第57話「終わりなき追跡 ~Misery Is Not Oover, Yet~」

”すみません。特に話すことは無いので、お引き取り下さい”


ローラン王国難民のインタビュー




Starring:スーファ・シャリエール


夜の埠頭


 ウリウス・オッターは、追いついてきたボート上のスーファを見て手を振った。安堵の表情を浮かべている。どうやら見かけ通り善良な人物であるらしい。


「お姉ちゃんすごいすごい! ねえあのぴょーんて跳ぶの! 私にも教えて!」


 あれだけの目に遭ったのに、娘の方は目を輝かせている。大した女傑さんだ。なお、弟の方はまだ母親のお腹に顔をうずめている。こちらの方が普通の反応だろう。国に残してきた弟妹を思い出してしまう。


「では、お約束通り、屠竜王国行のチケットです。向こうに付いたらサクヤ・カメリアと言う人を頼ってください。力になってくれる筈です」

「何から何まで、ありがとうございます」


 ウリウスは懐から封筒を取り出し、スーファに手渡した。


「私が見聞きした限りの、お金の流れです。これだけでは証拠にならないでしょうが、福祉局に情報開示させる根拠にはなると思います」

「ありがたく受け取らせて頂きます」


 アナベラ・ニトーの団体、『Moralモラル』は、それなりの公金によって支えられている。彼女たちはその金で未成年者の売春や被虐待児童の救済を行っていると謳っているのだが、からかなりの割合で目的外の社会運動に転用されているふしがあるのだ。

 ニトーの運転手と言う立場に在った事から、思いがけずもそれを知ってしまったのがウリウスである。彼は接触してきたスーファに情報提供を申し出た。対価は、隣国への亡命。


「失礼ではあるのですが、一体どのような経緯で亡命を希望なさったのですか?」


 ウリウスの顔に苦笑が浮かぶ。それはそうだ。「あなたの様な小市民が、何故そのような大それたことを?」と言外に問うているのだから。それだけ、ウリウス・オッターと言う人物からは上役に反抗するイメージを感じない。


「あの人たちは、この子に清貧教に入信して出家しろと言うんです」


 言葉を引き継いだ奥方が、長女を抱き寄せた。彼女はふざけた様子で母親の手を掴み、ぶんぶん振っている。不快さを隠せなかった。清貧教ならそういう事もやりかねない。上司の権力で改宗を強要するなどありえない事であるが。


「最初は、月の休みを1日減らせって言われたんです。その位ならと応じたら、翌月にはその半分にしろと」


 それはまた酷い話だが、清貧教と関係があるのだろうか?


「それでも、あの地獄の様な祖国からにげられるならと、黙って従いました。そうしたら今度は給与の1割を寄付しろ。次は2割だ。そして昨日言われたのです。娘を差し出せと」


 ウリウスは憔悴しきった顔で、吐き出した。地獄の様な祖国、ユウキ・ナツメの思わせぶりな言葉が浮かぶ。革命で混乱は付き物。それが十年以上続くのも不思議ではない。そうは言っても旧ローラン王国については、国民の支持で軟着陸したと聞いているのだが。


「清貧教の助祭捕だかが、うちの娘を気に入ったから入信させろ。入信させたら親元から離すからそれを了解しろ。気が付いたらもう、逃げる貯金もありません。言う事を聞くしかありません」

「大丈夫だよお父ちゃん! 私何処に捕まっても逃げ出してきちゃうから!」


 それに比べて力こぶを作って見せる長女は、どこまでも頼もしい。

 それにしても、どうしてそこまでこの子を入信させたがるのだろう。まさかと思うが、おぞましい想像・・・・・・・が胸をよぎった。女の子の溌溂とした気質と、容姿のかわいらしさがそんな疑念を抱かせる。探偵たるもの、根拠のない疑いを向けるべきではないが。


「でも、土壇場で踏みとどまれて良かったです。誰かを支配しようとする人は、まずは簡単な要求から突きつけてくるんです。そしてその要求はだんだんとエスカレートして、そのうち全てが奪われるんです」


 スーファの話に、ウリウスはうなだれる。自分の弱気が家族を壊しかけた事実に。

 それにしても、何故か自分の言葉に引っかかった。違和感の正体は分からない。この時点では。


「屠竜王国は、良い所でしょうか?」


 不安げに尋ねる奥方に、スーファは笑いかける。


「ええ、少しのどかですが温かいし、住んでる人の気質も悪くないです。仕事もありますよ」


 奥方は胸を撫で下ろし、子供たちにお礼を言うように伝える。しかし、彼らがそもそも国を転々とする理由は何なのだろうか? 先ほどの「地獄の様な祖国」と言う言葉が、関わっているのは間違いないだろうが。


「ウリウスさんは、何故ローランから移民を?」


 突然、夫婦の表情が強張る。なぜ? とその目が問うている。同時にそれは、肯定を表していた。


「娘さんが『火竜サラマンダーよりはやい』と行っていました。サラマンダーはローランの飛龍部隊が使用しています。娘さんも式典などで親しんでいるのではないかと思いまして」


 ウリウスは諦観と共に首を振った。それは強い拒絶。


「あなたには世話になりましたから、ひとつだけ言います。われわれ脱国者は、祖国の事は言えません。ローラン大使館が雇っているごろつきが嫌がらせに来るからです」


 いきなりとんでもない話を出されて、今度は自分の方が眉をひそめた。


(つまり、ローラン革命政権はそれだけ酷い状況と?)


 ウリウスは何も言わなかったが、その沈黙はスーファの疑念を肯定した。ユウキ・ナツメが言っていたのはこれか。もうこの国で地道に調査などとは言っていられないし、ウリウスの話が本当なら調査しても皆口をつぐむだろう。烏丸とて、この件については知っていて伏せているのだろう。


 可及的速やかに、ユウキを問い詰める必要がある。まずは、このヤマを片付けなければならない。そして、ブレイブ・ラビッツを捕まえて、洗いざらい話させてやろう。


 気が付いたら、劇の公開は来週である。契約書にサインをした以上、もう自分の脚本は救えないが、もしかしたらウリウスの証言で演劇への干渉を止める事くらいは出来るかもしれない。それにしたって、暫く後の話だが。


(でも、行かないとね。けじめだし)


 クロエを誘って、観に行こう。それがひとつの決着。願わくば、出発点でもあって欲しい。そう思うのは、恐らく贅沢だろう。

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ブレイブ・ラビッツ ~我ら最強ナード怪盗団、表現規制にざまぁする~ 萩原 優 @hagiwara-royal

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