第55話「策謀の教団 Legitimate Conspiracy」
”最近変な子供たちを見るんだよ。プラカード抱えて、何か叫んでる。なんか目を引くよね。別に害はないから良いんだけどさ”
ランカスター市民の日記
Sterling:ユリア・リスナール
エラト広場の喧騒を見て思う。芸術だ演芸だの、いつもの大騒ぎは醜悪の一言だが、今日のは
目の前には福祉団体『
ユリアに言わせれば、食事に喜びを求めるようでは聖地転生にほど遠い。人間は
大人は入信して修行するしかないが、子供の味覚はまだ発達していない。わざわざ贅沢を覚えさせることは無いではないか。
「いかがでしょう。Moralの慈善活動は」
問いかける顔こそ微笑だが、ほんのわずか、声色に優越感が宿ったのをユリアは見逃さなかった。自分を小娘と侮ってくる相手はごまんといるがら、自然とそれが感じ取れるようになった。別に何とも思わない。かわいそうな人と思うだけだ。
自分は創世皇の加護を受けている。それがない人は努力するしかない。だが彼女のような人は努力しないので、残念ながら差は開くばかりだ。
「とても素晴らしいですわ。創世皇は貧しき人々を決して差別しません。正しい生き方をすれば、必ず創世王は私たちを聖地に
ユリアは清貧教の教えをそらんじただけだったが、ニトーは不満そうに口を尖らせた。
「それはクソオスもでしょうか?」
「クソオス」なる表現はきれいではない。聖上にお願いして禁じてもらうべきだろうか。そんな事を考える。
「創世皇は、悔い改めた者には救いを下さいます。たとえ清貧教の教えを冒涜し、欲望のままに行動した人であっても」
「しかし、クソオスは長い間ずっと女性を縛りつけてきました。やつらを社会から切り離して、女だけの街を作るべきです」
女だけの街?
ローラン王国には、清貧教徒だけの街も存在するが、女性だけを切り取ってどうするのだろう? その人が欲望を切り捨てた人間であることが重要で、それ以外に何か必要なのだろうか。
「確かに、人は罪を犯します。しかしそれはその人自身の責任ではありません。人を惑わせる存在があるのです。例えばあなたの言う『くそおす』になってしまうのは、性犯罪を誘発するような本や映像のせいでしょう。清貧教はこれを禁じています」
先ほどの不機嫌はどこえやら、我が意得たりとニトーが頷く。
「閣下、心、洗われました。死すまで、お側を離れません」
調子のいい人だ。今頃頭の中では、ユリアの事をどう利用してやろうか必死なのだろう。
炊き出しの列で騒ぎが起こる。スタッフに文句をつける男性と、大泣きする子供。何事だろうか?
「ああ、たまにいるのですよ。価値観をアップデートできていないクソオスがね」
「勘違い、ですか?」
「今回のイベントは母子家庭オンリーです。勘違いした父子家庭の子供が紛れ込んでくるのですよ。厚かましいことに」
「しかし、父子家庭も救済が必要なのでは?」
常識的な質問だったはずだが、ニトーは鼻で嗤った。
「父子家庭などと。クソオスの子供は成長すればクソオスになります」
よくわからないが、ユリアは確信する。この人には救済が必要だ。事が成ったら彼女の活動も、自分が導いてあげるべきだと。
「ところで、資金の方は十分ですか?」
話が核心に迫ったことで、さすがのニトーも顔を引き締めた。
「はい、現状では問題ありませんが、規模を拡大するなら追加投入は必要です」
ニトーはブリーフケースから書類を取り出し、ユリアに差し出す。それは上映予定の演劇を一覧表にしたものだった。受け取ったユリアは顔をしかめる。
「王立銃士隊を題材にした冒険活劇? 共和国ではこんなものまで公開されているのですか?」
王立銃士隊。彼女の祖国にして隣国ローランで、革命に最後まで抵抗した近衛部隊である。統一された青い軍服に魅力を感じるのか、内外で人気があった。
ユリアは彼らの心を導くことが出来ず、ほとんどの者を聖地に送り出す事が出来なかった。彼らが
しかし悔い改めてもいない背教者を礼賛するのは感心しなかった。
ユリアは万年筆を取り出し、ブリーフケースを下敷き代わりにリストを確認して行く。そして半分以上にバツを付けた。
「しかし、何故最初の
彼女はそれに答えず、唇に人差し指を当てて見せた。
「ふふふ、色々あるのですよ」
まあ、ニトーにしてみれば『放浪少女と陽気な王様』は比較的穏当なものだろう。だが、
「ところで、スーファ・シャリエールとかいう名誉男性ですが、あの小娘が本当に脅威なのですか?」
切り替わった話題は、目下の懸案事項だった。自然と声のトーンが下がる。
「ええ、彼女は有能ですよ」
ニトーは納得しかねる様子。無理もない。海外にいたニトーは、彼女の
「今のうちにアップデートさせましょうか?」
この場合のアップデートとは、「排除」と言う意味らしい。それならばそう言えばいいのにと思う。
「止めておきましょう。成功はしないでしょうし、したとして諦める人ではありません」
ニトーが怪訝そうに見つめてくる。だが、ユリアの見立てでは、彼女はそこまで警戒するべき相手なのだ。
「まあ、私に任せておいてください。彼女は、私が導きます」
そこまで断言すると、ニトーは大げさに指を組んで見せた。
「なんてすばらしいお方、まるでフェミニズムの精神が形になったようです!」
ユリアは彼女らしくなく、失笑しかけた。ニトーがそのようなことを微塵も思っていないことが丸分かりだったからだ。自分とて彼女の奇妙な思考に迎合する気はないが。
ユリアは微笑を浮かべつつ、この話題を打ち切った。
「それよりも、軍施設への抗議活動は?」
いきなり物騒な話題になったが、ユリアは、そしてニトーも気にも留めない。こそこそとやるからバレるのだ。バレたところで、彼女たちがやっているのは合法的な政治活動であるし。
「はい。支援者の中から87名の女性と子供が志願してくれています」
予想以上に良い結果だったので、ユリアは満足激頷く。
「まずまずですね。クォーツさんに話を通しておきましょう」
彼女たちが創世皇に行った奉仕は、Moralへの寄付として報いることになる。金銭を目当てに活動するなど下品な行為だが、聖上は、教義を守るためには柔軟にならなければならない時もあると言う。ニトーの言葉ではないが、心表れる思いだ。
「もし、スーファ・シャリエールが仕掛けてきたら、必ず私に相談を。勝手に動いてはなりません」
「はい、分かっております」
ニトーも異存なしと言った邸で頷く。ニトーの狂信ぶりに不安はあるが、とりあえず仕掛けは整った。
あとは、餌のついた糸を手繰り寄せるだけである。
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