願う少女と叶える少年

第3話 夢を願う少女

僕の前に現れた少女に対して問いかける。


「どうして僕なんかと一緒に居たいんだ?」


「決まってるじゃん!私はずっと修ちゃんのことが好きだからだよ!」


一緒に居たいとか好きだとか、言われるとさすがに照れてしまう。


「まあ30秒ぐらいなら許容するか。ってもう10秒ぐらいしかないか」


「そんなことないよ!30秒って意外と長いんだよ~」


「はいはい。あと5秒ぐらいかな」


「まあまあ私の中で30秒経ったらいなくなるからさ~」


「まあ好きにすれば」


「ありがと!好きにさせてもらうね!


どのみちあんまり時間もないし。あとその塩意味ないよ~」


にやにやしながら馬鹿にしてくる幽霊の少女には、どこか安心感があった。


僕は結局誰かといることが好きなのだろう。


そして相手は誰でもいいのだろう。幽霊だろうが、人だろうが。


「っていうか、私の中でってどれだけ居座るつもりだ!


だいたい寿命なら、自分で決められるものじゃないだろ」


「30秒は30秒なんだけど、この30秒は私にもいつ終わるかわからないものなの。


今日迎える30秒かもしれないし。明日迎えるかもしれない」


僕の前にいる少女は、寂しげな表情をして話していた。


「だったらそれって僕がいつ死ぬかわからないのと同じなんじゃ」


「それは違うよ!私の死はもう30秒後で確定しているの」


茶化している感じはしない。


真剣な表情で、幽霊は自分の死について語っていた。


「そもそも幽霊なんだから。死んで未練があるからいるんだろ。


なんだか今も生きてるみたいな言い方してさ」


「それは…えへへ」


うまく誤魔化されたような気がする。


嘘をついている感じはしないが、言っていることはめちゃくちゃだ。


周りが持っている、僕が殺人をしたという記憶のような曖昧さだ。




幽霊と話していたとき、僕の部屋をノックして母が入ってきた。


「ご飯できたけど、誰としゃべってたの?」


「いや、ここにいる幽霊と」


「…修太朗は多分疲れてるのね。好きなタイミングでおいで」


心配そうに僕を見る母。


幽霊を見るほどに疲弊していると思っているのだろう。


「ごめん。少しだけ休んでから行くよ」


母はリビングへと帰っていった。


「お前ほかの人には見えないのな」


「そうみたいだね。まあ修ちゃんが見えてればいいや」


この子の嘘か本当かわからない発言に惑わされてしまう。


「あと私のことは叶って呼んで欲しいな…」


「まあいいけど…しばらくよろしくな叶」


呼び方を指定した叶の顔は少し悲しそうだった。


「そういえばさっき自分の名前言う時、かの…とか言わなかった」


「それはね…昔の名前なんだけど…

 

