第7話 完璧美少女と俺が二度目の〇〇〇をした件
※
「……どうしたの。俺、何か、変なこと言ったかな」
梅雨合宿から戻って、平日だけれど学校は一日休み。
俺は、凛の家に午前中から向かい、洗濯と掃除を終え正午にチャーハンを作り。
向かい合って食べはじめ、合宿の様子を聞かれ。
俺が、全て話終えると、凛は無言で両手で顔を隠していた。
「……俺、由比さんに、何か変なこと言ってないかな。気になってるんだけど、メッセージ送れてなくて。由比さんからもないから、大丈夫ってことなのかな」
切実な質問をすると、凛は両手で顔を隠したまま小さく言った。
「優が、大人の階段を駆け上ってしまった。しかも、リンじゃなくて、翔太朗になった」
いつもの、語尾を伸ばす緩い声ではない。
真面目なトーンの声で、彼女が愛している、凛が描いている小説の登場人物の名前を言い。
俺は、言われた意味が分からず。口を開く前に聞こえた。
「上手くいって欲しかったけど。現実になると、寂しいものだねえ。でも、美月ちゃんなら、安心して優を任せられる」
凛が、ぼそぼそと固い声を上げ。俺は、また、意味が分からず。
「凛。俺、由比さんに嫌われてないかな。どう思ってるか、聞いてもいいのかな」
一番聞きたいことを聞くと、がばりと、顔から両手を外し。
凛は、驚いている俺に、向かいから身を乗り出して言った。
「優~、いいと思う~、これから~、美月ちゃんと~、ちゃんと気持ちを伝え合ったほうがいいよ~」
気の抜けた声を上げ、両目を垂らしているけれど。
凛の俺を見つめる瞳は真剣で、悩んでいたことを聞いた。
「気持ちを伝えるの、迷惑にならないのかな。由比さんは、多分、必要以上にひとに気を遣うひとだから」
『米原君。もう、私のこと、嫌いなの』
とても失礼な態度をとり、俺が嫌われたと思っていたのに。
彼女は、とても不安そうな顔で、悲しそうな声で聞いてきた。
俺は、梅雨合宿から戻り、これまで以上に彼女への言動を気を付けようと思った。
「ひとに気を遣うんじゃなくて~、美月ちゃんは~、優に気を遣ってるんだよ~」
俺は、凛の明るい声で我に返り。生温かい視線を向けられているのに気付いた。
「優は~、美月ちゃんに~、特別扱いされてるのを自覚しないとダメだよ~、あと~、嫌われるのを恐れずに~、思ってることは言い合いなよ~」
自覚しろと言われたこと、自分が恐れていることを見破られたこと。
俺は、とても驚き。凛はにひゃりと笑い、座り直してから言った。
「今から~、美月ちゃんと取材してきて~、カメパン~、ちゃんと買ってきてね~」
※
目の前には、薄曇りの空の下、白い三角屋根の大きな建物。
子供の頃に来たときよりも小さく見え。
「米原君。私、こんなに立派で、大きな施設だと思わなかった」
俺は、言われたことに驚き。隣に向くと、
「私、水族館、初めてなの。凛さん、よねはら☆太郎先生の為に来たけど、少し浮かれてる」
少し距離をとった隣に立つ、彼女が建物を見つめて言った。
横顔からでも、彼女が瞳を輝かせているのが分かり。
数時間前、彼女にいきなり取材を頼んだ。凛に、心の中で感謝した。
「浮かれてばかりでは、いられないから。私が、先に写真係でいいかな。翔太朗と大きな喧嘩をして、水族館へ訪れたリン君。大学生になると、お互い忙しくて。ふたりの時間がとれずに、すれ違いから喧嘩をしてしまう。高校生のときとは違うリン君。翔太朗と喧嘩をしたあと、何が、見えるんだろう。米原君、どう思う」
彼女より浮かれているだろう、俺は答えられず。
