第3話  完璧美少女と俺が初〇〇〇してきた件


   ※


「米ちゃん! まじで、今日のコロッケサンド最高だわ!」


「おい。米のぶんまで食べようとするんじゃない。とてもおいしいが、遠慮をしろ」


 昼休み、教室はザワザワとさわがしく。俺は、机を合わせた向かいのふたりに言った。


「品川、僕のぶんも食べていいよ。辻堂も食べていいよ。……俺、ちょっと食欲ないから」


 品川は明るい笑みを浮かべて、「やったあ」と手にとり。

 辻堂は縁なし眼鏡を直したあと、「ありがとう」と手にとった。


 昨晩作ったコロッケにソースをたっぷり塗り、辛子バターを塗った食パンに千切りのキャベツと挟んだサンドウィッチ。

 多めに作ってきたものが全てなくなり、俺は頬が緩んだ。


「米ちゃん、ひとつしか食べてないけど。購買でパン買ってきてやろうか」


「品川、よい心がけだ。米、大丈夫か。腹が痛いのなら、薬があるが」


 俺は、平和だなと思い。緩んだ頬のまま、ふたりに「大丈夫」と言った。


「米ちゃんは、料理上手で、裁縫も出来て、怒ることもなくて。まじで、女子だったら彼女にしたかったわ」


「同意見だな。米の様な、出来た嫁が将来欲しいもんだ」


 ふたりが、いつもの、俺を褒めているのか分からないことを言い。


『そうですね。米原君みたいなひとと、結婚したら。あったかくて幸せでしょうね』


 俺は、昨晩、彼女に言われたことを思い出してしまった。


「米ちゃん。顔真っ赤だけど、身体どっか悪いのか?」


「米、保健室に行こう。お前は、やせ我慢をするのが悪い癖だ」


 俺は、「大丈夫」と、熱い顔を手であおぎながら言い。


「あ、由比が、またモテてる」


 品川の発言で、心臓が止まりそうになった。


「おお、昼休みの中庭で告白とは、なかなか男気があるな。あのガタイのよさと耳、上級生で柔道部だろうな」


「ひとりで、衆人監視の中でとは。さすが、武道に通じるものだな」


 品川と辻堂が、窓の向こうを見ながら言い。

 俺は顔を向けることが出来ず、嫌に心臓が鳴り始めた。


「あーあ、ありゃ、もしかしなくてもフラれたな。深々と頭下げて、退場するの。まじで男気溢れてるわ」


「珍しいパターンだな。直接告白をされたとしても、後日に断りの手紙を出していたのに」


「まあ、人目があったからじゃね。あんな風に告白されるの、ちょっと、由比に同情するわ」


「確かに、同情を禁じ得ないな。以前、朝の昇降口で告白されたときも、注目をされていたが。今日の様子が違うのは、告白されたところを見られて、誤解をされたくない相手が出来たのかもな」


