第2話  俺の姉が〇〇作家で完璧美少女の神な件


   ※


 俺は、放課後の教室から、


「優~、おそい~、おなかすいた~」


 気が付くと、二日ぶりの部屋に居て、リビングの惨状に両手の荷物を床に落とした。


「優~、おなかすいた~、今日水しか食べてない~。大好きなおねえちゃんが~、餓死しちゃうよ~」


 学校を出て電車に乗り、このマンション近くのスーパーに預けていた荷物を手にして、この部屋にたどり着くまでの記憶がなく。


「……何で、二日で、こんなに散らかせるの」


 俺は、とりあえず、目の前の惨状に声を上げた。


「ちらかしてないもん~、優が何でもかんでも片づけるから~、広げただけだもん~、おなかすいて死んじゃう~」


「……二日分の食事冷凍して、レンジで温めるだけにしておいたけど」


「締め切りでパワーつける為に~、一日で食べちゃったよ~、おなかすいてしぬ~、はやくごはん作って~」


 脱ぎ散らかした衣服、きちんとしまっておいた小物、ノートPCに紙類や本。

 これでもかと広げたリビングの床の上、あおむけで転がっている小柄な姿。


 いつも下を履くよう言っているのに、男物のティシャツをワンピースの様に着て。   

 茶色いウェーブかかった長い髪の毛を床に広げ、俺の言うことを一切守っていないのにふにゃりと笑った。


 凛(りん)に、大きく息を吐いて、大きく口を開いた。


「凛! 二十六の、アラサーにもなって、子供みたいな言い訳をしない! 夕飯の用意してる間に、床の片づけして、二日お風呂入ってないんだろうからシャワーを浴びてきて!! アラサーらしくして!!」


