第4話  完璧美少女と俺が〇〇で脅された件


   ※


「……あははは~、作戦どおり~、ふたりが友達になれて~、仲良くなれて良かった~」


 結局、彼女はノンストップで、元町駅までBLの話を繰り広げ。

 俺は、彼女と別れたあと、ぐったりしながらも凛の家に着き。


 俺が責めると、凛は明るい気の抜けた声を上げた。


「……何で、嘘を吐いたの。……俺は、BLと凛の作品が苦手なのに」


「苦手だけど嫌いではないでしょ~、私は嘘を吐いたんじゃなくて~、嘘も方便てやつだよ~」


 そう言ったあと、凛は、俺が買ってきたシュークリームにかぶりつき。


「凛、顔にクリームついてるから、ふきなさい。あと、そういう言い方は、詐欺師の方便よ。優君、ちゃんと、凛を叱っておくからね」


 凛の隣に座る、雫(しずく)さんが、凛にティッシュの箱を渡したあと。

 俺に、赤縁眼鏡をかけた無表情な顔を向けて、はっきりと言ってくれた。


「私~、雫に~、叱られるようなことしてない~、ふたりを仲良くさせたいだけだよ~」


「凛、顔をふきなさい。優君、凛が腑抜けになってから、いいように利用され続けてて。トラウマを植え付けられて、本当に同情するわ」


「私~、利用なんかしてない~、トラウマなんか植え付けてない~」


「凛、あんたの蔵書管理が甘いせいで、優君が二次創作BLがトラウマになったんでしょうが」


「あ~、私の部屋にあった~、少年系漫画の二次創作BL~、新刊かと思って読んじゃったやつか~、小1の頃だったかな~、お姉ちゃん何で男子ふたりがキスしてるのって泣いてて~、かわいかったな~」


 凛がにひゃりと笑い、俺が口を開く前。


 雫さんが、凛の顔を片手におさめた。


「凛、私達の嗜好が、偏見を持たれやすいのを知ってるわよね。先人たちがきちんとルールを守って、一般人の方々に迷惑をかけずにきたから。一般人が楽しめる作品が多数出てきたから、今、世間に広く受け入れられていること。商業BL小説を十年書いてるんだから、分かりきってるわよね。だから、そういう反省してない態度は、身内だとしてもダメなこと。腑抜けた頭でも、理解が出来るわよね」


 雫さんが、無表情で、とても低い声で言い。

 俺は、どうして、俺の周りのBL好きは武闘派が多いんだと思い。


 雫さんから手を離された凛は、いつもよりふにゃりとした顔と声で「優~、ごめん~」と俺に言った。


「全く、凛は、子供の頃から何も変わらないわね。私がいなくなったら、まともな社会生活送れなくなるわよ」


「雫は~、九時五時の役所勤めで~、内勤だから出張も転勤もないし~、男子と結婚に縁がないし~、さっさと~、私の養子に入っちゃえばいいのに~」


 「絶対に、嫌」と、雫さんがはっきり言い。

 俺は、確かに、凛の雫さんに対する態度は昔から同じだなと思う。


 清水(しみず)雫さんは、凛と同級生で、凛の幼稚園からの親友だ。

 幼い頃から今に至るまで、凛の面倒を見続けてくれている。


 幼い俺のこともかまってくれ。八年前、家が大変だったとき、凛と俺を支えてくれた恩人だ。


「私は、凛とずっと一緒に居る為じゃなくて、趣味を楽しめる安定した生活がしたいから役所に勤めているの。私が、凛の面倒を見てあげているのは、はらよね☆太郎先生のファンだからで。供給をしてくれるから、そばに居ること。定期的に、思い出して」


「またまた~、優の前だからって~、恥ずかしがらないでいいよ~、私のことめちゃくちゃ好きなのは分かってるんだから~」


 雫さんの固く平坦な声に、凛は明るい柔らかい声で返し。

 ふたりは、中身も見た目も生き方も、全てが正反対だなと思った。


 雫さんは凛が一年で辞めた大学を卒業して、区役所に就職をし。凛とは正反対の、きちんとした見た目と生活をしている。

 肩下のまっすぐで黒い髪、会社帰りの様なきちんとした格好。

 年中ティシャツとスエット姿の凛と並ぶと、雫さんのほうが年上に見えて、とてもきちんとした大人に見える。


「そもそもさ~、私が~、BLにハマったのって~、雫が沼に引き入れたせいでしょ~、責任とってよ~、私と養子縁組しようよ~」


「私は、おススメしただけ、沼にハマったのは自己責任でしょう。それに、大学中退をして就職をせずに、腑抜けても暮らしていけているのは。小説を書くことをすすめた、私のお陰でしょう。供給をしてもらってはいるけれど、その責任は果たしていると思う。私は、凛が死ぬまで、面倒を見たいとは思わない」


