第1話 俺が冒険者になった日


────タスク。


…………


────────タスク!



「タスク!起きて、もう朝だよ。」



身体が大きく横に揺れる。

肩辺りに手を置かれ、揺らされているらしい。


「………姉さん?」


目を覚ますと、文字通り、目と鼻の先にまで近付いた姉の顔があった。

姉は此方が目を開いたことを確認すると、

やんわりと微笑んで。


「……やっと起きた。朝ごはん出来てますよ弟くん。」


と、わざとらしく敬語に直した姉…アリシアは、顔を離して、数歩後退した。


「……手伝ったのに。」


けだるい身体を起こして、外を見れば、既に日が街全体を照らしており、

自分が普段に比べて随分遅く起きてしまったことを悟る。


「タスク、昨日は夜遅くまで起きてたから、眠いかなって起こせなかったの。ほら、早く食べないと試験に遅刻するよ。」


アリシアは軽く手招きしてから、一階のリビングへと降りて行った。


アリシアの言うように、今日はこの国一の冒険者ギルド『篝火亭』の入団試験の日だ。

急がねば遅刻してしまうのは間違いない。

そう思い、俺は早急に着替えて、リビングへと向かった。



────────────────────


食事を終え、タスクは皿を洗おうと立ち上がるが、


「もう、タスクは試験があるんだから。それくらい私に任せてよ。」


と、アリシアに袖を引かれて、


「…分かった。それじゃあ、行ってくる。」


「うん。行ってらっしゃい。合否、帰ってきたら教えてね。」


しぶしぶ頷くと、アリシアは満面の笑みでそう答えた。



「……姉さんは知ってるだろ。」



「……えへへ。」


ばつが悪そうな笑い方に変わったのを見届けてから、

俺は家を急いで出発した。


────────────────────


国営冒険者ギルド、『篝火亭』の入団テストは、基本的に一瞬で終了する。


俺の父親『シリル・ブライス』がコピーに成功したアーティファクト『鑑定器』を用いて、

入団希望者の能力、そして所持するスキルを一気に確認し、合格基準を満たした者を入団させる形式のためだ。


そんな中、俺、『タスク・ブライス』は、緊張と多少の冷静さの入り混じった感情で、

入団試験を終えていく新人冒険者たちを見ていた。


数個の鑑定器それぞれに、冒険者志望が一人一人挑んで行き、

玉砕するか、はたまた、合格し、隠しきれない喜びと興奮で顔を緩めるか。


獣人族に、森人族。普段城下町では見ないような種族も、ちらほらと見受けられる。


じぃ、と周囲の様子を見ていると、ふと、俺が順番を待つ鑑定器から、2つ先の鑑定器の方より、歓声が上がる。

それが気になり、じぃ、と『遠視』の刻印魔術をかけたモノクルで覗いてみた。



「………ああ。」



……一切想定していなかった、知っている顔が見えたので、直ぐにモノクルは外してしまう。


『ソフィア・エドワーズ』。


たなびく金色の長髪と、ルビーのような紅い瞳が特徴的な少女で、

……一見非力に見える彼女こそが、タスクの『養成機関』時代の同級生であり、第14代首席卒業生だ。


座学に於いては、決して特筆するべき才能を持っているわけではない。


彼女が優れているのは────────


「加護持ちが現れたってよ!!すげえ!!!」


周囲の新人が、そう言って彼女を一目見ようとその鑑定器の周りに集まって行く。


そう。『加護』。

『加護』とは、生きている中途に努力や、天性の才覚で身に着けるスキルではなく、

生まれた時点で、空気中に漂う魔術の元、マナが異様な効果を生み、


『既に大量のスキルを持った状態で生まれてくる』と言うもので、

数万人に一人。1世代に十人居るかどうかの希少スキルだ。

それを彼女は持っている。


『竜の加護』と呼ばれる彼女の加護はが内包するのは、


《剛腕》

《魔導師》

《鷹の眼》

《俊敏》

《飛翔》


の5種。

その上に、彼女が自前の努力で身に着けた5つのスキルが上乗せされている。

地力となるステータスも、修練によって相当に高い。

養成機関の男連中でもほとんどが加護の《剛腕》を使っていない彼女にさえ勝てない程だ。


…彼女は所謂、『努力の出来る天才』で。


嫌味も何もない、人格も優れている。名家の生まれだけあって気品もある。


だからこそ俺は彼女が俺に向ける視線が苦手だ。


シリル・ブライスの息子として、周囲からの期待を受けて。