「私は、リン君と同じ身長だから、なるべくリン君の心境になって写真を撮るね。今日は、かわりばんこに写真を撮ろう。米原君は、リン君と同じ身長で、モデルだから。私よりも、資料に適切な写真が撮れると思う。もしかしたら、私より、はらよね☆太郎先生とBLの愛が深いかもしれないし」
凛が吐いた、俺が凛の作品とBLが好きだという嘘。
信じ続けている彼女は、真剣な顔で言い。
俺は、訂正も否定も出来ず、「分かった」と返すしかなかった。
「今日も、お休みの日なのに、制服で来させて…」
「謝るのは、こっちだから。いきなり誘って、快く来てもらったんだから」
白い半そでのカッターシャツの俺は、早口で言い。
聞きたくないと思った、彼女の謝罪の言葉をさえぎった。
「凜さん、はらよね☆太郎先生の頼み、断れるはずがない。私を、救ってくれた作品の為なら、何でも出来る」
白い長そでのカッターシャツに白いベスト、湿気があってもまっすぐな髪の毛。
今日も、彼女の姿は完璧で、合宿の疲れなど少しも見えない。
「……ここに来るまで、移動もだけど準備に時間がかかったでしょ」
彼女は、首を傾げて、不思議そうな表情を浮かべ。
水族館の最寄り駅へ、集合をかけたこと。俺は、凛に感謝をしてしまったけれど、悪いなと思いながら「ごめん」と言った。
「いきなり誘って、準備をさせて、待ち合わせさせること。凛が、女子に絶対にしたらダメって言ってた」
「凛さんから電話がかかってきたとき。準備をし終えて、図書館に行こうと思っていたから。家に居ると、同じことばかり考えてしまってたから」
「……何か、あったの。もしかして、俺のことかな」
俺は、思ったままを口にしてしまってから。
とんでもない、うぬぼれた発言だと気づき。
「米原君。今日、取材を終えてから。話したいことがあるの」
真面目な顔で、彼女がはっきりとした声で言い。
俺は、謝ることが出来ず、こくりと頷いた。
「高校と寮生活を卒業して、同じ大学に行ったけれど。学部とゼミが違うから、すれ違いが多くなるふたり。男女共学で、翔太朗は女子にモテて、ゼミの先輩女子がべったりになる。ふたりの関係を公にすることは出来ず、リン君は寂しさを感じてしまう。そんなときに、ゼミの先輩女子から、けん制を受けることになって、傷心で電車に乗って降りる駅を間違えてしまう。降りた駅は水族館が近く、リン君は向かい。そこで、何を想うのか…」
彼女は、凛がメッセージで送っていた設定を、ぶつぶつつぶやき。
カメラを色んな方向に向けはじめ。
俺は、「何だろう」で、頭がいっぱいになってしまった。
彼女が、俺に話したいこと。マイナスなことしか思いつかず、
「米原君。合宿で、疲れているなら。私だけで中の写真を撮ってくる」
いつの間にか正面に立っていた、彼女に顔を覗き込まれ。
驚きから、「わあっ」と言い、後ずさりしてしまった。
「米原君。大丈夫。合宿の疲れがとれてないなら、先に帰っていい」
じっと、彼女が俺を見つめて言い。俺は、慌てて口を開いた。
「……大丈夫。カメラ貸してくれる、中に入ろうか」
俺は、彼女からカメラを受け取り、ふたりで水族館の中に入った。
「米原君。改修工事中で、本館しか見られないみたい」
少し離れた隣に居る、彼女が教えてくれ。チケットを買って、ふたりで薄暗い館内に入り。
暗い廊下を抜けると、目の前が広く青く開けた。
「水族館のホームページで、館内の様子が動画で見られたんだけど。実際に見るのと、全然違う。すごく、綺麗」
俺たちの目の前には、とても大きな水槽が広がり。
水槽の中には様々なかたちと大きさの魚たちが居て、それぞれ自由に泳いでいる。
平日の午後三時前だからか、水槽の前には俺たちだけ。
