タロタロはいっしょにいたい。

織夜

タロタロはいっしょにいたい。



「別府……くん? それなぁに?」

 とある高校の二年二組の担任教師はいつもぼんやりとして自己主張の乏しい別府太郎の奇行に戸惑っていた。注意するほどでもない着崩した制服。ブレザーは椅子に掛けられている。灰色に赤のアンダーカラーが入った髪色。整った顔に若干似合わない黒縁メガネ。いつも通りだ。そこまでは。

「なにって、オレの相棒のタロっすけど?」

「あんっ(タローのあいぼうのタロだよ)」

 太郎は膝に子犬を抱いている。灰色に赤毛の混じったふももふ毛並みの子犬がキラキラした金眼で教師を見つめている。黒革の首輪と銀色のドッグタグが誇らしげだ。

「え? あ、うん。かわいいね。でも、そういうことじゃなくてね?」

「一緒に授業受けます」

「あんっ(ぼくとタローはいっしょなの!)」

 毛色がよく似たふたりは、これが当然という顔をしている。教師は自分の常識を疑った。

「え~……え~っと? わんこくん、授業飽きちゃわない? トイレとか大丈夫?」

「必要なものは全部用意してあるんで大丈夫っす。タロ、授業おとなしく聞けるよな?」

「あんっ(タローといっしょならおとなしくしてるよ! ぼくいい子だもん!)」

 タロは元気にお返事をした。教室の後方にはゲージとトイレがすでにセットされている。

「タロもこう言ってるんで、問題ないっす」

 もちろん教師にはタロがわんわん鳴いてるようにしか聞こえない。思わず教室を見渡せば他の生徒たちはタロにメロメロになっていたり平然としていたり、この状況を受け入れているようだった。教師は悟った。すでに根回しは済んでいるのだと。

「え? あ? そう……? じゃあ、出欠とります?」

 担任教師は流すことにした。名簿を開いて出欠確認を始める。

「別府太郎」

「はい」

 タロは期待に金眼を輝かせて尻尾をふりふり振り回した。

「ほり――」

「先生、ひとり飛ばしてます」

 無視しようとしたが呼ばれるのを待っているタロの可愛さに教師は負けた。

「別府、タロくん」

「あんっ!」

 しっかり人語を理解して元気にお返事してくる賢さと可愛さにみんなから拍手が送られた。

「タロくん元気だねぇ。授業がんばってね」

 教師は破顔してタロを全面的に受け入れた。

「あんっ!」

「堀越――は、欠席か。増田――」

 欠席者一名。少し変わった変わらない日常が今日も始まった。

 太郎とタロの組み合わせは、授業開始時には一悶着あるが、呼べば元気に返事をし、授業中もおとなしくお座りして聞いているか寝ている姿にどの教師も問題にするのをやめた。とある授業の最後、起立できなかった太郎を教師とクラスメイトが覗くと太郎の腕に抱きついて寝ているタロがいて、「やめろっカメラの音で起きちゃうだろっ」「フラッシュは絶対やめろっ」「動画アップ禁止! 禁止!」と、スマホを構えながらクラスが静かにザワついた。こうして太郎とタロは学校に馴染んでいった。が、タロの可愛さに騙されてくれない教師が現れた。

「おい別府、その犬どこから連れてきた」

 ハーネスとリードを装着したタロが太郎と廊下を散歩していると、殺気立った声に呼び止められた。太郎の目の前に立ち腕を組んで威圧的に見下ろしてくるのは体育教師の目黒だ。生活指導も兼ねている。

