第3話 勉強について

「そういえば、後輩くん。君の成績は如何ほどだっただろうか」


「え、聞きますかそれ」


「おや、聞いてはいけない類の質問だったのだろうか。であれば悪いことを聞いたね、すまない」


「ああいや、謝ってもらうようなことじゃありませんよ。ただ、センパイは成績すごくいいって聞いてますからちょっと恥ずかしいな、って思っただけです」


「ふむ、私の成績は噂になっているのか。学年主席であるとか、そういった噂に成り得る要素は持ち合わせていなかったと記憶しているのだが」


「センパイ、有名人ですから。それで勉強についても優秀だって聞いたというだけです」


「有名人になった覚えもないんだけれどね。それで、後輩くんの成績は尋ねてもよかったのかな?」


「あー……いい方、とは言えませんね。特段酷いと嘆くような科目もないですけど、得意と言えるようなものもありません。平均前後を行ったり来たりです」


「所謂普通、というやつかな」


「普通の基準も個人によって違うと思いますけど、まあ、はい。普通です」


「後輩くんは勉強が嫌いかい?」


「好き、と声を大にして言う学生は珍しいと思います。僕もそんな学生の1人です」


「む、私は勉学は好きだぞ。その言い方では私が普通ではないみたいだ」


「普通でない、とまでは言いませんよ。珍しい方ではありますけど」


「そうか……知識への探求欲は珍しいのか」


「探求欲、ですか」


「ああ。そうだな、私も勉強が好き、という言い方だけでは語弊があった。私は何かを知る、ということが好きなんだ。その対象は、正直興味を持てれば何だってかまわない。将来役に立ちそうな知識だろうが、まったく役に立たない雑学だろうが、ね」


「確かに、僕も興味の惹かれることについては知るのが楽しいですね。それは多くの人がそうかもしれません」


「おっと、そうなると私も普通の仲間入りかな?」


「僕の思う普通、ですけど。ところで、どうして僕の成績なんか聞いたんですか?」


「ああ、そうだった。いやなに、君が将来どのような人間になるのかと思いを馳せたものでね」


「僕の将来ですか。センパイがどうしてそれを考えていたのか気になりますけど、それって成績と関係あるんですか? 進学とか、そういう話だというなら分かりますけれど」


「うん、進学の話というのも間違いじゃないよ。けれど、スケールがもう少し大きいかな」


「どういうことでしょう」


「その前に、後輩くん。君はどうして勉強をしている?」


「ええっと……そうですね。やっぱり進学だったり就職だったり、そういう面で有利になるから、でしょうか?」


「何故疑問形なんだ」


「あまりそういったことを考えたことがなかったので」


「ふむ、まあ問題ない。そうだね、勉強は進学には必要だ。そしてその進学で得られる学歴というものは就職において必須、とまではいかずとも己を有利にしてくれる重要な要素だ。だが、勉学をそれだけの目的で行うのは少し勿体ないな、と私は思う」


「もったいない、ですか?」


「そうだ、実に勿体ない。考えてみろ。人間は社会の中で生きる生物だろう? 自分1人では生きていけない、その代わりに集団としてはかなり優秀な生物だ。そして集団で生きるには、他個体、つまりは他人とのコミュニケーションが必要不可欠だ」


「そうですね」


「人間の持つ、他の動物たちよりも優れた武器は知性だ。だが、当然1人の持ち得る知性、知識量には限度がある。故に、異なる知識を持った専門家がそれぞれの分野を極めることで社会を発展させていく。ここまではいいね?」


「はい、大丈夫です」


「よろしい。時に後輩くん、君が他人と仲良くなるために必要なもの、と聞いてまず思い浮かぶのは何だろうか」


「うーん、性格のよさとかも大事かもしれませんが、まず出会ってすぐの最初に必要なものだとすると、話題、でしょうか」


「そうだね。コミュニケーションを取るにあたって話題があればそれが容易になる。ところで、何かの専門家はどんな話題のコミュニケーションが好きだと思うかな?」


「専門家、ですからやっぱりその何かについて、ですかね」


「うん、私もそう思う。もちろん、相手によっては専門家であるが故に気軽に自分の専門分野に土足で踏み入られることを嫌うかもしれないけれど、やはり自分の得意なことについて語るのは多くの人にとっては楽しいことだ」


「あ、それで勉強ですか?」


「その通りだ。浅くとも構わないから広く、あらゆる知識を持っていれば、様々な分野の専門家……までいかずとも、多くの人々と話せる話題というものが持てる。これはコミュニケーションという分野において大きな武器となる」


「それがあれば、初めての人と関わった時に安心かもしれません」


「無論、勉強だけでなく趣味の知識でも構わない。釣りであったりツーリングであったり読書であったり。だが、初対面で素直に自身の趣味を開示してくる相手は稀だろう? 特にマニアックな趣味を持っているとあまり口にしたがらない」


「なるほど。そういう場合は相手の職業とか来歴とか、そういったことから得意な分野を推測すれば勉強した話題へと運べるかもしれませんね」


「そうだ。だから後輩くん、無理に勉強を好きになれとは言わないけれど、君には知識の門戸は広く構えておいてほしい」


「ありがとうございます、僕の将来のために」


「? ああ、うん。後輩くんのためではあるけれど、これは主に私のためなんだ。君が沢山の知識を備えてくれると私も話し甲斐があるからね。私はもっと、君と色々な話がしたいんだ」


「……センパイって、結構大胆なこと言いますよね」


「そうだろうか?」

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僕の『センパイ』と私の『後輩くん』 チモ吉 @timokiti

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