第4話 夢を叶える少年

学校に着き、昇降口に向かう。


「制服可愛いね~」


「そうかな?普通だと思うけど」


この中学の制服は普通のブレザーである。


「セーラー服とかに憧れってないの?」


女子はセーラー服に憧れを持っているイメージがあるけど、


そういうわけでもないのだろうか。


「私にはセーラー服は似合わなかったんだ」


少しだけ残念そうに、笑いながら話す叶。


そんなことはないと思う。


似合わないと話す叶が、セーラー服で学校生活を送る姿を想像してみた。


「僕は似合うと思うけどな」


本心で言った言葉を聞いて、みるみるうちに頬を赤らめていく叶。


僕は僕で、なんだか照れてしまう。


いつものようにニコニコしてくれていれば、気にしなかったのだが、


恥ずかしがっている姿を見てしまうと、こちらも恥ずかしさを感じてしまう。




少し気まずさを感じて、しばらくお互いに何も話さない時間があった。




気づいたときには、周りに登校する生徒がいなくなっていた。


割と早めに家を出たから、時間には余裕があるはずだから気にしなくてもいいけれど。


それにしても少なすぎる気がする。


「ねぇ。そろそろ急いだほうがいいんじゃない?


もうすぐホームルールの時間だけど…」


心配そうに伝えてくるが、時間はまだまだあるはず。


ホームルームの開始は8時30分。


家を出た時間は7時30分頃だった。


学校までは歩いて15分もあれば着く。


叶は時間がわからないから不安がっているのかもしれない。


安心させようと思い、僕は校舎の時計の方に体を向け


「大丈夫だよ。今日はいつもより余裕を持って家を出たから」


叶にそう伝え、校舎についている時計に向かって指をさした。


「ほら、あそこの時計見えるか?まだ時間が…え?」


僕は時計を見て驚愕した。


時計は8時25分を指していた。


「ごめん叶!急ぐぞ」


僕は叶の手を掴もうとしたが、すり抜けてしまう。


「私ならちゃんとついていくから大丈夫だよ。優しくしてくれてありがと」


手を掴めないことで、僕は叶が幽霊であることを改めて認識する。


叶は少し悲しそうな顔をしていた。


僕は叶に触れることができないということを認識させてしまった。


今後はもっと慎重にしなければ…




そのまま二人で慌てて走り、チャイムが鳴る約10秒前に教室に着いた。


僕は自分の席に座り、後ろについてきた少女のために隣の空席の椅子を引いた。


今日もクラスメイトからの視線は集中している。


そのうえ誰も使わない椅子を引いたことで、怪しんだり不気味がる声が聞こえてきた。


ガラガラと大きな音を立てて、担任の藤田先生が教室に入ってくる。


「出席取るぞ。全員座って静かにしておいてくれ」


いつものように先生が順々に生徒の名前を呼び、出席確認を行う。


僕の名前も呼ばれ、適当に返事をした。


正直みんな出席確認の返事なんて適当だ。


教壇から見れば、欠席がいないことが一目でわかる。


それにこのクラスの出席率は異常である。


昨年の出席率は99.9%を超えるぐらい、誰も休まないようなクラスだ。


藤田先生も確認はだいたい適当にしていると思う。


「全員出席だ。今日の連絡は特になし。じゃあ授業がんばれよ」


先生ってこんな適当でいいのだろうか。


「面白い先生だね。懐かしいな~」


教室で叶と話すとまた悪目立ちをしてしまうので、筆談という形をとった。


“面白いっていうより適当なだけだよ。懐かしいって藤田先生のこと知っているのか?”


