第7話 心当たりがありすぎる

 教室を出た。

 音が立たないようにそっとドアを開けた。

 振り返ったら、長谷川が心配そうにこっちを見ていた。


 1人にしてくれる?


 そんな思いで小さく頭を下げて、音が立たないようにそっと扉を閉じた。




 そもそも。

 どうして長谷川はあの日、俺に告白してきたんだっけ。

 焦った、って言ってた。

 俺が最近、植田と一緒にいる時間が多くなったことで。

 


 あの日、あの少し前。

 授業は経済学だった。大人数の授業で田代も植田も、バイト先の先輩もいた。

 俺の左隣に長谷川が、右隣に植田が座った。

 長谷川が近くにいるので、植田は嬉しそうだった。 俺に話しかけるふりをして長谷川の顔を拝みたいと言っていた。

「いいけど、俺じゃなくて長谷川本人に許可取ったら?優しいから絶対オッケーしてくれる」

 小声でヒソヒソとそんな話をしていた。

「オッケーしてくれたとして内心どん引きでしょ」

「そっかな」

 植田みたいにセンスの良い女子に、顔が見ていたいとか喋りたいとか言われたら、まあ確かにびっくりするだろうけど、めちゃくちゃ悪い気はしないだろうし、そのまま良い感じになる可能性もあるんじゃないかな。

 俺から見て2人は結構似合うと思うし。

 その時は、まさか長谷川が俺のことを好きだなんて知らなかったから、単純にそう思っていた。


 そうやって植田への協力のため、植田が長谷川を見やすいように喋っているフリなどをして植田の方ばかり見ていたら、突然長谷川が俺をシャーペンで小突いた。

「俺の相手もして」

「なんだよ、拗ねてんの?」

「うん」

 長谷川には珍しく、机の上で抱えた自分の腕の中に頭を落とした。

「いつも真面目に授業受けてるじゃん。話しかけたら静かにしろって言うくせに」

「…そうだけど」

 長谷川がちょっと顔を上げて、そして唇を尖らせて俺を見る。本当に珍しい様子だった。今なら理由は分かるのだが、その時はどうしたのかな?と心配した。

「この授業終わったら、一コマ空きがあるだろ。ヒマ?」

「うん」

「一緒に時間潰そうぜ。部室行く?」

 そう声をかけたら、やっと長谷川が少し機嫌を良くしてニッコリした。

「ありがと。部室はいいかな。その辺で時間潰したい」

「いいよ」

 長谷川の抱えた腕にポンポンと手をあてて、少し撫でた。

「元気出して」

「出た」

「ほんとかよ」

「うん」

 俺はそのまま長谷川にもたれかかった。

 もたれた姿勢で植田を見る。

 案の定、長谷川をガン見していた。怖い。


 お前、怖いよ。


 でしょ。だから内緒にして。


 はいはい。


 そのままもたれていたら、長谷川の大きな手が俺の頭を掴んだ。

「なんだよ」

「いや、頭小さいと思って」

「そうか?言われたことない」

「じゃあ、気のせいかな」




 思い返すとあの日だけでも心当たりのあることばかり。




 授業が終わり、教室を出た。

 植田の誘いを断り長谷川と2人で構内を歩き始めた。

「生協行く?」

「ううん」

「そこの自販機でコーヒー買っても良い?」

「うん」

 長谷川は言葉少なだった。

「お前も何か飲むか」

「じゃあ、午後ティーレモン」

 元気が無いからと、奢ってやった。

「はい」

「ありがと」

「…なんかあった?」

「ううん」

 長谷川は何も無いよ、と言って歩きながらペットボトルを開けた。

「風邪でも引いたんじゃないか?」

 熱、無い?と額や首筋に触ると、くすぐったいよと逃げた。それをちょっと追いかけながら、思ったより元気そうだと安心したりした。

 熱は無さそうだった。


 授業中で人気のない、外の藤棚のベンチに2人で座った。

「さっきごめんな」

 植田とばかり話してて。

「お前のこと無視してた訳じゃ無くってさ」

「ううん、こっちこそごめん」

 俯く長谷川。

 本当にもどかしい。長谷川を無視していたどころか、むしろ長谷川こそが話題の中心だ。

 植田はお前のファンで、俺に会うとお前の話ばかりしているよ、と言ってやりたいところだが。

 それが秘密なので誤解が解きにくいんだよな。

「最近、仲良いね」

 俺とは目を合わすでもなくそんなことを言う長谷川。…やっぱ誤解されてるし。

「ううん、あいつ話し相手が欲しいだけなんだよ。中身は俺相手じゃなくていいことばっかり。長谷川が相手してやってよ」

 長谷川と仲良くなったら全部解決する。

 俺はちょっと寂しいかも知れないけど、まあそんなもんでしょ。

「俺はいいよ」

 長谷川がポツリと言う。やっぱりちょっと暗くて心配になる。

「植田みたいな子、苦手?高校の時は結構人気あったよ」

 植田のため、売り込み活動をしてみる。けれども長谷川の反応はイマイチというか、暗い様子のままで、何か言いたげな、言葉を選んでいるよな様子だった。

「…千萱は?」

「?」

「千萱は…」

 そこまで言って、長谷川はぎゅっと口を引き結んだ。本当に俺と植田さんが何も無いということを確認したかったのだろう。でもそれ以上はこっちの関係を尋ねてこなかった。

「まあ良いや、とにかく俺は植田さんのことは『千萱と同じ高校出身のコ』って認識だけだな。だから2人が話してたら邪魔しちゃいけないと思うし…」

「別に邪魔とか無いよ。高校の時、一度同じクラスになっただけで接点もあまり無かったし。大学に入ってからの方がよく話してる。スタートラインは長谷川とほぼ同じ。話に入ってきてよ」

 そしたら植田と長谷川も会話成立するしね。なんて思っていたら、長谷川が藤棚に来て初めて俺の方を見た。

「もしかして、植田さんと俺、くっつけようとしてる?」

「え?」

 ドキリ。

「気のせいだったらごめん」

「いや、くっつけようっていうか」

 わあ、なんて言い訳しよう。

「どっちも友だちだから、仲良くなってくれたら嬉しいかなって、そういうことは思ってた。話が合うと思うし」

 一生懸命そういうことを言って、長谷川の様子を見た。長谷川は不審そうにこちらを見たまま。

 うまく誤魔化せなかったなぁ…と内心かなり苦い気持ちになっていると、長谷川は意を決したような、力の入った目で俺を正面から見据え直して言った。


「俺、千萱が好きなんだ」



 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

それっぽいけど 石井 至 @rk5

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