帰還

一週間で少年兵達は、枯れ木のように痩せ細った。

11月になると、厳しい寒さが私達を襲った。

まともな防寒着を持たざる私達に、死はじわじわと近付いてくる。

椅子に座りながら寝ている少年兵達は、ドアや窓とレンガの隙間から吹く風に凍えていた。

やがて雪が降り始め、脂肪のない体は赤く染まる一方だった。

少年兵の何人かが無理矢理起こされ、外に連れ出された。

私達は抵抗することができず、ただ見ることしか出来なかった。

窓越しに見えたのは、ソビエト連邦軍人が小さいイギリス王国の少年兵を痛め付けている光景だった。

肉付きの良い体で何度も何度も何度も顔を、腹を、殴り、蹴り、踏みつけていた。

純白の雪にソビエトの国旗が描かれた。

顔は青紫に変色し、鼻血がダラダラと流れ、関節の少し先で曲がる腕に、胃液と血の混じった液体を吐く少年兵達。

私達は恐怖に支配された。

2、3日に一度のペースで少年兵達は外に連れ出された。

次は自分の番かもしれない。

全ては水泡に帰した。

12月に入ると、少年兵は二千人まで減った。

痛め付けられ死亡する以外に、壁に頭を打ち付け自害していった者や、逃げ出そうとして射殺された者もいた。

精神に異常をきたし、不眠症になったり、拒食症になったりする者もいた。

そんな中、アルノーは生きて帰ろうと何度も言って聞かせた。

か細い腕で仲間を抱きしめていた。

アルノーだけが唯一の希望だった。


今日も少年兵達は痛め付けられていた。

しかし、突如として走って逃げていってしまった。

入れ替わりで百台以上のM3ハーフトラックと一台のイギリス車が停車した。

1946年12月23日 昼頃のことだった。

M3ハーフトラックから物資を持った軍人が降りてきて、建物の中に運び入れた。

机の上に運び込まれた物資は、新品のオフィサーコートや、手袋、マフラー等の防寒具と勲章だった。

アルノーは年下の少年兵に勲章を付けてあげていた。

私は外を眺めた。

防寒具を装着した少年兵達が、次々とM3ハーフトラックに乗り込んでいた。

少年兵達は皆、黒いスーツを着た男に手を振っていた。

黒いスーツを着た男は手を振り返し、出発していく少年兵達をしっかり見届けていた。

私は国のために尽くした私達を助けに来てくれたという感動と、仲間が助かるという安堵で涙を流した。

声を殺し、静かに泣いた。

黒いスーツの男はチャーチル首相だった。

恐らくチャーチル首相がスターリンに交渉したのだろう。

私はオフィサーコートに腕を通し、勲章を手に取った。


「アルノー。」


声をかけると、アルノーは振り返り抱きしめられた。

私もアルノーを抱きしめた。

体を離し、アルノーの胸元に腕を伸ばす。

勲章を付けると、私に勲章を付けてくれた。

私達は手袋とマフラーを巻き、車に乗り込んだ。

チャーチル首相は手を振り、笑顔で送り出してくれた。

迎えに来た兵士によると、ソビエト連邦は既に消耗しきっており、12月22日未明 捕虜を解放することを交換条件に終戦した。

ソビエト連邦が事実上降伏した形で終わった。

来た道を引き返し、ロンドンに到着したのはクリスマスイブの夕方だった。

軍部で車から降りて、ロンドン市内を行進することになった。

アルノー達もしばらくロンドンで静養し、回復後本国に帰還することになっていた。

市民は国旗を振り、食糧や花束を渡してきた。

持ちきれなくなりそうなほどの量だったが、とても嬉しかった。

内側を歩いていた少年兵達に、私はいらないからと言い渡す。

少年兵達の顔はみるみる内に、笑顔になっていった。

行進していると、9歳くらいの少年に左手を引っ張られた。


「こっちにきて!」


あまりにも強く引っ張られたので、仕方なくついていく。

路地をいくつも通ったところで少年が立ち止まった。


「どうしたの?」


私はしゃがみ、少年に話しかけた。

少年は振り返り、私の肩を押した。

呆気なく地面に倒れ混乱する私に、少年は馬乗りになり私の首に手を掛けた。


「お前なんかいなければ、父さんは死ななかった!」


ロシア語訛りの英語で叫んだ少年は、私の首をギリギリと絞め付けていく。

私は蒼白い手で少年の腕を掴み、抵抗する。

少年は更に力を入れて首を絞めた。

呼吸が浅くなり、耳を塞ぎたくなるほどの耳鳴りが鳴り、頭に血が溜まっていくのが分かる。

酸素は肺まで届かず、血圧が急上昇し、目が飛び出そうなほど眼圧が上がる。

体は無意識の内に抵抗し、足をばたつかせていた。

だが私は死ぬことは怖くないと思い、抵抗するのを止めた。

少年の腕から手を離し、全身の力を抜く。

本当は諦めていたのかもしれない。

少年はより絞め上げていく。

薄れゆく意識の中、最期に見えたのは赤い夕焼けと、復讐の炎に身を燃やす緑目の少年の顔だった。

私は深い深い海の底へと沈んでいった。

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祖国、イギリス王国 リーア @Kyzeluke

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