第2話 出会い

―――出会い―――


教室の前につき、扉越しに教室の中を見渡す。


そこで前の方に座っている髪の長い女子と目が合った。


美月みづきという名前の女の子だ。


僕は初めて美月さんに会った時、少し気弱そうだなという印象を持った。


前髪も長く、少し目が隠れていたからそういう印象を受けたと思う。


少し話したことがあるだけだが、彼女はとても優しくて明るいいい人だ。


今だってただのクラスメイトの僕に対して、美月さんは笑って小さく手招きしてくれた。


美月さんとは仲良かったんだっけ。とりあえず美月さんに僕のことを聞きに行こう。


仲良くない相手への配慮までは、僕にはできない。


彼女なら僕のことについて知っていてもいなくても、親身になって聞いてくれるだろう。


僕は聞き込みをする相手を美月さんに決め、彼女から少しの勇気をもらい教室に入る。


「どこ行ってたんだ。授業中だぞ」


少し怖い雰囲気の松岡先生が、数学で使っていた大きな三角定規を使って僕の方を指す。


「すみませんでした。体調が悪くなってしまって」


適当な嘘を並べて席に着こうとしたとき、


「待て待て修太朗。この問題の答えはわかるか」


黒板を二回叩きながら問いかけてきた。


「わからないですね。勉強しておきます」


問題自体は簡単な気がするが、習ったことがないため答えないでおいた。


のそのそと自分の席に戻り、座ろうとしたとき


「すまないが、今日の授業は今から自習とする。それから修太朗は今から私と一緒に生徒指導室に来なさい」


松岡先生に呼び出されてしまった。


問題に答えなかったのが悪かったか。それとも仮病がばれたか。


なんにせよついていくしかない。先に教室の外に出て待っている先生のもとに向かう。


いつもは怖く見える数学の松岡先生が、どことなくおびえているように見えた。


少し距離をとり歩いていると、生徒指導室に着いたようだ。


僕とは無縁な場所だと思っていたため、どこかわからなかった。


「少し待っていなさい」


そういうと先生は生徒指導室の隣の職員室に入っていった。


「うわぁ、職員室の隣なのか…」


何を話されるにしろ、僕の印象が悪くなりそうだなと呑気に考えていた。


くだらないことを考えているうちに、松岡先生と担任の藤田先生が出てきた。


「入って。話をしよう」


僕の方を見てそれだけ伝え、生徒指導室の中へと消えていった。


僕も追いかけるように、部屋に入り扉を閉める。


松岡先生が僕に対して、椅子に座るように促す。


僕は促されるままに椅子に座り、何を聞かれるのかと少し緊張していた。


少しの沈黙の後


「修太朗君は人を殺してしまったのかい?」


藤田先生の方から問いかけてきた。


僕は首を横に振る。


「正直に話しなさい!」


机を叩きながら、松岡先生が問い詰めてくる。


僕は正直に今の状態を話していった。


「僕は人を殺してしまったのでしょうか。よく覚えてないんですけど…」


難しそうな表情を浮かべる二人の先生。


正直に話す中で、常に僕は冷静にいることを心がけた。


どんな些細な情報も拾い落とさないように…



「そうか。やっぱり何かの間違いだよな。普段から優しいのは担任の私がよく知っている」



藤田先生は納得してくれたようだ。続いて


「そうだな。真面目で優秀な修太朗が殺人なんてな。変だと思ったんだよ。


 さっき問題を出したのは、君がいつも通りなのか知りたかったからだ。


 評価を下げたりはしないから安心していいぞ」


松岡先生も笑いながら理解してくれたようだ。


殺人の疑いがかかっていた僕を知っている先生たちにいくつか問いかけてみる。


「先生たちは、僕が人を殺したということを何となく知っていた感じですか」


これに二人の先生はうなずき、藤田先生が話し始めた。


「正直変な夢だと思っていた。だけど出席をとったあとの修太朗君が少し変だったから気になってな」