せっかく幽霊になったし、過去にこだわらないようにしようかなって」


今度は割り切ったのか、叶はかなり明るい顔になっていた。


しっかり姿を見ていなかったが、叶はロングの髪がよく似合う。


顔も整っていることもあり可愛い。


年も同じぐらいだろうか。


「そういえば叶はどうして幽霊になったんだ?」


「うーんとね…よく覚えてないの。昔のことは…」


さっきまでの会話とは違う。少し濁されたような印象を受ける。


もしかしたら覚えているけど、話したくないことなのかもしれない。


笑顔を見せてくれている少女の顔に、僕はどことなく空虚な印象も受ける。


「そっか。なんか目的があって成仏できなかったのかな」


「私ね、死んだときに退屈しないぐらい楽しい思い出が欲しいの。


寿命は決まってるんだし、せっかくなら悲しいことより楽しいことをたくさんしたい!」


「じゃあ僕も手伝うよ」


「ほんとに!ありがとね修ちゃん!」


今は詳しくは聞かないでおこう。


それに思い出ができたら、叶はいなくなってくれるだろう。


正直部屋の中に知らない少女が、それも幽霊がいるのは怖い。


見た目は良いと思う。


だから、なおさら嫌なのかもしれない。


幽霊と言えど緊張してしまうから。


「そろそろご飯食べに行こうよ!いっぱい食べて元気だそう!」


「そうだな。でも元気がない原因少しは叶のせいでもあるからな」


「えへへ。ごめんね」


僕は少女と一緒に食事をするためリビングへ向かった。


「そういえば幽霊は食事するの?」


「食べないよ~箸とかも持てないし」


「なら部屋にいてもいいよ。ほかの人には見えないにしても退屈だろうし」


「一緒に行くよ!修ちゃんが幸せそうにご飯食べるとこみたいんだ~」


「なんか恥ずかしいな」


「それに今日からのご飯は昨日よりもきっとおいしいよ!」


「なんで」


「まあ、なんとなくそんな気がするんだ!」


結局二人でリビングへと向かう。




リビングに着くと二人で食事する両親の姿があった。


「母さんごめん。もう大丈夫だから」


「じゃあご飯の準備するから座っててね」


僕は母に甘え、椅子に座った。


叶は座るのかな。


さっきからずっと飛んでるけど疲れないのかな。


でもうちには椅子が三脚しかない。


叶用の椅子を準備した方がいいのかな。


「体調は大丈夫なのか。母さんからさっき修太朗が変だったと聞いたが」


「もう大丈夫だよ」


「なんでも幽霊が見えたとか」


叶のことを話したとして父は信じるだろうか。


少し目を向けると叶は笑っていた。


「少し見えたんだ。見えたような気がした。夢だったかもしれないけど」


とりあえず今ははぐらかしておこう。


「さあさあご飯だよ。たくさん食べな」


今日のご飯は天ぷらだった。


今朝はいろいろと重なったこともあり、味覚がうまく働いていなかったように感じる。


味もしなければ、ご飯の温かさすらも感じなかった。


箸で一口分を口に運ぶ。


「おいしい…」


あまり食事に期待はしていなかった。


だけれども今晩の夕飯は、ご飯の温かさもおいしさも感じることができた。


少し緊張や考え事が減ったこともあるのだろう。


それに今朝の食事が作業になっていたこともあり、この食事は幸せそのものだった。


それを見て、ニコニコとほほ笑む叶がいた。


僕は目の前の幸せを口に何度も運ぶ。




あっという間に食べ終わってしまった。


はじめは食事を見られていて少し恥ずかしいと感じたが、途中からは気にならなくなっていた。


「ごちそうさま。僕は部屋に戻るよ」


「ちゃんと休むんだぞ」


父からの声はいつもより優しかった。




「ご飯おいしかったでしょ!」


「すごく」


「あんな幸せそうな修ちゃんを見ることができて、私もおなかいっぱいです」


「幽霊になってから何も食べてないのか?」


「そうだね~おなかは空かないし。食べてないよ」


「そうなのか」


幽霊って寂しいな。


死んでしまっても、未練か何かからこの世界に漂って。


楽しみもあまりないのだろう。


僕が叶を見えていなかったら、叶の声が聞こえなかったら、


目の前で見せてくれている、この笑顔はないのだろう。


「なにか考え事?」


まずは叶が喜ぶことをしてあげるのがいいかもしれない。


楽しみを作ってあげたい。


「叶は昼って外に出れるのか?」


「多分大丈夫だよ!」


「明日は学校に行ってみないか?


年も近いと思うし、学校に行ったら何か思い出せるかもしれないよ」


「修ちゃんと一緒なら行くよ!」


できるだけ早く、この女の子をはやく楽にしてあげたい。


僕のことを好きと言っていたが、僕が叶のことを見えて話せているからだろう。


ちゃんと成仏させてあげよう。


こんないい子に辛い思いをさせないように。




部屋に戻り、宿題をするために椅子に座って机に向かう。


「叶は先に寝ててもいいぞ」


「じゃあ寝ちゃおうかな。おやすみ!修ちゃん」


「おやすみ」


ベッドで横になった少女を横目に、何もない机の上に教材を広げる。


しばらく問題を解いていたが、あくびが止まらなくなっていた。


「僕も早く寝よう」




問題を解き終えた僕には、もう動く気力は残っていなかった。









「…ゃん!起きて~修ちゃん!」


意識がぼんやりとしているとき、僕は誰かに起こされた。


宿題の後、そのまま机で寝てしまったようだ。


「変な夢を見たような気がする」


「どんな夢?」


「幽霊の女の子に付きまとわれる夢」


「それ現実だよ」


「…夢であってほしかった」


僕の頭の上を通って、目の前に来たものはニコニコしている幽霊。


不思議なことが起こりすぎて疲れているのだから、幽霊は夢が良かった。


「夢でよかったってひどくない?