「だからさ~、お嫁に来たらいいと思うよ~、これからは~、私が楽させてあげるし遺産はあげるからさ~、安心して~、私が死ぬまで面倒見て欲しい~」


「本当に、凛は、私に対しては読解力がない。ほんと、私好みの小説が書けなければ、とっくに見放しているわよ」


 ふたりは、一見、何もかもが正反対に見え。

 口喧嘩が日常で、言いたい放題言っているように見える。


 でも、ふたりの間に流れる空気は柔らかく、ちゃんとお互いを想っているのが分かる。


 目の前のふたりの姿を見ていると、自然と頬が緩み。


 本当に、雫さんが凛のそばに居てくれて良かったなと思ったとき。


「優君。私みたいに、ちゃんと、凛を怒らないとダメよ。凛の横やりに負けずに、美月ちゃんと上手くいくよう願っているわ」


 雫さんが、ほんの少しだけ緩めた、表情のない顔をこちらに向けて言い。

 俺は、「上手く」とつぶやいたあと、言われた意味が分かり。

 少しして、かあっと頬が熱くなった。


「優~、大丈夫だよ~、私の~、ナイスアシストで~、もう仲良くなれたよ~」


「……ナイスアシストじゃない。……由比さんに、嘘を吐いただけでしょ」


 俺は、にひゃりと笑んでいる凛から、顔をそむけて返した。


「嘘なんか吐いてないもん~、苦手だけど嫌いではないでしょ~、私の作品~、新刊出る前に読んでくれて~、いつも詳しい感想くれるもんね~」


「……そういう風に、言わないでくれる。凛が、勝手に、俺をモデルにして描いてるから。監視目的で読んでるだけだから」


「私の作品が~、生理的に無理で~、読みたくないわけじゃないでしょ~、出来がいいときはほめてくれるしね~」


 俺は、凛の言うことは間違っていないけれど、返事をせず。


「凛。ナイスアシストではないと思うけれど、優君がBLと凛の作品が好きという設定は、美月ちゃんの心の扉を開けるには、とてもいい作戦だと思う」


 そう雫さんは言ったあと、紅茶を一口飲んでから。

 発言に驚いている、俺に向いて言った。


「好きな相手と近づくきっかけに、相手が好きなものを好きと嘘を吐くのは、王道のBL設定だから。一緒に居るうちに高感度を上げて、嘘を告白すれば、相手も分かってくれるはずだから」


「そうそう~、もっと仲良くなってから告白すれば~、美月ちゃんは大丈夫だから~、心置きなく~、私の作品をふたりで褒めたたえたらいいよ~」


 雫さんと凛が同じことを言い。俺は、不安を覚えながらも、そうするしかないのかと思い。


「優君。美月ちゃんと仲良くしてあげてね。私は会ったことないし、凛から聞いてるだけだけど、腑抜ける前の凛に似てる気がするから」


「優~、美月ちゃんは~、真面目で思いつめやすいだろうから~、ひとりにせずに仲良くしていこ~」


 ふたりに言われたことは、俺も思っていたことで。

 驚きながら、こくりと頷き。彼女と、これから、嘘を吐いたまま関わる覚悟を決めた。


    ※


 日曜日、昼に彼女と別れたあと。俺は、彼女にメッセージを送るか迷い続け、結局月曜日の朝を迎え。

 学校に着いて、昇降口に入り。俺は自分自身に大きく息を吐き。


 下駄箱から上履きを取り出そうとして、気づいた。


「米ちゃん、はよー。朝練つかれたぞー」


「米、おはよう。昨日は、家の用事は無事にすんだのか」


 俺は、後ろから聞こえた、品川と辻堂の声にびくりと全身を揺らし。

 上履きの上にあったものを、右手でぐしゃりと握った。


「米ちゃん、聞いてくれよ。昨日、辻堂の家行ってゲームしたんだけどさ。性格悪い戦略ばっかとられて、マジムカついた」


「米。品川が言ってることは、被害妄想だ。俺は、きちんとした戦略を立てて戦った。いきあたりばったりの品川と違ってな」


 ふたりが、俺のうしろで口喧嘩をはじめ。

 俺は、右手のものをポケットに入れて、気づかれていないことにほっと息を吐いた。

 

