隣の席の完璧美少女が俺で〇〇妄想出来ないと壁ドンしてきた件
アハハのおばけちゃん
第1話 隣の席の完璧美少女に壁ドンされて〇〇好きだと言われた件
※
隣の席の由比美月(ゆいみづき)は、完璧だ。
頭脳明晰、スポーツ万能、品行方正、誰もが見惚れる容姿を持つ。
黒く長い髪の毛はツルツル、色白の小さな顔は猫目が特徴的でピンクの唇はツヤツヤ。細く長い腕と足を持つ、全体的に華奢なのに胸部は豊かなスタイル。
紺の3つ釦ジャケット、白シャツに濃い赤のリボン、濃いグレーのひざ丈スカートに紺色のハイソックス。規定の制服をきちんと着ているだけなのに、彼女はテレビやスマホの中のひとみたいだ。
高校に入学して、窓際の彼女の隣の席になって二カ月ほど。
授業中にノートをとる姿、昼休み中庭のベンチでひとり本を読んでいる姿を盗み見するだけ。
俺から話しかけたことは一度もない。
話をしたこともない、隣の席に居るのにとても遠く感じる。
完璧美少女の彼女へ、平凡で何の取柄もない俺は憧れを感じていた。
なのに、
「米原(よねはら)君。米原優(ゆう)君。責任をとって欲しいんだけど」
放課後の下校時間を過ぎた教室。真っ赤に染まる室内の隅で、彼女とふたりきり。
壁ドンをされているけれど、全然嬉しくない。
「米原君。私が持って帰るのを忘れた、私の大事な本を読んで、内容をちゃんと理解していたよね」
誰も居ない教室で、彼女の机の上にあった。見慣れたカバーのかかった文庫本。
俺が手に取ってしまったことを謝る前に、静かに言われた。
「私は、世界で一番、米原君が読んだ本が好きなの」
俺をまっすぐに、至近距離から見つめてくる彼女。
165cmの俺と目線が同じで身長が一緒なのが分かり、こんなに近くで見られるのは初めてなのに、全然嬉しくない。
俺は、床に落ちている、かわいらしい花柄の布のブックカバーがかかった、全然かわいらしくない内容の文庫本を見た。
「一応、簡単に説明しておくけれど。米原君が読んだのは、はらよね☆太郎先生の『ドキメキ☆男子学園寮』シリーズ。今年十周年を迎えて、続刊中の小説とコミカライズの売り上げが1000万部越えの人気作。私は、米原君が読んだ三巻が特にお気に入りで、最新刊まで読破していて、アニメとドラマCDとネットラジオは全てチェック済み。好きになったのは中三のときで、まだ一年のにわかファンだけれど、主人公の鈴(すず)と書いてりん君と翔太郎(しょうたろう)カップルに対しての想いは、かなり強いと自負しているの」
俺は、彼女の口からすらすらと出てきた、簡単じゃない説明を聞き。
「……受験生が、読むものじゃないのでは」
つい、思ったままを口からもらしてしまうと。
彼女は、俺の顔を挟む様ついていた両手を壁から離して、力強く戻した。
「それを、あなたが、決めることじゃないでしょ」
とても近い正面から、ギラリとにらみつけられてしまい。
俺は、とても低い小さな声を上げた彼女から視線を逸らせず、固まるしかなかった。
「私は、はらよね☆太郎先生の描く『ドキメキ☆男子学園寮』シリーズが大好きで、先生のBL小説に救われたの! 私は、BL小説に出会って、現実の男子でもBL妄想が出来るようになって、日々がすごく楽しくなったの! BLを好きになって、幸せになれたの!! BLが好きなの!!」
初めて聞く彼女の大きな声に、頭が真っ白になり。
かちんと固まった俺は、彼女に両肩を強く持たれて言われた。
「米原君。米原優君。責任をとって欲しいんだけど」
先ほども言われたセリフ。
俺は意味が分からず、彼女の腐っていた瞳を見つめることしか出来なかった。
「私、米原君で、BL妄想が出来ないの。責任をとって欲しいんだけど」
