わせるのは無理よ」

「俺も初めてだよ、何年も踊ってなかったらダンスの曲も知らないのが増えるからな」

「それでよく踊れるわね」

「慣れだな。しょうがない、曲に合わせるんじゃなくて、俺に合わせろ」

「わかったわ。前みたいにアドリブでやらないでよ?」

「それはどうかな」


 うわー、意地悪な顔してる。


 まあ曲に合わせるんじゃなくて、ジークに合わせるなら多少アドリブで踊られても問題ないわね。


 それにジークに合わせるために彼の顔を見上げていると、周りの目を気にしないようになる。


 これはいいわね、ジークの顔を見るのに集中しよう。


「っ……あまり俺の顔を見つめるな」

「えっ、なんでよ」


 なぜか顔を見るなと、視線を逸らしながら言われた。


「ジークの顔を見てないと安心して踊れないから。気になるならジークが違う方向を見ててよ」

「……いや、やはり問題ない。俺も負けないように、ルアーナの顔を見ればいいのだから」


 負けるって何?

 よくわからないけど、私もジークの顔を見つめながら踊る。


 くっついて踊っているのでいつもよりも近い距離、ジークの表情も……普段よりも、どこか魅力的に見えてしまう。


 ダンスパーティだからか、一緒に踊っているからか。


 私も少し恥ずかしくなって、視線を逸らしてしまう。


「なんだ、ルアーナ。お前も逸らしてるじゃないか」

「し、下を向いて足の位置をちょっと確認しただけよ」

「ふっ、そうか」


 なんだかさっきまで余裕がなかったジークが、私の態度を見て余裕を取り戻した感が合って腹が立つわ。


 次は私も視線を逸らさないように、負けないようにしないと。


「……」

「……」


 私とジークは視線を合わせたまま曲に合わせて、相手に合わせて踊っていく。


 こんなにも見つめ合っていると、本当に周りが見えずに私達二人だけがこの会場を支配しているかのようだ。


 視線を合わせていればジークが次にどう動くかもわかる。

 彼も慣れてきたのか、いきなりアドリブで激しく動いてきたりもした。


 しかしそれを私は合わせて、返しに私もアドリブで動く。


 ジークも簡単に合わせてくるので、それが楽しくなってさらにお互いに仕掛けていく。


「ふふっ」

「ははっ」


 お互いに視線を合わせたまま、笑った。


 とても楽しいわね、ダンスって。

 だけどこれはジークとじゃないと、味わえない楽しさ。


 レベッカと一緒に踊っても、ここまで踊れないだろう。


 やっぱりジークって、私の特別だ。


 そう認識をした、十分ほどのダンスだった。



 曲が終わってダンスを止めると、途端に会場中から大きな拍手が鳴り響いた。

 ビックリして周りを見ると、ほとんどの人達が私とジークの方を見ていたようだった。


「とても素晴らしかった!」

「息がぴったりで、見ていて本当に感動しました!」


 そんな声が聞こえてきて、私は恥ずかしくなって軽く一礼をしてから、ジークを連れてレベッカのもとへ、隣にはエリアス様もいる。


「ルアーナ、とてもお上手でしたよ。まるで天女のようでした」

「あ、ありがとうございます、レベッカ。だけどダンスをこういう場で踊るのは初めてでしたので、そこまでではないと思いますが……」

「いいえ、皇子殿下の件で注目を浴びていたのもありますが、ここまで拍手をされるのは本当に珍しいですよ」

「そ、そうなんですか?」

「はい、だから自信を持ってください」


 レベッカに言われると、とても自身が湧いてくる。

 確かに、練習よりも上手く出来ていたような気もする。


「ありがとうございます、レベッカ!」

「はい! 本当に素晴らしかったです!」

「ありがとうございます、レベッカ嬢」

「……ジークハルト様に言ったつもりはありませんが」

「反応が違いすぎませんか?」


 私には満面の笑みで褒めてくれたのに、ジークには冷たい雰囲気のレベッカ。


「俺がルアーナの相手だったんですが?」

「くっ、本当なら私が一緒に踊りたいですが、ルアーナはジークハルト様じゃないとあのダンスは出来ないのが……!」

「す、すみません、レベッカ。これから精進します」

「あ、ルアーナを責めているわけじゃありませんよ。ただジークハルト様のお陰でルアーナの美しい踊りを見られたことを認めるのが悔しいだけです」

「あんた、ルアーナのこと好きすぎるでしょ」

「ジークハルト様に言われたくはありませんが?」

「……」


 いきなり黙り込んだジーク、今のはどういう意味だったんだろう?

 だけどレベッカに好かれているのはとても嬉しいわ。


「それと……いつまで手を繋いでいらっしゃるのですか?」

「えっ、あ……!」


 レベッカに言われて、私はジークと手を繋いだままこっちに来たことを認識した。

 気づいた瞬間に恥ずかしくなって、すぐにパッと離した。


「……ご、ごめん、ジーク」

「……いや、別に大丈夫だが」


 なんだかジークとの間に気まずい雰囲気が流れてしまう。


「くぅ……ルアーナの幸せを考えるんだったら、邪魔しない方がいいのかしら? だけど天使のように純粋無垢なルアーナを、ジークハルト様に任せるのは……!」


 隣でなぜか苦悩している様子のレベッカ。

 エリアス様はレベッカの隣で楽しそうに笑っている。


「ふふっ、楽しく踊れたのなら一番ですよ、ジークもルアーナ嬢も」

「はい、それはもちろん、楽しかったです」

「それはよかったです。ジークも、楽しかったんだよね?」


 エリアス様が確認するようにそう聞くと、ジークは少しイラついたようにエリアス様のことを睨むが……。


「楽しかったよ。今までのダンスパーティの中で、一番な」


 ジークの言葉を聞いて、私の口角も無意識に上がってしまう。

 そっか、ジークも楽しかったなら、私も嬉しい。


「また踊ろうね、ジーク」

「……まあ、機会があればな」


 ジークのいつも通りの素直じゃない返答に、私はより一層笑みを深めた。


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