喜ばす少年と楽しむ少女
第5-1話 サプライズ計画
幸せそうな顔でいる叶に美月が話しかける。
「あの~叶さん。そこにいるのかな?」
「いるよ!」
……
やはり美月には叶が見えてもいないし、声も聞こえていない。
「やっぱり聞こえないみたいだね…ちょっと悲しいな…」
さっきまで幸せそうにしていた少女の顔は少し曇ってしまっていた。
「じゃあ僕が通訳するよ」
僕の仕事量はかなり増えそうだが、これで叶が喜んでくれるなら頑張ろう。
「自己紹介からしてみるか。美月から」
僕が声をかけると美月は座り直して、姿勢を正してから話し始めた。
「はい!名前は美月といいます。気軽に美月って呼んでね。音楽を聴くのとか好きです。よろしくね、叶さん!」
美月は話しているときも、叶に対して話せるようにと僕の視線の先に向かって話してくれていた。
『ありがとう!じゃあ私は叶です。私のことも叶って呼んで欲しいな。私も音楽好きだよ!あと花が好きかな。よろしく!』
叶の自己紹介が終わると、美月はパチパチと拍手をしていた。
「ねぇ修くん、叶さんってどんな顔でどんな格好なの?」
改めて叶のことをよく見てから答える。
「叶は割と綺麗な顔立ちで、髪は美月よりも少し長くて、漫画のような綺麗な白のワンピース着てる子だよ」
叶は手で顔を覆っている。指の間からは顔を赤らめていることがわかる。
美月は少しニタニタと笑っていた。
「べた褒めだね~修くん。そんなに叶さんのこと好きなの~?」
「ただただ幸せになってほしいだけだよ。幽霊になったってことを、もう少し楽しめる時間がもらえたっていう捉え方をした方がよくない?」
僕の言葉を聞いた美月はため息をついてから言った。
「正しいこと言ってるのはわかるんだけど、そこはさぁ嘘でも好きって言おうよ」
美月の言葉を聞いた叶はすごく大きく頷いていた。
「え、なんかごめん」
とりあえず謝ってから、僕と美月はお弁当を食べ始めた。
「叶さんのご飯は?」
『みんなが美味しそうに食べる姿でお腹いっぱいになります」だってさ」
それを聞いた美月は何か考え始めた。
「なんか食べれないのかな?一緒に居るんだし、食事とかも一緒にしたいなって」
お腹いっぱいになるとか、お腹空かないとは聞いたけど食べれないわけではないのかな。
僕は叶の方を向いて聞いた。
「叶は何か食べれるものはないの?」
叶は少し頭を抱えてから答えた。
「ご飯は食べないけど、のどは渇くんだよね~だから水はたまに飲むよ」
幽霊って喉渇くのか…
「叶は水なら飲むらしいんだけど…」
美月に伝えると、
「おいしいお水を用意するって言ってもなんか味気ないよね…」
と言った。
しばらく考えてから美月は提案を出した。
「飲み物なら飲めるってことだよね!ならいろんな飲み物を用意してみるとかどう?」
それを聞いた叶はとてもとても嬉しそうだった。
「叶もうれしそうだよ。ありがとう」
「じゃあ明日から、修くんと私で違う飲み物もってきてとかしてみる?」
それを聞いて叶は嬉しそうに言った。
『私のために…ありがとう美月ちゃん』だって」
その後も雑談をしながら、楽しい食事の時間を過ごした。
三人での食事が一段落した。
「おいしかったね~」
美月も幸せそうだが、叶も幸せそうだった。
「なんとか叶さんの声聞いてみたいんだけど何か方法ないのかな?」
僕は当たり前に聞こえているため、考えたことなかったが、何かいい方法があるのだろうか。
それこそ霊媒師とかそういう不確定な人を頼るしかない気がする。
「今は何とも言えないな。現状叶のことが見えるのも、声が聞こえるのも僕だけだし」
さすがに体の透けている少女がいたら、目線が集まるだろう。
今のところ叶に集中する目線は感じない。
クラスにはいたのかな?