 俺は、品川と同時に「どういうこと」ともらし。

 辻堂は縁なし眼鏡を直したあと、ふっと小さく笑ってから答えた。


「女子の行動が変わるときは、恋をする相手が出来たときと。相場が決まっている。由比さんの様な、完璧で、少しも素を見せない人間でもだ」


 そう言ったあと、辻堂は、どやあっとした顔をした。


「……辻堂。恋愛経験ないのに、何で分かるの」


 俺が素直な感想を言うと、辻堂は「恋愛シミュレーションゲームで学んだ」と、またどやあっとした顔をした。


「由比が、うちの学校の男子なんか相手にするかよ。なんか、とんでもねえ金持ちとか、すげえ年上とかなら、まだ分かるけどさ」


「……うん、スパダリなら分かるよ」


 俺がぼそりと言うと、向かいのふたりが「スパダリ?」と言った。


「……すっ、『スパダリ』はスーパーダーリンの略で、……びっ、……少女漫画に出てくる様な、お金持ちでイケメンで完璧な、せっ……男子のこと」


 俺は、『スパダリ』の説明を、『BL』『攻め』の単語を使わずになんとか出来。

 ふたりが「なるほど」と頷いている様子から、窓の向こうに顔を向けた。


 昨晩ぶりに見る、中庭の隅のベンチに座る彼女。


 俺は見ていなかったけれど、告白をされた直後だからか。

 彼女には、中庭に居る人間たちの視線が集まっている。


 晴天の下、彼女はぼんやりと空を見つめ、今日は花柄のカバーがかかった本を読んでいない。


 周囲の目など気にしていない様子で、表情からは何を思っているか分からず。

 白い光に照らされた横顔は、やはり綺麗だなと思ったとき。


 こちらに向いた彼女と、ぱちりと視線が合い。

 何も映していない様に見えた瞳が、ゆらりと揺らめいて見えた。


「米ちゃん、由比はやめとけ。俺らが居るだろ」


「米、由比さんはやめておいてほうがいい。手強すぎる」


 ふたりの声で現実に戻され。顔を向けると、ふたりの生温かい視線にかあっと頬が熱くなった。


「……そんなんじゃないから。……ふたりだって、心配してただろ」


 俺は、ふたりが左右に首を振ったことに、驚き。「何で」と言った。


「確かに、悪目立ちすることされて、同情はするけどさ。俺は、米ちゃんが由比に関わって、傷つけられるのは耐えられないわ」


「品川、珍しく気が合うな。自分も、同じ意見だ」


 俺は、ふたりの言ったことにとても驚き。「何で」ともらした。


「……どうして、俺が傷つけられるの。……由比さんは、そんなことしないよ」


「米ちゃん。由比のこと、本気なのか」


「米、本気でも、由比さんに傷つけられる前にやめておけ」


 真面目な顔をしたふたりに言われ、彼女の誤解を解こうと思ったけれど。

 俺は開いた口を一旦閉じ、頬を緩めて言った。 


「……ふたりとも、ありがとう。……心配するようなこと、何もないから」


「米ちゃん、礼なんかいいぞ。そうだ、今週の日曜日、俺練習一日ないからさ。三人でどっか遊びにいこうぜ」


「米、行きたいところはないか。好きなところに遊びにいき、気分を紛らわせるといい」


 ふたりが、まるで、俺が由比さんに失恋したかの様に接してくれ。

 俺は、昨日のことは、口止めをされているので言えず。

 「ありがとう」と、なんとか顔を緩めて言い、窓の外を見ると彼女の姿はなかった。

 

   ※


 俺は、中一の頃から、平日二日おきに凛の部屋を訪れている。

 二日おきと決めておかないと、平日休日関係なく、毎日来るよう言われるからだ。

 今日は、昨日も訪れたけれど、放課後凛の部屋へ向かうことになった。


 凛と俺に直接謝りたいと、彼女が頼んできたらしく。

 凛に呼び出され、俺は彼女が教室を出たのを確認し、時間を空けて向かった。


「おかえり~、ふたり同じクラスなんだから~、一緒に来れば良かったのに~」


「……無理。アラサー女子と違って、俺ら高校生はセンシティブなんだから」


 玄関で出迎えてきた凛は、口をとがらせて背中を向け。

 俺は、玄関の隅にある、きちんと揃えて置かれているローファーに気付いた。


「優は~、昨日の美月ちゃんのこと~、迷惑かけられたなんて思ってないよね~」


 玄関に上がり、今日はティシャツとスエットの下を履いている、小柄な凛の背中に「思うわけない」とはっきり言った。


「私が、驚かせてしまって倒れたんだから~、私のせいで、タクシーで帰ることになったってことで~、美月ちゃんには謝らせないよう~、私のこと責めてね~、よろしく~」


 そう言いながら、凛は廊下を進み。先にリビングの扉の中に入り、俺は、相変わらずだなと思った。


 八年前まで、凛はしっかりした姉だった。


 完璧で、頼りがいがあって、すべてを自分のせいにして家を出ていった。

 当時、八歳の子供だった俺は、何も出来ず。ただ、見ていることしか出来なかった。


「優~、何してんの~、美月ちゃん待ってるから入っておいで~」


 当時とは違う、気の抜けた凛の声に現実に戻り。

 俺は、大きく息を吐いてから、リビングへ入った。


「ほら~、座りな~、優のぶんのお茶淹れてきたげる~、美月ちゃんが持ってきてくれた最中おいしいよ~」


 凛がキッチンへ向かい、俺は、先に来ていた彼女に顔を向けた。


「米原君。昨日は、本当にごめ…」


 床に敷いた座布団の上、ぴしりと正座をした彼女が口を開き。

 「由比さん」と、言葉を遮ってから、距離を空けた隣に座ってはっきり言った。


「昨日のことは、凛が悪い。由比さんは、悪くないから。謝る必要なんかないよ」


 彼女は、両目を少し大きくして、俺をじっと見つめて言った。


「そんなことない。私が、驚きと興奮で倒れて、迷惑をかけたこと。自己責任で、凛さんは悪くない」


 彼女は、はっきりとした声で言い、「それに」と続けた。


「昨日、壁ドンをしてしまったこと、私がここに押しかけたこと。米原君に迷惑をかけたことは、事実だから」


 「ごめんなさい」と、止める間もなく、彼女は深く頭を下げてしまった。


「はいはい~、美月ちゃん~、顔を上げてね~、全部私が悪いから~、謝る必要なんかないんだよ~」


 気の抜けた声が聞こえて、俺はほっと息を吐き。

 凛が彼女の正面に座り、俺にマグカップを渡して、彼女にふにゃりとした笑みを向けて言った。


「美月ちゃんが~、BLを好きになって~、ナマモノBL妄想をするようにちゃったのは~、私の本を読んだから~、だから~、優にかけたと思っている迷惑は~、全部~、私のせいなんだよ~」