ふたりで青い世界を見つめていると、とても静かだ。
隣に向くと、彼女はじっと水槽を見つめていた。
瞳が、きらきらと輝き、薄暗い中で発光して見える。
俺は、水槽よりも、綺麗だと思い。やっぱり、彼女は、とても綺麗だと思った。
「米原君。館内では、フラッシュはダメだと思う」
無意識に、彼女の横顔をカメラで撮ってしまっていた。
俺は、「ごめん」と下を向き。
「次から、気を付ければいいと思う。何を、撮ったの」
多分、彼女は、俺をじっと見つめている。分かっているのに、顔を上げずに答えた。
「……綺麗だと、思ったもの。……心配ごとがあっても、綺麗なものには目を奪われるから」
「なるほど」と聞こえ、俺はゆっくり顔を上げた。
彼女は水槽に顔を向けていて、ほっと息を吐き。
彼女が見つめる水槽に顔を向け、今日で終わりなのかなと思った。
俺は、彼女に嫌われてしまい。こういう風に、ふたりで出かけることはもうないのだろう。
仕方ないなと思いながら、俺は口を開いた。
「……由比さん。記念写真撮ろうか。デジカメだし、何枚か記念に撮っても、凛は何も言わないよ」
彼女とふたりで出かけられること、今日で最後なら。出来ることをしてあげたいと思った。
隣を向くと、予想外の表情があった。
「どうして、分かるの。米原君て、実は、サトリなの」
彼女は、瞳を少し大きくした、驚いているんだろう顔。
俺は、「サトリ」と首を傾げ、口を開く前。
「じゃあ、頼んでくる。記念写真て、係員のひとに頼んで良かったよね」
俺が「うん」と返すと、彼女は隅に居た係員さんの元にいき。
連れて戻ってきたあと、カメラを従業員さんに渡すよう言った。
「米原君。私、左と右、どちらに立てばいいの。私、ふたりきりで、記念写真を撮るの初めて」
俺は、少しして、彼女の言動の意味が分かり。
誤解を解かずに、「好きなほうに立って」と返した。
彼女は、固い顔で、俺の左側に立ち。従業員さんに、何枚か写真を撮ってもらった。
彼女は、写真を撮ってくれた従業員さんに丁寧にお礼を言い。デジカメを受け取ってから言った。
「米原君。このデジカメ、Bluetoothが付いてるから。今、私のスマホに転送していい」
「……暗いから、操作しにくいでしょ。撮影が終わってから、外に出てからにしようか」
彼女は、はっとしたような顔になり。下を向いて、「うん」と言った。
俺は、初めての記念写真で、嬉しいのかなと思い。かわいいなと思いながら、「行こうか」と言った。
大きな水槽をあとにして、ずらりと、区切られた水槽が左右に並ぶ通りを進み。
彼女が水槽を夢中で見つめる姿を、俺はカメラを向けずに記憶した。
「……由比さん。くらげ、好きなの」
くらげが集められた水槽が並ぶ中、円柱の水槽の前から動かない。
彼女へ、少し距離をとった隣から言うと、水槽に顔を向けたまま返してくれた。
「今日見た中で、一番好きだと思う。すごく、自由に見えるから」
白く丸い、ふわふわと漂うくらげの姿。見ていると、彼女の言う通りだなと思い。
「……由比さん。自由が、好きなの」
彼女が、「好き」と小さく言い。
こちらにゆっくり向き、胸がどきんと大きく鳴った。
「分からない。私には、自由がないって。言われたことはあるけど」
彼女が、少し大きくした瞳で言い。
俺は、一昨日、彼女が言ったことを思い返した。
『私は、高校を卒業したら、お母さんが決めたひとと婚約をして稼業を継ぐの。婚約するひとは、うちの稼業を援助してくれるひと』
彼女の将来は、「自由」とは正反対のものに思えた。
「私は、自由がないって言われたとき。一年前は、何も思わなかった。でも、今、言われたら」