こんなかわいい女の子だよ~」


「かわいいって自分で言うのってどうなの?」


口ではこう言うしかなかった。


幽霊とはいえ、面と向かって女性に可愛いというのは恥ずかしい。


「まあ修ちゃんが恥ずかしがり屋なのは知ってるから良いけどね~」


叶は、僕が恥ずかしがり屋だと言った。


昔の記憶はあるのか。あるいは僕にも叶が見えない時間があったのか。


見えない時間から僕の近くに居たとしたら、知っていてもおかしくはない。


でも話し方からは、記憶があるような自信を感じる。


とりあえず記憶の有無は気にしないでおこう。


記憶があろうがなかろうが、僕は別にどうでもよかった。


僕はこの幽霊の願いを叶えてあげたかった。


思い出を作る前に、僕は叶についてもっと知っておこう。


叶は僕のことを知っているみたいだけど、


僕は叶のことを少しも知らないのだから。


「叶の姿ってさ。死んだときの姿なのか?」


「そうだと思うよ!多分だけど、私が死ぬ前で一番まともな姿なんじゃないかな?」


「どういうことだ?」


「死んだときは外傷が残るとかあるはずなのに、傷とかないから」


確かにテレビとか映画で見るような、血まみれの幽霊ではない。


体が透けていなければ、もはや普通の女の子だ。


道端ですれ違ったとしても、気づかないほどに普通の子だ。


「なるほど。年齢とか聞いてもいいか?」


「年齢は修ちゃんと一緒の14歳だよ!」


「学校とかは行ってたのか?」


「やめちゃったんだ…楽しくなくてね…」


学校の話をしたとき、叶は昨日見せたような悲しそうな顔になった。


学校で嫌な思いをしたのだろうか。


だったら学校での嫌な思い出を忘れるぐらい、楽しい思い出を作ってあげよう。


このまま寿命を迎えたら、学校は心残りになってしまうと感じた。


「そうなのか。でも今度は楽しんでみようよ」


「楽しめるかな?あと行っても私がいる場所なんてないかもね」


学校に行くことに対しては、あまり積極的ではないように感じる。


昨日一緒に行こうと言った時には、うれしそうな表情を見せたが、


それは僕が楽しませると言ったからだろう。


「叶の席あるよ。僕の隣に空席が一つあるから。


 そこに座って一緒に授業受けたり、ご飯食べたりしない?」


「修ちゃんの隣空いてるの!?なら行きたい!」


僕の隣なら消極的じゃなくなるのか。


うきうきとしている幽霊はただただ可愛かった。


優しい顔で笑う少女が、学校を辞めるほどの嫌な思い出をしたのなら、


僕が学校のいい思い出を作ってあげたい。


寿命を迎えてからも笑ってもらえるように。


「楽しくなかったら、行くの辞めればいいよ。


 その時は僕も一緒に辞めるからさ」


「ほんといつでも優しいんだね…ありがと」


僕と一緒というと喜んでくれる。


本当に僕のことを好きみたいだ。


とりあえずいい思い出をあげたい。


どんなことをしたら思い出になるだろうか。


「ご飯だけど、今日は大丈夫そう?」


ノックとともに母が心配そうな顔しながら、部屋に入ってきた。


「今日は大丈夫だよ。すぐに行くから」


「わかった。ご飯の準備して待ってるね」


母が出て行って、普段なら僕以外誰もいない部屋に、


30秒の寿命の幽霊さんがいる。


「そうだ。叶の30秒は今日じゃないのか?」


「まだなんじゃない?さすがに」


「そっか…ご飯食べに行くけど一緒に来るか?」


「うん!もちろん!!」


一緒にというと、叶は本当にうれしそうに笑う。


僕は叶と一緒にリビングに向かった。




リビングに着くと、食事の準備を終えた両親が椅子に座って待っていた。


『おはよう』


「おはよう」


僕は両親に挨拶を返し、椅子に座る。


「じゃあ食べるか」


僕が座ってすぐに父が声をかける。


『いただきます』


家族で声を合わせたときの叶は、少し寂しそうだった。


やっぱり叶用の椅子があった方がいい気がする。


隣に座っている方が、


自分が幽霊であることを認識しなくてよくなるのではないか。


少し気が楽になるのではないか。


楽しく幸せな思いをさせてあげたい。


早速だけど、今日の放課後にでも買いに行こう。


そんなことを考えながら、食事をしていると父から


「調子はどうだ?」


と問いかけがあった。


「今日は大丈夫そうだよ」


「疑ったりと勝手だったが、俺は修太朗のことをしっかりと信じる」


「ありがとう。父さん」


「何かあったら言いなさい。どんなことでもできるだけ力になろう」


「心強いよ。ほんとにありがとう」


父に頼れるということもうれしい。


昨日までは、まだ家でも気を使っていた、


