幽霊少女は30秒を少年に 少年は一生を幽霊少女に

詩歌すくね

無罪の少年と幽霊の少女

第1話 殺人の違和感



「ずっと一緒にいれますように………


 私の願い…叶うかな…」


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誰かと僕は話をしていたはずなのに。


僕は気が付いたときには裁判所にいた。


裁判がちょうど終わったらしい。


罪状は殺人。


時間の流れがゆったりと流れているように感じていた。


ふわふわと聞こえてくる、知らない内容。




裁判官の口からは軽い口調で


「判決は無罪とする。」


という言い渡しがあった。


僕は無罪になったらしい。


なぜ無罪になったのか。




「僕は誰を殺してしまったのか」


何も思い出せない。ぼんやりとした記憶。誰もいない個室でつぶやいた。


「なんで人を殺したんだろう」


これから母が迎えに来るらしい。どんな顔をして会えばよいのだろうか。


僕は暗い部屋で自分を責め続けた。


(なんで殺してしまった。なんで覚えてないんだ。)




1時間ほど知らない罪について反省していた。


母が迎えに来たらしい。


僕は母が待つ車へと歩く。


まずは謝ろう。


母が車の中からこちらに手を振っている。


なぜか機嫌が良さそうに見えた。




いつもは重いと感じるのに、今日はなぜだか軽く感じた古い車のドアを開け、僕は真っ先に伝えた。


「母さん。迷惑かけてごめんなさい」


すると、母は少し微笑んだ。


「いいの、いいの」


何か変だった。殺人を犯した息子に対して、笑顔で許すことはあるだろうか。


僕は疑問を感じつつ続ける、


「でも母さん、殺人だよ。どんなに謝っても償えない。重罪を犯してしまった」


母は驚いていた。罪状を知らなかったのだろうか。


もしそうならば、笑いかけてきても不思議ではない。




静寂が続く車内。


少しの時間が過ぎ、母が問う。


「修太朗はなんでその人を殺したの。それと誰を殺したの?」


僕は今までも状況を整理しようと、時間を使っていた。


だからこそ何も思い出せないことに違和感を抱いていた。


「母さん。僕は誰を殺したの。何も思い出せないんだ」


僕は正直に告げた。そうするしかなかったから。


すると母は答える。


「それはそうでしょ。あなたは誰も殺していないのだから」


僕はますます意味が分からなくなり、混乱した。


「私は修太朗のお迎えを頼まれただけで、あなた特に悪いことはしてないでしょ」


「え…」


僕は自身が人を殺していなかったということに安心した。


しかし僕は無罪と言われた瞬間を確かに覚えている。


夢だったのだろうか。


自宅に着くと、もう夜だった。


家に着いたとき、車のモニターは19時だった。


時の流れが少し早く感じた。




玄関を開けると父がいた。


「ただいま。父さん」


僕が帰宅を知らせると同時に、平手打ちが父から飛んできた。


「何がただいまだ。まず伝えるべきことがあるだろう。


 親に迷惑をかけ、殺人まで犯して…謝罪一つも言えないんか」


再び僕は絶望に落ちる。


「やっぱり僕は…迷惑をかけてしまい申し訳ございませんでした。」


膝から崩れ落ち、頭を地面につけて僕が謝罪を述べる中、母は父に問う、


「修太朗は誰を殺したの。本当に修太朗なの。私も…多分修太朗も覚えていないの。


ねえお父さん、修太朗は誰を殺してしまったの」


父は母の問いに答える前に、リビングへと移動した。


僕と母はそのあとに続いて移動した。


椅子に座り、しばらく時間がたった。父からの質問が始まる。


「なんで殺したんだ。何か恨みでもあったのか」


「覚えてないんだ」


僕はありのままに父からの質問に答えていった。


「何も覚えていないんだな」


「ごめんなさい」




しばらく無音の時間が流れた。そんな中思い出したかのように父は問う。


「そういえばお前いつから家にいなかった」


父からの一言でまた頭がごちゃごちゃになった。


確かにそうだ。殺人という重罪を犯しているのなら、


何日もかけて裁判の準備が行われるはずだ。


なのに僕の父は、殺人を犯したということは知っていたとしても、


殺人の決定的な情報を持っているわけではない。


母に至っては殺人を犯した事実さえ記憶にない。


僕の家族は誰一人として、正しく状況を理解できていなかった。


「とりあえず、今日は寝るか。もう12時を過ぎてしまったし。続きは明日にしよう」


僕はうなずいて、自室に戻りベッドの上でつぶやいた。


「僕は誰を殺してしまったのか…」




「もう12時か...さっき帰ってきたばかりなのに」


自分のベッドに腰掛けながら部屋を見渡す。


夜で電気も消えているのに、少しだけ明るく見える。


