第7話 もう泣き地鳴き

「だぁーっ!くそっ、相変わらずムカつくヤツだった……ハァ。もう最後までイジワルばっかりじゃん!ねぇ?」

 沼賀くんと別れたあと、お姉さんはずーっと彼への不満を延々と語っていた。

「――あいつね、昔からずっとあんなのなの!嫌なヤツなの!

 あたしが死神になってすぐのときのときも最悪だったし!新人研修の担当をする先輩があいつだったんだけどさ、あいつ……隙あらば嫌み言ってくるんだよ!

 ちょっと軽口を叩いたら『あぁ、若くて綺麗な女の子は何言っても許されるし、羨ましいわぁ』…って。何様なんだよ、お局様かよっ!?

 でも。何故か妙に人気はあるんだよねー

 ……。同期の友だちもあいつと話すときはちょっとテンション高いし。顔が良いからかな。

 …あ、そういえば。聞いて!あのさ、あいつってめちゃくちゃイケメンってわけじゃないけど、魅力的な顔じゃんか?いや、好きとかそういうのではなく、何か鑑賞に耐えうるというか、いや、別にあたしも他人の容姿を偉そうにいえる立場ではないけど……。

 とにかく、顔はいいじゃん?あれって死神になるときに、ああいう見た目になるようにしたからなんだって!

 あたしたち死神はその役目を引き受けたときに、どんな姿の死神になるか選べるの。まぁ、生前の姿の方が都合がいいし、思い入れもあるからほとんどの人は生きてた頃と似た姿にするんだけど。

 ただあいつは『知人には同一人物って分かるけど、人並外れに他者を惹きつける容姿』にしたんだってさ。そんなのズルだよね?!?そんなのアリって知ってたら、あたしだってそうしたのにぃ!」

 目玉をクリクリさせて話すお姉さん。何だかそれが小さな子どもみたいで、僕は可笑しくて、嬉しくて、懐かしくて……。懐かしくて?

「――って、え?泣いてるの?え?え?どうかした?」

 そう言われた瞬間、頬から雫が滴り落ちた。別に哀しい気持ちなんて、ちっとも無いのに。

「ハンカチ!あたし持ってるよ!ちょっと待って……あれ、あれ?部屋を出るときにポケットに入れたはずなのに」

 らしくもなく、バタバタと慌ただしげなお姉さん。つい頬が緩んで口の端にしょっぱい味が染み込んだ。


 ふと、耳につく小鳥のさえずり。見渡すと、日なたの明るい草むらで鳴き合うスズメたち。僕はそっと木陰に隠れる。


「『さえずり』は繁殖期の声のことだよ」

 ようやく見つかったらしいハンカチを差し出して、彼女が言った。少しぐちゃっとなって、妙な折れ目がついていた。

「普段の鳴き声は『地鳴き』っていうの。でも」

 お姉さんは柵から川の方へと乗り出した。向こうの何か臨むように。

「つい『さえずり』って言いたくなっちゃうよね。だって、声だけじゃ繁殖期かどうかなんて分かんないもん」

 生い茂る草の陰をせせらぎの音が小さく聴こえる。柔らかな午後の日射しに照らされる彼女の白い横顔を、僕はずっと見ていたい気がした。


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