エピローグ

 それから二年という歳月が経った。俺は二度の選手権優勝、そしてインターハイ、高円宮杯の優勝という成績を評価され、見事プロサッカー選手の座に上り詰めた。

 プロの世界と言うのは、学生時代とは比にならないくらい厳しくて、試合中はもちろん、普通の練習中ですら心が折れそうになった。サッカーが嫌いになりそうにもなった。だけど、葵がくれたミサンガを見て、葵がしたためてくれた手紙を見て、たくさん元気をもらって、何度も壁を乗り越えさせてくれた。

 そして俺は、葵の支えもあってプロ一年目にして異例の得点王に輝き、チームの初優勝に大きく貢献することができた。

『優勝、おめでとうございます!』

よく朝の情報番組で見るアナウンサーの方にそう言われて、

「ありがとうございます」

と短く返す。えもいわれぬ充足感、高揚感で顔は自然と笑顔になっている。

『今のお気持ちをお願いします』

「率直に、すごくうれしいです。今まで支えてくれたみなさんに、本当に感謝の気持ちを伝えたいです。本当にありがとうございます」

深く頭を下げると、ここまで聞こえていた歓声が大きな拍手に変わって、みなさんが俺たちを祝福してくれた。

『今のこのお気持ち。どなたに伝えたいですか?』

昔、どこかで同じことを聞かれたような気がする。確か、二年前の県予選の時だったかな。

 まぁ、そんなことはどうでもいい。答えはあの時から一ミリも変わらない。俺の初恋の人。あの日からずっと俺のそばにいてくれる大好きな人。

「大好きな葵に、ちゃんと伝えたいです」

今日一の笑顔で答える。するとアナウンサーの方は

『その葵さんですが、選手権の時から話題を呼んでいました。葵さん、どのような方なのでしょうか』

そんな質問をしてきた。


 ――どのような方……。そうだなぁ。


「天真爛漫・自由奔放・元気溌剌! みたいな四字熟語がとても似合うような人で。笑顔が太陽みたいに眩しくて、春風みたいに温かくして優しくて。どんなに挫けそうなときでも俺を明るい気持ちにさせてくれて、いつもそばにいてくれる。そんな、かけがえのない大切な人です」


 記憶の中の明るい笑顔。

 記憶の中の元気な声。

 記憶の中の愛らしい仕草。


俺の記憶の中の彼女はいつも明るく笑っている。どんなに冷たくあしらっても、ずっと隣を付いてくる。どんなに無視しても、楽しそうに話を続ける。諦めの悪い、いつも自分のことよりも他人のことを優先する、そんな彼女。

 いま頭の中に浮かんでいる彼女も、楽しそうに嬉しそうに笑っている。

『そう、ですか……』

そんな微妙なアナウンサーの返事に少しムッとしたが、そのままインタビューは終わり、大切なチームメイトが待つベンチに戻った。

「なぁ、ずっと言ってる葵って誰だよ。俺、会ったことないぞ?」

「てか、見たことない千冬の彼女」

ベンチに戻ってすぐ、先輩や同期にガンガン聞かれる。

「なに言ってるんですか。葵はここにいますよ。いつでも俺の隣に。そして――」


 ――あの真っ白な雲の上に


「は?」

頭がおかしくなったと思われているらしい。これもまた、二年前に同じようなことがあった気がする。でも、こんな反応には慣れっこだ。


『おめでと~!』

『よくやってくれた~!』

『最高の思い出をありがとう!』


『千冬おめでとう! すっごくかっこよかったよ!』


たくさんの熱い歓声の中から、はっきりと、明るくて、温かくて、優しくて、やわらかくて、底の見えない元気な彼女の声が聞こえてきた。


 そんな気がした。



『エヘヘ』

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冬に咲く向日葵 三宅天斗 @_Taku-kato

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