幸せな少女と願う少年

第7話 少年が見た景色

校門を通ると、桜の木が左右に大きく広がっていた。


昇降口から二年生の教室に向かう。


クラス替えがないことから、進級したという感じはあまりないが、教室が変わると雰囲気は少し変わるのだろう。


今日から一年間通うことになる、2-3の教室の前には一人の女の子が立っていた。


身長が少し低い女の子だった。


1年生かな。誰だろうか。


中の様子を見ているけれども、何か用があるのだろうか。


「どうしましたか?誰か探してますか?」


困ったような表情をしながら、目の前の子は話し出した。


「いえ、そうではないんですけど…私の席がなくて…」


「転校生ってことであってる?」


この学校にはクラス替えはないものの、転校生は時々いるらしい。


「そうなんです…」と少女は答えた。


先生たちが忘れてしまったのだろうか。


僕が何か提案できないかと考えていた時、少女の目から涙が落ちた。


「泣かないで。大丈夫だから。そうだ!僕の席を使ってていいよ。その間に机と椅子を用意してもらうから」


慌ててしまったため、良い提案はできなかった。


それでも少女は嬉しそうだった。


「ありがとう…君は優しいね」


弱々しい声で少女は感謝を僕に伝えた。


「あれ、一番後ろで誰も座ってない席があるよね。あそこ使ってていいから」


僕が指を指しながら伝えると、コクりと頷いて教室に入っていった。


知らない土地に来て、知らない人に囲まれるんだから緊張とか不安も大きいのだろう。




僕の席にたどり着くまでに、多くの人からの視線を集めてしまい、足が動かなくなってしまっていた。


僕は急いでその子のもとに向かい、手を少し強引に引っ張って席まで連れていった。


席に座ると、少し安心したように一息ついていた。


僕はリュックをロッカーの上に置こうとしたとき、少女は僕の方を向いて


「私がリュック持ってるよ。貸してくれれば」といった。


何から何までというのも嫌なのかな。


そう思ったので、僕はリュックを少女に渡した。


少女は僕のリュックを嬉しそうに抱きかかえていた。


僕は少女の後ろでロッカーにもたれかかって、先生が来るのを待った。




しばらくすると、少女は振り返り問いかけてきた。


「そういえば君の名前聞いてもいいかな?」


「僕の名前は修太朗っていうんだ。これからよろしく」


「こちらこそよろしく!私はね……」




「修ちゃん起きて!もう朝ですよ~」


明るく元気な声で、僕は目を覚ました。


不思議な夢を見た気がする。


少し前に実際にあったことのような、なかったことのような。


夢の中では、女の子の顔が見えた気がするけど思い出すことはできない。


根拠はないけれども、実際に会ったことのように感じる。


だとしたら、僕はその記憶がない。


記憶が少しの時間ないのかもしれない。


美月のことも知らなかったし、いじめのことも知らなかった。


覚えていないことがある以上、記憶が一定期間なくなっていたとしてもおかしくはない。


「またなにか考え事?変な夢でも見たの?」


起きてすぐに色々と考えはじめてしまっていたため、叶に挨拶もしていなかった。


「おはよう、叶。僕が2年生になってすぐの頃の夢を見た気がするんだ」


叶は少し驚いた表情をしてから「何か思い出したの?」と聞いてきた。


「いや正直夢だから、なんとも言えないかな…」


なんで記憶がないかもよくわからない。


思い出せないことは不思議ではあるけれども、どうしようもないから僕自身もうあきらめてしまっている。


「きっと思い出せるし、切り替えよう!」


叶が優しく励ましてくれた。


あんまり心配かけるわけにもいかないので、叶が言っているようにとりあえず切り替えよう。


叶が幽霊としている間は、僕のことよりも叶のことを優先してあげよう。


「ありがとう。じゃあ切り替えて学校に行く準備でもしようか」


僕は叶に声をかけ、二人で食事のためにリビングへ向かった。