彼女が、多分、言葉を途中で止め。
俺をじっと見つめ、言葉を迷っているように見え。
「由比さん、そろそろ、出ようか。喉乾いてない、休憩しようよ」
声をかけると、彼女は下を向いて「うん」と言ってくれた。
俺は、ほっと息を吐き。凛に教えてもらっていた、本館の三階イートインが出来る売店に着いた。
「由比さん。お腹空いてない。売店に、色々あるみたいだけど」
「私、こういうところでの買い食いは、しないよう言われてるから」
俺は、なぜか、かあっと胸が熱くなり。「待ってて」と残して、売店に向かい。
彼女の居る席に戻ると、大きくした瞳を向けられた。
「カニのかたちのやつが明太子チーズパン、うみガメのかたちのやつがメロンパン。ここのお店のおすすめなんだって。アイスティーにしたけど、べつの飲み物のほうが良かったかな」
パンが乗った皿と、ふたつのアイスティーの乗ったトレイをテーブルに置き。向かいに座ると。
瞳を大きくしたままの彼女は、口を開かず俺を見つめた。
「勝手に選んできちゃったけど。ソフトクリームとか、パフェのほうが良かったかな」
俺は、聞いてから買えば良かったと、後悔しながら言い。
彼女は、少ししてから、口を小さく開いた。
「米原君。何か、翔太朗みたい」
俺は、予想していなかった答えに、「えっ」と言い。質問をする前に、
「梅雨合宿のときも、感じたんだけど。リン君より、翔太朗みたい」
彼女がぼそりと言って、凛にも同じようなことを言われたなと思い。
「由比さんは、だから、俺のこと嫌いになったの」
思ったままを口にすると、彼女が瞳を更に大きくした。
「話があるって、言ってたの。俺のこと、嫌いになった話だよね」
俺は、勢いのまま続け。「ごめん」と頭を下げて続けた。
「合宿のとき、ひどいこと言って、ひどい態度とって。本当に、ごめん。嫌われたのは、分かってるから」
合宿から家に戻って、メッセージや電話では言えなかった。
彼女への謝罪を、俺は顔を上げて続けた。
「今日は、俺のこと嫌いなのに、凛の為に来てくれてありがとう。俺は、もう、由比さんに関わらないから。もちろん、学校でも」
彼女は、感情の分からない表情で、俺をじっと見つめている。
俺は、なんとか顔を歪めて、「ありがとう」と言った。
「由比さんと、過ごせたこと。嬉しかったよ」
本当の気持ちを言い、少し寂しいなと思ったけど。自分のせいだから、仕方ないなと思ったとき。
ばしゃりと音がして、
「……何で。私、こんなことしたの」
アイスティーの空のカップを片手に、彼女がとても小さく言い。
俺は、顔がびしょ濡れで。目の前、彼女の右目から水が流れ。
かあっと身体が熱くなって、席を立ち。
「由比さん。俺、また、ダメなこと言ったかな」
自分にとても腹が立ちながら。彼女のそばに立って、ハンカチを伸ばした。
謝ることも出来ないと思っていると。彼女は、空のカップをテーブルに置き。
受け取ってくれたハンカチで顔を隠した。
「由比さん。俺、ここで、帰ったほうがいいかな」
彼女から声は返ってこず、
『優は~、美月ちゃんに~、特別扱いされてるのを自覚しないとダメだよ~、あと~、嫌われるのを恐れずに~、思ってることは言い合いなよ~』
凛に言われた、前半は分からないことを思い返した。
「由比さん。思ってること、話してほしい。ダメなら、ここで帰るから」
俺は、なるべく、柔らかな声で言い。少ししてから、「話したい」と、彼女がとても小さい声で言ってくれた。
パンとアイスティーをテイクアウトし、タオルを買って店員さんに謝り。
俺たちは水族園の裏口から出てすぐ、海沿いの道に出た。