 彼女は瞳を少し大きくして、口を開いたけれど。先に、凛が明るい声で続けた。


「優は~、昨日のことや美月ちゃんのことを言いふらすことはないし~、私は~、美月ちゃんと友達でいたんだけど~、ダメかな~」


 彼女は大きく瞳を開き、口を閉じて、少ししてから静かに言った。


「凜さん、はらよね☆太郎先生、改めて、お礼を言わせて下さい。私は、先生の作品と、BLを好きになったことで救われました。これからも、ずっと、先生の作品を楽しませて下さい」


「ありがとう~、その言葉で~、これからもがんばれるよ~」


 ふたりは、笑んだ顔を向かい合わせ。俺は、ふたりを見ていると、自然と頬が緩むのが分かった。


「凛さん、私、凛さんの友達として、どうしたらいいですか。私、友達が出来たことがないから、どう接したらいいか分からないんです」


 彼女が、真面目な顔と声で言い。意外だなと思ったあと、納得した。


 彼女は完璧で、皆から一目置かれた存在だが。話しかければ、きちんと対応をしてくれる。

 自分の優位を振りかざすことなく、和を乱すような言動はせず、皆に平等に接してくれる。


 そんな、完璧な彼女が、誰かと雑談をしているのを見たことがない。


「私の本を~、勧めてくれた子とは~友達じゃなかったの~」


「勧めてくれた子は、私のファンだと自称していました」


 「なるほど~」と凛が頷き、「そうだ~」と俺に顔を向けて言った。


「今週の日曜日~、優とふたりでデートしてきなよ~」


 俺は、凛の言葉が理解出来ず、何度か頭の中でくり返していると。


「凛さん、どうして、そういうことになるんですか。どうして、私が米原君とデートをすることになるんですか」


 彼女の固い声が聞こえ、そうだよなと思い。なぜか、少しだけ胸が痛くなった。


「デートって言葉は~、ふたりにはまだ早かったね~、ほら~、習うより慣れろだからさ~、ふたりで出かけてみて~、優から教えてもらうといいよ~」


 俺は、とんでもないことを言っている凛へ、制止の言葉は吐かず。


「なるほど。それなら、米原君は適任ですね。米原君は、ふたりの親友が居て、誰とでも仲良くすることが出来るひとですから」


「そうそう~、優は~、人間関係をつくるのがうまいから~、勉強するといいと思うよ~」


 彼女と凛に褒められて、気恥ずかしさを感じていると。


「凜さん、ご提案ありがとうございます。でも、私、米原君とふたりで出かけることは、したくありません」


 彼女の固い声が聞こえ。俺は、胸が強くしめつけられた。


「それは~、どうしてかな~、なんで~、優と~、ふたりで出かけたくないの~」


 彼女の答えが怖くて、俺は両目を閉じ。


「米原君は男子ですから。母から、母が決めた男性以外と、ふたりで出かけることは強く禁止されているからです。女子でも、母の了承をとらないと出かけることは出来ません」


 予想外の彼女の答えに、俺は両目を開け。

 顔を向けると、彼女はとても固い顔をしていて、視線を床に向けて続けた。


「私は、高校在学中、学校行事以外で休日でも誰かと出かけることは原則禁止されています。母から、将来に役立つ様な人間以外とは、最低限の関りを持つよう言われています」


 俺は、とても固い彼女の声と顔に、先ほどとは違う胸の痛みを感じた。


「でもさ~、美月ちゃん~、こっちでひとり暮らししてるんだよね~、お母さんと離れて暮らしてるんだよね~」


「実家は京都で、離れていますが。毎日、詳細に生活を報告しています。昨日は、初めて、母に嘘を吐きました」


「そっか~、嘘を吐かせて~、ごめんね~」


「謝らないで下さい。私が原因で、母に嘘を吐いたんです」


「お母さんに~、嘘を吐いて~、美月ちゃんはどう思った~」


 固い声の彼女に、とても柔らかい声の凛。

 ふたりの正反対の雰囲気を見つめていると、彼女が俺に向いて言った。


「ダメなことと、分かっているんですけど。凛さんと米原君には罪悪感を覚えましたが、母には感じませんでした」


 今、まっすぐに俺を見つめる瞳は、何も映してない。


 入学してから二カ月、教室の隣の席昼休みに盗み見していた彼女に見えたけれど。


「なら~、良かった~、美月ちゃんは優と仲良くなれるね~」


 凛の声のあと、今日の昼休みのときの様に、彼女の瞳がゆらりと揺れた。


「私とは~、もう友達だし~、優とも友達から始めればいいよ~、姉の欲目かもしれないけど~、優は~、すごく優しくて強いから~、おススメだよ~」


 凛が明るく声を発するたび、彼女の瞳はゆらゆらと揺れ。俺は目をそらすことが出来ない。


「それに~、私が~、ふたりに頼みたいんだよ~、新作のりんと翔太朗のデートの取材~、忙しい私の代わりにしてきた欲しいんだ~」


