第5-2話 サプライズ計画
「どうしたの修くん!大丈夫?」
僕はただただうれしかった。
気のせいかもしれない。
だけれども叶とのつながりが、どんな形でもあることに気が付くことができた。
こんな事実を知ったうえで、喜ばないで平然としていることは無理だ…
「いやうれしいだけなんだ。写真でもちゃんと叶がいる…」
「叶さん映ってるの?」
美月が反応をしてくれていたが答える余裕はなかった。
みっともないかもしれない。
二人の女子の前で大泣きしているのだから。
こんなに感情を表に出したのはいつ以来だろうか。
しばらく泣き、僕は落ち着いてきた。
「少しは落ち着いた?」
美月は僕の手を握って、落ち着くまで待ってくれていた。
叶の手も僕の手を握ってくれているが、触れられないから感覚はわからない。
だけれど、叶の手はとても温かかった。
優しい温もりを感じた。
「ごめん、だいぶ落ち着いたよ。美月が見えてる光?が叶だと思う。僕も叶に会う前日に同じような光を見た気がするんだ」
僕の話の後、美月は目をまるくしていた。
信じられない部分もあったのだろう。
美月は静かに話し始めた。
「私ね。修くんを疑っているわけではなかったんだけど。さすがに幽霊の存在をパッと信じることはできなかったの…ごめんなさい、修くん、それに叶さん。でも修くんが、私には見せたことのない表情をするんだもん。すぐに信じれなかったのが申し訳なくて…」
美月が真剣に話している表情を見て、本気で考えてくれていることを知ることができた。
叶は静かに美月に近づき、そっと手を重ねた。
叶が手を重ねたとき、美月の目からすっと涙が落ちる。
「なんだかね。手があったかい気がするの…叶さんかな…」
美月は叶を見ることができないうえに、声を聞くこともできない。
それなのに叶の存在を理解できていた。
「ありがと。私に気づいてくれてすごいうれしい!ほら、二人とも泣き止んで!」
「そうだな。叶が美月に気づいてもらえてうれしいだって。あと泣き止んでなんて言われちゃったよ」
僕は少し笑いながら美月に伝えた。
「泣き止まないとね。叶さんも困っちゃうよね。叶さんの手が、なんだか懐かしい感覚だったから」
「わかるよ。僕も叶と話していると少し落ち着くんだ」
僕も美月も気持ちを表に出したことで、表情からわかるほどに疲れが出てきた。
しばらく誰も話さず、のんびりとベンチで休憩していた。
不思議と気まずさは感じなかった。
ずっと3人で一緒に居たいな。
僕自身も知らない、僕を知ることができる。
今までの人生の中で一番楽しい。
今後の人生において、叶と美月を超える友人はできないだろう。
このとき僕は二人と一緒に居ることのできる時間を、もっと大切にしようと思った。
「あの~どこか行くんじゃないの?疲れてるなら今日は帰る?」
僕と美月が休んでいるとき、叶は申し訳なさそうに聞いてきた。
「そうだった!少し急ごう。二つ隣の駅だし、すぐ行けるけど」
僕はベンチから立って、切符代の準備をし始めた。
それを見て美月も準備を始めた。
「叶さんってどうする?一応お金払う?」
「私はいいよって、私が言えることじゃないから、二人に任せるよ!」
「とりあえず改札に向かおう。歩きながら考えるよ」
僕たちは駅の改札に向けて歩き出した。
改札までの少し長い駅の一本道を三人で歩く。
駅の壁には、広告がびっしりと貼られていた。
景色の写真が多く、海や草原など見晴らしがよいものが多かった。
「叶さん、いつか一緒に行こうよ。きれいな場所たくさんあるよ!」
「うれしいなぁ。でも寿命の30秒がいつ来るか、わからないしな~。いけたら行こうね」
僕はそのまま美月に伝えた。
「そっか。幽霊にも寿命か…修くんから聞いたよ。なら早めに行こ!もうすぐ、あと一か月ぐらいで夏休み始まるし!」
叶が現れた日は6月16日だった。
光が見えたのは6月15日だったけど。
そして夏休みは7月20日から始まる。
それまでいてくれれば、いろんなところにたくさん連れて行ってあげたい。
30秒がそこまで持つだろうか?