必死に決死の努力をして。彼女にどうにか追いすがる自分を見る、彼女の期待が痛い。


…俺の目標は、お前のような天才じゃないから。

いつか、君の方が先に行ってしまうだろうから。


…彼女ならば、外国のギルドへと出向すると思っていたのだが……どうやら此処を本命にしたらしい。



「次の方、鑑定器の前にどうぞ。」



そうした思考を巡らせる間に、俺の番がやって来た。

想定外の相手の襲来から気を逸らし。


鑑定器の上に手を置いた。


すると、鑑定器の隣の装置に繋がれた羊皮紙に、つらつらと書きこまれていく。



「…………おや。」



審査結果の通達を担当するギルド職員が、結果の書きこまれた羊皮紙を見て、少しだけ目を大きく開く。



「ずいぶん、努力なさったんですね。おめでとうございます。合格です。」



そう、職員が優しく笑いかけて。鑑定の結果を口頭で軽く伝えてくれた。


「ステータスは、敏捷と器用値が平均より大きく高いですね。

 その他も平均を少なからず上回った物です。」


タスクの所持スキルは、


《射撃》

《刻印魔術》

《軽業》

《鑑定眼》

《隠密》

《剣術》

《ビーストテイマー》


の7種。


…既知の物以外に、何かが見つかることも無く。


「ありがとうございます。職員さん。」


そう感謝を述べて次の志望者に譲ろうとすると


「………あら、喜ばないんですね?」



「はは、喜んでますよ。」



「あら、今まで、合格を伝えられたら、少なからず頬が緩む方が多かったので…

 …すいません。呼び止めてしまいましたね。次の方。」



タスクのスキルは、そのほとんどが『天性の才覚』で身に着けた物ではない。


努力のみで身に着けたスキルが、ビーストテイマーを除く6つなのだ。


職員はタスクのステータスとこのスキルのバランスを見て、

その努力の程を理解し、賞賛してくれたのだろう。


それ自体は喜ばしいことだし、

タスク自身、合格を喜んでいないと言えば嘘となる。


ただ。『それを先に知っていた』に過ぎない。


タスクにとって、この入団試験は

合格するとネタバレを喰らった状態で受けた試験だったのだ。


それを知った日は心の底から喜んだが、

今日に関しては、苦手なソフィアがこのギルドに入るという事実が、

タスクの心を曇らせ、素直に喜べない状況になっている。


合格証を、試験会場の奥のカウンターに提出し。


篝火亭のギルドエンブレムを受け取る。


淡々とした、事務的な処理であったが────




「……タスクくん?」




それが済んだ瞬間。嫌な声がした。



「やっぱり、タスクくん!エンブレムを貰ってるってことは、受かったってことですよね!」



声の方向に振り返ると、其処には紅色の眼をきらきらと輝かせた、

笑顔のソフィアが居た。


思わず口から、「げ」と、小さく本音が漏れる。


ソフィアが此方にずけずけと近付いて来て、

エンブレムを持つタスクの手をぎゅうと両手で包み込むように握り。



「良かった、知り合いが居て。周りの人が皆知らない人だからちょっと寂しかったんですよ。」

「まさかタスクくんと同じギルドメンバーになれるなんて…!これからもよろしくお願いします!!」



そう言って、ソフィアは握ったタスクの手を上下にぶんぶんと振る。

随分手加減されてはいるが、その上下運動から抜けることが叶わない程度に、

ぎゅうと手が締め付けられていた。


「……やめ、止めろ、エドワーズ。」


振り絞ったような声で、その振りを止めるように求める。

するとすぐに振りは止まるが、ソフィアはむうと膨れて。


「エドワーズはやめてって言ってるじゃないですか。ソフィアがいいです。」


「……ソフィア。」


「はい。」


ぱ、と手が離され、ソフィアの顔は普段の笑みに戻ったので。


「…何の用だ。用もなく話しかけるような奴じゃないだろ。お前。」


と、問うてみる。


「え、あー………はい。用事ならば重要なのが一つ。」


ソフィアはもじもじとするような仕草をして見せてから、

改まった様子で、タスクをじぃ、と見据え。



「私とパーティーを組んでくれませんか。タスクくん。」



至って真面目な顔で、そう言い放つ。


「…………何故?」


ソフィア程の実力者であれば、様々なパーティーから引く手数多のはずだ。