「優~、今の時代に~、そういうことネットで言っちゃったら~、叩かれて大炎上しちゃうぞ~、それに~、女子にはやさしくしないとダメだぞ~」


「凜は、もう、女子じゃないだろ。アラサー女子だ…」


 俺は、顔に飛んできたタオルで言葉を止め。

 凛は「ば~か」という声を残して、リビングを出ていった。


 顔のタオルを手にし、大きく息を吐いてから。

 俺は床の惨状に背を向けて、床に落とした買い物袋を両手にし、リビングからカウンターの向こうのキッチンに向かった。


 凛がシャワーから戻ってきたら、夕飯抜きだとおどしてリビングの片づけをさせよう。

 俺は、長そでのシャツをまくり。シンクで手を洗ってから、作業台に置いた買い物袋から食材を取り出しながら、凛にさせることを頭の中で整理していった。


 部屋の片づけをさせたあと、コロッケのパン粉つけ。俺が付け合わせのキャベツを切っている間に、面倒がるだろうが揚げてもらおう。

 そこまで思ったあと、大きく息を吐き。コロッケは、凛の得意料理だったのになと思う。


「……なんで。……本業以外、凛はああなったんだよ」


 凛が住む、このマンションは築四十年で、オートロックがなく駅から離れている。

 それでも、部屋の間取りは2LDKのファミリータイプで、新築並の部屋のリフォームがされている。


 格安と言っていたけれど、凛は、二年前、二十四歳でこの部屋を一括で買った。

 凛が、十八歳から続けている本業で、お金をたくさん稼ぎ活躍し続けていることはとても凄い。


 でも、私生活は、とてもだらしなくて。八年前は、完璧だったのにと思ったとき、


『米原君。米原優君。責任をとって欲しいんだけど』


 彼女の、俺をにらみつける瞳と低い声を思い出してしまい。

 俺は、ぶるりと全身が震え。インターフォンが鳴り、両肩を大きく揺らした。


 あれは、白昼夢。彼女への『憧れ』が見せた、幻覚で妄想の産物。


 俺は自分に言い聞かせ、ぶんぶんと頭を左右に振ってから。

 キッチンからリビングに向かい、「はい」とインターフォンのモニターを確認し。


【夜分遅くに申し訳ありません。私は、由比美月と言います。米原優君と同じクラスで、米原君に用事あるんですけど】


 モニターに映る彼女、由比美月の姿に、かちんと固まった。

 俺は、目を閉じて、心臓が嫌に鳴っているのを感じながら。これは白昼夢の続きだと、自分に言い聞かせていると。


「優~、何やってんの~、お友達来たんだから~、すぐに部屋に上げてあげなよ~」


 凛の気の抜けた声が聞こえ、目を開き。

 見えた景色に、産まれてきて一番驚いた。


「ごめんね~、優って~、昔から~、少しぼんやりしてるから~」


 俺の心境とは真逆な声を、正面に立つ凛が上げ。凛の隣には、彼女が立っている。


 目の前の光景が、現実か白昼夢が分からないでいると。


「優~、彼女にも~、夕飯出してあげなよ~、おなかすいて死にそうだから~、はやくつくって~」


 凛が気の抜けた声を上げ。俺は、洗面所に慌てて向かい、リビングに戻ってきた。


「……凛! 何で、ちゃんと髪の毛をふいて出てこないんだよ! 床が水浸しになるだろ!!」


 床にぼたぼたと水をこぼしていた、長い髪の毛をバスタオルでがしがしと拭きながら言うと。

 凛は、「やさしくふいて~」と気の抜けた声を上げた。


「優のせいでしょ~、お客様のお相手しないから~、それに~、あとで床ふけばいいだけだし~、そんなにあせらなくても~」


「床に広げてる原稿、濡れて困るのは自分だろう!」


 「確かに~」と凛が言い。「米原君て」と、とても小さな声が聞こえた。


「……家では、学校とキャラが違うんだ。……外では弟キャラ、家ではしっかりキャラ。やっぱり、私の見立ては間違ってなかった」


 彼女が小さな言葉を続け、顔を向けると、


「改めまして~、由比美月さん~、初めまして~、優がいつもお世話になってます~」


 俺の両手を逃れた凛が、バスタオルを頭に乗せたまま、彼女の前に立って言った。


「優に~、こんな綺麗な彼女が居たなんて知らなかった~、てっきり~、同じクラスの品川君に辻堂君とみつどもえBLしてると思ってた~」


 ティシャツ姿の凛が、笑みを浮かべとんでもないことを言い。

 恰好の注意より先、口を塞ぐ前。


「私は、米原君と品川君と辻堂君のみつどもえ妄想が出来なくて、米原君が誰かと絡むBL妄想が出来ないんです。米原君で、全くBL妄想が出来ないんです。こんなことは初めてで、とても不思議で、悩んでいるんです」


 彼女が、真剣な顔で、凛よりもとんでもないことを言った。

 俺は、彼女の言葉で固まってしまい。凜が、ふにゃりとした笑みを消して、「ほう」と言い続けた。


「由比美月さん~、詳しくお話聞かせて欲しいな~、優~、お茶出してあげてから夕飯つくって~」


 俺は、凛に、何を言っているんだと思い。

 凛は彼女に身体ごと向き、にひゃりと笑んで言った。


「改めまして~、由比美月さん~、私は~、優の姉の米原凛です~、BLは小学一年生から嗜んでいて~今は四六時中関わってるので~、詳しくお話聞かせて欲しいな~」


「いいんですか。私は、中学三年生から一年ほどしか嗜んでいません。ジャンル新参者でにわかですが、BL愛は深いと自負しています。是非、お話聞いて頂きたいです」


「そういうことは言っちゃダメ~、いつからとか年数とか関係ないから~、好きで愛があることが大事~、それに~、好きなものが一緒な子は友達~、私は~、由比美月さんと友達になりたいよ~」


「ありがとうございます。私、身近に、BLが好きな子がいなくなってしまって。お姉さんとお友達になれたら、とても嬉しいです」


「やった~、もう~、友達だよ~、優~、私のとっておきの紅茶とクッキーを出して~、夕飯早くつくって~」


 ふたりは、固まったままの俺を置いて、立ったままとても盛り上がり。

 とりあえず、床を手早く片付けて、ふたつ座布団を敷いてからキッチンへと向かい。

 

 俺は、凛の言うことに逆らえないことが、とても恨めしいと思った。


「由比美月さん~、美月ちゃんて呼んでいいかな~」


「はい。私は、お姉さんでいいですか」


「凛でいいよ~、優~、呼び捨てだし~、姉扱いしてくれないし~」


「意外ですね。米原君は、男子の友達に対しても、丁寧な対応をしているので。身内に対しても、礼儀を大事にしているキャラかと思ってました」


「優は~、十五歳ではありえないぐらい~、色々すごくちゃんとしてるよ~、私がね~、凜って呼んでって言って~、キャラ変したから姉扱いしなくなったの~、優は~、すごく優しいいい子で~、すごくしっかりしてるんだよ~」