 彼女が、ぱあっと顔を輝かせ。俺は、凛に顔を向け。

 凛が浮かべている表情は、悪だくみをしているときの顔だと思った。


「凛さん。はらよね☆太郎先生。私、作品の為なら、何でもします。米原君と、りん君と翔太朗のデート取材、きちんとしてきますね。私、米原君と一緒に出かけます」


 彼女が、はきはきと、とても明るい声で言いきり。凛が、にやりとした笑みを浮かべ。

 俺は、大きく息を吐き、鼻の下を片手で隠した。


    ※


 品川と辻堂の誘いを、家族の都合でと断り。隣の席と昼休みの中庭を、以前の様に盗み見ることなく。


 彼女と出かける前日、


【明日、元町駅に午前十時、切符売り場に集合。午後一時に解散。変更なしで】


 土曜の夜十時に、とても短い、初めてのSNSのメッセージをもらい。

 俺は、心臓がどきどきしてあまり眠れず、日曜日の早朝に目覚めた。


 実家の最寄り駅から快速電車に乗って、二十分ほどでJR元町駅に着き。

 約束より三十分早いけれど、改札を出て、切符売り場の前に立つ彼女を見つけた。


 俺が、驚きながら近づくと、


「米原君。どうして、約束は十時だったよね」


 瞳を少し大きくした彼女が言い。凛の家で言っていた通り、制服姿なんだなと思った。


 俺は、とりあえず、胸がどきどきし始めたのを感じながら「おはよう」と言った。


「米原君。私、約束の時間を間違えてないよね」


 あいさつは返ってこず、彼女は瞳を大きくしたまま言い。

 彼女に合わせた制服姿の俺は、ポケットからスマホを取りだして、昨晩もらったメッセージを見せた。


「よかった。大事な約束、間違えたかと思った」


 彼女が、少しだけ表情を緩めて言い。

 俺は、『大事な約束』という言葉に、どきんと心臓が跳ねた。


「凛さん。はらよね☆太郎先生。神の頼み、今日は、きちんと完遂させなきゃ」


 彼女が、ひとり言のように言い。俺は、何かがしゅんと折れるのを感じた。


「米原君。約束の時間より早いけれど、目的地に行きましょうか」


 俺は、駅からひとり先に出た姿を追い。

 昨晩どきどきして眠れなかった自分が、馬鹿みたいだと思った。


「米原君。私に合わせて、制服で来てくれてありがとう」


 駅を出て、信号を待ち。彼女の隣に、距離をとって立つと言われた。


「私、学校行事以外で、休日でも遊びに出かけることは禁止されているから。今日は、先生に頼まれて、ひとりでここに来たことになってるの。あとで、私ひとりの写真を撮ってもらっていいかな」


 彼女が前を向いたまま言い、俺は固い横顔を見つめて言った。


「……写真を撮ることは、いいんだけど。……お母さんに、写真まで送らないといけないの」


「普段は、写真まで送らなくていいんだけど。今日は、一時間ごとに送れって言われてるの。駅に着いた写真は、自分で撮って送っておいた」


 俺は、驚き、


「……何か、大変だね。協力するから、安心して」


 思ったままを口にすると、彼女が瞳を少し大きくした顔を向けた。


「米原君。母のこと、私のこと、何も言わないんだね」


 俺は、じっと俺を見つめる彼女に、頬を緩めて返した。


「親って、女子には厳しいよね。由比さんに合わせるから、気にしないで」


 凛が実家に居た頃、父親は凛にとても厳しかった。

 彼女よりはマシだが、男子の自分より明らかに制約が多かった。


 俺が、家に居たときの凛を思い返して言ったあと、


「米原君。何も、聞かないよね」


 彼女がぼそりと言い。

 俺は、青に変わった信号に顔を向け、小さく言った。


「俺が、聞かれるの嫌だから」


 俺が歩きはじめると、隣の彼女も歩きはじめ。

 先ほどよりも、とても小さく言った。


「……私に、興味がないから。聞かないんじゃないんだ」


 信号を渡り終え、隣に顔を向けると。彼女はこちらを見ていた。


 長く艶のある黒髪、猫目が印象的な整った小さな顔。

 休日でもきちんと制服を着た、手足の長い姿。

 視線の高さは同じだけれど、俺とは全然違うなと改めて思った。

 

 休日の駅構内はひとが多かったけれど、すぐに見つけることが出来た。

 彼女は発光している様に見え、大勢のひと達の中で特別なひとに見えた。

 

 特別で完璧な彼女の隣に、俺が居ていいのだろうかと思ったとき。


「米原君。私と居るの、嫌じゃないの」


 彼女が、じっと俺を見つめて、静かに聞いてきた。


 俺は、彼女と見つめ合っていると、辺りの音が聞こえなくなり。

 なぜだろうと思った。

 

 数日前から、関わりはじめた。彼女は、盗み見していたときの印象とは違う。

 

