第6-1話 夢のような出来事

人の気配がしない駅のホームは少し暗くなっていた。


人目を気にする必要がないため、叶ともある程度自由に話すことができる。


椅子を買って帰るだけとはいえ、サプライズを成功させるためには少し気を使わないといけない。


僕が美月の方を見ると、察してくれたように頷いていた。


改札に向かって階段をのぼっていた時、ちょっとした違和感を覚えた。


階段をのぼっていても、疲れを感じなかった。


それほど気にすることでもないけど、なんか変な気分だった。


「ねぇ修ちゃん家具屋さんって駅から近いの?」


「駅の目の前に少し大きめの建物があって、その中だよ」


叶は来たことないのかな。


そういえばこの子はどこに住んでいたんだろう。




階段をのぼると、改札が目の前にあった。


改札に近づくと、女性の駅員さんが手招きをしてくれた。


「君たちでしょ。連絡で大体聞いたよ!私も力になるからいつでも頼ってね」


「ありがとうございます」


僕はお礼を伝えてから、叶の切符を渡した。


駅員さんはスムーズに切符の処理を行いながら


「暗くなってきたから、気を付けてね」


と言ってくれた。


僕と美月は自動改札機から、叶は駅員さんの横をすっと通り過ぎた。


普通に生活していたら、ただの女の子なのに幽霊なんだよな。


僕はこの感覚がずっとどこか引っかかっていた。




駅から出ると目の前に家具屋があった。


なんだか前より大きい気がする。


工事か何かあったのかな。


「あれだよね!わぁ、おっきいな~!」


隣にははしゃぐ幽霊がいたが、反対を向くと不思議そうに首をかしげる女の子がいた。


不思議そうに建物を見ていた美月がこちらを向いて、顔を近づけてきた。


「ねぇ修くん。あの建物あんなに大きかったっけ」


耳打ちされた内容は、僕が思っていたことと同じことだった。


「僕も大きさに違和感はあるけど。いつまでも変わらないわけではないから、売り場を大きくしたんだろう…きっと」


渋々納得していた美月とは違い、目の前の建物に大はしゃぎな叶。


「二人とも早く行こうよ!遅いと叶さん一人で先に行っちゃうよ」


叶は一人でお店の方に向かう。


その隙を見て、美月に相談をすることにした。


「叶が少し離れたから相談なんだけど、女の子ってどんなのだと喜ぶかな」


「そうだね、可愛いのだとやっぱりうれしいかもって言いたいけど…どんなのだと嬉しいと思う?」


「やっぱり自分のほしいものだと嬉しいんじゃないかな。これから使う訳だし」


僕がそう答えると、美月は大きなため息をついた。


「修くんは賢いのに、女の子関係の話ってほんとに疎いよね」


「じゃあ美月だったら、どんなのがいいんだよ」


ちょっと馬鹿にされたこともあり、少し口調が強くなってしまった。


「あのね、私はともかく叶さんは修くんが好きで一緒に居るんでしょ。好きな人が自分のために一生懸命選んでくれるからうれしいんだよ!」


そんなものなのだろうか。


「それが通用するのは、お話の中だけじゃないのか」


「私は自分のために選んでくれたものだとすごくうれしいよ。どんなに変なものでも!」


自分なりに考えてみるか。


「叶さん離れちゃってるんでしょ。早く追いかけよう!」


僕は美月と一緒に叶を追いかけた。


僕たちは少し遅れてお店に入った。




叶はお店の中のいろいろな家具に興味を持っていた。


幽霊は壁をすり抜けたりしながら、家具を見たりしてふわふわと楽しんでいた。


僕は椅子が置いてあるコーナーに向かった。




あまり自分で家具を選びに来ないこともあり、想像以上の種類に驚いた。


「こう見ると結構種類あるよね」


美月は僕の後ろから声をかけ、そのまま言葉を繋いだ。


「叶さんが座ることを想像してみて、似合いそうなのを選べばいいんだよ」


選ぶヒントをくれた美月に、振り返ってお礼を伝えた。


叶に似合いそうな椅子か…


優しくて、明るい性格の幽霊が使う椅子。




少し悩んでいた時、パッと目に留まる椅子があった。


白が基調となっている中で、派手すぎない水色のワンポイントが入っている椅子だ。


優しい色使いが叶にぴったりだと思った。


椅子脚は僕が使っているのと同じように木でできていた。


「これかな。美月はどう思う?」


「いいじゃん可愛いし、私が貰いたいぐらいだよ」


僕は叶が見ていないことを確認して、店員さんにこの椅子を買うことを伝えた。




貰ったお金で足りそうな値段を提示された。


お金を払うと、店員さんは箱詰めされている商品を取りに倉庫に向かっていった。


「ねぇもう買っちゃったの?私が選んであげたかったな」


叶が後ろから声をかけてきた。


「いい感じのやつがあったから。もう決めちゃったんだ」


叶はしょんぼりとしていた。




「お待たせしました。重いから気を付けて持って帰ってね」


倉庫から出てきた店員さんは、大きめの箱を僕に手渡した。


お礼を伝えて僕たちはお店を後にした。




重いと伝えてもらっていたが、想像より軽くて負担にはならなかった。


できるだけ急いで帰らないと。




外はすっかり暗くなっていた。


駅に着き、さっきの駅員さんに対応してもらい電車を待った。


タイミングが良かったのかすぐに電車が来た。




電車の中は僕たち以外誰も乗っていなかったから、三人で並んで座った。


美月はあくびをしながら、目元をこすっていた。


さすがに急に連れまわしたこともあり疲れてしまったのだろう。


そんなとき僕のお腹が鳴った。


「お腹空いたね」


「夜ごはん何かな?」


二人が気を使ったように言ってきたこともあり、ただ恥ずかしかった。




