第8話 最後の戦い
俺が決勝まで勝ち残ったのは当然の結果なのだが、俺の相手となったのはまだ小さい少女であった。こうして黙って立っているところを見ると十代前半のようにも見えるのだが、準決勝の様子を見ていると、その戦いなれた感じはとても十代のそれとは見えなかった。
全ての試合を見ていたわけではないので断定はできないのだが、この少女も俺と同じように特別な力を与えられた側の人間なのかもしれない。そうだとしたら、俺も無傷でこの大会を終えることが出来ないのではないかと不安になってしまった。
この時点では、俺が負けることなんてほんの少しだって思ってはいなかった。
あまりにも力の差が大きすぎると正しい判断が出来なくなるという事があるそうなのだが、俺はこの世界に来て初めてその事が嘘ではなく本当なのだという事を思い知らされたのだ。
「君が決勝まで残るとは思ってたけどさ、そこまで強いとは知らなかったな。今まで力を隠してたって事なのかな?」
「その口ぶりだと俺の事を知ってるって事なのかな?」
「もちろん知っているさ。君は有名人だからね。イシダヒロト君」
俺の名前が王国にも知れ渡っているというのは嬉しいことではあるのだろうが、何となくこの少女に名前を知られているのは良くないような気がしていた。自慢ではないが、俺は危機察知能力が高いわけではないのでこの予感が当たっているとは思えないのだが、これ以上距離を詰められるのは危険だと体が無意識のうちに反応してしまっていたのだ。
「そんなに怯えなくても大丈夫だよ。私は君を殺したりなんてしないからさ。ただ、今まで戦ってきた相手よりも少しだけ力を使えるってだけだからね」
俺に向けられた少女の手のひらを見ただけで俺は気絶してしまうのではないかと思えるくらいにプレッシャーを感じていた。誰よりも俺は強いと思っていたし、連邦にだって俺よりも強い魔導士はいないと思っていた。
連邦の魔導士ともこの大会で戦う機会はあったのである程度の戦力は予想がつくのだが、この少女はどのタイプの魔導士とも強さの次元が違うのだ。それよりも恐ろしいのは、この少女は一割程度も力を出してはいないのだろうという事なのである。本気を出せば体からあふれ出る魔力が赤に近くなるはずなのだが、この少女からわずかに漏れている魔力はほぼ透明に近い淡い水色なのである。これは寝ている時やリラックスをしている時にあらわれる色なのだが、俺を圧倒するような魔力を見せつけているのにも関わらずにリラックスしているというのが何とも言えぬ恐怖心を俺に植え付けているのである。
「俺と戦うのが目的って事なのか?」
「まあ、それも目的の一つではあったのだけれど、正直に言うと相手は誰でも良かったんだよ。連邦の人でも帝国の人でもいいし、もちろん王国内にいる魔導士だって私は構わなかったんだ。実際にその人達とも戦うことが出来たしね」
「俺だけあんたと反対側のブロックにいたってのは決勝まで上がってこいっていう事だったのかな?」
「それは別に意味なんて無いんだよ。私は別に誰が相手でも良かったんだし、君がこっちのブロックにいて代わりに誰か強いやつがそっちのブロックにいたって良かったんだよ。私は誰でもいいんで思いっきり魔法を使ってくれる相手を探してただけだからね。大会に参加していた人の中で君の魔力が一番高かったってだけなんだ。君が二番目だったら私と一番最初に戦ってたと思うんだけどな」
そう言えば、帝国の魔導士カップルが早い段階で負けていたのを思い出したのだが、その相手は今にして思えばこの少女だったのかもしれないな。俺がこの大会に参加していなかったとしたら、あの魔導士カップルのどちらかが決勝で俺の代わりにこの少女と戦っていたという事なのだろう。そう考えると俺が参加したことを少しだけ申し訳なく思ってしまっていた。
「ちなみになんだけど、俺がここで棄権するってのは認められるのかな?」
「残念だけどそれは認められないね。大会規則にもあるんだけど、無気力試合は身柄を拘束させて盛るからね。王国内の拷問官は私よりも弱いけど陰湿さは世界一だと思うよ。だからさ、諦めないで私に向かってくるといいよ。せっかく決勝戦まで勝ち上がれたんだし、棄権するなんて無粋な真似はやめた方が良いと思うよ」
「そうだね。精一杯力の限り戦わせていただく事にするよ」
「じゃあ、お互いに決勝戦を楽しもうね」
無邪気な笑顔を見ていると普通の少女のようにも見えるのだが、準決勝の姿を見ているととても普通だとは思えなかった。仮に、俺が準決勝を見学していなかったとしても、この少女の危険なオーラは無意識のうちに俺の警戒心を極限まで高めていた事だろう。
俺が今まで出会った魔導士の力を全て結集しても勝てそうにないのは分かっているのだが、とにかく持てる力を全て使いきるつもりで一撃にかけるしかないとこの時までは思っていたのだ。
「大変長らくお待たせいたしました。国王陛下主催の最強魔導士を決めるこの大会もいよいよ決勝戦を残すだけとなりました。これより大魔法使いモエカ様に挑まれるイシダヒロト様について簡単にご説明させていただきます」
ん?