「僕がいなかったとき、クラスで叶が見えてそうな人はいたか?」
「私を見てる人は多分いなかったかな」
それぞれが何かアイデアがないかと考え無言の時間が続いた。
「「「何かないかな~?」」」
しばらくの沈黙の後、3人で同じ言葉が重なり、僕と叶はたくさん笑った。
「なになに~?急に笑い出して」
美月には叶の声は聞こえていなかった。
「きれいにハモったからさ。面白くて」
「そっかそっか!いいな私もたくさん笑っとこ~」
屋上から響く、笑い声はとても自由に広がっていった。
笑い疲れ、少し落ち着いたときお昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴り響いた。
「さあ戻るか。叶も授業受けよう!今度は僕と一緒に」
「叶さんも授業受けてるの?あ、だから朝来た時、空席の椅子引いたんだ!」
美月も見ていたようだ。
やっぱり目立つよな。気を付けないといけないな。
僕の言動にも行動にも、さらに注意を払わないといけない。
「今日の授業って何なの?」
僕は時間割が思い出せず、美月に尋ねる。
「今日はね~音楽の予定だったんだけどなくなったから、理科になるのかな」
「音楽ないんだ…」
美月の話を聞いて、叶は悲しそうな表情を見せる。
「いつか音楽やろう。授業じゃなくてもできるんだから」
「そうだね。叶さんの希望なんでしょ!」
僕が叶の言葉を伝えなくても、何となくで美月は汲み取ってくれた。
「とりあえず教室戻ろう!あと5分もないよ!」
美月は椅子をしまってから、屋上の扉を勢いよく開けて教室棟に帰っていった。
僕も椅子を片付けて、屋上の鍵を閉めてから、教室棟に向かった。
三人で走って教室に駆け込む。
こんな風に時間に追われるのは、学校生活の醍醐味とも言えるだろう。
叶は生きているときにはできたのだろうか。
そんなことを考えながら自分の席に戻り、僕の椅子と叶の椅子を引いた。
「ありがとう。修ちゃん」
叶からは、優しさが込められた言葉が伝わってくる。
「楽しんで」
僕は小さい声で叶に伝えて、授業用のノートと筆談用のノートを準備した。
しばらくすると理科の先生が教室に入ってきた。
理科は藤田先生が担当のようだ。
僕の記憶では、国語の先生だったはずだけれど…
「よーし、授業するぞ~」
叶がどれだけ学校に来たいと思うかわからないから、知っている人だと少しリラックスできそうでいいかもしれない。
「音楽の代わりになった理科の授業は私が見るぞ~」
いつものようにゆるく始まる授業。
「楽しみだな~」
周りには聞こえていないが、叶は少し静かに声を出した。
「早速はじめるんだが、僕は理科は専門じゃないので期待しないように」
それは授業していいのだろうか。
僕は疑問を感じつつ、叶の方に目線を送る。
いつもよりも楽しそうな表情をしていた。
「今日の範囲は復習がメインかな。とりあえず天体をするか」
その言葉の後、藤田先生によって月や太陽といった天体の授業が行われた。
先生の授業は専門範囲なのではと疑うほどに、面白くわかりやすいものだった。
「こんなもんにしとくか。あとは休憩とか帰る準備とかにしよう」
あっという間に授業は終わった。
叶のことを気にしながら授業をうけなければいけないと思っていたが、僕自身かなり授業に没頭してしまい気にすることができなかった。
「楽しかった~修ちゃんは授業に集中してたね」
「ごめんな、想像以上に面白くて…叶はどうだった?」
「私もすごく楽しかった!」
申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、叶が楽しめたならよかった。
僕は小さい声で叶と話しながら帰る準備を進めた。
「すまない、名簿を忘れたから職員室に取りに行ってくる」
先生はそう言い残して教室から飛び出していった。
「今日はもう終わりか~明日も来ていい?」
叶は学校を楽しんでくれていたようでよかった。
「もちろん。明日も一緒に来よう」
しばらくすると先生が職員室から戻ってきた。
「よし帰りのホームルームをするぞ。連絡事項特になし。修太朗君は朝の件できるだけ早めに報告するように。早退者や体調不良の人いるか……以上で終了!また明日」
相変わらず適当なホームルームが終わり、生徒たちは帰り始めた。
視線が気になり、その方向を見ると和樹が僕を睨んでいた。
僕はとっさに顔を背けて、リュックを背負う。
「帰るよ、叶」
呼びかけるとうきうきとした声で頷いて、叶は僕の横に来た。
二人で教室を出ると、美月が後ろから走ってきた。
「ちょっと置いていかないでよ。"あれ"買いに行くんでしょ!」
「あれって何?」
不思議そうな顔をする叶の顔を見て、僕はただ喜んでくれればいいなと思った。
ゆっくりと歩いているときも、叶は相変わらず不思議そうな顔をしてついてきていた。
3人で雑談をしながら校門を越え、のんびりと家具屋に向かう。
移動の時には、叶が僕の前に現れた昨日の話を美月にした。
「はぁなんか羨ましいな。私も幽霊見たいな」
残念そうに美月は話していたが、普通の幽霊って見えたら怖いものなのでは?