それを聞いたとき大切なことを思い出した。


「藤田先生。僕って昨日は学校にいましたか?」


先生ならば出席をとっている。正しいデータが残っているはず。


「いや、修太朗君は昨日は欠席していたよ。松岡先生の名簿ではどうですか」


「私が授業でつけたときは欠席としていたはずだ」


これはかなり貴重な情報だ。二人の先生から欠席であることを聞くことができた。


「ありがとうございます。和樹君から、昨日僕は学校に来ていたと言われたもので」


僕はお礼と聞いた理由について簡単に話した。


「そうか。昨日はどうしたんだ。風邪でも引いてしまったのか」


なんだかんだ心配してくれている松岡先生に対する印象がかなり変わった。


とりあえず僕は昨日のことを伝えた。


「いえ、昨日裁判があって、その後に……」


事情を伝え終えると、松岡先生が椅子から立ち上がり


「とりあえず私は職員室のほかの先生たちにも、修太朗の無実を伝えてこよう」


そう言い残して生徒指導室を飛び出していった。


初めてあんな笑顔の松岡先生を見た。


生徒を疑っていたが、生徒の無事と罪がないことで気持ちが軽くなったといったところだろうか。


続いて藤田先生は、


「何かあったら、なんでも相談してくれて大丈夫だから。先生はもう修太朗君を疑ったりしない」


そう言うと立ち上がり、さらにつづけて


「じゃあ。教室に戻っていいよ。私も一度職員室に戻っているから何かあったら呼びに来てね」


と言って、生徒指導室から出ていった。


さっきまで疑われていたとはいえ、“疑ったりしない”という言葉による安心感は凄まじいものだった。


少し重苦しい雰囲気だった生徒指導室は、いつしか僕の安心感で満たされていた。


生徒指導室の戸締りをして、教室に戻った。


気づかない間に時間は進んでいて、もうお昼の時間だった。


教室に入ると、クラスの半分程度が僕を少しにらみつけるように見てきた。


もう半分は僕から視線を一気にそらして、気づかないふりをしているようだ。


クラスの人も僕が殺人犯だと思っているのだろうか。


視線を感じ、僕の存在が浮いてしまう。


そんな居心地の悪いところにはいたくなかったので、僕はお弁当を持って屋上に向かった。




屋上の扉の前に着くと、南京錠が外れ、植木鉢の下の鍵もないことに気づいた。


引き返すか悩んだが、どのみち行く当てもないので諦めて開けることにした。


重い扉をゆっくりと開けると、そこには一人の生徒がいた。


扉が開いたことに気づくと、すぐに慌てて物陰に隠れていた。


おそらくいつも屋上を使っている人だろう。


簡単に見分けはついた。


鍵の位置を知っていることと、決定的なことは椅子に座っていたことが確認できたからだ。


扉が開き、急いで隠れた生徒に僕は声をかけた。


「すみません。お邪魔する気はなかったんです。


 僕はお弁当を食べに来ただけなので、誰にもあなたがいたことは言いませんよ」


すると、一人の女の子が陰から出てきた。


「あれ修くんじゃん!」


屋上を使っていた生徒の正体は美月さんだった。


「なんだ美月さんか…」


まったく知らない人ではなかったため、少し安心して僕は自分の椅子を取りに向かった。


気づいたときには美月さんは座りなおして


「さあさあ、食べよ食べよ!」


と明るく話しかけてきた。


「え、うん」


僕は戸惑いながら、とりあえず返事をした。


椅子に座り、お弁当を食べているときも、美月さんは僕に話しかけてきた。


「ねえ!修くん、なんかしたの?怒られちゃったのかな~?」


「怒られるようなことなんてしてないよ。少なくともした記憶はないよ」


すごくフレンドリーに話しかけてくれる。


僕にとってはありがたいし、話しやすくてうれしい。


そういえば美月さんは屋上をいつから使っているんだろう。


「美月さんはいつから屋上を使っているの?」


「え、いつからも何もないよ、修くんが教えてくれたじゃん!