今、あの司会者はなんて言ったんだ。決勝の舞台で俺と戦う相手を大魔法使いモエカ様って言ったような気がするんだが、二百年以上前に大魔王を倒した魔法使いがこんなに若々しい少女のはずがないだろう。どう見てもそんなに長く生きているようには見えないのだが。
いや、伝説では不死のソウリンと不老のモエカという魔法使いがお互いに切磋琢磨して魔力を磨き、大魔王を倒したということになっている。不老のモエカだとしても、十代にしか見えないのはおかしいとは思うのだが。
「その強大な魔力は並の魔王ではとても太刀打ちできるはずもなく、今では所属されているイズイ王国だけではなく我がチョス王国のみならず帝国や連邦の魔導士を連れて無償で本格的な戦闘訓練を行ってくださっているのです。我が王国にもイシダ様のご指導を受けてから戦場へと向かった者も多くいるとのことです。直接ご指導されたという人数に限りましては大魔法使いモエカ様以上と言われております。強いだけではなく育成にも力を入れているイシダ様の戦いをとくとご覧くださいませ。では、これより両者入場です」
俺には誰かを育てたいなんて思いはさらさらなく、戦闘に連れて行くのも荷物持ちとして使えればいいくらいの感覚でしかないのだ。戦いだって実際に俺しか参加していないようなものであったし、何か戦いのコツを教えるとかそう言ったものは無かったのである。それなのに、俺をそんな風に評価しているという事に驚いてしまっていたのだ。
派手な演奏に導かれるように俺は花道を進んで何も無い真っ白な部屋の中央へと進んでいった。どうやって作ったのかわからないが、この部屋の中ではどんな魔法を使っても周りに被害を与えることは無いのだ。その事に気付いたのは準々決勝の相手があまりにもすばしっこく逃げ惑っていたのに少しイラ立って爆発系の魔法を使ってしまったからなのだが、威力を抑えていたとはいえ俺の爆発魔法を受けても床にヒビ一つ入っていないという事に気付いてしまったからなのだ。
この部屋にはカメラなど一つも見当たらないのだが、支給されたモニターや大きなビジョンに映し出される映像はカメラの位置も距離も自由に好きなように変えられるのだ。あまり近過ぎると何が何だかわからなくなってしまうが、適度な距離感で見ていると今まで見てきたどんな映像よりも迫力のある物になるのであった。
出来ることなら大魔法使いモエカの戦いを俺の好きなように見てみたいと思っていたのだが、さすがに俺がモニターをもって戦いを挑むわけにもいかないのだろうな。
「イシダ君のとっておきを見せてよ。もしかしたらさ、私の事をソレで倒せちゃうかもしれないよ」
「絶対そんなこと思ってないですよね。でも、最初から全開で行かせてもらいますよ。相手が大魔法使いじゃなくたってそのつもりでしたからね」
「そうなの?」
「ええ、これが最後の試合ですからね。さっさと終わらせて美味いものでも食いたいなって思ったんですよ」
俺は相手が誰であろうと決勝戦では自分の持てる力を出し惜しみするつもりはなかった。ただ、今みたいに一番強い魔法をいきなり全開で打ち込もうというわけではなく、他の相手であれば臨機応変に対応して圧倒するつもりだったのだが、相手が大魔法使いモエカだとわかれば最初からフルパワーで挑まなくては何も見せ場を作れずに終わってしまうだけだと思ったのだ。
俺が観客だったとしても、余力を残して負けるのと、最初から全力を出して負けるのでは印象も違ってくると思うのだ。
そして、俺は準決勝で勝利を収めてからずっと魔力を高めていたのだ。じっくりと絞り出すようにじわじわと己の魔力を高めることはいつも以上に強い魔法が使えるような気がするのだ。人によっては一気に高めた方が限界を越えられるという場合もあるのだろうが、俺の場合はゆっくりと時間をかけて魔力を高めた方が強い力を引き出せるような気がしているのだ。