 知らない面を知るたび、驚き。ハラハラしたり、ドキドキしたり、一緒に居ると胸がせわしなくなる。

 なのに、彼女を盗み見していると、彼女と見つめ合っていると、とても静かになる。


 友達と、平和にワイワイするのが好きだ。凛と、軽口をたたき合いながら、凛の部屋で平和に過ごすのが好きだ。

 そんな、自分が好きな雰囲気とは正反対で、誰と居るのとも違う。


 なのに、俺は、彼女と居るのが嫌じゃなくて。


「俺は、好きだよ」


 ぽろりと口から出てきた、思ったままの言葉。

 彼女が瞳を大きく揺らし、俺は、とんでもないことを言ってしまったと思い。


「……あっ、あのっ。……へっ、変な意味じゃなくて。……俺は、由比さんと居るの、嫌じゃないし。……俺こそ、一緒に居て、いいのかなって」


 頬が熱いのを感じながら、慌てて言葉を吐くと。彼女が先に歩きはじめ。

 俺は、少しあとをついていき、ぴしりとした背中に口を開く前に聞こえた。


「駅から目的地への行きかた。昨日の夜、予習しておいたから」


 彼女が背中を向けたまま言い。

 俺は、「ありがとう」と小さく言って、あとをついていった。

 

 駅から海側にまっすぐに下っていき、辺りのざわざわとした人達と正反対に、縦に並ぶ俺たちは一言も話さず。

 元町商店街のアーケードの入り口を過ぎ、少し歩いたところで、彼女の歩みが遅くなったのを感じた。


「……由比さん。中華街を通っても、目的地に行けると思うけど」


 彼女が顔を向けているのは、瓦が乗った立派な白い門が立つ、南京中華街の入り口。

 俺が声をかけると、彼女は足を止めて振り返った。


「米原君。目的地に、行ったことがあるの」


「……うん。子供の頃だから、だいぶ昔だけど」


「そうなんだ。行ったことがないのに、案内しようとして。私、馬鹿みたい」


 そう言ったあと、彼女は固い顔で視線を地面に向け。


「……ばっ、馬鹿じゃないよ。俺が言っておけばよかったし、わざわざ調べておいてくれて」


 「ありがとう」と続けると、彼女が顔を上げ、見えた表情にどきりとした。


 いたずらがバレ、叱られたあとの犬の様な。しょんぼりした顔。


 ダメだろうけど、かわいいと思ってしまい。俺は、緩んでしまった頬のまま言った。


「待ち合わせ、早かったし。少しくらい、寄り道しても大丈夫だよ」


 「行こう」と続けると、彼女は、ぱあっと明るい表情を浮かべた。


「私、中華街初めてなの。行けるの、嬉しい」


 そう言ったあと、ほほ笑んだ彼女の顔はとても綺麗でかわいくて。

 俺はドキドキしながら、距離を空けて彼女の隣に並び、一緒に中華街の門をくぐった。

 

 日曜日だけど午前中だからか、人がまばらな中華街の通り。

 通りの左右には低いビルが隙間なく立ち。中華料理店と雑貨店、テイクアウト出来る中華料理の露店が一階に入っている。


 賑やかな通りの様子に、鮮やかな赤が使われた看板と空に吊るされたくらげみたいなぼんぼり。

 門をくぐっただけで、中華街という名の通り、本当に異国に来てしまった様に感じた。


 初めて訪れたわけではないのに、新鮮な驚きを感じ。

 俺は、来るのが初めてと言っていた、隣の彼女に顔を向けた。

 

 左右上せわしなく首を動かして、辺りを見回しながら歩き。キラキラと瞳を輝かせている。


 彼女の様子に、俺は顔がとても緩み。


「由比さん。入りたい店とか、食べたいものあったら、言ってね」


 声をかけると、彼女ははっとした様な顔になり。

 足を止めて、こちらに向いた。


「大丈夫。通りを歩くだけで、いいから」


 いつも見ていた、完璧なほほ笑みを浮かべたあと。

 彼女が前を向いて、歩く前。


「由比さん、したいこと言って。俺は、嫌に思わないし、付き合うから」


 俺が思うままを言うと、彼女は両目を大きくした顔を向けた。


「目的地までは、歩いて十分くらいだから。集合時間三十分も前だったし、大丈夫だよ」


 彼女は、口を開かないまま、瞳をゆらゆらと揺らし。

 俺は、嬉しくなって、緩んだ頬で顔を歪めた。


「朝ご飯、食べて来てるかもだけど。少しくらい入らないかな」


 俺が言ったことに、彼女はこくりと頷き。

 色々ないい匂いを漂わせている店先へ、彼女と向かった。

 

 肉まん、角煮を白いパンに挟んだバーガー、餃子、担々麺、フカヒレ麺。

 たくさんの種類がある中、俺は角煮のバーガーを買い、彼女は小籠包を買った。


「米原君。中華街の中心に、ベンチがあるみたい」


 彼女の案内で向かうと、六角形の赤い建物が立つ広場に着いた。

 建物は有名なのだろう、皆スマホを向けていて、中に座り記念写真を撮っている。

 

