第6-2話 夢のような出来事
僕の通訳を通さなくても声が聞こえることで、話は弾んでいた。
いわゆる女子トークというやつかな。
話を遮りたくはないけど、夕食もある。
そろそろ僕が来ないことで、母が呼びに来るだろう。
「叶は少し美月と話してる?僕はご飯食べてくるんだけど」
「話していたいけど、修ちゃんのご飯の様子は見なきゃだから!美月ちゃんごめんね…」
「全然いいよ!むしろ時間とっちゃってごめんね。また明日お話ししよ」
名残惜しそうに話していた美月の声が電話口から消えた。
僕の携帯からはツーツーと音が響く。
悲しそうな顔をしていた叶に、僕は声をかけた。
「また明日も、って美月も言ってたよ。元気出して」
表情がパッと明るくなり元気な声が聞こえた。
「早く行こう。父さんも母さんも待ってるよ」
僕は楽しみでいっぱいだったこともあり、少し弾んだ声で叶に呼びかけた。
電話があれば話せるなら、不確かな幽霊という存在ではなく、君のことをちゃんと両親に紹介できる。
リビングに向かう途中、父の発言を思い出し、少し引っかかった。
叶について説明するとき、一番最初に「叶っていう幽霊」と名前を伝えたはずだけれど、部屋を出る直前もう一度名前を聞かれた。
聞こえてなかっただけなのだろうか。
僕と叶はリビングの扉の手前まで来た。
「あっ!」
扉に手をかけたとき、僕は叶へのプレゼントのことを思い出して少し大きな声が出てしまった。
叶のことを紹介できることに意識がいってしまっていたこともあり、プレゼントのことが頭から離れてしまっていた。
叶は「大丈夫?」と声をかけてくれた。
美月と話せるようになったことで喜んでいたけど、もっともっと喜ばせてあげたい。
「何でもないから」と一言添えて、部屋の扉を開けた。
食卓には僕と両親が使う、古びた椅子が3脚と新しい椅子が1脚。
叶の方を向くと、目線は間違いなく椅子の方を向いていた。
「今日さ、椅子を買いに行ったよね。その時選んでたのは、僕のじゃなくて君のものだったんだ。叶に喜んで欲しくて、少し驚かせたくて内緒にしてたんだけど」
僕がそう伝えると、叶は一番の笑顔で泣いていた。
「ありがと!」その一言はいつもよりも声が震えていて、いつもよりも君のことがわかるものだった。
「喜んでくれたの?叶さんは」
母がそう言うと、叶は目線を強くこちらに向けてきた。
両親に伝えたことも黙っていたため、驚いているのだろう。
「叶のことを話したんだ。母さん、叶はすごく喜んでいるよ」
叶はいろんな表情を見せてくれていたけど、二つの出来事があって表情がコロコロと変化するところは、少し面白くて笑ってしまった。
この出来事は叶の思い出の1つになっただろうか?
君がここに居れる"30秒"の間に、あとどれくらい思い出を渡せるだろうか。
「とりあえず食事にしようか。食べながら話をしよう」
父がそう言った時、僕は両親に「少し待ってほしい」と伝えて、携帯の準備をした。
そして僕は続けて
「携帯ある?叶の声が携帯を通すと聞こえるみたいなんだ」
と伝えたとき、母はなんだか楽しそうに携帯を準備して、自分の携帯に指を指した。
僕は母の携帯に電話を掛けた。
1回の呼び出し音の後、母は電話を取り、電話をスピーカーモードに変更して机に置いた。
叶の方に目を向けると、少し緊張した様子だった。
叶はゆっくりと口を開いた。
「あの…聞こえますか?」
僕には母の携帯から叶の声が聞こえたが、二人はどうなのだろうか?
いつも聞こえているから、僕には聞こえるだけなのだろうか?