あっという間に電車は僕たちが降りる駅に着いた。


改札機の前には、連絡先をくれた駅員さんがいた。


「みんなおかえり」


駅員さんは温かく迎えてくれた。


「荷物大きいけど大丈夫そう?」


「平気です。大きいだけであまり重くないので」


「怪我しないように気をつけてね」


最後まで駅員さんは優しかった。




歩きながら美月は携帯をつけた。


「そういえば修くん私の連絡先入ってるよね」


「それは入ってるでしょ。入ってなかったら美月に連絡できないじゃん」


僕は確認のために椅子の入った箱を置いて、携帯をつけた。


連絡先一覧を開くと、身に覚えのない一つの電話番号以外登録されていなかった。




「登録されてないみたい。前に登録してたんじゃないの?」


「私も昨日電話しようとしたら、連絡先が消えててもしかしてと思って」


僕と美月はお互いの連絡先を登録した。


「あれ、もう9時なんだけど!ごめん私、急いで帰らなきゃ」


そういうと美月は走って帰っていった。


美月の姿が見えなくなったころ、僕の携帯にメールが届いた。


---差出人 "美月" ---


後で電話するね!

-------------------------


電話の時にでも、叶の反応を報告するか。


「私たちも早く帰らないと、修ちゃんの両親心配するよ」


そういうと叶は僕の少し前を歩いていった。




すっかり遅くなってしまったが、家に着いた。


玄関を開けて、僕たちは両親に帰りを知らせた。


「ただいま」


リビングから母が出てきて、


「おかえり、ご飯食べるよ」


と一言。


「すぐ呼びに行くから叶は少し部屋で待ってて」


僕がそう伝えると、叶は僕の部屋に向かった。


今のうちに両親に説明してしまおう。


僕は両親のいるリビングに向かう。


リビングについて、僕は椅子の入った箱を置いた。


「ずいぶんといいものを買ってきたな」


父は少し笑っていた。




僕は両親に叶の話をした。




二人とも信じられないのだろう。


難しそうな表情をしていた。


「にわかには信じられないが…」


父は渋々納得しようと努力しているように見えたが、母は対照的だった。


「いいじゃない幽霊!私は信じることにする」


父は母の楽観的な対応に思わず笑ってしまっていた。


「まぁいいか、うちに一人家族が増えたぐらいの感覚で」


「ありがとう父さん、母さん」


僕は箱から椅子を取り出し、僕の椅子の横に置いた。


「部屋にいるから呼んでくるね」


「待て修太朗!」


部屋に向かおうとした僕を父は呼び止めた。


「その幽霊の名前はあるのか?」


「叶っていう、女の子の幽霊なんだ」


僕が名前を伝えると、「そうか」と一言つぶやいていた。




リビングから飛び出し、僕の部屋に向かう。


扉を勢いよく開けて、叶の名前を呼んだ。


叶の返事は返ってこなかった。




僕はもう一度叶の名前を呼んだ。


やはり返事はなかった。


静まり返る部屋の中、僕は立ち尽くした。


「まだまだ時間はあるって言ってたじゃないか。君の言っていた30秒は思っていたより短かったのか?」


寿命なのか。


正直僕が見ていた夢だったと言われたらそれまでだ。


「君はほんとにいたんだよな」


僕は叶のいた証拠を求めて、美月に電話をすることにした。


携帯の呼び出し音が部屋に響く。


「はーい美月です。どうしたの修くん?」


電話に出た美月は少し眠そうだった。


「美月は叶のこと覚えているよな」


美月を頼るしかなかった。


「覚えてるよ。優しくてかわいい幽霊さんでしょ。それがどうしたの?」


「いないんだ…僕の部屋にいるように伝えたらいなくなってしまったんだ」


「そっか寿命?なのかな。30秒って言ってたもんね。私も話してみたかったな」


「僕ももっと話したかった」




「椅子は渡せたの?」


「渡せなかった」


「そっか」


僕たちの会話は簡素なものだった。


「なんで叶はあんなに勝手なんだ。急に現れて、急に消えて…」


僕の目からは涙がこぼれた。




「どうかしたの?」


「どうかしたのって叶が急にいなくなって…叶!」


声のする方を見ると、ベッドの上で目をこすりながら、座っている幽霊がいた。


「いやぁ修ちゃんを脅かそうと思って、ベッドで布団をかぶってたら寝ちゃった」


僕は呆れて怒る気にならなかった。


「叶さんいたの?」


美月は心配そうに問いかけてきた。


「ごめん、このポンコツ幽霊、脅かそうと思ってたら寝ちゃってただけみたい」


「誰がポンコツだ!」


叶はちょっと怒ったように叫んでいた。


「ねぇ修くん!修くんの部屋の中、誰かいる?」


美月は急に大きな声で問いかけてきた。


「僕と叶しかいないけど」


「じゃあ今"誰がポンコツだ"って叫んでたのって…」


「そりゃ叶だけど…叶の声が聞こえたのか!!」


気のせいじゃないかと言いたいところだけど、叶の言ったことをピタリと言い当てている。


電話を通すと聞こえるのか?


僕は携帯を机の上においた。


叶はそっと携帯に近づいて声を送る。


「私の声聞こえてるの?美月ちゃん」


「聞こえるよ!叶さん」


「わぁこれでお話しできるね!」


叶と美月はお互いに話せて嬉しそうだった。


「叶さんの声、そんな感じなんだね。なんか想像より可愛くて悔しい」


「美月ちゃんの方が可愛い声してるよ!」


「なんだか照れちゃうな」


叶はぴょんぴょんと跳ねながら電話をしていた。


僕は無邪気にはしゃぐ叶の姿に心を惹かれた。

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