「家から一緒に登校してきました」

 太郎は無感動な表情で平坦に答えた。タロは目黒を見上げ鼻をひくつかせたあと、太郎の制服のズボンの裾を前足で引っ張った。

「おまえの飼い犬か?」

「相棒です」

 太郎はタロのおねだりをきいて抱き上げて頭に乗せる。毛色が似すぎていてふたりの境目がわからなくなった。タロは目黒を見下ろす。鼻が血の匂いを察してひくついた。

 目黒は目線が高くなった子犬を睨みつけたが、きゅるるんとした目で平然と見つめ返された。

「飼い犬だか野良犬だか知らんが動物を学校に連れ込むな」

「なんでですか? 校則にはなにも書いてないっすよ?」

 場所は廊下のど真ん中。休み時間で人通りは多い。すでにタロは校内で知らない生徒はいないほど有名だ。通りかかった生徒は目黒の死角からタロに手を振っていく。

 タロの尻尾が太郎の後頭部をタシタシと叩く。

「他の生徒の邪魔になる」

「クラスの奴に確認しましたけど、タロは授業の邪魔なんてしてないっすよ」

「ぐるるるるるっ(こいつ嫌い。タローに嫌なことする)」

 タロが低く唸って目黒を威嚇した。廊下の隅で様子を伺っていた生徒がタロに声援を送る。

 タロに気圧された目黒は半歩下がりながら反抗してくる子犬に青筋を立てて語気を強めた。

「ほら見ろ。他の生徒がケガしたらどうする」

「こいつオレ以外に撫でられるの嫌いなんで基本的に他人に近づかないっす」

 目黒の機嫌がどう変わろうと太郎は無感動無表情を保ち、頭の上のタロを撫でる。

「口が減らないな別府、お前そんなんじゃ」

「目黒先生~学年主任の林先生が探してましたよ~」

 廊下の死角から軽いノリの男子生徒が手を振りながら出てきた。久藤満影くどうみつかげ、生徒会長である。

「あとで生徒指導室に呼び出すからな」

 目黒は満影を一瞥したあと太郎を睨んで去って行った。

「自業自得だけど厄介な先生に目を付けられちゃったね」

 満影は目黒の後ろ姿に手を振りながら太郎の隣に並んでニヤニヤと笑っている。完全に成り行きを楽しんでいる顔だ。ニヤケ顔の隣に並ぶのは頭に子犬を乗せたメガネ男子という奇妙な絵面である。

「満影……今の嘘?」

 あまりにも絶妙なタイミングだったので太郎は疑ったが満影は肩をすくめてみせた。

「あれは本当」

 直後校内放送のチャイムが響き目黒を呼び出す放送が流れた。この放送もタイミングが良すぎるので太郎は相変わらず満影を疑っている。わずかばかり振り向けた横顔と頭上のタロの表情が一緒だった。

 目黒の姿が完全に見えなくなると満影は太郎に向き合い、タロに視線を合わせた。

「目黒先生を黙らせないとタロタロは引き離されちゃうよ?」

「タロタロってなんだよ?」

 飼い主以外が近づいてきたのでタロは前足と後ろ足で太郎の頭を締め付けた。

 太郎は両手で頭と背中を撫でて落ち着かせそのまま首を傾げた。

「太郎とタロでタロタロ。君たち名前も見た目も一緒で並んでると区別つかないし」

「タロ、オレたちいっしょだって。やったな」

(えへへっタローといっしょ〜)

「追いつかないツッコミは置いておくとして、目黒先生の弱みでも握って黙らせといたほうがいいかもね」

 もろもろを流した満影が深めた笑顔で特段軽く言う。

「あの人の弱みってなんだよ」

 対する太郎も、無表情とはいかないまでもぼんやりした顔で相槌を打つ。

「あ~、そういえば、君のクラスでしばらく休んでる女子いるでしょ」

「いるけど。堀越がどうした?」

「さぁ? もしかしたらのっぴきならない事情があって休んでるんじゃないかなぁっておもっただけ」

 予鈴が鳴り満影はすんなりと教室に戻った。置いて行かれた太郎はタロを頭上から降ろして腕に抱く。

「そこまで言うなら全部言ってけよ」

(タロー、あの人間嫌い?)

 タロが太郎を見上げる。太郎はタロと視線を合わせてふわりと笑ってみせた。

「嫌いではねぇな」

 タロにだけ見せた笑顔を引っ込め太郎も教室に戻った。

 一日でタロタロという存在を学校に染み付かせたふたりは次の日も堂々と登校し、学校側も大半はそれを受け入れていた。出会う生徒、教師にはタロタロの愛称でふたり揃って挨拶され、それには元気よく返事をするタロだが、撫でたがる生徒へは拒絶を返す。「悪いな、オレしかだめなんだ」と、飼い主マウントをとりながらたどり着いた教室で、太郎は空席に目を留めた。

「堀越は今日も休みか」

 窓際の前から二番目の空席はここ二週間埋まっていない。堀越という女子生徒の席だ。始業のチャイムが鳴り一時間目が始まる。教室に入ってきたのは教科担当の教師ではなく目黒だった。