そんな不安はすぐに消えてしまった。
「私には聞こえるよ」と呑気に話す母と、「こんなことがあるんだな」とあまりの出来事に笑ってしまっている父の様子を見ることができた。
「改めまして叶さん、ようこそ。歓迎するよ」
父がそう言うと、叶も嬉しそうに話していた。
「実はなんだが、修太朗が幽霊がいると言い始めたときは、そんな変なもの追い払おうと思っていたんだが。さすがに椅子まで買ってこられたら、追い出すわけには行かないしな」
少し冗談交じりに話す様子は、僕も滅多に見ない厳しい父の優しい一面だった。
「それに修太朗は君のことでいっぱいのようだ。追い出したら後で文句を言われそうだ。叶さん、自分の家だと思ってゆっくりしていってな」
「ちょっと、あんまり変なこと言わないでよ」
父の発言に対して、すぐに軽い否定をした。
叶のことでいっぱいということは間違いではないけど、実際言われると恥ずかしい。
電話中の携帯が二台ともあるから、叶の声と僕たちの会話がスピーカーから反響して二重に聞こえていた。
普通は少し話にくいと感じると思うが、なんだかそのようには感じなかった。
「では今度こそ食事にしよう、電話を繋いでいれば4人で話せるしな」
目の前にすっかりと叶のことを信じてくれている両親がいて、僕はうれしかった。
僕が殺人犯だという疑いがあったことは、その食卓からは忘れられていた。
ここ最近で一番優しくて、温かい空気に包まれた食卓だった。
食事を終えるころには、叶と僕の両親はすっかりと打ち解けていた。
「じゃあ私はお皿とか片付けるから、二人は部屋に戻っていいよ」
母は僕と叶のことを気にしているのか、そのように声をかけてくれた。
「叶は先に部屋に戻っていてもらってもいいかな」
僕は父にさっき気になったことを聞いておきたい。
叶に聞かれても問題はないと思うけど、念のために。
「わかった~戻ってるね」
叶は僕の両親にお礼を伝えてから、ふらふらと帰っていった。
叶がリビングの扉をすり抜けて、少し経ってから僕は父に尋ねた。
「父さん、さっき叶のことを伝えたときのことなんだけど、父さん最後に"幽霊の名前は"って聞いたよね。僕は最初に叶の名前を伝えなかったっけ?」
父にそう伝えたとき、少し難しい顔をしていた。
そしてゆっくりと口を開いて話し出した。
「いや確かに名前は聞いたが、なんだか違う気がしたんだ。その幽霊がどんな存在なのかもわからないけれども。話を聞いていて何というのか懐かしい感覚のようなものがして」
懐かしい感覚か…
僕も叶に初めて会った時、懐かしい感覚というか安心感があった。
「私も叶ちゃんに対しては、なんだか久しぶりに話したなぁみたいな感覚だったよ」
母からの一言もあった。
正直なところ、今はこれ以上聞いてもわからないかな。
「叶のことで何かわかったら教えてほしいんだけどいいかな」
両親は僕の方を向いて小さく頷いていた。
僕もリビングを出た。
叶は僕のことを知っていたみたいだし、きっと僕も叶を知っているのだろう。
でも叶のような子を、僕は今まで見た記憶も関わった記憶もない。
叶はどんな存在なんだろう。
どんな過去があって、なんで幽霊になったんだろう。
君と僕はどんな関係だったんだろう。
これだけ考えているけれども、実はあったことないのかもしれない。
自分の部屋の前に着き、扉を開けた。
叶は「おかえり~」とのんびりとくつろぎながら、僕に声をかけてきた。
少し静かな時間があった。
「修ちゃん、今日はいっぱいありがとう!幸せな一日だったよ」
満足気な表情をしていた。
「叶は満足したみたいだけど、まだ消えたりしないよね。僕はまだ君と一緒に居たいんだけど」
「すごくうれしいな~修ちゃんが"私と一緒に居たい"だって。私も修ちゃんとずっと、死ぬまで一緒に居たい!」
叶の発言には時々おかしなものがある。
今の"死ぬまで"というのも変ではある。
ひょっとしたらまだ生きているのか。
この不思議な少女について調べた方が良いのだろうか。
必要ないかな。
この時の僕はただ君のために。
「死ぬまで一緒にいよう」
僕の言葉を聞いて頬を赤らめる少女。
「今日は疲れたね。いっぱいいっぱいありがとう!」
照れていることを隠すように、僕に感謝を伝える叶。
「叶も少し疲れただろ。今日はもう休んでいいよ。明日も学校に行こう。美月と三人でもっと楽しもう」
食事の時から、叶は少しあくびをしていた。
「は~い。ありがと」と眠そうに返事をして、あたりまえのように僕のベッドに入った。
僕はどこで寝よう…
そんなことを思いながら、お風呂に入り、布団を準備して横になり、バタバタとした一日を終えた。
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