「絶対行こうよ。叶。どこにだって連れて行ってあげるから!」
僕は叶に言ったら、一瞬険しい表情をして見せた。
その表情は本当に一瞬で、すぐにいつもの笑顔に戻って
「楽しみ。どこに連れて行ってもらおうかな~」
と言った。
叶自身は自分が長くないことに気づいているのだろうか。
30秒のリミットはもう近いのだろうか。
僕の頭は、叶に対しての疑問で埋め尽くされていた。
切符売り場に着き、僕と美月は電子マネーのチャージを行った。
そして叶の切符だが、買うことにした。
「私の買うの?いいよ~駅員さんには申し訳ないけど」
「いや買おうよ。できるだけなんでも一緒にしよう」
僕はそう伝えて、切符を購入した。
この時間の駅はだいぶ空いている。
駅員さんも退屈そうにあくびをしていた。
僕は叶の切符をもって、駅員さんのもとに向かった。
「修くんどうするの?」
「手動で切ってもらおう」
駅員さんの目の前まで行くと、
「なにかご用ですか?」
と少し眠そうな声で尋ねてきた。
「すみません。この切符の処理をお願いします」
「お客様のですか?でしたら改札機に入れていただければ、問題ありませんよ」
駅員さんには簡単にだけれど、正直に話すことにした。
「いえ、僕の友人のための切符なんです。幽霊なんですけど」
正直に伝えると、駅員さんはポカンとした顔をしてしまった。
やはり信じてもらえない。
子どもの戯言だと流されてしまうだろう。
諦めかけていた僕に、駅員さんは声をかけてきた。
「君は幽霊が見えるのかい?」
「はい。突然現れたんですけど、せっかくなので僕たちと同じように過ごせたら楽しんでもらえるかと思って…」
駅員さんは難しい顔をして、何かを考えていた。
「幽霊だけど、お客様か…だったら切符代をいただいてもいいのかな?」
考え込んで曇っていた顔は晴れて、優しく対応してくれた。
「ありがとうございます!」
僕たちは声を揃えてお礼を伝えた。
「ところで君、ほかの幽霊って見ることはできるのかい」
叶のように少し透けている程度なら、今までにも会っていて気づかなかった可能性もある。
でも認知できていないから見れないのかな。
「多分、いまいる幽霊だけです」
「そうか…」
駅員さんは少し悲しそうだった。
「なにかあったんですか?」
僕は優しい駅員さんの力にもなりたかった。
「いや、昔よくこの駅を使っていた女の子が急に来なくなって。娘だったんだけれど…もちろんどこかで元気に暮らしてくれていればいいんだけど、もしかしたら亡くなっているのかもと思ってね。もう一度…もう一度だけ娘と話したくて…」
話すうちに顔色が悪くなる駅員さんの姿を見て、娘さんを大切に思っていたということが理解できた。
力になりたいけど…僕はその子を知らない…
「そうだったんですね」
話を聞き、隣を見ると美月は少し泣きそうになっていた。
叶の目も少し潤んでいた。
「すまないね。こんな話を聞かせてしまって」
そう言いながら駅員さんは切符の処理をしてくれた。
「降りる駅にも連絡しておくから、安心してお使いください」
いつもの対応モードといった形で、丁寧な対応をしてくれた。
お礼を言って通ろうとしたとき、駅員さんがもう一度声をかけてきた。
「あ、ちょっと待ってね」
急いでペンを走らせて、一枚のメモを僕に渡してきた。
「これ僕の連絡先、幽霊さんとまた電車使う時は連絡して。休みでも君たちの対応だけはしてあげるから。うちには頑固な駅員が多いから。あと、お金は乗る時に決めてくれればいいから」
そういって連絡先のメモを僕に渡すと、
「行ってらっしゃい」
と大きく手を振ってくれた。
僕たちも手を振り返してから、駅のホームに向かった。
「優しい人だったね。でもあの話…」
僕がそう言うと、美月がつらそうに言葉を繋いだ。
「複雑な事情があったんだろうね。離婚しちゃったとかかな。娘さん元気だといいね…」
少し寂しい駅のホームには、うるさいぐらいの静寂だけが響く。
この時間は30分に一本程度しか、電車は来ない。
静かなホームのベンチに三人で座っていた。
時間は少しずつ過ぎている。
叶にもっとしてあげられることは何だろうか?
30秒か……
僕の頭は、叶のことでいっぱいだった。
突然響く電車の到着を知らせるベルの音に、三人して驚いた。
先ほどの話もあり、重くなっていた空気が、その瞬間少し軽くなった。
「ねえ修ちゃん。それでどこに行くの?」
僕らの静寂を断ち切ったのは叶だった。
「今から少し買い物にね。僕の部屋の家具が壊れちゃって買い替えだよ」
「叶さんには修くんが使いそうな可愛い椅子を選んで欲しいの」
「まともなやつを使わせてくれ」
美月は気を利かせて、話を合わせてくれた。
「そういうことなら、まかせてよ!」
叶は自信あり気なポーズをとっていた。
無邪気で可愛い姿を見て、笑みがこぼれた。
「そういえば、椅子買いに行くのがなんで秘密だったの?」
気づかないでほしかった点に叶が気づいてしまった。
僕がなんとか誤魔化そうと考えていた時、電車がゆっくりと静かにホームの中に入ってきた。
「まあ続きはあとでにしよう。とりあえず電車に乗ろう」
静かに開く、電車の扉に救われた。
二つ隣の駅に向かうために、僕たちは電車に乗った。
静かな電車の中では、少しの乗客の話し声だけが響く。
「次は○○駅」
次の駅を知らせるアナウンスが流れた気がする。
「ねぇ私たちってどこの駅に行く予定なんだっけ?」
美月は小声で話しかけてきた。
「どこって…あれ駅の名前なんだっけ?」
たまに利用していたから忘れるはずもないのだけれど、思い出すことができない。
「アナウンスも駅の名前ちゃんと言ってないの。だけど次で降りなきゃいけない気がするの」
普段なら美月がよくわからないことを言っているとしか考えないが、僕もわからなくなっている。
それなのに美月と同じく、次の駅で降りればいい気がする。
一つ目の駅はすでに通り過ぎたのだろうか。
「まもなく○○駅」
次に聞こえてきたアナウンスでも、駅の名前を聞き取ることはできなかった。
「やっぱり聞こえないって!」
美月が少し不思議そうに、でもどこか楽しそうに伝えてきた。
「僕も聞こえなかった。だけれどここでいい気がするし、降りてみるか。あとでさっきの駅員さんに聞いてみればいいかもね」
美月は楽しそうに頷いていた。
この会話には叶の声は一切入らなかった。
叶の表情を見ると、心配事があるような、どこかつらそうな顔をしていた。
何かあったのだろうか。
プレゼントとかを通して、元気になってくれるといいけど。
電車は大きなブレーキ音を立てながらホームに入り、扉が開いた。
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