第6話 メロンパン


 領主さまのおかげで街に引っ越してきて、はやくも一週間ほどが過ぎた。

 いろいろ慣れないことも多かったけど、なんとかなりそうだ。

 家は木造二階建ての綺麗な一軒家で、前のよりかなり住みやすい。家の裏には井戸もあって、パンつくりに必須の環境がそろっている。

 私はさっそくこの1週間でいろいろとお店の準備を進めた。

 ためしにパンを焼いてみたところ、前よりもはるかにいいものが出来た。

 ハーブもいろんな種類のものを用意してもらったし、その中から一番酵素の働きに近いものを選ぶことができた。

 試作品はもちろん、毎日の食事として食べたし、領主さまの元へも持って行った。

 日に日によくなるパンの味に、領主さまも私も大喜びだった。


「よし、これで基本的な塩パンはかなりのクオリティになったわね」


 我ながら、パンのないところからよくここまできたと思う。

 領主さまのおかげで、毎日新鮮で高級な

 でも、パン屋さんをやるなら、ただの塩パンだけじゃさみしい。

 めずらしさでお客さんはくるだろうけど、もう何種類か商品がほしいよね。

 そこで私が考えたのは、チョコレートのパン……なんだけど。


「領主さま、チョコレートがほしいんです!」

「うーん、それはさすがの私も用意できないな……。砂糖ならまだなんとかなるが、チョコレートとなると、それこそ王族くらいしか……」

「そうなんですか……」


 やっぱりチョコレートを手に入れるのは難しいみたいだった。

 砂糖というのも、真っ白な砂糖じゃなく、色の悪い粗悪品のものしか無理らしい。

 やっぱり、この時代、甘いものはかなり貴重みたいだね。

 砂糖もあまり多くは使えないから、砂糖のかわりに、それによく似たハーブなんかを用意してもらい、それと混ぜて使うことにした。

 まずは、メロンパンの前に、クッキー生地の練習で、普通のクッキーを焼いてみることにする。


「できた……!」


 パンの設備があるから、クッキーもそれなりの出来のものを作ることができた!

 あとはこれをパンの上にのせてやけば、きっとメロンパンに似たものもつくれるはず!

 とりあえず、お父さんにでもクッキーを味見してもらおう。

 私は出来上がった試作品のクッキーを父親のもとへもっていった。


「しゃ、シャロン……な、なんだこれは……!?」

「なにって、クッキーだけど……」

「また新しい食べ物を発明したのか……!?」

「またって……まさか……」


 まさかとは思ったけど、どうやらこの世界にはパンと同様に、クッキーも存在していないらしい。

 そもそも、小麦を焼いたりして利用するという文化がないのだ。そりゃあ、パンがなければクッキーもないに決まってるか……。

 じゃあ、これももしかして……。


「う、うまい……! これは最高に美味いぞ! パンもいいが、このサクサクは最高だ!」

「よかった……!」


 クッキーも大好評だった。

 これは、パンだけじゃなく、クッキーもいい売り物になりそうだ。

 さっそく私はクッキーと、それを応用したメロンパンを領主さまにもっていく。

 領主さまに渡す分は、せっかくなのでバターもたっぷり使った。

 この世界は不思議なことに、乳製品なんかはちゃんとあるのに、小麦関連だけまったく発展していない。

 領主さまは私がもってきたクッキーとメロンパンに目を丸くして驚いた。


「おお! シャロン! 君の才能なら、こういう素晴らしいものをもたらしてくれると信じていたよ! さすがだ! それで、これはいったい……?」

「これはクッキーとメロンパンです。どちらも小麦を焼いた焼き菓子というものです」

「ふむ、焼き菓子か……。それにしても、あいかわらずその発想はどこからくるのやら。小麦を焼くなど、この数千年の歴史で、誰も思いつかなかったというのに……」


 やっぱり、そもそも小麦の焼き菓子自体が存在していないみたいだ。でも、なんで……。


「どうして、誰も試さなかったんですか?」

「焼くといえば普通は生肉などだろう? 生肉などは焼かなければ食べられない。しかし小麦は違うだろう? それに、このように牛乳なんかを使って、パンという形にするなんて……常人ではとても思いつかないよ……」

「はぁ……」


 この世界の人はそもそも料理への意欲が薄そうだ。

 地球の人たちがどれだけ食にこだわりをもって探求していたかがよくわかる。

 そもそも、美食を追求したりできるような世の中じゃないのかもしれないけど……。

 幸い私のまわりではまだなにも起こっていないけど、どうやらこの世界はそこそこ物騒らしい。

 今も長い戦争が続いていて、国境のほうではドンパチやってるそうだ。

 できればこのまま何事もなく、毎日平和にパンを作っていたいけど……。


「よし、それじゃあさっそくこのクッキーとやらを食べてみよう」

「はい、ぜひどうぞ」


 領主さまは恐る恐るクッキーを口に運んだ。

 最初、思ってたより硬かったのか、少し苦戦しつつ、牛乳と一緒に流し込む。

 もぐもぐ……すると。


「おおお! これはなんと美味しい! 香ばしいにおいと、この食感がたまらない! 今までにこんなサクサク小気味いい音のするお菓子は食べたことがないぞ!」

「それはよかったです」

「よし、それじゃあこのメロンパンとやらも……」


 領主さまはメロンパンを不思議そうに眺めて、これまた恐る恐る食した。


「うおおおおお!!!? なんだこれは! 外はクッキーのようなカリカリサクサクで、中身はパンのふわふわとしたいつもの食感……! ふたつ合わさって、最強の食べ物じゃないか!!!!」


 領主さまは今までに見せたことのないような笑顔で喜んでくれた。

 私としても、これだけいろいろしてくれた領主さまに、恩返しができたようでうれしい。

 やっぱり、領主さまの期待にはできるだけこたえたいよね。


「これは絶対に流行るぞ! さっそく売り出してみるのだ! シャロンよ」

「はい! 私もはやく街の人たちに食べてもらいたいです!」


 領主さまのお墨付きも得たことだし、明日からいよいよ異世界初のパン屋さん開店だ。

 今のところ商品は、塩パン、クッキー、メロンパンの3種類しかないけれど……これからもっと増やしていきたい。そのためにも、まずは売りあげをあげないとね!


「ところでシャロン」

「はい……?」

「その、メロンというのはなんなのだ?」

「え、えーっと……」


 そっか、異世界にメロンってないんだ……。もしかしたら、遠い異国とかにはあるのかもしれないけど。

 私は領主さまへいい感じの説明をするのに苦労した。だってただの農民が異国の未知なるフルーツを知ってるわけもないし……。なんとか誤魔化さないと。


「私の村では、そう呼ばれてるんです」

「ほう、そうなのか」


 適当に、村の近くに生えている木の実を指して、それの別名がメロンだっていうことにしておいた。

 とくにそれ以上は詳しくきかれなかったけど、あとでお父さんにも言って口裏を合わせておかないと……。


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パン好きなのに小麦が苦手な私、異世界に転生してグルテンフリーの身体を手に入れる。パンを焼いていただけなのに、気づいたら大繁盛して王子から溺愛されているのですが!? 月ノみんと@成長革命3巻発売 @MintoTsukino

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