第10話 夕焼けを見逃す

 教室の明かりをつけると、声がした。


「おはよう」

 びっくりして振り返ると、お姉さんがちょうど僕の席だった机の後ろの席に頬杖をついて座っていた。そして、ナマケモノみたいに机に突っ伏すと、頬を押しつけたまま言った。


「ごめんね」

 暗い窓の外を何か黒い影が落ちていった。ような気がした。

「君がいつも何を考えていたのか、何があったのか。私にはわからない」

 また何かが落ちていった。さっきのは気のせいじゃなかったみたいだ。でも、暗くてあれが何だかわからなかった。

 まだ明るいと思っていた外の世界は、いつの間にかもう真っ暗。こういうとき、僕はいつも夕焼けを見逃したことが悔しくなる。

「だからってさ。だからって、私のことを放ったらかしにするのは酷くない?」

 お姉さんはニヤッといたずらっ子みたいな笑みを浮かべた。とても懐かしい顔だった。

「ねぇ、私の方をちゃんと見てよ。お――」

 お姉さんが話す後ろでまた落ちていく黒い影。今度はバッチリよく見えた。というか、見られてしまった。アレは屋上から落ちる僕だった。お姉さんの最後の言葉は聴こえず、僕は頭の中が真っ暗になる。僕はそういう目をしていた。僕のことを諦めて、僕のことを責める目をして落ちていった。

 気づけば外では、それが雨のように降っていた。の影は暗い夜を塗り潰す。こちらを見ながら落ちていく。僕は僕から目を離せない。落ちたそれは地面で弾ける。肉がひしゃげて骨が飛び出す。その音は教室に包むように辺りを満たした。

 お姉さんが何か言ってる気がしたけれど、僕にはもう、暗闇の中の僕の音しか聴こえなかった。

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