「現国の田原先生は急用でこの時間は自習だ。出欠とるぞ」

 前日に体育はなく、目黒がタロのいるクラスの出欠をとるのは今日が初めてだ。大方の予想通り、太郎の次にタロを呼ぶことはなかった。

「先生、タロも授業に参加するんで出欠確認お願いします」

 太郎が主張しても無視して次に進む。

「堀越」

「はい」

「え?」

 欠席しているはずの堀越が返事をした。目黒以外、クラスの生徒がざわつく。

「誰だよ代弁した奴」

「おい、あれ堀越じゃね?」

 誰かが茶化したのだろうと笑いに傾きかけた空気が一気に凍った。太郎の前の席の生徒が堀越の席を指指す。そこに座る後ろ姿があった。クラス中の視線が堀越に集中している。目黒もじっと堀越を見て顔色をなくしていた。全員に見えている。ならば誰もが気づかないうちに堀越が登校してきたのだろうかと太郎が疑った時、堀越の上半身がゆっくりと傾き、腰から離れて床に落ちた。太郎の位置からでは堀越の顔は見えなかった。だが頭の角度から黒板を見上げている気がした。

「きゃあああ――――っ!!」

 堀越の後ろの席の女子生徒が悲鳴を上げて椅子を蹴倒し逃げ出した。それを皮切りに教室は騒然とする。

 目黒は青くした顔色から我に返り逃げ出す生徒を捕まえて教室全体に向かって怒鳴りつける。

「静かにしろお前ら!」

「だって先生今の!」

「お前ら揃って幻覚でも見たんじゃないか? 動画の見過ぎだ。たるんでるんだよ!」

 目黒に反論するために男子生徒が揃って堀越の席を囲むがそこには誰も座っていなかったし床にもなにもなかった。隣の教室で授業をしていた教師が騒ぎを聞きつけ駆け込んできたが、目黒は虫が出て女子生徒が騒いだ、別府の飼い犬が余計に騒いで授業を邪魔したと説明した。タロは騒ぎの間ずっと太郎の腕の中にいたし太郎は席を立ってもいない。目黒が詰め寄ってきてもふたりは血走った目を見上げるだけで微動だにしなかった。

「この犬が! 授業の邪魔だ!」

 伸びてくる腕にふたりはやっと動いた。

「やめろ。タロに触るな」

「がるるるるるるぅっ」

 太郎は静かに言った。タロは牙をむき出しにして唸った。

 ふたりの気迫に目黒は一歩引いた。一瞬でも気圧された自分を自覚した目黒は駆けつけた教師を追い返しタロタロに別室での自習を言い渡した。

「タロ、あいつの匂い、覚えておけよ」

(わかった。あいつ嫌い)

 二人きりになった教室でふたりは明確に敵を設定した。

 結局放課後まで隔離されていたタロタロが教室に戻ると残っていた生徒たちが集まってきた。「おい別府大丈夫だったかよ」と、隣の席の男子が椅子を寄せ、「タロはずっとおとなしかっただろ。なんで黙って従ったんだよ」自分のことのように怒った男子は悔しげに拳を握る。「ごめん。私が悲鳴なんてあげたから」と、堀越の後ろの席に座っていた女子が頭を下げるのを太郎は止めて「あんなん誰だって怖いだろ」と声をかけた。女子生徒の友達が震える肩を撫でる。そして周りを見回して、みんなで抗議にいかないか? と、意見を出す。それにも太郎は「待った」をかけた。

「やあやあやあ、太郎、なんか面白いことになってるね?」

「面白くはねぇよ。これからだよ」

 またタイミングよく現れた満影に太郎は意地の悪そうな、唇だけの笑顔を向けた。

「ふうん。なにするの?」

 人間相手に表情を動かしている太郎を満影は面白がった。

「タロ、自分たちの縄張りは自分たちで守らなきゃな?」

「あんっ!(タローに嫌なことするやつ許さない!)」

 太郎は似合っていないメガネを外した。現れたのはタロと同じ輝きを持った金眼だ。驚く周囲をほったらかしにして、タロタロは堀越の席に向かった。太郎が堀越の椅子を指差すとタロが鼻を向け匂いを探る。太郎の視界は色数が減った代わりにタロの嗅ぎ取った匂いを映像として映し出す。座る堀越の姿があった。

 クラスでの堀越の評価は真面目に授業を受けている生徒、だ。欠席もめったにない堀越が病気でもないのに二週間休んでいる。

 太郎の視界で堀越は俯いて席に座っている。横に立つと、堀越は机を指さした。あくまで匂いを見ているだけなのでタロが意識していないと細かい動きはわからないはずだった。

(タロー、中からあいつの匂いがする)