 カウンター越し、後ろから聞こえるふたりの会話。キッチンで紅茶とクッキーの準備をしながら、ハラハラしながら聞き。


俺は、両目を閉じて、自分に言い聞かせた。

これは、白昼夢。もしくは、俺は寝ていて、悪夢を見ている。


「米原君、優しいですよね。さっき、私が、動揺から壁ドンしてしまったのに。怒ることなく、夕飯の準備があるからって帰って行きました」


 俺は、自分に言い聞かせている途中で、聞こえてきた彼女の言葉に目を開き。

 床を蹴って、キッチンからリビングへ慌てて向かい。


「ほうほう~、壁ドンを~、どうして~、美月ちゃんは優にしたの~」


「私、愛読書を机の上に忘れてしまって。教室に取りに戻ったら、米原君が読んでいたんです」


「あら~、優~、ひとのものを~、勝手に手にして読んだらダメだよ~、それで~、美月ちゃんの愛読書って…」


 俺は、なんとか間に合い。

 ふたりの間に正座をして、彼女に深く頭を下げた。


「……さっきは、ごめんなさい。勝手に本を手にして読んで、ごめんなさい」


 凛に、彼女の愛読書がバレるのは避けたい。俺が、どうしたらと思っていると、

「米原君」と聞こえた。


「こっちこそ、ごめんなさい。気が動転して、変なことを言って手を出してしまったこと。本当にごめんなさい」


 静かな声に、ゆっくり顔をあげ。

 俺は、見えた彼女の表情に、心臓が大きく跳ねて止まりそうになった。


「私の席のそばの床に、本が落ちてたんでしょう。米原君、机に置いてくれようとして、読んでしまったんでしょう。私も、同じ状況だったら、米原君の本を読んでいたと思う。本当に、ごめんなさい」


 とても近い目の前、座布団にきちんと正座をしている。

 彼女は、すまなそうな色が滲む、柔らかなほほ笑みを浮かべ。まっすぐに、俺を見て言った。

 

 改めて、彼女はとても綺麗だと思い。

 今、目の前に居る彼女は、俺が『憧れ』ていた彼女だと思ったとき。


「優~、お姉ちゃんが~、お茶を淹れてきてあげよう~、あとは若いふたりでごゆっくり~」


 ふにゃりとした笑みを残して、凜がキッチンに向かっていった。


 俺は、何か、凜が変な誤解をしているのだろうと思い。口を開き、俺が机の上の本を勝手に取ったことを言う前に、彼女に「ごめん」と言い続けた。


「……由比さん、凜、……姉には、俺からちゃんと言っておくから」


「本当に。私が、凛さんとお友達になれるよう、米原君からも言ってくれるの」


 彼女が、ぱあっと表情を明るくして言い。

 彼女と俺の関係の釈明ではなく、そっちかと思い。

 