 俺たちは、建物から少し離れた、柳の木の下にある石のベンチに腰掛けた。

 

 「いただきます」と言って、バーガーをかじろうとして気づいた。

 距離をとって隣に座る彼女が、小籠包が入ったプラスチックのケースを両手で持ち、じっと見つめている。


 「少し、待ってて」と、俺は彼女にバーガーを渡して、購入した店へとれんげをもらいに行き。

 自販機でペットボトルのお茶を買って、ベンチに戻った。


「私、露店で何かを食べるのがはじめてで、ごめんなさ…」


「由比さん。冷めるから食べよう。小籠包、中のスープが熱いから気を付けて」


 受け取ったバーガーを「いただきます」とかじると、彼女はほっとした顔になり。

 「いただきます」と、小さめの小籠包をれんげですくった。


 甘辛い角煮と白いパンのおいしさを感じながら、大丈夫かなと思い。

 彼女を見ていると、小籠包をつるりと口に入れてしまった。


「由比さん、冷たいお茶飲んで」


 片手で口を押さえている彼女に、俺はキャップを空けたペットボトルを渡した。


 彼女はごくごくとお茶を飲んだあと、はあっと大きく息を吐き。


「熱かったけど、おいしい。小籠包、初めてで、食べられて嬉しい」


 ふっと、小さく笑んで言った。

 彼女を見ていると、胸がとくとくと鳴りはじめたのを感じ。


 俺は、彼女から床に視線を落として、味がしなくなったバーガーを食べ終え。

 胸の高鳴りがやんでから、顔を上げた。


「米原君。お茶、ありがとう。今日の目的、ちゃんと果たしにいこう」


 小籠包を食べた終えた彼女が、俺に小銭を渡しながら言い。

 明るい声と表情に、頬が緩むのを感じた。


 広場を出て、少し距離をとって彼女と並んで歩き。

 なれない景色の中に居るからか、頭がふわふわしているのを感じ。

 

 中華街を出て、もう少し、通りが長かったらなと思ったとき。


「昨日、実は、中華街のことも調べてたの。こんなに、短いと思わなかった」


 前を向いたままの彼女が、同じ思いを言い。

 俺は驚き、顔を向けて言った。


「言ってくれたら、良かったのに。俺は、由比さんと違って、このあと凛に何時に来てもいいって言われてるから」


 今日は、ふたりで目的地での取材を終えたあと。写真を撮ったデジカメを渡す為に、凛の部屋に行くことになっている。


 一緒に行けたら良かったのにと言う前。

 彼女は前を向いたまま、「ありがとう」と言い。


「お母さんが、許してくれないから。中華街に行ったことは言えなくて、また、嘘を吐くことになる」


 続いた固い声に、俺は胸がぎゅっとなった。


「……言えないんじゃなくて、言わないこと。嘘を吐くことにはならないよ」


 彼女が、ゆっくりこちらに向き、「ありがとう」とほほ笑んで。

 俺は、先ほどとは違う笑みに、もっと胸がぎゅっとなった。


 それから、彼女は口を開くことなく、俺たちは中華街から歩いて十分ほどの目的地に着いた。


「じゃあ、凛さんに頼まれたとおり。私が、写真を担当するね。米原君は、撮ったほうがいいところに気付いたら、遠慮なく教えて」


 港の近くにそびえ立つ、赤い糸で編んでいる様な真ん中がくびれた円柱のタワー。

 俺が産まれて住む県の象徴だが、今は、老朽化の為工事の真っ最中。

 タワーはすっぽりと、赤い線が躍る白い布で覆われてしまっている。


 昼は味気なく見えるが、夜はプロジェクションマッピングで照らされ。

 辺りの夜景とともに、期間限定の観光スポットになっている。


「高校卒業間近の時期。翔太朗は、同じ大学に行くけれど関係が変るのを怖がる、りん君へプロポーズをする。りん君へのプロポーズの言葉を、タワーにプロジェクションマッピングで映す演出。やり過ぎなぐらいの理想のスパダリを、本当によく分かってる。さすが、凛さん、はらよね☆太郎先生。」


 ぼそぼそと言いながら、凛に渡されたデジカメで、彼女はタワーと周辺の様子を撮りはじめ。


 俺は、生き生きしている彼女に大きく息を吐き、辺りを見渡した。


 タワーの周辺は、大きな魚のモニュメントや白い帆のような屋根がついた博物館があり、短い芝が植えられた広い公園になっている。

 観光地として有名な場所だけれど、とても広いので、家族連れやカップルがのんびりと歩き。


「りん君が、ここに立つとしたら。翔太朗との身長差を考えたら、この角度から写真を撮ったほうがいいよね。翔太朗のスパダリ具合からして、タワーが一番よく見える位置にりん君を立たせるだろうけど。全体の風景の一部として見せるか、タワーだけを見せるか。どちらも、撮っておこう」