薄曇りの空の下、海と砂浜が広がり。海開きはまだで、犬の散歩をしているひとが居るぐらい。
辺りはとても静かだ。
俺は、タオルを首にかけたまま、隣に顔を向けずに言った。
「由比さん。大丈夫、座ろうか」
彼女は、ハンカチで顔を隠したまま、「歩きたい」ととても小さく言い。
俺たちは、ゆっくり歩きはじめた。
潮の匂いを久しぶりに感じながら。いつもより近い、隣の彼女に歩幅を合わせて歩き。
俺は、不思議と焦りは感じず。口を閉じたまま声を待った。
「……どうして、怒らないの」
聞こえた、消えそうなかすれた声。
彼女は歩みを止めずに言い、俺は合わせたまま返した。
「凛と父親の修羅場、見たからだと思う。謝らないでいいから」
俺は、先に言い、再び口を閉じた。
少しして、「座って話したい」と彼女が言い、近くのベンチに並んで座った。
目の前には、砂浜と海と空が広がり。
こうして、今、彼女と居ること。一月前には想像出来なかったなと思い。
「ごめん。何か、由比さんて、ずっと予想外だったなって思ったら」
俺は、小さく吹き出してしまったあと、彼女に向いて言い。
彼女は、ハンカチをとった顔を下に向けていた。
長い髪の毛で、表情は見えない。
どんな思いをしているのか、どんなことを話したいのか、分からないけれど。
俺は、彼女に感じていることを口にした。
「由比さん。俺は、予想外だったの、嫌じゃなかったよ。今さっきのことも、俺が悪かったんだろうと思ってる。何がダメだったか、教えてくれないかな」
俺は、なるべくゆっくり言い。
彼女は、しばらくしてから、とても小さな声で言った。
「……全然、思ってないことを言われて。もう、言われたくなくて、手が勝手に動いてた」
「全部、聞かせて。聞いてから、謝らせて」
俺は、思ったままを言い。
彼女は、少ししてから、さっきよりも大きな声で言った。
「私は、自分のことを、勝手に言われるの。今までは、平気だった」
俺は、「うん」と言い。彼女は、顔を上げて続けた。
「米原君と、関わるようになって。凛さんに幸田さんと、関わるようになって。自分の話を聞いてくれるひとが出来て。初めて、ひとりじゃなくなって」
「平気じゃなくなった」と、彼女がはっきり言い。
俺は、「うん」と言い、彼女の横顔を見つめた。
「米原君。関わらないって言われて、腹が立った」
俺は、「うん」と言い。彼女が、こちらにゆっくり向いた。
「私、米原君と居ると、感情が揺れる。米原君が誰かに攻撃されるのは、許せなくて腹が立つ。嫌われたと思って離れようとするの、腹が立つ」
俺は、「うん」と言い。まっすぐな瞳を向けてくる、彼女を見つめた。
「私、両親がいなくなってから、こんな風に揺れることなかった。米原君、責任をとって」
俺は、「うん」と言い。彼女は、少ししてから、瞳を少し大きくして言った。
「米原君。本当に、約束していいの。私、知っている通り、約束を破ったら何をするか分からない」
俺は、「うん」と言い。彼女は、更に瞳を大きくして続けた。
「米原君。私が、話したかったことはね。こんな私でも、いいのかなって。不安だった」
「由比さん。俺は、梅雨合宿で嫌われたんじゃないかって、不安だったんだ」
俺は、思っていたままを言い。彼女が、「どうして」と言った。
「私は、これからも、仲良くして欲しい」
緩んだ頬で「うん」と言うと。彼女は、ゆっくり両目を細めてくれ。
俺は、彼女と思っていたことが同じで、望みも同じだったことが嬉しくて。
少しの疑問を感じたけれど、聞くことはしなかった。
※
「米原君。わざわざ、送ってもらって…」
「凛が、いきなり取材を頼んで、遅くなったんだし。送らないと、男として失格だって言われたから」
