第56話「探偵、復活す」

”警察の雇った探偵は化け物か!”


とある犯罪者の取り調べ記録




Starring:スーファ・シャリエール


 運河を蒸気ボートで疾走するのは、郊外をレース仕様の蒸気自動車でぶっ飛ばすのとはまた違う感覚だ。屠竜王国では何度かやったことがあるが、あの時は追撃する方で、操縦者もプロだった。今日は護衛対象が運転していて、彼の専門は自動車だそうだから、聊か心許ない。かといって自分は操縦できないし、追撃者を追い払えない。


「見て母さん! きっと火竜サラマンダーよりはやいよ!」


 十歳くらいの女の子、姉の方が身を乗り出し、引っ張られて船内に引き込まれる。大した度胸だと逆に感心する。弟の方はさっきから泣きわめいている。


「伏せなさい! 来るわよ!」


 何条もの火線がひゅんひゅん音を立てて駆け抜けて行く。命中とは程遠いが、流石の女の子も小さく悲鳴を上げ、母親に抱きしめられた。


「ウリウスさん、港までは!?」


 操縦者にして護衛対象、ウリウス・オッターは速度計を一瞥し、叫び返した。


「あと18ヤードです!」


 時間にして15分といったところか。追撃してくる蒸気ボートは二隻。武器は〔へリントン〕ライフル。国立兵器工廠製の大量生産品だ。旧式だが軍隊でも使用されているから、刺客はおそら兵隊崩れだろう。

 スーファは愛銃〔パピードッグ〕リボルバーを構え、狙いをつける。が、拳銃では射程距離が開きすぎ、恐らく届かない。敵に向けた銃口を上げる。一方的に攻撃されることになるが、遠巻きに撃っても当たらない。どうせ接近してくる事になるから、その時一気に決着をつける。


 なぜこんなところで映画まがいの追跡劇をやっているかと言うと、もちろん「Moralモラル」がらみであある。

 あれから彼女は、行動力と人脈を総動員してMoral共和国支部の関係者を洗って回った。そこで団体をクビになったニトーの運転手に接触したのだが、何故か彼は命を狙われており。


『何でも証言するから、私達家族を逃がしてください』


 などと懇願されては、助けないわけにはいかない。なお、船のチケットや亡命先の引受人などは、烏丸署長が手配してくれた。なんでも証人を保護する制度があるから、多少強引な事をしても法律の枠内らしい。


 敵のボートが大量の蒸気を吐き出した。どうやらスピードを上げる気らしい。一気に決着をつけるようだ。


(望むところよ!)


 後ろに陣取った一隻がこちらに速度を合わせつつ、男が二人、ライフルを放った。スーファはそれに合わせるように二発、拳銃で応射する。連射機構ダブルアクションを持つ〔パピードッグ〕はライフルより連射速度が遥かに速い。


障壁シールド


 濃密な上記の壁が蒸気ボートを包む。ライフルの銃弾は障壁に逸らされて明後日の方向に飛んで行った。再装填される前に、スーファのリボルバースチームガンは再び障壁魔法を撃ち出していた。障壁から魔力が失われて消失するまで、四発のライフル弾が軌道を逸らされ、明後日の方向に飛んで行く。


睡眠スリープ


 畳みかけるように、スチームガンが攻撃魔法を詠唱する。向こうは魔法薬パウダーの弾丸を一発ずつ装填、こちらは五連発。ただし一発の威力は圧倒的に劣るので、一気に勝負をつける。

 撃ち出した【睡眠】の魔法は操縦者に命中。ハンドルを握ったまま眠りに落ちた。ボートは左右に蛇行し、ついにはひっくり返る。


 もう一隻に意識を集中。こちらは既に拳銃の射程内。この数に撃たれたら、流石の【障壁】でも防げない。

 スーファはリロードの時間を惜しんで杖を取り上げる。既に弾丸が装填済みだ。こちらは大型の特注品。スチームガンのように魔法を撃ち出すのには向かないが、身体系の魔法を使うにはこちらの方が良い。


跳躍リープ


 プシュウッ! 杖から蒸気が吹き出し。魔法薬から取り出された魔力が薬室チャンバー内で圧縮され、【跳躍】の魔法に返還される。

 スーファはそのまま追っ手の船に飛び移った。まさかの移乗攻撃アポルダージュ戦法、敵船に乗り移っての切り込みに、距離を詰めてきた刺客たちは対応できない。呆然としているリーダーらしき男の胸をぐいっと押してやる。それだけで彼は運河に飛び込んだ。

 ライフルを持った男が銃身を掴み、こん棒のように振り回した。が、完全なる逆効果。仲間の動きを制約してしまった。構わず柔術の投げで水面とキスさせる。


 彼女が扱うバリツ探偵式格闘術の強みは、レンジの広さだ。懐に入られれば柔術で固めてしまえば良いし、武器を持ち出されたらステッキで対抗する。もちろん銃や魔法で狙われたら、銃で撃ち返す。


 残る四人が拳銃を向けてくるがもう遅い。一人の腕にステッキの持ち手を引っかけバランスを崩させる。そのままあごに軽い一撃を浴びせ動きを奪う。そのまま相手の身体を支え、残る三人に向けて突き飛ばした。人の身体越しでは狙いが付けられず、背中からもたれかかって来た仲間を受け止める事になる。これで動きが奪われた。あと二人!


「てめぇ!」


 彼らが抜いたのは、軍用の銃剣。軍の物と同じなら、これもスチーム・アーツだ。ただし、短剣タイプのスチーム・アーツは使用回数に限度がある。サイズが小さく、水を入れるタンクが取り付けられる場所が限られるからだ。


軟化リキッド


 スチーム・アーツを武器にする場合、ひとつ気を付けねばならぬ事がある。魔法の発動を自動で行う為に、詠唱を敵の前で行う事である。つまり、今から使う魔法を互いに読み上げながら戦う事になる。手札を隠す事が難しい。

 目の前で使われたのは、【軟化】の魔法。物質を液状に変形させる術式だ。刺客は短剣を振り上げ、振り下ろす。刀身がしなり、鞭のように伸びた。液体の刃だ。

 だが、スーファのステッキに装填した魔法薬は、まだまだ余裕がある。


硬化ソリッド


 相対する魔法をチョイスしたのは意趣返しではなく、それが有効だからだ。スーファはステッキで鉄の鞭をからめとると、発動した【硬化】の魔法でそれを固めてしまう。身を乗り出し、武器を奪われた男を殴り飛ばした。

 残る一人は簡単。ステッキを手放し、空中に浮遊させ、懐から銃を抜いた。まだ弾は一発残っている。


「さあ、全部片づけた。服着たまま水泳したくないなら、こちらの言う場所に向かって」


 操縦者の後頭部に拳銃を押し付けてやると、彼は小さく悲鳴を上げた。実は、弾倉は空であるが。


「あ、あんた何なんだ!?」


 待ってましたとばかり、スーファは胸を張る。これだよこれ。こう言うのが良いのである。ここのところおざなりにしてしまっていた。いくら楽しくても、本業あっての趣味・・である。

 自分は――。


「私はスーファ・シャリエール。探偵よ」

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