俺は、訳が分からず、どうしてこんなことになっているのか回想してみた———。
※
「お! 米ちゃん、卵焼きいっこちょうだい!」
「おい。米から返事をもらう前に、口に入れるんじゃない」
昼休み、教室はザワザワとさわがしく。
俺は、机を合わせた向かいのふたりに言った。
「品川(しながわ)、肉団子も食べていいよ。辻堂(つじどう)、卵焼き好きだろ、食べていいよ」
品川は明るい笑みを浮かべて、「やったあ」と箸をのばし。
辻堂は縁なし眼鏡を直したあと、「ありがとう」と箸をのばしてきた。
俺の作った弁当のおかずは少なくなったが、頬が緩んだ。
「米ちゃん、お礼に焼きそばパン半分やるな」
「おい。食べかけのほうをやるんじゃない。米、肉団子もらっていいか。あとで、いちご牛乳をおごろう」
俺は、平和だなと思い、楽しいなと思いながら「うん」と言った。
「米ちゃんは、料理上手で、裁縫も出来て、怒ることもなくて。まじで、女子だったら彼女にしたかったわ」
「同意見だな。米の様な、出来た嫁が将来欲しいもんだ」
「……やめてよ。そういうの、『おいしい』って、ネタにされるから」
俺は、思ったままをもらしてしまい、背中が冷たくなった。
「おいしいネタって、寿司のことか? 俺は、サーモン一択だな」
「自分は、トロが好きだが。米、そういうことではないんだろう」
品川が首を傾げ、辻堂がじっと見つめてきて、俺は「しまった」と思い。
「……今日、夕飯コロッケつくる予定だからさ。多めにつくって明日持ってくるな」
ふたりが明るい顔でこくりとうなずいてくれ、誤魔化せたことに安心した。
「まじで、高校入って、米ちゃんと友達になれて感謝だわ。母ちゃんより、米の飯のが美味いもん」
「おい。米を、飯だけの様に言うな。自分達の喧嘩を仲裁してくれたのを忘れたか」
「忘れてねえよ。まじで、入学早々、辻堂にはムカつかせてもらったわ」
「おい。こっちこそ、あんなに腹が立ったのは、産まれて初めてだったぞ」
品川と辻堂がにらみ合い、俺は「ふたりとも」と言い続けた。
「喧嘩するなら、明日のコロッケないよ」
ふたりはこちらを向き、「ごめんなさい」と同時に言い。俺はほっと息を吐いた。
品川と辻堂は、高校に入ってから出来た友達だ。
仲良くなったきっかけは、ふたりの喧嘩を止めたことだった。
「……ふたりとも、すごいくせに、ほんと食い意地はってるよね」
「俺、部内だったら小食なほうで、先輩たちからもっと喰えって言われるぞ」
「自分も、家族内では小食なほうだ。父は、朝から一合ほど米を食べるからな」
野球の推薦で高校に入り、次の試合はレギュラーの品川。
父親が医師で自分も目指している、常に成績トップの辻堂。
優れたすごいふたりと、平凡な俺が友達になれたのは偶然だった。
ふたりが入学早々喧嘩した原因は、購買部の数量限定のカツサンドで、その場に居合わせていた俺がたまたま入手していたものを渡して収まった。
それから、なぜかふたりは俺と仲良くしてくれるようになり、三人で過ごすようになった。
「……そうだ、コロッケサンドにして、カツサンドも作ってこようか」
「やった! カツサンド、辻堂に横取りされたときは、まじ、腹立ったわ」
「おい。横取りではなくて、手違いだ。米、相応の金を渡すから、ちゃんと受け取ってくれよ」
「手違いって分かってたくせに、渡さなかっただろうが!」
「渡されたものは、自分のものだ。まったく、二カ月前のことを、いつまで根に持ってるんだか」
ふたりが、二か月前のことで言い合いをはじめ。
俺は大きく息を吐き、窓の向こう、中庭の景色に目を向けた。