 教室に三人で向かい、鞄を置いてから。俺は教室を出て、足早にトイレへ向かった。


 トイレの個室に入り、ポケットから取り出したもの。

 強く握ってしまい、くしゃりと曲がった薄いピンクの封筒。

 下駄箱の上履きの上にあり、漫画やアニメやドラマみたいだった。

 

 架空の世界で起きることが、まさか、自分に起こると思わなかった。

 

 俺は、どきどきしながら手紙を両手で伸ばして、見つめてみた。


 薄いピンクの封筒をいくら見つめても、内容が分かることはなく。

 俺は、大きく息を吸って、封筒からふたつ折りの白い便せんを取り出した。

 

 かさりと小さな音とともに開き、


【米原優、由比美月。私は、ふたりがBL好きなのを知っている。皆にバラされたくなければ、今日の放課後、図書室へ】


 ワードで打ち、プリントアウトした様な。

 黒くて均整のとれた、手書きだろう文字を読んだあと。

 

 俺は、読む前のふわふわした気持ちが、一瞬でなくなり。

 全身の温度が下がって、嫌に心臓が鳴りはじめ。


 ポケットが震えて、びくりと両肩が大きく震えた。

 

 俺は、胸をばくばくさせながらスマホを取りだし。

 着信相手にとても驚きながら、通話ボタンを押した。


『米原君。どうしたらいいと思う』


 初めて聞く、スマホ越しの彼女の声。

 こんなときじゃなく、聞きたかったと思い。


「……今日、由比さんの下駄箱にも、手紙が入ってたの」


 小さく返すと、『うん』と、とても小さく聞こえた。


『米原君と私の、好きなものを知ってる。バラされたくなかったら、放課後、図書室へって』


 片手に持っている便せんに書かかれていることを、彼女が言い。

 俺は、すうっと息を吸い、はっきりと言った。


「俺にも、同じ内容の手紙が入ってた。放課後、俺だけで、図書室に行くから」


 正直、とても動揺しているけれど。

 彼女の頼りなく聞こえる声に、はっきりと返した。


『多分、教室でふたりで居たところを見られて、会話を聞かれてたんだと思う。米原君が教室を出るとき、廊下から走り去る音が聞こえたから』


 彼女に壁ドンをされ、BL好きを宣言されたとき。

 俺は、彼女の言動に、全ての意識を持ってかれてしまい。どうやって、教室を出て、凛の部屋にたどり着いたかの記憶がない。


 俺は、そうだったのかと思い。彼女は、少ししてから続けた。


『ごめんなさい。私が、米原君に関わらなければ、こんなことにならなかった』


 スマホ越しでも、彼女がとても固い声を上げたのが分かり。

 胸がぎゅっとなって、口を開く前。


『私も、行くから。米原君に、これ以上迷惑をかけないよう、手紙を出した主を説得する。説得してダメなら、実力行使する』


 彼女が平坦な声で言い。

 俺は、放課後の教室で、壁ドンされたときと同じ声だと思った。


『授業が終わってから、三十分後、図書室に集合で。私が、米原君に迷惑をかけるものを、なんとかする』

 俺が返す前に、彼女は通話を切ってしまい。

 予鈴が鳴って、かけ直すことが出来ず。

 

 俺は、とりあえず、彼女を止めなければと思った。


 高校入試以来の緊張感を感じて、なんとか、品川と辻堂に気付かれないよう過ごし。

 授業が終わって、俺は、すぐに図書室へ向かった。


 タイミングがよく、彼女は担任に呼び止められ、職員室に向かっていった。

 俺は、早足で図書室に着き、ごくりと喉を鳴らしてから扉を開き中に入った。


 本が詰まった高い棚が並び、真ん中に長机と椅子が置かれた室内。

 本の香りが強く漂う中、一歩一歩ゆっくり進んだ。


【米原優、由比美月。私は、ふたりがBL好きなのを知っている。皆にバラされたくなければ、今日の放課後、図書室へ】


 朝、下駄箱にあった手紙。

 書かれていた文面を思い返し、俺は、物語の世界に迷い込んでいる様に感じた。

 

 まるで、ミステリー小説の世界に招待された様で、手紙を出した主はどんな風に登場するのかと思ったとき。


 目の前の床に落ちている、文庫本に気付いた。


【『ドキメキ☆男子学園シリーズVo.5  ~初めての夏休みは、青く染まる~』】


 少女漫画のヒーローの様な男子ふたり、りんと翔太朗が絡むイラスト。

 ふたりのまわりには花やリボンが描かれ、白を基調としながらもとても華やかで。

 俺は、キラキラした表紙を見つめていると、全身の温度が下がるのが分かった。

 