 鍵の位置と使い終わった椅子の隠す場所!」


「僕が?美月さんに?」


そう聞き返すと、目の前でニコニコしながら首を縦に振る女子生徒の姿。


僕が考え込んでいると、


「そもそもなんだけど。その美月さんってなに!なんかむず痒いんだけど」


美月さんは少し不思議そうな表情をしながら話してきた。


「初対面だし、さん付けした方がいいかなって思ったんだけど。


 名字の方がよかった?」


「…本気で言ってんの?」


少し怒りのような感情がこもっている声の意味が、僕にはわからなかった。


「悪気はなかったんだ」


「私が何に怒っているのか、わかってんの」


「……」


僕は黙っていることしかできなかった。


理由がわからないことを謝ることはできない。


正直に原因を聞こう。


「わからない…美月さんはなんで怒っているんですか」


怒っていた表情とは一転して、少し悲しそうな顔をしながら話し始めた。


「私のこと忘れちゃったの…


 1年の時からずっと一緒にいたのに…」




確かにクラス替えのない学校だ。


でも面識どうこうではなく一緒にいた?


「本当に覚えていないんだ。申し訳ない。


 僕は美月さんとはどういう関係だったの」


問いかけと同時に響くチャイム。


「とりあえず教室戻ろっか…


 放課後に話そ…


 授業終わったら屋上で」


と明るく美月さんは伝え、屋上から教室に戻っていった。


屋上には僕の出した椅子と南京錠だけが置いてあった。




椅子を隠し、南京錠をかけて屋上を後にした。


「一緒にいた…友達だったのか。もしかして…恋人」


正直顔は可愛いと思うし、性格もきっといいのだろう。


「いや…そんなわけないか」


何か違う気がする。


ただの友達だったのだろう。


ぼそぼそと口に出しながら教室へと歩く。




教室に戻ってきたが、美月さん以外は誰もいなかった。


「あれ…みんなは?」


「移動教室でしょ!何言ってるの」


「そっか授業ってなんだっけ?」


「この学校の移動教室は基本的には体育しかないでしょ」


校舎はかなり広いのに、移動教室は体育だけか。


ちょっと寂しいな。家庭科室や技術室、PC室とかもあるのに。


「それより~!早く出てくれないかな!!」


「なんで?」


「着替えられないでしょ!バカ!」


「そっかごめん!じゃあ廊下にいるから終わったら呼んで!」


僕は慌てて廊下に出た。




僕は体育どうしよう。


もう受けなくてもいい気がしてきた。


一回授業を休むと、気が緩んでしまう。


「終わったよ~」


「はやっ」


元気の良い声で、教室を飛び出してきた体操服の美月さん。


30秒ぐらいしか待っていないのに。はやすぎる。


「修くんは体育どうする?」


「そんな気分じゃないし、欠席しようかな」


「へぇ~あの優等生がサボりですか~?まあいいよ、伝えておくね!」


そう言うと美月さんは廊下を走って授業に向かっていった。


僕は真面目に授業に向かう美月さんを背に教室の中へと入り、自分の席に座る。


「はぁ…あだ名までついてて、初対面ってよくよく考えたらありえないか」


屋上で美月さんと話したことを思い出して、一人で納得していた。


本でも読もうと思い、僕は机に手を突っ込むと知らない紙が入っていた。


メモ用紙のような紙には、文字が綴られていた。



 “なんで普通に登校してるんだよ。人殺し”