叶は僕の字に目を通した後、笑いながら答えた。


「私が行ってる学校にあんな人がいるから、懐かしいなって」


僕はその言葉に違和感があった。


叶は時々まだ生きているような話し方をしている気がする。


気のせいだろうか。




叶が不安そうに、僕の顔を覗き込んできた。


大丈夫だと伝えようとしたとき、僕は首元から後ろにグッと引っ張られた。


「おい!修太朗ちょっとこっち来い」


突然服を引っ張って、威圧的に話しかけてきたのは和樹だった。


和樹は僕を引きずってどこかに行こうとする。


叶は僕について来ようとしていた。


「修ちゃん!」


「こっちに来るな!」


叶には楽しい思い出を渡したい。


僕がいじめられる瞬間なんて嫌な思い出にしかならない。


「そこで待ってて」


叶は不安そうな顔をしながら教室に残り、僕は和樹に連れていかれた。




僕は引きずられるままに連れていかれた。




力強く引っ張られるから、バランスが取れずフラフラだ。


引っ張ってこられた場所は先生も生徒もあまり来ない、特別教室棟の踊り場だった。


和樹は僕のことを壁に打ちつけた。


僕は勢いから尻もちをついた。


そこに和樹は一発蹴り入れてきた。


「おい、修太朗。金は持ってきたか。あるだけ全部出しな」


僕はこんな日に限ってお金を持ってきてしまった。


何とかバレないようにするしかない。


「昨日も話したけど、僕は学校にお金を持ってきていない。だから渡せるものはない!」


強気に出てごまかそう。


叶のためにお金のことはバレるわけにはいかない。


「しょうがねえな。来い!!こいつ殴るぞ!」


和樹が大きな声で上の階に向かって呼びかけると、男子生徒が二人降りてきた。


体のつくりががっちりしているような生徒だ。


3人揃って、殴られたらかなりきつそうだが、耐えるしかないか。


「おい!本当に持っていないのか?金さえ出したら楽になるぞ!」


和樹は脅しながら僕のことを殴り、ほかの二人も殴ったり蹴ったりとしてくる。


正直あまり痛くはない気がする。


アドレナリンなどによるものだろうか。


「おい。こいつのポケットとか探すぞ!隠してるかもしれない」


あまり痛がらなかったからか、別の動きを見せてきた。


ここでそう動かれた場合、お金の存在がバレてしまう。


胸ポケットにお金は入っている。


和樹と取り巻きの二人がポケットなどを触り始める。


必死に抵抗するが腕は和樹に固定されている。


足は取り巻きの二人によって動かせない。


ズボンのポケット、ブレザーのポケットと確認されていく。


「やっぱり持ってないか」


胸ポケットを調べる前に和樹が諦めるように言った。


お金を守れたこともあり、少し安心した。


安心してしまった。


「今、ホッとしただろ。こいつ持ってるぞ!」


油断してしまったことで、さらに丁寧に調べられ、取り巻きの一人が僕の胸ポケットに手を伸ばす。


もう駄目だと諦めていた時、女子の悲鳴のようなものが聞こえた。


助かったと思った。


しかしお構いなしで調べられ、とうとう誤魔化しきれないと思った時


「和樹君。そろそろやめないと先生呼ぶよ!」


呆れた顔で美月が廊下から歩いてきた。


和樹は美月の方を見て、怒鳴りつける。


「何言ってるんだ!そんな脅しじゃやめねーよ」


イライラした様子で和樹が答えて、僕の方を向いた。


「しょうがないなぁ。藤田先生、こっちです」


その声とともに、大人が歩いてくる。


「君たちか…何となくわかっていたけど。とりあえず指導室に来てもらおう」


舌打ちを残して、和樹と取り巻きの二人は連れていかれた。


美月は僕の方に寄り、声をかけてくれた。


「大丈夫?こんなに傷だらけで…」


涙を浮かべて、美月は心配そうに声をかけてくれる。


「大丈夫だよ。強がりじゃなく、あまり痛くないし」


僕は正直大丈夫だけど、見えるところに傷がついてしまったことが問題だ。


叶の思い出を作るためなのに、いじめがあるなんて事実を僕は認めるわけにはいかない。


顔にいくつか切り傷ができてしまった。


「美月は学校に絆創膏とか持ってきてないかな」


「あるよ」


そういうと美月はポケットから絆創膏を出した。


「ごめん、それもらえないかな」