うちの高校は、一年が一階、二年が二階、三年が三階、四階は特別教室で、ふたつの同じ造りの校舎が渡り廊下でつながっている。
校舎と校舎の間の綺麗に整備された中庭は広く、見栄えのいい木が植えられモニュメントが置かれ、ベンチが多数あるので生徒の憩いの場になっている。
昼休み、彼女は、雨の日以外は中庭の隅のベンチで過ごす。
今日は雲一つない晴天で、彼女は定位置の木陰のベンチに座り。
いつも通り、花柄のカバーをかけた文庫本を読んでいる。
ザワザワとした教室の音が、彼女を見ていると聞こえなくなり。
「米ちゃん、由比はやめとけ。俺らが居るだろ」
「米、由比さんはやめておいてほうがいい。手強すぎる」
ふたりの声で現実に戻され、向けられる生温かい視線にかあっと頬が熱くなった。
「……そんなんじゃないから。……ふたりだって、見ていたくなるだろ」
ふたりが左右に首を振り、俺は「何で」と言った。
「確かに、芸能人みたいな見た目だけどさ。俺は、米ちゃんみたいに、あったけえほうがいいわ」
「品川、珍しく気が合うな。自分も、ああいうタイプは苦手だ」
俺は、ふたりの言ったことにとても驚き、「何で」と返した。
「入学してからの二カ月で、一年、二年、三年、何人の男子が由比にフラれたか知ってるか。断り方、まじ、こええしよ」
「二十人だったか、他校の男子を合わせたらもっとだろうな。お時間下さいと言い、翌日に、達筆で丁寧な手紙が下駄箱に投函されるか、郵送されるらしいな。告白した側は、期待をしたぶん、裏切られた気持ちが半端ないだろう」
「まじで、それ。男子のハートは壊れやすいんだから、米がそんなことになれば、俺黙ってられねえわ」
「本当にな。由比さんは俺より成績がよく、諸々完璧なのは認めるが、男子の心情が分からない様に思える。米と関わらせる訳にはいかない」
俺は、知らなかった彼女の話を聞き。八年前の姉の姿を思い出してしまった。
「……本当に、そんなんじゃないから。……完璧に見えても、ひどいことをした様に見えても、違うこともあるよ」
「米ちゃんは、名前の通り優しいなあ。よし、米ちゃんに彼女が出来たら、俺がちゃんと見極めてやるからな」
「おい。品川には無理だろうから、自分がちゃんと見よう。米、変な女に言い寄られたら、必ず言うんだぞ」
品川と辻堂は、15cmほど俺より背が高く。俺を、弟のように接してくるときがある。
「……ふたりとも、恋愛経験ないでしょ」
「ないけど。由比が、米ちゃんに向いてないのは分かる」
「同意見だ。米、今度、うちの犬が子供を産むから見にくるといい」
ふたりが保護者の様に言い。俺は大きく息を吐いて、本心は言わなかった。
俺は、彼女に告白をしたり、付き合いたいなんておこがましいことは思わない。
彼女を見ていたいと思うことは、『憧れ』の状態だと、ネットで回答をもらったことがある。
幼稚園、小学校、中学校、かわいいなとかいいなと思う女子は居たけれど、彼女ほど見ていたいと思う子はいなかった。
『憧れ』を自覚しているけれど、彼女を見ているだけで満足だ。
そう思っていたのに、俺は、彼女を知りたいと思ってしまった———。
放課後、スーパーで買い物をしている途中、明日提出の課題のプリントを忘れたことに気付き。スーパーのロッカーに荷物を預けてから、電車に乗って学校に戻ることになった。
五月の終わり、日が高くなってきているが、六時半前の学校に着くと辺りは真っ赤だった。
運動場でがんばっている、野球部の声を遠く聞きながら。俺は校舎に入り、廊下を速足で進み、電気の点いていない教室に入った。
自分以外誰もいない室内は、がらんとしていて、少し怖さを感じながら自分の席へと急いだ。