そう書かれていた。


クラスメイトも知っていたのか。


全員に知れ渡っているのか?後で聞いてみるしかないか。


何となく慣れてしまったような気がするが、


「やっぱり少し傷つくな」


独り言を吐き、自分を落ち着かせていると教室の扉が勢いよく開いた。


「修くんよ!一緒にサボろうではないか!」


よくわからない口調で、元気よく美月さんが教室に飛び込んできた。




「仮病で授業抜けてきたの。私は修くんのことが心配だから」


僕は手に持っていたメモをとりあえずポケットに入れて隠した。


「ありがとう。心配してくれて」


「いいのいいの。忘れちゃってる見たいだけど、私たちは仲良しなお友達だったんだよ」


「そうだったんだ」


恋人かもっていう考えがなくなってしまい少し残念だが、友達がいたことは素直にうれしい。


「僕は美月さんのことなんて呼んでたの?」


「どうして?」


「美月さんは僕のこと修くんって呼ぶし、さっき美月さんって言ったら気持ち悪がられたし」


「じゃあ逆に修くんはなんて呼びたいとかあるの?」


クスっと笑ってから、からかうように言われた。


「普通に美月さ」


「それはダメ!」


「まだ言い終わってないけど」


「“美月さん”って普通に呼ばれてもつまらないし」


「じゃあ美月で」


「はぇ!!」


「あれ~照れてるの?自分で呼び方決めていいって言ったのに?」


「急に呼ばれてびっくりしただけだし」


美月の頬は少しだけ赤らんでいたような気がした。


少しからかいすぎた気もしたが、僕もからかわれたから、おあいこだろう。


「それでさ、美月さん。聞きたいこ」


「ゴホン」


さっそく間違えてしまった。


僕は言い直しつつ続けた。


「美月。聞きたいことがあるんだけど…」


「なになに?」


僕は美月に思い切って殺人のことについて聞くことにした。


「僕って人を殺してしまったのかな?」


美月はポカンとした顔をした後、大きな声で笑っていた。


「なんの冗談?修くんはそんなことする人じゃないでしょ~!」


「そうだよね。さっき先生たちから、その事を言われたから」


「なんかの勘違いでしょ。先生たちはなんて?」


「犯人じゃないって信じてくれたけど」


「じゃあいいじゃん!大体殺したい人とか、動機はあったの?」


「いやないけど…」


「暗い顔しない!修くんは悪いことしてないよ」


「ありがと。美月」


「うん!!」


一人で考えるよりも、圧倒的に情報が多い。


なにより元気が出る。


僕はここ2日間で今が一番幸せだと感じた。


信じてくれる先生に、励ましてくれる友達。


「よし!もっと頑張らないと。心配かけないように」


すっと美月の方に視線を送ると、ニコッと笑ってくれた。


僕宛のメモのことは黙っておこう。


あと、しばらくは僕一人で動こう。


いじめの標的が美月になるのは避けなければならない。


「先生たちに殺人がどうとか聞かれたから、クラスの人も知っている可能性がある


 しばらく教室では僕に近づかないでほしい」


「え、やだけど」


「いや、仮に僕が今後もいじめられたらどうするの?一緒にいる美月だって危なくなる」


現にいじめ自体はもう始まっている。


「いじめられるかもで離れるのって、友達って言えるのかな」


ずっと明るく話していた美月が、怒っているような声で言ってきた。


僕自身、美月がいるかどうかで大きく違うだろう。


だけど、やっぱり傷つく姿は見たくない。


「わかった。しばらく様子を見よう。とりあえず一週間は僕に近づかないで。


 情報が正しいかどうかはさておき、僕が殺人犯だと思っている人もいるだろう。


 近くにいて平気にしていると、共犯ととられる可能性がある」


「ねぇ、それってさ。さっきとあんまり変わってなくない」


少し美月の苛立ちが増した気がした。


「いや、僕に近づかない間に美月にしてほしいことがある」