 どうして、ここに、凛の著書が落ちているんだと思い。

 辺りを見回すと、俺以外にひとの姿はなく。


 俺は文庫を拾って、少し先の床にあるものに気付いた。


【『ドキメキ☆男子学園シリーズVo.10  ~二度目の夏休みは、みつどもえ戦争~』】


 手にあるものと同じ、キラキラした表紙の文庫本。

 俺は拾って、両手にし、その先の床にあるものに気付いた。


【『ドキメキ☆男子学園シリーズVo.15  ~三度目の夏休みは、誰にも内緒~』】


 俺は、両手にある文庫と同じ、キラキラした表紙を見下ろし。


「……何で、夏休みしばりなの。夏休みのエピソード、どんだけ好きなの」


 ぼそりと言うと、突然、少し先の扉が開き。

 半分ほど開いている【図書準備室】と札のついた扉を見つめ、俺は喉を鳴らした。


 まるで、餌でおびき寄せられ、今から捕まえられるものになったようで。


 俺は、床にあった三冊を両手にしたまま動けず。


「米原君。図書室の出入り口に、入室禁止の札がかかっていたから。ここには、私達と手紙の主だけ。私、行ってくるから、ここに居て」


 突然、後ろから平坦な声が聞こえ。振り返る前に、横を風が通り。


 艶のある長い黒髪の後ろ姿が、扉の向こうへと消えた。

 

 俺は、慌てて床を蹴り。彼女が後ろ手で閉めようとした扉を止め、中に入った。


「米原君。待っていてくれて良かったのに。待っていてくれたほうが、良かったのに」


 静かで平坦な、ぞくっと、背中が冷たくなる声。

 彼女は、俺に背を向けたままで言い。


「私達に手紙を出した。幸田瑠奈(こうだるな)さん。出てきて、話をしなさい」


 薄暗い部屋の中、彼女が、空気を切り裂くような鋭い声を上げ。

 呼んだ名に、心当たりがないなと思ったとき。

 

 彼女は長い髪の毛をなびかせ、一直線に部屋の奥へと向かい。

 掃除用具をしまう為のものだろう、細長いロッカーの扉を開いた。


「出てきて、話をしなさい。米原君に、何かしようとするなら。許さない」


 彼女は、ロッカーの正面に立ち。

 聞いたことのない、とても低い声を上げ。

 

 俺が慌てて近づくと、ロッカーの中から、ふらりと人影が現れた。


「何か、言いなさい。話が出来るように、したほうがいいの」


 先ほどより更に低い声で言ったあと。

 彼女は、そばのカーテンを開いた。

 

 突然、夕方の日が部屋を照らし。俺は、まぶしさから両目を閉じて、開き。


 見えた光景に、とても驚いた。


「幸田さん。幸田瑠奈さん。私達について、知っていること。全部話して」


 ロッカーの横の壁に、両手をついている彼女。

 彼女の両腕の中には、明らかにおびえた顔をしている、とても小柄なうちの制服を着た女子。

 

 先週の放課後、彼女とふたりきりの教室で。俺も、目の前の小柄な女子の様に、怯えた顔をしていたんだろう。


 そう思いながら、俺は、壁ドンをしている彼女に近づき。

 彼女の右肩に、片手を置いて言った。


「……由比さん、やり過ぎだよ。……幸田さん? 話、聞かせてもらえるかな?」


 目にかかるぐらい長い、厚い前髪。首元で左右ふたつに結んだ髪の毛。意図的ではないだろう、ひざ下のスカート丈。

 150cmに届かないだろう身長で、横幅がとても薄い姿。

 うちの制服を着ているけれど、中学生女子にしか見えない。


 彼女が名を呼んだ。幸田瑠奈さんという女子は、俺に顔を向け。

 涙が滲む大きな瞳で、こくこくと頷き。

 本当に、俺たちに手紙を出した主なのかと思った。


「幸田さん。幸田瑠奈さん。私は、嘘を吐かれるのが嫌い。これから、正直に、私の質問に答えて。嘘を吐いたら、私、何をするか分からない」


 彼女が、地の底からというのがぴったりな、恐ろしい声を上げ。

 

 BLが好きだと嘘を吐いている。俺は、死亡フラグが立ったなと思った。


第4話 完璧美少女と俺が〇〇で脅された件 了

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