「いいよ。つけてあげる。こっちおいで」


首、おでこ、左頬に美月が優しく絆創膏を貼ってくれた。


美月のやさしさに照れてしまう。


「なんか恥ずかしいな。照れる」


笑いながら僕が答えると、美月は顔を赤らめて言う。


「冗談言えるなら大丈夫かな。私まで恥ずかしくなっちゃった」


気まずさを感じる静寂が続く。


「あのさ、さっきはありがとう。悲鳴をあげてくれたり、先生を連れてきてくれたり」


いじめの現場にあって、あんなに勇気のある行動が僕にはとれるだろうか。


「え…先生を連れてきたのは私だけど、悲鳴?は私じゃないよ」


「それでもありがとう。美月が来てくれなかったら大切なお金が盗られるところだった」


お金を守れたこともあり、僕はホッとして壁にもたれかかる。


「お金か~何買うの?」


「椅子を買おうと思って」


「修くんが使う椅子を買うの?私も行っていい?」


美月には叶のことを教えてもいいのではないか。


できるならば相談に乗ってもらったり、叶の話し相手にもなってほしい。


「一時間目の授業抜けだして話せないかな」


「あらあら。優等生の修くんは何処へ。それでどこで話す?」


「生徒指導室にしよう」


屋上でもいいが、僕は和樹たちのいじめを問題にしない方が優先だと思った。


「和樹君とかがいるんじゃない?」


「だから行くんだ。いじめをなかったことをするために」


美月からは怒りが伝わってくる。


せっかく助けたのになかったことになるんだ。


でも広く知られるわけにはいかない。


叶の耳に入らないように、この話をなかったことにする必要がある。


「ちゃんと理由があるんだよね?」


「説明するから。お願い…」


僕は美月に頭を下げてお願いした。


「ごめんごめん。頭上げて、ちゃんと説明してくれればいいから」


「ありがとう」


頭を上げると、立ち上がっている美月が笑顔で、僕に手を伸ばしてくれていた。


美月の手につかまって立ち上がり、二人で生徒指導室に向かい歩き始めた。




生徒指導室の前に着くと中から、怒鳴り声が聞こえてくる。


怒鳴り声を遮るように、二人で指導室に入る。


「先生すみません。ちょっといいですか?」


「後にしてくれ、さすがに怒らないといけない」


「先生お願いします」


真剣に怒ってくれていたところ申し訳ないが、なかったことにしなければいけない。


「用件は?」


「和樹たちの先ほどの行動をなかったことにしてください」


「いらねぇよ。黙って帰れ修太朗」


和樹には都合の良い話だと思ったが。


なんだかんだいいやつなのかもしれない。


「いや。これは僕のためなんだ。いじめの事実を消さないといけない」


「何か事情があるのか?」


先生からの質問に、僕は何て答えようか悩んでしまう。


「藤田先生。私が話を聞いてから後でお伝えするのでこの場は…」


答えに詰まっていると、美月が助け舟を出してくれた。


「わかった。とりあえず美月さんの話を聞いてから判断するが、基本的に許す気はないことだけは伝えておく


じゃあお前ら戻っていいぞ」


「ありがとうございます」


僕が先生にお礼を伝えていると、和樹たちは舌打ちをしながら生徒指導室を出ていった。


「先生、このまま教室をお借りしてもいいですか?」


「特別だぞ。鍵はおいておくから後で返しに来てな」


先生は優しく鍵を僕に渡して出ていった。


部屋には僕と美月だけが残った。


「とりあえず、座って話そう」


美月はうなずき、僕の正面となる位置に座る。


「じゃあちゃんと説明してもらおうかな」


僕は美月に叶のことについて順番に話した。


叶と名乗る幽霊にあったこと。


叶の寿命。何がしたいのか。


僕が何をしてあげたいのか。





「じゃあ私は知らない幽霊の女のことで、頭がいっぱいの修くんにうまいこと丸め込まれたわけね」


冗談交じりに笑いながら、美月はそう言った。


「勘弁してくれよ。この年齢で幽霊になった女の子に楽しい思い出をあげたいだけなんだよ」


必死に僕は伝えた。


「わかったわかった。でも条件があります」


嫌な予感がする。


「一つ目は叶さんに私を紹介すること。二つ目は叶さんのお手伝いを私にもさせること。三つ目は私への連絡頻度を増やすこと」