 俺のそばで、ぶつぶつ言いながら、真剣にカメラを操る。

 彼女と、この場の雰囲気は違うなと思った。

 

 見たことのない、生き生きしている姿。本当に、凛の描くBL小説が好きなんだなと思い。

 ここ数日の、俺と彼女とのことを振り返った。


『私は、世界で一番、米原君が読んだ本が好きなの』


 数日前、俺は勝手に彼女の本を読んでしまい。

 彼女に、壁ドンをされて言われた。


『米原君。いきなりお邪魔して、ごめんなさい。さっきのこと謝りたくて、学校からあとを追って、おうちに上がらせてもらって。本当にごめんなさい』


 壁ドンをしたあと、彼女はとても丁寧に謝ってくれた。


『凛さん。はらよね☆太郎先生。私、作品の為なら、何でもします。米原君と、リンと翔太朗のデート取材、きちんとしてきますね。私、米原君と一緒に出かけます』


 俺とふたりで出かけるのを拒否していたけれど、凛の描くBL小説の為に、今日こうして一緒に居る。


 盗み見するしか出来ず、『憧れ』ていた。

 彼女の知らなかった面を知るたび、驚き、戸惑うけれど。


 彼女が見せてくれる、『憧れ』ていたときには見られなかった表情と言動に、目が離せなくて胸が高鳴る。


『米原君。私と居るの、嫌じゃないの』


 そう、『憧れ』ていた完璧な彼女に聞かれ。

 俺は、好きと、言ってしまった。

 

 とんでもない現実に気付いたとき。ポケットが震えて、びくりと全身を揺らしてからスマホを取り出した。


 通話ではなく、メッセージ。読んでいると、


「米原君。凛さんから、何か連絡来たの。何か、指示があれば教えて」


 いつの間にか、とても近い正面に立っていた。彼女が俺をじっと見つめて言い。

 俺は、どくんと胸がはねて、彼女からスマホに視線を落として答えた。


「……来客が来るからって、連絡がきただけだよ。俺も知ってる、凛の友達のひとが来るって」


 俺は、どくんどくんとうるさい胸で、凛からのメッセージを読み。


「……どうして、凛からって分かったの。好きだと、そういうことも分かるの」


「好きでも、相手のことは分からないと思う。だから、りん君と翔太朗はすれ違って、喧嘩したり仲直りして、そのたびに仲を深めて…」


 俺は、彼女が途中で、弾んだ声を止めたのが分かり。

 自分の心臓の音が聞こえたのかと、視線を向けると。


 彼女は固い顔で、「ごめんなさい」と言った。


「米原君、こういう話されるの、嫌なんだよね」


 俺は、胸が静かになり、


「……嫌じゃない。俺は、楽しそうな、由比さんが好きだよ」


 思ったまま、また、好きだと言ってしまっていた。


 彼女が瞳を大きくし、俺はゆらめく様を見るより、恥ずかしさから背中を向けた。


「米原君。どうして、私にそんなこと言ってくれるの」


 後ろから聞こえた声は、とても静かで。どんな心情からの発言かが分からない。


「訳の分からないこと言って、迷惑をかけて、嫌な話しかしてないのに。今日も、私に付き合わせて、気を遣わせているのに」


 「どうして」と続いた言葉に、俺はどくんどくんと鳴り始めた胸を感じ、どうしてだろうと考え。


「……俺は、由比さんが楽しそうなの、いいと思うから」


 思うままを言うと、彼女が「それって」と言い。

 手の中のスマホが震え、俺は慌てて通話のボタンを押し耳に当てた。


『邪魔して~、ごめんね~、あのさ~、タワーの近くに中華街あるでしょ~、中華街の中にある洋菓子屋で買い物してきて欲しいの~、店のURLメッセージに送っておくね~』


 凛に緊張感のない声で言われ、俺は「分かった」と言い。


『なんか声が固いけど~、何かあったの~、一旦~、離れてみると~、落ち着くからいいと思うよ~』


 『じゃあね』と凛が通話を切り、俺は何で分かるんだと思い。


「……凛から、中華街での買い物頼まれたから。ちょっと、行ってくるね」


 背中を向けたまま言うと、彼女は「いってらっしゃい」と小さく言った。


 俺は、後ろを振り返らず、タワーから中華街に向かった。

 門をくぐると、先ほどより人が増えていて、皆通りで楽しそうにしている。


 俺は、凛から送られてきたURLの地図のとおりに進み。

 洋菓子店へ、周りのひととは正反対の心境でたどり着いた。


 人気店なんだろう、正午前なのに店は行列が出来ている。

 俺は、大きく息を吐いて最後尾に並び、どうしたらいいんだろうと思った。


 見つめるしか出来なかった、『憧れ』ていた完璧な彼女。

 数日前から、俺を見てくれて、関われるようになった。

 