そう言えば、本当の意味で本気を出したのっていつ以来なのだろうか。もしかしたら、この世界に来た時以来かもしれないと思いながらも、俺はゆっくりと己の魔力を高めていったのである。
不思議なもので、魔力を高めれば高めるほど俺の心は穏やかになっているように思えた。争うのがバカらしいようにも思えたし、なんで同じ人同士で争わなければいけないのだろうとも思ってしまった。だが、俺はせっかく高めた魔力を使わないわけにはいかないのだ。
遠くから聞こえた試合開始の合図をきっかけにして俺は大魔法使いモエカに両手のひらを向けて魔力を餌に光の龍を呼び出したのだ。光の龍はいつもよりも力強く自分でも恐ろしくなるくらいの魔力を秘めているのだが、その攻撃を受けても大魔法使いモエカから発せられている魔力に変化はみられなかった。
今まで三度しか使ったことのないのだが、今まで呼び出した光の龍とは明らかに性質も違うようで、大魔法使いモエカの魔力をも吸収してその力を高めていたのである。俺の魔力だけではなく大魔法使いモエカの魔力までも吸収しようとする光の龍は俺の制御下から離れて自我を持っているかのように大魔法使いモエカに対して様々な攻撃を繰り出していたのである。
しかし、その攻撃も全て大魔法使いモエカに届くことは無く吸収した魔力を消費するだけになっていたのだ。
「これが君の全力なのかな?」
「……」
「まあ、期待外れと言うわけではないけどさ、もう少し面白い魔法があるかなって期待してたんだけどね。でも、私の魔力まで使おうってのは良い発想だったと思うよ。その場合はイシダ君の魔力は呼び出す程度に使用してさ、足りない分は相手から補うって形にした方が良かったかもね。ほら、こいつを呼び出した時につかった魔力を半分にすれば二体召喚出来るわけだし、さらに半分に出来れば四体も使えるんだよ。そうなったらさすがに私も少しは焦るかもしれなかったのにね」
俺が呼び出せる光の龍はそいつが唯一であるのだが、大魔法使いモエカがそんなことを言うという事は他にも呼び出せる龍がいるという事なのだろうか。ただ、今そんなことを言われたとしてももう遅い。俺の魔力は立っているのがやっとなくらいしか残っていないのだ。
「じゃあ、これ以上待っても何も出なそうだし、終わらせていただく事にしようかな」
大魔法使いモエカは自分の周りをクルクルと回っている龍を素手でつかむと、おもむろに龍のひげを抜いてから角を折り、その角を持ち手に髭を巻きつけると簡易的な鞭を作って龍を攻撃し始めたのだ。
自分のひげで叩かれる龍は少しずつ魔力を失っているのか小さくなっていき、最終的には俺が過去に見たくらいの大きさになってから逃げるように空間の隙間へと消えていったのである。
「髭も角ももう一本ずつあったからもう一個この鞭を作ればよかったね。イシダ君もこの鞭が欲しいでしょ?」
俺は別にそんな鞭なんてほしくはないのだが、何となく乗った方が良さそうに思えたので俺も鞭が欲しいという事をアピールしてみた。
「じゃあ、次に出てきたときはイシダ君の分も作ってあげるね」
純粋そうな笑顔を向けてくる大魔法使いモエカではあるのだが、俺が必死の思いで呼び出した光の龍を何のためらいもなく殺そうとしたのはやはり恐怖でしかなかったのである。俺も観客もきっとこれほど力の差を感じることは無かったと思うのだ。
本当に何もしていない姿を見ると十代前半の可憐な少女のようにも見えるのだが、戦っている姿はやはり別次元の生き物のようにしか思えなかったのである。
俺よりも強いやつなんていくらでもいるんだろうなという思いを胸に秘め、俺は地元から出ないという決心をしたのであった。
健康優良不老少女 釧路太郎 @Kushirotaro
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