第3話 白歯は満ち標す

 ピンクのTシャツに色褪せたジーパン。こんなラフな格好をしていながら、お姉さんは自分のことを死神だと言う。その手には大鎌どころか、何の武器も持ってないのに。

「あはは、あんなのフィクションよ、フィクション!死を管理するために、どうして武器が要るっていうのよ」

 彼女は目をくりくりさせながら、そう言って笑った。

「死は誰にでも訪れるもの。別に私たちは魂を刈り取ってるわけでも、集めてるわけでもない。

 というか、そもそもあなた達が『死』に対して感じているそれは『死』そのものに対してじゃなくて、その『隣人たち』への恐怖でしょ?『死』なんて、ただ終わりのひとつにすぎないんだから」


 風が通り抜ける川岸の木陰。ふわふわ煌めく柔らかな彼女の髪。薄い唇から白い歯を覗かせる彼女の横顔は"幼馴染みのお姉さん"という感じがした。


「……まぁ。『死を管理する』なんて言っても、そんな大袈裟なことはしてないけれど」

 小さくつぶやくとプイッと顔を背け、立ち上がった。軽い秋の日射しに照らされるその後ろ姿は明るい青空にとてもよく映えていた。


 ――そういえば、彼女に初めて会ったのもこんな爽やかな青空だった。


 あれはまだ秋というには暑くって、ツクツクボウシのAメロが騒がしい晴れた朝。

 いつも寝ぼけ眼で歩くその道は、いろんな人や自転車が毎朝行き交う。広がったり固まったりして歩く小学生。スーツ姿のおじさん。玄関先を掃くおばあさん――。


「はるかは空港に行くヤツやねん」

 急にビュンッと風を感じて、思わず顔をあげると、自転車の前後に子どもを乗せた女の人。必死の形相で風を切って、走り去る。前かごの妹は泣き叫び、後ろのお兄ちゃんらしき男の子は何やらマイペースに電車の話をしていた。


 つい、その後ろ姿を眺めていたとき。

「もう、またぼんやりして」

 と声が聴こえた。見上げると、電線の上に白いモヤ。

「のんびりしてると遅刻しちゃうぞ、少年」

 その透き通った声に応えるように、学校のチャイムが聴こえて、僕は思わず駆け出した。視界の端の電線には、女の人が座っているのが見えた気がした。


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