第11話 微睡みを泳いで
僕はいつも夢を見ていた。
たぶんそれは青空を眺めるようなものだった。飛べないペンギンが晴れた空を眺めるのとよく似ていた。鳥は鳥でも飛べないのに。いや、飛べないからこそ、空に惹かれる。
ただ、僕は鳥でもペンギンでもない。空はもちろん、海も自由に泳げない。それどころか、学校という狭い世界ですら、上手く息ができなかった。
――教室の中。前の席には人気者の野球部員。くだらない話で、周囲を湧かせる彼。
僕は、その横で微笑む自分を夢見ながら、いつも教室の端でぼんやりしていた。明るいクラスの空気が水槽のガラスみたいに分厚かった。
「何ぼーっとしてんの?大丈夫?」
心配そうな彼の声。それほど親しくない僕にも優しい彼の気持ちが嬉しくて、上手く息が吸えなくて。乾いた口をパクパク動かす。
「ご、ごめん。大丈夫。気にしないで」
そっかぁと、前を向く彼の背中。眺めながら、うれしい気持ちを反芻した。少し息が楽になる。
『あのさ、一緒に帰らない?』
きっとそれは言うべき言葉だった。でも、僕の口は開かないまま。ただ頬が緩んだだけ。
――何そんなとこで、ぼんやりしてんの
いつの間にか、そこは家の前。玄関先には白いジャスミン。むせ返るような甘い香りが僕を包む。ランドセル姿の妹が訝しげな顔でこちらを見ていた。
「早く入りなよ」
そっけなくそれだけ言って、僕の代わりに扉を開けた。少し前まで僕の胸より下にあった彼女のポニテ。それはいつの間にか、目線の高さになってて、背中の色褪せた赤いランドセルは少し小さくなって見えた。
「――」
何か言葉を返したいのに、何も形にならなくて、口の中に苦い味がじんわり広がる。風がピタッとやんでいて、甘い香りがずっとしていた。辺りに満ちる白い花がただただまぶしかった。
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