「…なに?」


拗ねているようだが、顔はこちらに向けてくれていて、真剣に聞いてくれていた。


「まずクラスの人に、僕が殺人犯という情報が広まっているのか、


 広まっているならどの程度知っているのかを聞いてほしい。


 それとネットとかを使って殺人の情報について調べてみてほしい」


「ふーん。その間修くんはどうするの?」


「状況次第だけど、問題が重かったら一度学校を休む。


 たいしたことなければ、普通に学校に通うよ。


 美月が調べてくれている間、僕もネットや先生から情報を集める」


「だいたいわかった。無理しないでね」


クラスメイトへの聞き込みは僕ではできない。


仮にほぼ全員が知っていた場合、おびえられてしまう可能性などがある。


それだと今後動きにくくなるかもしれない。


美月を駒のように使ってしまい申し訳ないが、僕ではできないことをしてもらいたい。


頼らせてもらおう。


相談が終わってからは、美月と雑談をした。


1年のいつ、どのように知り合ったのかなどの、僕が忘れてしまっていたことを話してくれた。




そんな他愛もない話をしていたとき、聞かなければいけないことを思い出した。


「あ、そうだ!」


「うわぁ!!なに急に」


突然大きな声を出してしまい、美月を驚かせてしまったようだ。


「ごめん。聞かなきゃと思ってたことを思い出したから、思わず…」


「なんだ。びっくりしたよ。それでなに?」


「僕って昨日学校に来た?」


先生たちは欠席といっていた。けれども和樹は僕はいたと言っていた。


美月の答えはどっちなのだろうか


「えっとね…」


少し考え込んで、美月は答えた。


「いたはずだよ!なんでそんなこと聞いたの?」


美月が欠席と言ってくれれば、和樹の勘違いで済ませられたかもしれないが、僕はいたのか。


「僕は昨日裁判所にいた。だから学校にはいないはずなんだ。


 先生たちも欠席と言っていた。なのに和樹は昨日会ったって言ったから。


 だから気になってね。」


「え!裁判所にいたの?」


「罪状は殺人だとさ」


僕は正直に美月に話していった。


「判決は?」


「無罪だった」


「なんで?」


「わからない。結局証拠がないからじゃない?」


「そっか!」


「昨日の授業に数学はあった?」


「あったよ!それと最後の音楽の授業があった!」


「最後?まだ1学期の半ばだよ。授業終了はもうちょい先だろ?」


「いや、なんか音楽の先生が辞めちゃうんだってさ。だから最後!」


「変わったこともあるんだな。代理の先生が来たりはしないの?」


「うーんとね。私たちが卒業するまでは来ないみたい」


そんなことあるのか。


さすがに変な気がするが、僕にはそんなことを気にする余裕はなくなっていた。


理由は簡単で、体育から生徒が帰ってくるのが窓から見えたからだ。


美月のサボりと、僕との関係を知られると今後に響く。


行動は慎重に行わなければならない。


チャイムが鳴ってないから気にしていなかったが、こんな時に限って授業は早く終わる。


校庭からならまだ時間もある。


「授業が終わったみたい。どうする?」


「私はささっと着替えちゃうね」


「りょうかい。とりあえずしばらくは…」


「わかったって近づかない。明日以降はお昼と放課後に屋上で情報共有ってことにしよ!」


「そうするか」


「あと何かあったらいつでも電話してくれていいから」


「ありがと。じゃあ僕はどっか行ってるね」


そういって、僕は廊下に出た。


今日はこれで授業は終わりだ。


僕は美月が着替え終わるのを待ってから、教室に入り帰宅の準備をした。


準備が終わった後、僕は一応体調不良だったことになっているので、机に突っ伏しておいた。



体育が終わり、生徒たちが帰ってきた。


帰ってきた生徒は着替えが終わっていた。


(美月に更衣室を使ってもらえば、廊下に出る必要はなかったのでは…)