俺は、彼女が謝る前に言い。水族館の売店でテイクアウトした、パンが入った袋を渡した。
学校に徒歩で通える、彼女が住むマンション近くの通り。
七時前なので、日がすっかり暮れ薄暗い。
凛に言われなくても、送ろうと思っていたのを伝える前。
「いつも、凛さんにタクシー代をもらってるの。私が働くようになったら、返そうと思ってる」
彼女が、真剣な顔で言い。らしいなと思いながら、緩んだ頬で返した。
「そんなことは、思わなくていいと思う。凛は、だらしがないけど、お金のことに関してはちゃんとしてる。由比さんと一緒に居たくて、付き合わせてるからだよ。そんなこと言ったら、怒ると思う。凛は、怒ったら、めちゃくちゃ怖いよ」
彼女は、真面目な顔で「本当に」と言い。俺が「本当に」と言ったあと。
ふたりで顔を見合わせ、小さく笑った。
水族館を出て、海岸で話をしてから。ここに着くまで、会話はほとんどなかったけれど。
品川が言っていた、彼女がまとう透明な壁が薄くなったように感じ。
俺は、勝手に、仲よくなれた様に感じた。
「米原君。今日は、ありがとう。水族館、楽しかった。話が、ちゃんと出来て良かった」
俺も思ったことを、明るい声色で言ってもらい。
街灯の薄い灯りの下、彼女の笑んだ顔がきらきらして綺麗だと思ったとき。
「あんた、何してるの」
鋭い声が、後ろから聞こえて。
彼女の表情が一瞬で変わり、ぱあんっと乾いた音が辺りに響いた。
「あんた、いつから、私に逆らうようになったの」
俺と彼女の間に立ち、彼女の頬を叩いた。
凛と俺の母親の間くらいの歳だろう、きちんとしたワンピースを着た女の人。
「あんた、誰のおかげで、生きてられると思ってんの」
耳を刺すような声に、
「お母さん。ごめんなさい。私は、お母さんのおかげで、生きてます」
叩かれた頬に手を添えている、表情がない彼女が答えた。
「分かってるなら、私に、どうして逆らうの」
「お母さん。ごめんなさい。私が、全部悪くて、米原君は悪くない」
俺は、かちんと固まって、ふたりのやりとりを見つめるしか出来ず。
女の人が、こちらに向き。
「帰って。二度と、あれに近づかないで」
濃い化粧が施された、整った顔。
ぎろりと俺を睨む顔は、彼女に似ていると思い。彼女を、「あれ」と言ったことに気付いた。
「お母さん。ごめんなさい。米原君には、何もしないで」
彼女が、明らかに震えている声で言い。
女の人は、また、彼女の頬を叩いた。
「あんた、私に、命令する気。誰のおかげで、今日まで生きれたと思ってんの」
そう言い、女の人が腕を振り上げ。
「帰ってと、言ったけど」
俺は、腕をつかんだ、女の人ににらまれて言われ。
正直、怖さを感じるけれど、口を開いた。
「……やめて下さい。家族間でも、暴力はダメです」
女の人は、両目を大きくしたあと。とても細めて言った。
「人でなしの姉が残した、厄介者。あれを、家族だなんて。一度も思ったことない」
俺は、手を振り払われ。真っ白な頭で、何も言い返せなかった。
「関わるのは、やめておいたほうがいいわよ。こんな、人でなしの娘」
そう、吐き捨てるように言ったあと。
女の人は彼女の腕をつかみ、マンションのエントランスの中に入っていき。
俺は、地面に落ちている、潰れたパンと袋を見つめ。何から考えればいいか、全然分からず。
明らかに、おびえていただろう彼女へ、何も出来なかった自分にとても腹が立った。
第7話 完璧美少女と俺が二度目の〇〇〇をした件 了
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