 タロの声に太郎は違和感を無視して堀越の机を漁った。中には置きっぱなしになっていた教科書とノート、奥からUSBメモリが出てきた。

「タロ、これか?」

(うん。これ。あいつの匂いだ)

「お、おいっ、別府……」

 手の平に乗せたUSBメモリをタロに確認させていた太郎は、視線を感じて顔を上げた。鼻が触れる距離に目を見開いた堀越の顔があった。さすがに固まり見つめ合うこと数秒、堀越の口が薄く開いた。

「アアァ……」

 悲鳴のようなうめきのような声を漏らして消えていった。

「おい別府!」

 肩を引かれて尻餅をつく。見上げると怯えたような顔の生徒たちに囲まれていた。眼鏡を掛けると視界に色が戻ってくる。全員顔面蒼白だ。輪の外にいる満影だけが顎に手を当て思案顔で平然と立っていた。

「もしかして、なんか見えた?」

「なんかって、今、堀越がすげぇ顔してお前を睨んでただろ」

「ああ、あれ現実? だったのか」

 その時点で太郎はようやく匂いではなくて他人にも見える現象だったと気づいた。

「な、なぁ、もしかして、堀越って死んでたりしねぇよな」

「なに言ってんのよ! そんなことになってたらもっと騒ぎになってるって」

「でもさぁ……堀越と連絡取れる奴いる?」

 地味目の女子が手を上げる。彼女は三日前から堀越と連絡が取れないと言う。休む前からなにか様子がおかしかった、一人でぶつぶつなにかを呟いていた、との証言も出た。

「ではこうしよう」

 それまで黙っていた満影が声をあげて仕切りだす。連絡が取れる女子に引き続き堀越の安否確認を頼み、他の生徒にできるだけ内密に堀越に関する噂話の収集を依頼した。

「満影、これ中身確認しといて」

 一段落したところで太郎は満影にUSBメモリを渡した。

「堀越さんのなんじゃないか? 勝手に見るのは気が引けるな」

 受け取ったはいいが満影は至極まっとうなことを言って首を傾げる。

「いや、これ堀越のじゃなくてたぶん目黒のだ」

「ふうん? わかった。持ち主の確認しないとだし、確認しとくよ」

 良識を覗かせていた彼は僅かな沈黙だけで掌を返してUSBメモリをブレザーのポケットにしまった。

「なあ、おまえ、目黒のなに疑ってんの?」

「目黒先生が顧問をしてる女子テニス部から苦情が入っているだけだよ」

 太郎を教室の端に誘導した満影は、フォームの確認をするためだと言って写真を撮るがそれが気持ち悪い。必要以上にローアングルな気がする。と、言った最近生徒会の議題に上がっている案件を明かした。後をついてきたタロは太郎の足にリードを絡めて遊んでいる。

「気持ち悪いな」

「今は女子生徒側の意見しかないけれど、もし指導以外の使用が目的なら問題だから疑いの目を持って見てるって程度だよ。確証があるまで口外禁止で頼むよ」

「なるほど。あいつの弱みね」

 眼鏡を外した太郎は獰猛に笑う。タロは大急ぎでリードの絡みを解いた。

「タロ、散歩にいくぞ」

(おさんぽいく~~!)

 イタズラが成功してお散歩が取りやめになることを回避したタロは何事もなかったように太郎の目の前におすわりしてしっぽを振り回した。

 目黒と堀越の匂いをたどってタロタロは校内を散歩する。美術部が活動中の美術室で目当ての匂いを探し当てた。話を聞くと部活が終わったあとに石膏像が一体破損して処分になったようだ。壊したのは堀越で、「処分した」と、いう連絡はなぜか目黒から来た。その次の日から堀越は休みに入っている。くまなく探せば目黒の匂いがする血痕を発見できた。血痕を起点に太郎の視界に堀越と目黒の姿が浮かび上がってくる。

「キャアアッ!!」

 二人が美術室で何をしたのか見届けた直後、石膏像とイーゼルがガタガタと動き出した。

「誰かいる!」

 カーテンの裏に人影が揺れた。腰の高さまでしかないカーテンの下に女子生徒の足が覗く。部員は全員お互いが見えるところにいる。堀越だと誰もがおもった。カーテンから白い腕が出てくる。窓とは反対側を指さす。怯える部員たちを押しのけ太郎がカーテンを開けると誰もいなかった。窓からテニスコートが望める。目黒が青い顔で美術室を見上げていた。白い手が指さした方向は廊下。その先は裏庭だ。この高校は山の上に立っていて裏庭はほぼ藪である。切り落とした枝や草が積まれた一角が妙に目についた。

(タロー、おそといく?)