僕はベッドにゴロンと寝転び、やたらときれいに見える自分の部屋の中で


眠るため目を閉じた。




朝の7時頃だろうか。


部屋に差し込む朝日で、僕は目を覚ました。


結局僕は誰を殺してしまったのだろうか。


「父や母が覚えていれば…


 償うために努力することだってできるのに」


部屋には僕一人。ポツリとつぶやく。


僕の少し乾いた声が反響で耳に入る。


「どんなに小さいことでもいい。なにか思い出そう。」


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『おはよう』


父と母からの挨拶が聞こえた。


どこか元気づけようとしているのか、


明るく声を出そうとしているように感じた。


「おはよう」


僕も挨拶を返した。


母は朝食の準備を、カチャカチャと音を立てて進めている。


静かなリビングには、その音のみが響いている。


昨日から会話よりも、誰も話さない静かな時間が多くなった。


母が料理を終えて、少しずつ朝食が並びはじめ、僕は箸やコップなどを用意するために立ち上がった。


配膳が終わると、三人で朝食を食べはじめた。


緊張からか、熱をあまり感じない白米を食べていると、父から質問が飛んできた。


「何か思い出したか」


僕は首を横に振ることしかできなかった。


「昨日の夜、私も何か思い出せないか考えたけど、何も思い出せなかったの…」


母も考えてみたようだが、やはり何も思い出せなかったようだ。


ひょっとすると、僕は殺人を犯していないのではないか。


そんな淡い期待がよぎる。


僕からも情報を集めようと、父に質問を投げかける。


「僕は殺人を犯したと誰から聞いたの」


母が知らない場所で聞いているはず、職場なのか…警察から直接聞いたのか…


少しの沈黙の後、父が口を開く。


「誰からなのだろうか。修太朗が人を殺したことをいつからか知っていた。


 自然に記憶に埋め込まれたような不思議な感じがする」


自然に知っていた。つまり誰かから聞いたわけではないと考えていいのだろうか。


母はともかくとして、裁判自体は行われている。


裁判官や警察に至っても、自然に刷り込まれた記憶によるものだったのだろうか。


だとしたら、知っていたとしても証拠がないため無罪になる。


僕が可能性について考えていると、父が謝罪してきた。


「昨日はすまなかった。証拠もないのに思い込みで殴ってしまった」


僕は笑って許した。しかし疑問は残る。


なぜか誰もが知っているのなら、母が知らない理由が見受けられない。


何かうまく状況が嚙み合わない。


食事が終わり、考え込んでいると母から


「さあさあ、とりあえず学校に行ってきなさい」


明るく声をかけられ、僕は慌てて自分の部屋に戻って、準備をはじめた。


リュックを背負い、部屋を出ようとしたとき何となくベッドの上がほのかに明るく感じた。


「遅刻するよ!」


その声を聞いて、急いで家から飛び出した。





学校につき、昇降口で靴を履き替え、教室に向かった。


僕のクラスである、2-3の教室を目指す。


この学校は入学から卒業までクラス替えは行われない。


それゆえに、クラス内での立ち位置はかなり重要である。


僕はクラスでは目立たないようにと、人には優しくすることを心がけている。


クラス内では平凡な位置をキープしているつもりだ。


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教室に入り、僕は自分の席に着いた。


僕の席はクラスの一番後ろ。窓側から二番目の席だ。


となりには誰も座っていない空席が一つある。


久しぶりの学校だからなのかわからないが、どこか寂しさを感じていた。


ホームルームまでは、あと5分弱となっていた。


ボーっとしていると、一人の男子が近づいてきて声をかけてきた。


「おい、修太朗。金貸してくれよ。昨日頼んだだろ」


威圧的な態度と声量で脅しをかけてきた。


この男子は嫌がらせでたびたび話題に上がる和樹かずきだ。


「お金なんて持ってきてないよ。家が近いから電車代とかでも使わないし…」


僕はおどおどしながら答えるしかなかった。


「なんでだよ。持ってくるって言ってたのに。ふざけんなよ!」


強い口調で怒鳴られた。僕が悪かったのだろうか。


「ごめん…」


そう答えると振り返り、和樹は自分の席に戻っていった。


お金を渡す約束か…そんな約束をした記憶はない。



僕はいじめが嫌いだ。



人がいじめを受けているのも、いじめている姿も見ていて気分が悪い。


おそらくほとんどの人が僕と同じ考えだろう。


僕はこのクラスのいじめの標的になったらしい。


僕が学校で過ごした記憶が正しければ、これまで僕に対してのいじめはなかった。