どこかに心を落ち着かせることのできる場所が欲しい。


屋上もあったが家も増えた。


屋上と家では、体調や自分の状況をしっかりと見極めよう。


「あ、早速なんだけど。お願いがあるんだけどいいかな」


「内容によるが、可能なら力になる」


椅子を買いたい。


叶へのプレゼントとして。


だけど秘密にしていた方がきっと喜ぶだろう。


「叶、少し来てほしい」


僕は叶に呼びかけ、一度リビングから出た。


両親から見たら、異様な光景だっただろう。


だけれど今は叶が最優先だ。


「叶ってさ、服って変えられるのか?」


現れたときから叶は、幽霊のイメージ通りの白いワンピースを着ていた。


「知っている服ならできるかも?」


「せっかくだし。制服にしてみないか?うちの中学は制服があるからさ」


「いいの?うれしいな~」


「僕の部屋に学校のパンフレットがあるから、それを見て着替えられるかやってみて」


「りょうかいです!」


「僕もご飯を食べてすぐに行くよ」


「はーい」


嬉しそうに叶は僕の部屋に向かう。


僕はリビングに戻った。


「ごめん父さん。さっきの話なんだけど…」


「それより大丈夫か。どこかに話しかけていたが…」


「後で説明するよ。お願いなんだけどいい?」


「とりあえず聞こうか」


「椅子を一脚買いたいんだ。その分のお金をもらえないかなって…」


「新しい椅子か。まあいいぞ。ご飯の後に用意しておく」


「ありがとう父さん」


「まあ後でちゃんと理由は話すんだぞ」


何も深く聞かずに頷いてくれて助かった。


帰るまでに、何かいい理由を考えておかないと。


「学校にお金を持っていくなら気を付けるんだぞ。落とさないようにな」


「気を付けるよ。ごちそうさまでした」


僕も学校の準備をしなければいけない。


叶の後を追うように、僕は自分の部屋に戻った。




部屋の前に着いたが、着替えは終わったのだろうか。


「着替えは終わったか?」


自分の部屋に入るにも確認がいるということは、新鮮で少し面白かった。


「終わったんだけど…」


「じゃあ入るよ」


ドアを開けると制服を着た叶の姿。


「すごいな叶は。きれいにできてるよ」


「うれしいんだけど…」


なぜか顔を赤らめる叶。


僕が褒めたからなのか。


「顔赤いけど、大丈夫か?」


「修ちゃん…制服の後ろってパンフレットに載ってる?」


「正面だけだと思うけど…ってまさか」


「うしろ…なくて…」


叶が作ったのは、前側だけの張りぼてのようなものだった。


「ごめん!とりあえずすぐにさっきのワンピースにしよう」


僕はすぐに手で目を隠して、叶に背を向けた。




「戻したよ~焦った焦った」


「今日はワンピースで行って、みんなの制服を見て来よう」


「そうだね!…ところで修ちゃん…見えた?…」


「見えてない見えてない!」


顔を真っ赤にしていた叶は安心したのか、


少しこわばっていた顔が優しい笑顔に変わった。


「じゃあ学校行くか」


大きく頷く叶は、学校を楽しみにしている小学一年生のように無邪気に見えた。


玄関に行く前に、僕は父に椅子代をもらいに行かないといけない。


「叶は先に玄関に行っていてほしい」


「はーい」と返事をして叶は玄関に向かっていった。


僕は急いで着替えて、父のもとに向かった。





父はお金を準備して待っていてくれた。


「これぐらいで足りるか?」


食事の後は急いで仕事に向かわないと間に合わないはずなのに、


僕のことを待ってくれている父がいた。


そんな父は3万円も用意してくれていた。


「ありがとう。十分すぎるよ」


お金を受け取り、部屋を出る前にもう一度父に感謝を伝えた。





僕は急いで叶のもとに向かう。


玄関に着くと準備を終えた叶が待っていた。


「おまたせ。行こうか」


「遅いよ~修ちゃん。早く学校行こ」


玄関で靴を履き、


「いってきます」と母に聞こえるように言って、家を出た。




ゆっくりと歩きながら、叶と学校に向かう。


誰かと学校に登校するのなんていつ以来だろうか。


昨日と同様に視線は感じるが、今日はあまり気にならなかった。


「なんかみんな修ちゃんのこと見てるね」


「僕はなんか人を殺したと思われているみたいなんだ」


「そうなんだ。なんだか不思議だね」


学校までは歩いて約15分で着く。


昨日の帰りはこの15分が1時間のように長く感じた。


しかし今日はあっという間に学校に着いた。


周りからは見えないが、叶と話して登校するのはとても楽しかった。


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