「多分だけど、叶みたいな幽霊は特例中の特例だと思うけど」
僕がそう伝えると、「そっか」と言って少し笑う美月。
「叶さんはほかの幽霊見えないの?」
『うーん見えるのかな?割と最近幽霊になったから良くわからないや』
叶の話を美月にそのまま伝える。
「声も聞いてみたいけど、叶さんを見てみたいな…」
声も姿も見る方法はわからない。
僕も何かアイデアがないかと思考を巡らせる。
「あ、そうだ携帯のカメラとかどうかな?」
美月が携帯をポケットから出しながら提案した。
携帯で映るものなのか。
テレビとかの心霊映像とかだと、手持ちカメラとか携帯のカメラとかで映ってはいるから可能性はありそうな気がするけど…
「試してみるか、僕は今日携帯持ってないから美月の携帯で撮ることになるけどいい?」
「もちろん。少しでも可能性があるなら試すしかないでしょ」
きらきらとした目線を美月は送ってくるが、叶にも意見を聞かないといけないと思い質問を投げる。
「叶もいい?嫌なら嫌って言っていいけど」
「私も大丈夫!!撮ってみよ!」
少し遠めの家具屋に行こうと思っていたこともあり、僕たちは駅の近くに来ていた。
ここの駅前には花がたくさん咲く大きな花壇や、綺麗な噴水など写真映えするスポットがいくつもある。
「せっかくだから駅前の噴水広場のベンチとかで撮ろう」
僕の出した提案に二人は口を揃えて、了承してくれた。
噴水広場に入り、3人でベンチに座る。
春に来ると桜を見ることができるが、現在は少しシーズンからずれた梅雨なこともあり散ってしまった。
梅雨の象徴のような、アジサイはこの駅前にはない。
叶と一緒にアジサイとか見に行ってみたいな…
「さぁ写真撮ってみよう!修くんが真ん中で、叶さんは修くんの右に座ってね!私は左に座るから」
「なんで僕が真ん中なんだ!せっかくだから叶が真ん中の方がいいんじゃないか?」
僕が提案をすると二人の女の子はため息をついて言った。
「ほんとに修くんはわかってない!!」
「ほんとに修ちゃんはわかってない!!」
僕は謝り、おとなしく真ん中に座った。
「ねぇ聞こえなかったんだけど、たぶん叶さんとおんなじこと言ったでしょ」
「おっしゃる通りです」
自慢気な顔をする美月は少し嬉しそうだった。
女子同士どこか通ずるところがあるのだろうか。
「じゃあ撮るよ。タイマーセットして…」
美月がタイマーをセットしてから、自撮り棒を伸ばす。
少し雲が暗くなり、静かになった広場にカメラのシャッター音が響く。
「どうかなどうかな??」
三人で携帯のアルバムを覗き込む。
僕は写真を見て驚いた。
写真だと僕にも叶を見ることができなかった。
「美月は見える?僕は写真だと見えないみたいなんだけど…」
僕はただ悲しかった。
悲しさを悟られないように…誤魔化すために美月に話を振った。
叶を見えるということが、僕と叶を繋ぎとめているように感じていた部分があったから。
もちろん、横を見れば叶がいる。
いつものように笑っているが、写真でも見ることができれば…
僕はいつでも叶を見てあげることができる存在で居たかったのだ。
じっくりと写真を見ていた美月が口を開いた。
「私にも見えない。だけど修くんの右手が少し明るく見える気がする」
僕も写真をもう一度見ると、確かに右手が少し光っているような気がした。
叶が現れる前日に見えた、暗い部屋の中の光のようにほんのりと光っていた。
僕は写真の光を見つけたとき、涙が止まらなくなった。
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