 俺は、どうしようかと少し考え、声を落として言った。


「……その。……姉は、二十六歳で十歳上だし。……友達になるのは、難しいんじゃないかな」


「やっぱり。私なんかが、凛さんのお友達になるのは、おこがましいよね」


 彼女が、しゅんっと表情を暗くして言い。俺は、慌てて口を開いた。


「……や、その。……姉のほうが、由比さんにはおこがましいっていうか…」


「米原君。いきなりお邪魔して、ごめんなさい。さっきのこと謝りたくて、学校からあとを追って、おうちに上がらせてもらって。本当に、ごめんなさい」


 俺の言葉は、彼女の静かな声と、先ほどとは違う笑みでさえぎられた。


「謝罪をしに来て、図々しいんだけど。お願いがあるの。私が好きな本に、好きなもののこと。米原君にしたこと、誰にも言わないで欲しいの」


 彼女が真剣な表情で言い、俺は少ししてから返した。


「……言わないよ。……言いふらしても、楽しいことないし。……それに、俺の言うことなんか、誰も信じないよ。由比さんは、完璧なひとだから」


「ありがとう。やっぱり、私の好きはダメなものなんだね」


 そう、とても静かな声で言ったあと、両目を細くした。彼女の綺麗な笑みを見ていると、なぜか胸が強くしめつけられ。


「好きのものはダメなんかじゃないよ~、ただ~、万人に受け入れられる嗜好じゃないだけで~、ダメなものなんかじゃ絶対ないよ~」


 俺が口を開けないでいると、気の抜けた声を上げ、凛がお盆を両手にリビングに戻ってきた。


 「よいしょ~」と声を上げ、座布団に座り。凜は床にお盆を置き、来客用のポッドからティーセットにお茶を注ぎ、彼女に「どうぞ~」と渡した。


「好きなものは大事に~、でも~、TPOをわきまえなきゃダメで~、特にナマモノでBL妄想することは~、公に発言しないほうがいいんだよ~、特に~、本人に言うのはいけないことなんだよ~」


 凛はふにゃふにゃの声で言ったが、彼女は表情を固くしてしまい。

 俺は、胸がもっと痛くなった。


「でもね~、美月ちゃんは~、普段はTPOわきまえてるだろうし~、優にちゃんと謝りにきたし~、今回のことはノーカウントなんだよ~」


 凛はふにゃりと笑って、「お茶のんで~」と言い。

 彼女は「いただきます」と一口のんで、「おいしいです」と少し緩んだ表情を浮かべた。


 俺は、ほっと息を吐き、凛に向いて言った。


「……凛が、TPOを語る資格ないでしょ。俺に、めちゃくちゃ、そういう話してくるんだから」


「優は~、私が~、英才教育したし~、家でしかそういう話しないでしょ~、もし~、品川君と辻堂君に会ったとしても~、そういう話は絶対にしないって~、分かってるでしょ~」


 俺は、ティーポッドを手にして、凛がいつも使っているマグカップに注いで渡した。


「う~ん、優が淹れてくれるお茶はおいしいな~、優の高校入学してからの~、交友関係はおいしいな~」


「……俺の交友関係を、お茶と同じように言わないでよ」


「だって~、スポーツ少年と眼鏡優等生の攻めふたりと~、定番の平凡少年受け~、このみつどもえでBL妄想は不可避でしょうが~、ね~、美月ちゃん~」


 彼女は、「え」と言い、ちらりと俺を見た。


「美月ちゃん~、私には~、この家では好きにBLの話をしていいよ~、優~、いいよね~」


 凛が俺を見て言い、俺は少し瞳を大きくしている彼女をまっすぐに見て。

 「いいよ」と言った。


「私は~、この部屋でひとり暮らし~、優は実家で暮らしてて~、二日に一度家事しに来てくれてるの~、また~、優と一緒に来たらいいよ~」


 更に瞳を大きくした彼女が、「え」と言い。俺と凛の顔を交互に見た。


 彼女が、明らかに動揺している様子。教室と昼休みの中庭では見られなかったもので、ダメかもしれないけれど、とてもかわいいと思ってしまった。


「優~、鼻の下伸びてるから~、コロッケ作ってきて~」


 俺は、凛の声に我に返り。鼻の下を片手で隠して立ち上がった。


「米原君。本当に、いいの」


 片手で鼻の下を隠したまま顔を向けると、彼女は少し不安そうな表情を浮かべていた。


 俺が「いいよ」と返すと、彼女は少しして、


「ありがとう。すごく、嬉しい」


 ぽっと灯りをともしたような、明るい声を上げ。ふわりと笑んでくれた。


 俺は、俺も嬉しくなり。彼女の表情に見とれながら、鼻の下を隠したままうなずくしか出来なかった。


「そういえば~、美月ちゃんが~、優に読まれちゃった本ってなに~、BL本だったんだよね~」


 凛の発言に、俺は背筋が一瞬で凍り。


「はい。私が、BL好きになったきっかけの本で、世界で一番好きな本です。はらよね☆太郎先生の『ドキメキ☆男子学園寮』シリーズ。特にお気に入りの三巻、『ドキメキ☆男子学園シリーズVo.3 流れ星に願いを ~林間合宿は、トキメキが止まらない~』です」