リビングに着くと僕の親は「おはよう」といつも通り声をかけてくれた。


僕と叶も挨拶を返して、椅子に座った。


叶は椅子に座るとき、昨日のことを思い出したのか、少しニコニコとしながら腰掛けた。


「今日も叶さんはいるの?」


母の問いに対して、いることを伝えた。


信じてくれていることを再認識することができて、僕もうれしかった。


昨晩と同じように、電話を繋いで叶と会話をしながら食事をした。




食事を終え、学校の準備のために僕と叶は席を立った。


「叶ちゃんも学校に行くの?」


「一緒に行くよ。独りだとつまらないだろうからね」


そう母に伝えると、「そうしてあげなさい」と一言。


その一言は今までの食事の雰囲気とは違って、少し重みのある言葉だった。


二人で僕の部屋に戻り、学校に行く準備をした。


叶は僕の目の前でくるっと回ると、叶の服は一瞬で制服へと変化した。


アニメの魔法少女顔負けの速さだった。


あたりまえのように着替えているところを見ると、生きているときも頑張って学校に行っていたのだろう。


僕の考えには気づくこともなく、叶はいつも通り明るく少し誇らしげに自慢してきた。


「どうかな、修ちゃん!似合うかな?」


「似合ってるよ。すごくかわいいと思う」


顔を赤らめながら喜ぶ叶を横目に、僕も準備を進めた。




一通り準備を終え、部屋を出て玄関に向かう。


母がリビングから出てきて、僕に近づいてきた。


母は叶に聞こえないように小さな声で、「叶ちゃんを一人にしちゃだめだよ」と耳打ちしてきた。


叶のことを母はすごく心配してくれている。


そんなに心配することもないと思うけれども、一応気を付けることにしよう。


母には「わかった」とだけ伝えてから、叶と二人で家から出た。




昨日と同じように、のんびりと叶と話をしながら学校へと向かう。


今日は梅雨がまだ明けていないこともあり、雨の日だった。


いつもより静かな道路を、傘をさしながら歩く。




「生きているときに、修ちゃんとこんな風に歩きたかったな」


悲しそうな、寂しそうな。


叶はどのような気持ちなんだろう。


「僕と叶はどんな関係だったの?そもそも知り合いだったの?」


僕は叶のことをもっと知りたかった。


というよりも知っているのだろう。


記憶の欠けてしまっている部分に、叶との記憶もあるのだろう。


「私と修ちゃんの関係はね、ちょっと複雑なんだよね…」


少し言いにくいのか、時間がかかっていた。


重い口を開いて告げた内容は、僕にとっては衝撃的なものだったことを鮮明に覚えている。


「私の最初で最後の恋人が修ちゃんだったの」


開いた口がふさがらないとは、このことなのだろう。




「僕に恋人がいたの?それも叶が?」


今まで気にしなかったけれども、今の話を聞くと叶のことを少し意識してしまう。


こんなに良い人がいたのに、僕はなんで覚えていないんだろう。




「あれ、でもそんなに複雑ではないんじゃない?」


恋人だということだけでは、別に複雑な関係とは言えない気がする。


「修ちゃんの恋人だったのは2週間だけなの。私が告白して付き合ったのに私が振るから。ほら、ちょっと複雑でしょ!」


悲しそうに笑う姿を見て、僕はまた君がわからなくなった。




「その言い方だと、僕はまだ振られてないことにならない?」


言い間違えただけだろうか。


知らない間にいた恋人に急に振られるのか。


「振るのは私の本当の30秒が終わるときに…絶対に伝えるの!本当の君に。私を嫌いになってほしいから…」


叶の目からは涙が落ち、一番つらそうな顔を見せた。


叶の声は、強くなった雨の音で遮られて聞こえなかった。

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幽霊少女は30秒を少年に 少年は一生を幽霊少女に 詩歌すくね @fuka0210

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