「三つもですか…少し待ってほしい」


僕や叶にとっていい条件しかないが、軽はずみに頷いていいのだろうか。


「私はリスクがあるのに、修くん助けたんだけどな~」


ちょっとふざけたような口調で話しながら、片目を閉じつつ美月はちらちらと僕を見つめてくる。


「悪かったよ」


僕はしぶしぶ頷いた。


「じゃあさ。椅子も叶さんに?」


「ずっと飛んでるからさ、なんか同じ目線の方がいろんなことを楽しめるんじゃないかと思ってね」


「私も行っていい?私も頼りにしてほしいな」


知らない幽霊にも、優しくしてくれる美月はすごい。


「サプライズの予定なんだ。叶には伝えないでくれるなら、ぜひ手伝ってほしい」


「りょうかい!じゃあとりあえずお昼に屋上で!叶さんも連れてくること」


僕一人よりも心強いし、甘えるとしよう。


美月は立ち上がって教室に戻ろうとする。


「ありがとう美月」


僕が感謝を伝えると、かわいらしい声で返事をしつつ、指導室から出ていった。


「さあ僕は叶のところに戻らないと」


そう呟きながら、生徒指導室の鍵をかけて、隣の職員室の藤田先生のもとに向かう。


鍵を藤田先生の手に置く。


「理由は後でちゃんと伝えること」


とりあえず何も聞かないでくれた。


僕は頭を下げてから、職員室を後にした。


教室に戻ろうとしたとき、チャイムが聞こえた。


一時間目が終わってしまった。


二時間目は出ないといけないと思い、教室に急いだ。




廊下を走っていると、先に生徒指導室から出た美月に追いついた。


「授業出れなかったね」


「だね~」


ゆっくりと歩く美月に歩幅を合わせて、教室に向かった。





教室に着いたら、もうみんなご飯を食べていた。


「あれ、めっちゃ話したってこと?」


「そうっぽいね」


僕もびっくりしたが、美月は何故だか嬉しそうだった。


「じゃあ先に屋上行って待ってるね」


美月は自分のリュックからお弁当を出して、教室から飛び出していった。


「ねぇ修ちゃん!!私を教室に置いて女の子とデートですか?」


僕も急いでお弁当を取り、教室を出た。


叶は不満気についてきた。


人がいないところまで来てから、叶に謝った。


「いなくなっててごめん」


「修ちゃん心配したんだよ。顔も傷だらけで…何があったの?」


和樹のことは黙っておかないといけない。


「いや~階段から転げ落ちちゃって」


「ふーん、それであの子に絆創膏貼ってもらったの」


「悪かったって。知らない教室で知らない人たちに囲まれて、知らない授業を受けるなんてつらかったよな。もっと早く戻ってくるべきだった」


謝ってからそう伝えると、叶は少し満足そうに


「わかればよろしい」といった。


美月にも叶を紹介したいし、屋上に急ぎたい。


「さあ、お昼食べに屋上へ行くぞ」


大きく頷いて、叶は楽しそうについてくる。


屋上の前まで叶と雑談をしながら向かった。




屋上の扉はすでに鍵が外れていた。


「あれ、鍵空いてるね」


この叶の発言には違和感を覚えた。


「なんで鍵がかかってること知ってるの?」


叶はいつものように笑いながら


「屋上はだいたい鍵がかかってるものでしょ」と答えた。


それもそうだ。事件や事故があったら先生たちは責任問題になるんだから。


「さあそんなことよりもご飯食べよ!」


「屋上に出て食べるんだよ。こっちおいで」


僕は鍵の外れた扉を開けて、屋上に入る。


「修くん!遅いよ~」


扉から少し離れた位置から美月が僕に声をかける。


「ねぇ修ちゃん。私と二人で食べるんじゃないの?もしかして仲良し自慢ですか?優しい叶さんも怒っちゃうよ!ぷんぷん」


僕をからかって遊ぶように、優しく怒ってくる。


僕の目的は、叶に楽しい思い出を作ってあげること。


「違うよ。美月は君の友達になりたいと言ってくれた子だよ」


叶は僕の言葉を聞いて、僕の前で見せてくれていたものとは違う笑顔を見せた。


これが学校生活での思い出の一ページ目になるのかな…


「いつでも………ね…」


笑いながら涙を浮かべる少女は、ただただ美しく見えた。

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