 彼女が詳細に答えて、俺は背中に冷たい汗が伝ったのを感じた。


「ほうほう~、それはそれは~、詳しく話を聞きたいな~、優~、コロッケ作りはひとりでお願いね~」


 凛が上げたとても嬉しそうな声に、ごくりと喉を鳴らすと。


「優~、大丈夫~、余計なことは言わないから~、ゆっくりコロッケ作ってきて~、作る前にお茶のおかわり~」


 俺は、にやりと笑んだ凛に逆らうこと、口を開くことが出来ず。

 言う通りに、お茶のおかわりを持っていったあと。生きた心地がしないまま、コロッケ作りをひとりですることになった。


「三巻が一番好きなのは、三巻からシリーズを読み始めたからなんです。同じ塾だったこが、ふたりきりの自習室で、こういうの興味ないかなって渡してくれて、数ページ読んだだけで夢中になりました」


「ほうほう~、それまで~、BL小説は読んでたの~」


「それまで、一切、読んでませんでした。恋愛ものに興味がなくて、BLにも興味がありませんでした」


「ほうほう~、それなのに~、恋愛ものBLにハマっちゃったのはなんで~」


「ハマったのは、恋愛ものBLではなくて、よねはら☆太郎先生の作品ですね。『ドキメキ☆男子学園寮』シリーズの主人公、鈴(すず)と書いてりん君の魅力のせいですね。スパダリが集まる学園の中、平凡を貫き、平穏と平和を何よりも尊ぶ。平和主義で優しいのに、芯はしっかりしていて、友達や翔太郎(しょうたろう)に何かあれば身を挺する。りん君の魅力のせいです。リン君の好きなエピソードを、話してもいいでしょうか」


 俺の背後、カウンターの向こうのリビングでは、見なくてもにやにやしてるのが分かる凛と、聞いたことのない明るい声を上げる彼女が盛り上がっている。


 俺は、キッチンでじゃがいもの皮をむきながら、黙って聞いているしか出来ず。ハラハラするが、コロッケつくりに集中するしかない。


 凛は、大丈夫と言ってくれた。八年前と別人のようになってしまったが、大丈夫だ。


 そう自分に言い聞かせ、俺は手を動かすことに集中し。ふたりは、俺の気も知らず盛り上がり続けた。


「そんなに~、リンが好きだったら~、翔太郎はいらないんじゃないの~」


「それは、違います。翔太郎が居るから、リン君は輝くんです。米原君も言っていたけれど、翔太朗はスパダリ過ぎるスパダリで、現実離れしています。でも、BLの物語の世界では、スパダリはスパダリ過ぎるぐらいがちょうど良くて。だからこそ、凡庸で現実的なリン君が輝くんです」


「すごいね~、美月ちゃんは~、まだ一年ぐらいしかBL好きじゃないのに~よく分かってる~」


「そうでしょうか。私は、はらよね☆太郎先生の『ドキメキ☆男子学園寮』シリーズにハマって、他のBL作品も読みましたが、結局は良さが分かるだけでした。私がBLを分かっていると思ってくれることは、はらよね☆太郎先生のおかげだと思います。私は、先生に、先生が描くBLの物語の素晴らしさ、あとがきに書いてあった日常生活でBL妄想をする楽しさ、BLで生活を楽しくする術を教えてもらいました。とても感謝していて、もし、お会いすることが出来たら。半日は、感謝を伝えたいと思っています」