「行ってみるか」

 タロタロが裏庭に目をつけた頃、目黒は体育館の隅にある体育教師用の控室でパソコン机の下に潜ってなにかを探していた。

「目黒先生なにかお探しですか?」

 突然声を掛けられて焦った目黒は机の裏に頭をぶつけた。声を噛み殺して振り返ると入り口に久藤満影が立っていた。

「入るならノックをしろ!」

「何度声を掛けてノックをしても返事がいただけなかったもので。なにか大事なものでもなくされたんですか?」

 嘘である。

「ただ掃除をしていただけだ。何の用だ」

「実は生徒がUSBメモリを拾いまして――――」

 必死の形相で目黒が満影から奪い取ったUSBメモリは見覚えのない形状に別の体育教師の名前が書いてあった。

「もしかして、目黒先生もUSBメモリをなくされたんですか?」

「い、いや、先生が困っていたから一緒に探していたんだ。これは俺から渡しておこう。助かったよ久藤」

「いえいえ。生徒会長として先生の役に立てて嬉しいですよ」

「いい心がけだな」

「失礼します」

 お互いに本心を隠して笑顔を作っているが満影のほうが上手だった。

 裏庭で匂いを探るタロタロの目の前で枝が積み上がった山が突然崩れた。枝の隙間から白い手がおいでおいでとふたりを手招く。

(タロー、人間がいるみたいだよ?)

「おまえからすればあれも人間か」

(ちがうの~?)

「あってるよ。おまえは賢いなタロ。かっこいいよ」

(えっへへ~、ほめられた~)

 ほのぼのとしながら手が出てきたあたりを目指して枝を掻き分ける。出てきた地面にはなにかが焦げた跡があった。

「タロ、なにかわかるか?」

(あいつの匂いがする)

 探ってみれば慌ててなにかを燃やす目黒の姿が見られた。目黒は土をかけて日を消して去っていく。タロタロは地面を掘り返した。拳ひとつ分ほど掘ると白い指が出てきた。

 次の日の放課後、太郎は宣言通り指導室に呼ばれた。ひとりで来るように言われたがタロは太郎の膝の上でお座りをしている。

「学校が決めた規則が守れないなら身の振り方を考えたほうがいいぞ」

 テーブルを挟んだ向かい側で腕を組んだ目黒が声低く脅してくる。

「学校じゃなくて目黒先生が気に食わないだけでしょ?」

「お前のその態度はなんだ保護者面談が必要か?」

「それでもオレはいいですよ。オレはタロと一緒にいたいからできる限りのことをするだけっす。その場合、先生も覚悟決めてくださいね」

「なにを言ってるんだお前」

 太郎がテーブルにおいたUSBメモリに目黒の顔色が変わった。

「なんだこれは」

 平静を装っているが声が震えている。

「目黒先生の趣味が詰まったUSBメモリですよ」

「これが俺の? 証拠は?」

 太郎はカバンからファイルを取り出しプリントアウトした写真を引き抜いて目黒に突きつけた。堀越が布一枚で裸体を隠しポーズを撮っている写真だ。

「美術部で堀越を撮影したやつです。ここに目黒先生が写ってます。堀越が全部話してくれました」

 堀越の背後、写真に映るギリギリの位置に人頭大のガラス玉が置いてあった。拡大鮮明化した写真を並べれば、そこにはカメラを構える目黒がいた。普段のいかつい表情が嘘のようなニヤついた顔をしていた。

「あいつ、生きて……?」

「元気にあんたを呪ってますよ」

「呪う……?」

 上半身を落とした堀越を目撃した多くの生徒と同じように目黒も堀越が死んだものだと思っていた。だが、目黒の本性を匂いによって暴いた太郎が満影と向かった自宅で堀越は生きていた。自室の床に意味不明な紋様を描いて古今東西あらゆる呪いを片っ端から執り行っていた。すべて目黒を害するものだった。

