第9話 夏も春も嫌いだ

 終業のベルがブーッと鳴った。


 学校に来るのは久しぶりだ。懐かしい気持ちなんてちっともないけど。


 歓声と砂埃に満ちたグラウンド。遠くで鳴ってるブラスバンド。談笑の合間で笑う声も何処かで聴こえる。だけど、僕はうつむいたままで通り抜ける。死人の僕にとって、ここの乾いた空気は耐えられないから。

『ただの死人じゃなくて逃亡者やろ?』

 さっき会った"沼賀"という死神の声が聴こえた気がして、立ち止まる。だけど、僕のことを見ているのは心配そうなお姉さんだけ。他の誰も気づいていない。存在してると気づかれてない。

 『死んでるんだからしょうがないよ』

 お姉さんがそう言った気がしたけれど、確かめる気にはなれなかった。楽しく生きてるみんなの間をすり抜けて、僕はただただ前へと歩く。

 あぁ、生きてるときもそうだった。

 何も持たない僕は何かを得るための努力もせずに、文句があっても流され歩く。それが結局楽だったから。

 いつも黙って周りを見てるだけ。きっと僕はあの朝の歩きスマホおじさんのようにすらなれない。会社に勤める彼と違って、社会に参加しようとすらしてないのだもの。


 それに気づいたあとの僕は一歩を踏み出す勇気を出した。わけではなくて、ただぎゅっと目をつぶった。周りの視線が怖くって、暗い部屋に閉じこもった。立ち止まってしまえば、何処にも行けないのに。


 ただただ光が怖かった。


 あぁ、夏に騒ぐセミは偉い。

 住み慣れた穴を抜け出して、見知らぬ世界で生きるのだもの。まるで僕とは正反対だ。彼らは最期まで足掻き続けるのだから。


 僕は自殺した。


 普通ですらない自分に呆れて。何にもなれないことに耐えられなくて。どう思われるかが恐ろしくって。目をつぶった。

 それでも、暗闇でうずくまる僕のことも不安は見捨てず付きまとう。

 だから、弱い僕は逃げ出した。不安に満ちた平和な明日が来るのに耐えきれなくて。何も無い、虚空へ一歩踏み出した。


――――――――――


 教室の引き戸をガラガラ開けると誰もいなくて薄暗かった。僕は何も考えることなく、電灯のスイッチをパチンとつけた。

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