 今、俺じゃなく、凛と一緒だったら。彼女は終始楽しいだけだっただろう。

 

 仕方のないことを考えていると、列が進み。凛から頼まれたシュークリームを買い、店を出て、ひとの多い通りを歩き。


 門を出る直前で、中国雑貨店の軒先に吊るされているものと、ぱちりと目が合った。


 俺は、彼女がじっと見つめていたのを思い出し、彼女の好きなものを思い出してしまい。

 迷惑になるかなと思ったけれど、購入してから、タワーへと足早に戻った。


「……由比さん。ごめんね、遅くなって」


「大丈夫。まだ十二時過ぎだから、気にしないで」


 楽し気な観光客が行きかうタワーの下で、ぽつりひとり居た彼女。

 俺が前に立つと、ほほ笑んで言ってくれた。


 俺は、なぜか、胸がぎゅっとなって。「これ」と、先ほど購入したものの包みを渡した。


 彼女は瞳を少し大きくし、俺は、すうっと息を吸い込んでから言った。


「……『ドキメキ☆男子学園シリーズVo.2  ~初めてのデートは、ハッピーが止まらない~』。りんと翔太朗が…」


「初デートをした帰り、翔太朗はりん君がじっと見ていたキーホルダーを渡す。りん君は、低身長で女顔だから、かわいいと言われるのが嫌い。でも、かわいいものが好きで、隠していた。それを、翔太朗は気づいて、りん君はりん君のままでいいと言う。『りんは、りんのまま。楽しそうにしてる姿が、俺は好きだよ』」


 俺の言葉途中で、彼女が言おうとしたことを詳細に言い。

 意識せずに、凛の作品の中に出てくるセリフを言ってしまっていたのに気付き。

 

 俺は頬がかあっと熱くなって、彼女は包みを開き中身を取り出した。


「私、パンダが好きなの。どうして、分かったの」


 彼女が綺麗な長い指でつまんでいるのは、パンダのキーホルダー。

 こちらを見つめる表情は、瞳を少し大きくしたもの。

 

 驚いているのか、不快に思っているのか、彼女が今抱いている感情が分からず。


「小籠包、食べたから。これにしてくれたの」


 パンダが小籠包を両手に抱え、れんげに座る姿のキーホルダー。

 買うときは、これだと思ったけれど。


「……趣味じゃなかったら。無理して、もらわないでいいから」


 俺は、迷惑だったかなと思い、冷めた頬で言ったあと。

 目の前、彼女の瞳が大きく揺れて、ふわりと表情が変わった。


「もらっていいの。私、これ、すごく好き」


 俺は、彼女の明るい笑みを浮かべた顔と、くれた言葉に胸が大きく鳴った。


「米原君。ありがとう。これからは、いいってことかな」


 俺は、どきどきとしている胸で、「何のこと」と聞いた。


「米原君と、BLの話をしてもいいってことかな。米原君、実は、BLが好きなんでしょう。凛さん、はらよね☆太郎先生の作品が大好きなんでしょう。昨日の夜、凛さんから電話がかかってきて、事情を聞いたの。米原君は、ノーマルで男子だから、BL好きを表に出すことが出来ずに悩んでるって。本当は、私とBLの話がしたいんだけど、嫌いで嫌がる素振りを見せるだろうって」


 彼女が笑みを消した顔で言い、俺は胸の高鳴りが止んだ。


「米原君は、私と同じだからって。だから、ふたりは、仲良くして欲しいって言われたの」


 俺は、凛の嘘に、頭が真っ白になり。


「私、高校在学中に、誰かと仲良くしようと思っていなかったけれど。同じ想いをしている、米原君とは、友達になれる気がするの」


 激しく困惑している、俺の心境を知らず。

 彼女は近い正面に立って、キラキラした瞳で続けた。


「米原君。これから、私と、友達になって。思う存分、好きな、BLについて語ろう」


 今、俺が、BLは苦手で好きではないと言えば。

 

 彼女の瞳はくもり、楽しそうな顔は固まってしまうだろう。


「……ありがとう。……これから、よろしくね」


 俺は、本当のことを言わず。

 彼女は、ぱあっと、今日一番の笑顔を見せた。


「写真は撮り終えたから、駅まで、存分に語りながら歩こう。とりあえず、私は、りん君と翔太朗カップル以外は認められないの。米原君が、翔太朗以外のカップリングを推してくるなら、話を聞くから。そのあと、どうして、りん君と翔太朗カップルが一番よいかを説明するから」


 俺は、なんとか頬を緩ませ、どうしてこうなったと思い。


「良かった。私の、変な勘違いじゃなくて。私が、米原君で妄想出来ないのは、同士だったからで」


 「良かった」と、彼女は心底安堵したような笑みを浮かべ。

 俺は、「良かった」と、全然良くないのに言った。


第3話 完璧美少女と俺が初〇〇〇してきた件 了

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