 太郎は目黒の背後を指差す。蒼白になって振り向いた先には目を見開いて睨みつける堀越が立っていた。あまりにも強く禍々しい悪意の塊だ。

「ヒィィ‼」

 逃げようとした目黒の足を、テーブルの下に現れたもう一人の堀越が掴んだ。背後に立っていた堀越に抱きつかれ椅子から動けなくなる。十四日の時間を賭け骨身を削った祈りは悪意を増殖させている。

「堀越は相討ち覚悟であんたを殺すつもりですよ。露出が多い写真をSNSにあげてた堀越だって悪いでしょうけど、それをネタに脅してほとんど裸の写真を撮影するって、校則違反どころの話じゃないでしょ」

「そこまで知って」

 抱きつく堀越の片手が目黒の首を掴んだ。

「その腕の傷、セックス迫った堀越に抵抗されて石膏像落とした時にできた傷っすよね」

 目黒の左腕には手首から肘の間に細く走った切り傷があった。かさぶたになったそれは腕を組んでしまえば目立たないがタロの鼻からは隠せない。

「うそだ……なんでお前がそれを」

「血のついた布と堀越のブレザーを裏庭で燃やして石膏像を埋めた」

 二人が争って落とした石膏像は裸婦像で腰から真っ二つに割れて裏庭に埋められていた。

「やめろやめろやめろ‼ なんでどうして、全部見てたのか⁉」

「テニス部のレギュラーになりたい三年を体育倉庫で襲ったこともありましたっけ?」

「やめてくれえぇぇぇ‼」

 目黒がひと目を盗んで行った卑劣な犯罪はタロタロの鼻と目ですべて暴かれている。

「堀越もテニス部の先輩も同じこと言ったと思うんすけどね。そんなわけで、林先生お願いします」

 太郎が指導室のドアを開けると満影と学年主任である林が入ってきた。入れ替わりに堀越の悪意は消える。太郎が犯罪の証拠を押さえて告発を約束した時点で堀越は糸が切れたように眠り怪しい儀式は中断されている。それでも目黒の首には手の形のアザがくっきり残っていた。

「手に入れた証拠、全部渡すんでタロの登校と授業への参加の件、おねがいします」

 ファイルとUSBメモリを渡された林は困り顔で頭を掻く。

「私も校長も問題にしてなかったのに、大事になっちゃったなぁ」

「タロタロはいっしょにしておくのが安全ってことだね」

 目黒がタロタロに目をつけて引き離そうとしたがために学校にとって一番不都合な問題が発覚してしまった。満影は満面の笑みで「困った困った」と、形ばかり困ってみせた。本心はもっと大事にしたいとおもっている。

 役目は終わったとばかりにタロを抱いて指導室を出ていこうとしていた太郎は相棒の顔を覗き込んで優しく微笑む。

「一緒がいいよなぁ、タロ」

(ぼく、タローといっしょ~)

「その犬さえいなければぁぁぁ‼」

 背を向けている太郎にテーブルを乗り越えた目黒が飛びかかった。タロが太郎の肩からひょっこりと顔を出す。

「わんっ‼(おすわり‼)」

 吠えた。瞬間、目黒が床に這いつくばった。

「わんっ(群れのボスには従え)」

 体の上に重しが乗ったように身動きが制限される。

「もういいよタロ。そいつはオレたちの群れの仲間じゃない」

「(な~んだ。ただの敵か)あお~~~んっ‼」

 指導室にタロの遠吠えが響いた。外から他の犬の声が重なる。モヤのように現れた犬の形をした何かが目黒の体に群がり噛み付く。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 頭を抱えてうずくまる目黒に犬たちは容赦しない。幻の痛みを際限なく与え精神に牙を突き立てる。その光景は満影と林からは見えない。

「ボクの知ってる別府太郎はちょっと無気力なやる気のないぐうたらな男だったとおもうんだけど、何者になっちゃったの?」

「タロの飼い主」

 人に対して無表情しか見せない男が振り向きざまに幸せそうな笑顔をみせた。

「ええ~」

 大概のことは肯定から入る満影が当惑して声を漏らした。

 当のタロタロはふたりだけで笑いあってほわほわした空気をまとって指導室を出ていった。

「んじゃ帰るか」

(かえる~おさんぽ~)

 一緒に下校し、翌日仲良く登校し共に授業を受ける。とある高校の日常風景である。

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タロタロはいっしょにいたい。 織夜 @ori_beru_ya

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