犯罪のうわさからだろうか…


そんなことを考えているうちに、一人の大人が教室に入ってきた。


「よーし、出席をとるぞー」


その一言から担任の藤田先生が、出席確認をとるために声を出し続ける。



あれ…和樹のやつ、昨日約束したって言っていた…



着々と出席確認が行われる中、昨日のことが聞けるかもという期待が僕を支配する。


ただ和樹は僕が人を殺したということを知っている様子はなかった。


うまく隠していただけなのだろうか。


この自然に刷り込まれた、僕の殺人の記憶は一体誰が知っていて、


誰が知らないのか。


とにかくまずは学校でも情報を集めてみようと思い、僕は席から立ちあがった。


気づいたときには出席の確認も終わっていたようだ。


まずは何か知ってそうな和樹に話を聞きに行こう。


少し周りからの目線を感じる。


視線が集中する中、僕は和樹の後ろに立って声をかけた。


「あのさ……」


うまく言葉が繋げられない。


声が出ずにいると、


「なんだよ。用があるならさっさと話せや」


和樹からの言葉が飛んできた。


僕は緊張もあり、20秒ほどかけて丁寧に言葉を選び問いかけた。


「約束したって言ったけど、昨日僕は和樹君には会っていないと思うんだけど、


 本当に昨日だったの」


絞りだした弱々しい声の問いに対して、


「ああ、間違いなく昨日だ。俺はいつもと同じように頼んだだろ。


 あと口の利き方には気をつけろ。俺には敬語を使え」


口調に対して注意されたが、今はそんなことはどうでもよかった。


間違いなく昨日…


昨日は裁判があったから学校は間違いなく欠席しているはず。どうして。


「僕は学校を休んだはずなんだけど…」


考えていたことが口からこぼれてしまった。


「何言ってるんだ。無遅刻無欠席の優等生ちゃんが」


状況が整理できない。頭がぐちゃぐちゃになっていた。


僕は逃げるように教室から飛び出して、一人になれる場所を探した。


廊下を走り、階段を駆け上がった。屋上を目指して。


息を切らして到着した屋上には鍵がかかっていた。


だけれど鍵はすぐ近くにある。


屋上のドアの前にある植木鉢の下だ。


先生が職員室からの確認が面倒だからと、近くに寄ったときに確認できるよう


隠しているところをたびたび目にするため位置はわかっていた。


植木鉢を上げると、鍵が落ちていた。


僕は鍵を拾い、屋上のドアにかかっている南京錠に鍵を差し込んだ。


古くなり錆ついた南京錠を開けると、同時に1限開始を知らすチャイムが鳴り響いた。


「はじめての授業の欠席だ。優等生もおしまいかもな」


少し肩の荷が下りたのか、顔がほころぶ感覚があった。


開けた南京錠をポケットに入れ、屋上のドアを開けた。


屋上は僕が学校で一番好きな場所だ。


先生たちは使用を禁止していたが、こんなにも心地の良い場所を


見つけてしまったら離れることはできない。


先生の見回りのチェック位置を確認して、


死角となる場所に使われていない教室の椅子を持ってきておいていた。


隠した椅子を引っ張り出して腰掛けた。


何も考えなくてもよい、開放感。


この感じが僕はとても好きだ。


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少しの間ボーっとしてしまった。


殺人もいじめにあっていることも、全部全部変な夢であってほしい。


そう心から願った。


昨日から今日のことについて思考を巡らせた。


何となく状況の雰囲気をつかむためには、結局聞き込みが一番なのだろう。


まずはクラスの人に、殺人のことについて知っているのか聞いてみよう。


次にすることも決まった。


体調が悪かったことにして教室に戻ろう。


僕は椅子を隠すために立ち上がり、見回りに見つからない死角に運んだ。


その死角となる位置はかなり暗いため、近づいても目を凝らさなければ椅子の存在がばれることはない


そんな場所に、おかしな影が見えた。


近づいてみると、もう一つ椅子が置いてあった。


「あれ、僕は1個しか椅子を運んできていないのに。ほかの人も屋上を使っているのか」


目を凝らさなければ見えないほど暗いからこそ、来た時には気づかなかったものがあってもおかしくはない。


若干動揺した。だが屋上を使う時に少し注意すれば、特に問題はないだろう。


何か落としたりしないように注意を払いつつ、僕は屋上を後にした。


南京錠をかけ、植木鉢の下に鍵を戻した。


しばらくは目立たないように、いつも以上に気を付けよう。


聞き込みに至っても注意を払って行おう。


僕は授業を受けるため、のそのそと教室に向かって歩いた。

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