 彼女のはきはきとした、早口の愛の告白のあと。

 俺は、とても驚き、「そっか~」と小さく聞こえ。


「優~、やばい~、あんな熱烈なファン初めてで~、怖くなってきたよ~」


 凛が俺のそばに立ち、困った顔でとても小さく言った。

 俺は、ほんの少しだけ凛を気の毒に思い、カウンターに振り返って言った。


「……由比さん。少し、姉に手伝ってもらってもいいかな。しばらく、ひとりでもいいかな」


「あの、私、そろそろ失礼します。長い時間、お邪魔してすみませんでした」


 彼女は、たくさん好きなBL話が出来たからだろうか、明るいすっきりして見える表情で言った。


「……話、たくさんしてたから、お腹空いてないかな。コロッケたくさん作ったから、食べて帰りなよ」


 彼女が「大丈夫」と言ったあと、ぐうっと、お腹の音が部屋に大きく響いた。


「……なるべく早く、姉に手伝ってもらって、作るね。もう揚げるだけだから、もう少しだけ待っててね」


 彼女は、俺たちに顔を背けて小さく「はい」と言い。長い髪の毛からのぞく耳はピンクだった。


 俺は、彼女に言った通り、凛にコロッケを揚げてもらい。千切りキャベツを作ってコロッケとともに盛り、味噌汁とご飯をよそい、三人分の夕飯を手早く用意した。


「これから~、美月ちゃんが来てくれるなら~、ダイニングテーブル買わなきゃね~」


 折り畳みのテーブルを用意し、皿を並べたあと。

 凛がお茶をグラスに注ぎながら言い、俺はどきりと心臓が鳴った。


「そんな。私なんかの為に、買わないで下さい。こんな、ご迷惑をかけることは、今日で最後ですから」


 俺と凛の向かいに座る彼女が言い。俺は、迷惑なんかじゃないのにと思い。


「迷惑なんて~、私はまったく思ってないし~、優は喜んでるよ~」


 彼女が「えっ」と俺に顔を向け、視線がぱちりと合ってしまい。凛が「いただきま~す、食べよ~」と両手を合わせ、助かったと思った。


 彼女は、「いただきます」と手を合わせ、綺麗なしぐさで箸を動かし始め。

 コロッケを小さく切って口に入れるのを、俺はドキドキしながら見つめた。


「美月ちゃん~、おいしいでしょ~、優~、今日のコロッケも優勝~」


 彼女は、咀嚼したあと、口元を片手で押さえて言った。


「米原君、おいしい。あったかいね」


 俺は、彼女の言葉と、こちらを見つめるほほ笑んだ顔に心臓が大きくはねた。


「でしょ~、美月ちゃん~、優はいいお婿さんになれると思うよ~、今なら彼女いないしおススメだよ~」


 凛がとんでもないことを言い、


「そうですね。米原君みたいなひとと、結婚したら。あったかくて幸せでしょうね」


 彼女の言葉で、先ほどより大きく心臓がはねた。


「そうそう~、なんたって~、ドキメキ☆男子学園シリーズのリンのモデルは~、優だからね~」


「確かに、米原君とリン君は、似てるいるところがあるかもしれません。でも、リン君のモデルが、米原君っていうのはどういうことですか」


 俺は、上がっていた温度が一気に冷め。凛は持っていたグラスを床に落とした。


「……凛! 早く、バスタオル持ってきて! だから、部屋を片付けろって言ってたのに」


 机のそばに積んでいた紙の束に、床にこぼれたお茶が染み込んでいき。

 凛は立ち上がって洗面所に向かい、俺は慌てて紙の束を両手にして、積んでいた数枚の紙が床に落ちてしまった。


「米原君。大丈夫…」


 俺のそばに両ひざをついた彼女は、床に落ちた紙に視線を落とし、固まった。


 俺は、彼女の視線の先に顔を向け、彼女と同じ様に固まった。


【『ドキメキ☆男子学園シリーズVo.25 虹の彼方には愛がある ~卒業しても、ドキメキは止まらない~ 完成稿 』】


 A4の白い紙に書かれた黒い文字。


 しばらく見つめてから、ゆっくり彼女のほうに顔を向けた。


「……『ドキメキ☆男子学園寮』シリーズ、来月発売予定の、高校卒業完結編。……どうして、ここに、はらよね☆太郎先生の最新刊の完成原稿があるの」


 ひとりごとの様に、彼女は床の紙を見つめたまま小さく言い。

 俺は、頭が真っ白で、口が開けず。


「ごめんね~、言い出せなくて~、褒め殺しされちゃって~、言い出せなかったんだよ~」


 この場の雰囲気にそぐわない、気の抜けた声を上げ。

 凛がバスタオルを片手に戻ってきた。


「美月ちゃん~、はじめまして~、はらよね☆太郎です~、さっきはたくさん褒めてくれてありがとうね~」


 凛が、彼女の正面に、体育座りをして言い。

 彼女は瞳をとても大きくし、ぼそりと言った。


「……本当に、……私が、世界で一番好きな本を描かれている、……はらよね☆太郎先生なんですか」


 凛が「はい~」とふにゃりと笑うと、彼女は「神」と小さく言い。

 床にばたんと倒れてしまった。


第2話 俺の姉が〇〇作家で完璧美少女の神な件 了

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