タスクのような個人と、パーティーを組む理由なんて────



「タスクくんだからです。タスクくんなら、。」



ああ。この眼だ。

ソフィアのこの異様な信頼と、吸い込まれるような昏い紅の眼が、苦手だ。

冷や汗が頬を伝う。決して、悪意を向けられている訳ではない。

彼女が俺に向けているのは信頼だ。『加護』を持つ自らに最後まで追随した者。

養成機関『次席』の俺に対する。絶対の信頼だ。


…違う、お前に其処までの信頼を向けられるほど俺は優れた人間じゃない。と、答えることも出来ず。沈黙が続く程、その瞳は俺から断る選択肢を奪い去って行く。


だから。



「……考えさせてくれ、どうせギルドエンブレムが有効化されて、

 パーティーが組めるようになるのは明日からなんだ。」



一旦結論を後ろに流し、この場からの離脱を計る。

少しでも反論されればこの計画は破綻するが……



「────確かに。急いで決めることでもありませんね。」



ソフィアは、そう、笑顔で答えた。


……許された。



「……じゃあ」



そう言い残して、俺はその場から立ち去った。


ソフィアはそんな俺に一礼し、そのまま視界外へと消えて行った。



────────────────────────────


家に帰ると、部屋の内装は出る前に比べ、随分様変わりしていた。

きらついた装飾品がところ狭しと散りばめられ、


魔術で形成された灯りが『合格おめでとう!!』と文字を作っている。


タスクがそれに驚いていると、



「合格!!おめでとーーーーーーー!!!!」



大きな破裂音と共に、タスクの頭上から大量の魔術エフェクトが降り注ぐ。



「……姉さん!?」



玄関扉の直ぐ隣に潜んでいたアリシアが、

満面の笑みでタスクに覆いかぶさる。


「えっへへ。合格するの分かってたから、タスクが居ない間に頑張って準備したんだよ。」


屈託の無い笑みを、上目遣いでぶつけてきたので。

少し目を逸らして。


「………驚かせないでくれ。でも、有難う。嬉しいよ。」


「どういたしまして。さ、ケーキも焼いたから、食べよ食べよ。」



せっせと、姉は昼食には少し重い豪勢な面々を机に並べて行く。



………合格するのが分かってた。確かにアリシアはそう言った。

これは、タスクが努力してきたのを見て来たから。だとか、そう言う理由ではないのだ。


アリシアは文面通り、知っていた。

タスクが篝火亭の合格基準を満たす能力を持っていることを。



…なぜなら。



アリシアこそが、『鑑定器』のコピー元となったアーティファクトだから。


タスクの父シリル・ブライスが発見した、

人のスキルとステータスを、見ただけで解析し、

視認可能なデータに変換する能力を持つ世界唯一の『人型アーティファクト』。


それこそが、彼女。アリシア・ブライスだ。


原本のアーティファクトである彼女がコピー品である

『鑑定器』と全く同じ性能かと聞かれると、そうではなく。


彼女は、『鑑定したスキル全てを扱える』能力を持つ。


『ラーニング』と呼ばれるその能力により、

現在時点で、をその身に宿しているのだ。


タスクがソフィアのような天才にに追随出来たのは、

彼女のような『絶対者』が傍に居るが故。

強さの上限の感覚を破壊していたからに他ならない。


ブライス家では、シリル・ブライスが彼女を拾って来たその日から、

彼女のこの能力をひた隠しにし続けてきた。


それだけ、彼女の戦力は圧倒的であり。

外に漏れ出れば、誰が彼女の力を狙うか分からなかったから。



「……………タスク?どしたの。ぼーっとして。」



「…………あ、ああ。すまない。考え事してた。」



試験を経た今。改めて、自らの姉の能力の凄まじさを実感する。


怪物とも評せる彼女に。タスクは『護られていてはいけない』のだ。



姉が力を振るわなくて済むように。


姉がただの少女で居られるように。


そうすれば、姉の力は誰にもバレない。



俺の今までの努力は。全て、その為に。





俺は────『』を目指すんだ。



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ブラコンで最終兵器で不器用な姉を持った俺はどうすればいい? @usami-tori

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