第57話 さよなら。大好きな人
試合後のロッカールーム。チームメイトのみんなが歓喜の雄たけびを上げて盛り上がっている中、僕は一人で廊下に出た。
『千冬、お疲れさま』
曲がり角を曲がってすぐ。赤色の自動販売機の隣に立っていた葵。
「お疲れ、葵」
僕は、いるはずのない葵に小さく笑って返した。
『千冬、かっこよかったよ?』
「ほんとに? でも、よかったよ」
屈託のない笑顔でそう言われると、どうも恥ずかしくてそんな言葉しか出てこない。
――もっともっと話していたい
そう思った矢先、
『そうだ! あのね、私もう行かないとけないみたいなんだぁ』
葵はいつもの笑顔で柔らかくそう言う。
「え?」
反射的にこぼれたこの言葉に葵は、
『神様みたいな人がね、もう時間だって言ってるんだ』
嘘か誠かも分からない笑顔といつも通りの口調でそう言ってくる。
「神様?」
『うん。だから、じゃあね。千冬』
葵がそう言った途端、彼女が淡い光の珠になって薄れていく。
「待ってよ、葵。行かないでよ。僕を、独りにしないでくれよ……」
無理。そんなことは分かってる。だけど、引き留めずにはいられない。消えゆく葵に、弱々しく訴える。
『泣かないで? 千冬は独りじゃないよ。そばにみんながいるから』
背後のロッカールームから聞こえてくる楽しそうな歓声。そんなものよりもっと、もっと大切な
「僕、葵がいてくれなきゃ……」
掠れる声。歪み始める世界。そんなぼやけた視界の中で葵が小さく微笑む。
『大丈夫だよ! 千冬は、葵がいなくても。それに、ずーっとそばで見てる。ずっと隣にいるよ。だって私、千冬のことが大好きだから』
「葵……」
『バイバイ、千冬。大好き』
「葵――」
葵の眩しい笑顔は、オレンジ色の光の粒になって空に昇っていく。
「僕も……。僕も大好きだよ。葵」
僕は誰もいない廊下に膝をつき、まだかすかに残る光の珠に向かって目いっぱいの笑顔でそう言ってみせた。
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