机の中を探りプリントを鞄に入れ、息を吐いたとき、気づいた。
俺の隣の席、窓際の彼女の席の机の上、花柄のカバーがかかった文庫が置かれていることに。
忘れ物なんてするんだなと思い。
俺は、無意識に手を伸ばしていて、引っ込めた。
俺は、『憧れ』の彼女を盗み見するだけで、満足だろう。
そう自分に問い、ドキドキとしている胸を押さえると、別の問いが頭に浮かんだ。
俺は、盗み見するだけで満足だけど、『憧れ』の彼女が読んでいる本を知りたいんだろう。
下校時間を過ぎた教室に、誰かが現れる気配はない。
俺は、ドキドキと脈打つ指で、彼女が昼休みいつも手にしているものをつかんだ。
悪いことをしていると思いながら、少し見るだけと思いながら、カバーのかかった表紙をめくり。
『ドキメキ☆男子学園シリーズVo.3 流れ星に願いを ~林間合宿は、トキメキが止まらない~』
目にした文字に、本を閉じた。
ドキドキしていた全身が静かになり、上がっていた熱は下がり。
俺は、大きく息を吸って吐いてから、もう一度表紙をめくった。
『ドキメキ☆男子学園シリーズVo.3 流れ星に願いを ~林間合宿は、トキメキが止まらない~』
目にした文字は、先ほどと変らず。
心臓が嫌にドキドキしていき、表紙を閉じると、彼女がいつも手にしている花柄のカバーのかかった文庫が両手にあった。
昼休み小さなお弁当箱とともに、彼女が中庭に連れて行くもの。
この二カ月、ずっと盗み見していた俺が、間違える訳がなかった。
俺は、訳が分からなくなり、ページをでたらめに開いた。
『「りん、俺は、お前が好きなんだ。お前自身が好きなんだ。だから、ずっと一緒に居て欲しい。結婚して欲しい」
「……何、言ってんだよ。……男同士で、結婚出来ないだろ」
「男同士でも結婚出来るよう。俺は、政治家になるよ」
「……翔太郎。……そこまで、僕のこと好きなの」
「好きだよ。りんが居るなら、何もいらないよ」』
「……いや、攻めがスパダリ過ぎるでしょ。スパダリは、大げさ過ぎるぐらいがいいのは分かってるけど、スパダリ過ぎるでしょ」
俺は、目に入ってきた文字に、声を出して突っ込んでしまい。
「攻めがスパダリ過ぎて、大げさ過ぎるかもしれないけど。りん君への深い想いと愛がちゃんと描写されているから、読者からすればもっとと思うけど」
聞こえてきた声に、両手にしていた文庫を床に落としてしまった。
俺は、床から顔を上げることが出来ず、近づいてくる気配を感じた。
「やっぱり、私の目に狂いはなかった」
聞こえてきた声に、俺は顔を上げられず。胸が嫌にドキドキと高鳴っていく。
「私、悩んでたんだけれど、答えが分かって良かった」
静かな、知っている声が鼓膜を震わせ。
俺は、頭が真っ白で、何を言ったらいいか分からず。
床を蹴り、その場から逃げようとしたけれど。
強く首根っこをつかまれ壁に背中がついた。
俺は、予期していなかったことに身体が固まり。
顔の左右の壁に手をつかれ、全身を震わせてしまった。
「米原(よねはら)君。米原優(ゆう)君。責任をとって欲しいんだけど」
放課後の下校時間を過ぎた教室。真っ赤に染まる室内の隅で、彼女とふたりきり。
壁ドンをされているけれど、全然嬉しくない。
隣の席に居るのにとても遠い存在だった、完璧美少女。
由比美月。
名前も完璧な彼女を、憧れている俺は盗み見することしか出来なかったのに。
俺の苦手なBL小説をどれだけ愛しているかを知り、これからひょんな関係になっていくなんて、思いもしなかった———。
第一話 了
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