そんな省エネ的な思考を巡らせていた時、担任の藤田先生が教室に入ってきた。


「帰りのホームルームをはじめるぞ。席に着け!」


しゃべっていた生徒たちは席に着き、僕も顔を上げた。


だらだらと連絡事項を話された後に、全員で挨拶をした。


今日はさっさと帰ろうと思い、リュックを背負うと和樹が寄ってきた。


「おい、お前殺人犯なんだって?」


「和樹君も知ってたの?でもそれ間違った情報でそんなことしてないよ」


「だよな。お前じゃそんなことできないよな。


 まあいいや、明日は金ちゃんと持って来いよ」


そう言い残し和樹は帰っていった。


僕には視線が集まり、ざわざわと噂されていた。


美月は心配そうに僕を見ていた。


今は目立たないように帰ることが僕にできることだと思い、教室を後にした。




帰り道にすれ違う見知らぬ人からの目線はそれほどなかった。


ただ僕のことを知っている人は、おびえたり、睨んだりしてきていた。


僕が殺人をしたという情報は、僕のことを知っていないと判断できない。


つまり僕を全く知らない人は“修太朗という人間が人を殺した”ということを知っているに過ぎない、と考えられる。


あくまで仮説だが、ほとんどに憎まれ続けるわけではないと考えられるので、少しホッとした。


気にしないとしても、やはりどこか疲れてしまうからだ。




考え込んでいる間に僕は家に着いた。


「ただいま」


ドアを開け、僕が声を出すと


「おかえり」


と母の声がした。


靴を脱ぎ、靴箱にしまい振り返ると、リビングから母が出てきていた。


「学校ではどうだった?」


「なんとも言えない。先生も知ってた。だけど正直に知らないことを話したら信じてくれたみたい」


「そうなのね。私は結局何も思い出せなかったの」


母は知らないと話した。僕は学校でも聞いた質問を母に投げかけてみた。


「母さん、昨日僕はどこに行った?」


「学校に行ってたはずよね。だけど裁判所から呼び出されたから迎えに行ったの。」


「さすがに捕まって一日で判決まで行くかな?」


「だから何かの間違えだったんでしょ。それで迎えに行ったんだから。


 まあまあ少し休んできな。夕食になったら起こしてあげるから寝ててもいいわよ」


僕は少し笑ってうなずき、自分の部屋に向かった。




部屋に入り、リュックを勉強机の横にかけ、僕は椅子に腰を下ろした。


「なんかよくわからなくなっちゃったな」


「なにがわからないの?」


「いやだって、みんな言ってることめちゃくちゃで統一感が…って」


僕は誰と会話したんだろう。


椅子をぐるっと回転させて僕は問う。


「誰かいるのか?」


「怖がらないで」


どこかから聞こえてくる声は、どこか暖かく優しい声をしていた。


「どこにいるんだ!」


「どこにいると思う?」


少し笑いながら、僕の周りをぐるぐると回るように声が響いた。


「誰だ!」


「そんな怖い顔しないでよ!」


「いや怖いだろ!どこかわからないんだから」


「じゃあそろそろ、こっち向いて」


「どこだよ!こっちって?」


「上だよ~ う・え!」


うきうきとした声で言われるが、怖いものは怖い。


僕は恐る恐る上を向いた。


「わっ!」


「うわぁぁ!!」


僕は椅子からころげ落ちた。


上を向いたときにいたものを見てしまったら、誰でも同じ反応をするだろう。


上には少し透けている女の子がいたのだから。


「びっくりした?」


ニコニコしながら彼女は僕に笑いかけてきた。


「私はね、かの…じゃなくてかなうだよ。


 よろしくね!修ちゃん!!」


幽霊の女の子は、僕の前に突然現れた。


僕は怖くて部屋を飛び出して、キッチンに向かった。


そしてキッチンから塩をとり、部屋に戻った。


「おい出てこい、叶とやら!」


「ダメダメ、怖い顔しないで!話を聞いて!


 悪いことするために来たんじゃないの」


「じゃあ目的はなんだ!」


「修ちゃんと少しだけ一緒に居たいだけなの」


僕はこの一言に不覚にもドキッとしてしまった。


「なぜ?」


「30秒だけでいいの…


 私の寿命はあと30秒なの…


 その30秒の間だけ一緒に居させてほしいの…お願い…」




突然現れた叶と名乗る幽霊の少女は、僕と一緒に居たいと言った。


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