第54話「ライバル ~怪盗と探偵~」
”少女「ねえ、王様。王様は優しい人なのに、どうして閉じ込められちゃったの?」
王様「私はね。ハンサムだけど優しい人では無いんだよ」
王様、どこか遠くを見つめる。
王様「私はね、知ろうとしなかったんだ。ただ優しくすれば、みんな感謝してくれると勘違いしていたんだ」
少女「優しくするのは悪い事なの?」
王様「とても良い事だね。でも、優しくし過ぎるのは悪い事なんだ。だから私は、国を失った」”
スーファ・シャリエール著『放浪少女と陽気な王様』の
Starring:ユウキ・ナツメ
探偵事務所からの階段を下りてきたスーファ・シャリエールは、露骨に嫌そうな顔をした。
「やあ、美しいお嬢さん。随分と早かったね」
彼女はぶすっとした顔で、皮肉を返してきた。
「あなたの嫌味にしてはキレがないわね」
ユウキは肩をすくめる。彼女をからかいたくて嫌味に聞こえるような物言いはしたが、その実嫌味でも何でもなかった。
「いや、これは本心だよ。才能を開花させる前に、嫌な目に遭って筆を折る人も少なくないからね。実ははかなり心配してた」
彼女はふーんと目を細めて、値踏みするようにユウキを見る。
「あなたの事だから、『どうだい? 僕の言ったとおりになっただろう』くらいは言うと思った」
素直に答えるべきだと思ったのだが、また悪戯心を起こしてしまう。回答の代わりに質問で返してみた。
「へぇ、どうしてそう思うんだい?」
スーファの仏頂面がますます強まる。当然であるが。それでも彼女は正直に話してくれた。
「私が初めて知った事。作る事とそれを奪われる事」
そこまで自覚しているなら、腹を割って話せると思った。彼女とやり合うのは楽しいが、自分達は大事なところで相容れなかった。それはこれからも変わらないだろう。しかし、敵であっても理解し合う事は出来る。
「『どうだい?』なんて言えないよ。ちょっと前までの僕も同じだったから。表現すると言う事は、生まれ持って保証された権利だと思ってた。何も特別な行為じゃないってね」
あの日全て失うまでは、確かにそう思っていたのだ。
「あなた一体、
これは答えるわけにはいかない。彼女が真実にたどり着いた時。それは本当に決着をつける時だ。そしてそれは、今ではない。
「旧ローラン王国時代の僕らについては、調べてみたんだろう?」
スーファは眉にしわを寄せ、頷く。どうやら相当苦戦しているようだ。
「革命政府の情報はガードが固いのよ。
おっと、微妙に負け惜しみが入った。負けず嫌いの彼女らしい。まあ、共和国内で調べるのはそれなりに大変だろう。事情を知る者は口をつぐんでいるし、メディアや政治家の多くは亡命政権の味方だ。
「まあ、頑張ってみてよ。僕らが一方的に情報を渡しても、君は信じないだろ?」
「それは、そうだけど」
考え込むスーファを見て、内心でほくそ笑む。
「ライバルとして忠告するけど、君には事実を知って欲しい。でも宗旨替えなんてされちゃ困るんだよね。君は君でいてくれなきゃ、決着をつける価値がない」
実のところ、ユウキ・ナツメはスーファ・シャリエールの「真っ当さ」を羨んでいた。嫉妬を感じていると言ってもいい。公然と法を冒す怪盗と、イリーガルな一線を行ったり来たりしつつ、堂々たる態度で正道を行こうとする探偵。その立場が二人の人間性そのものだった。
それが作品にも表れた。あの真っすぐな感性は、彼女だけのものだ。かつては自分も、
「今ので少しだけ、あなたが分かった。ユウキ・ナツメはただ偽装でそんなふざけた態度をとっているわけでは無い。何かそうせねばならない事情、いえ情動がある。あなたは……」
やはりそこに切り込んできた。まあ、それは彼女と関わっていればすぐにバレる話だ。だがこのまま心中に踏み込ませても面白くない。ユウキは彼女の言葉を遮って、封筒を差し出した。
「アナベラ・ニトーの経歴と彼女の団体『
スーファは、渋々と言った体で受け取る。情報と言っても、彼女なら一日で調べられるものだろう。それでも手間を省く程度には役に立つ。
「やっぱり、あなた達のターゲットは『Moral』ね?」
うん、半分正解だ。ここでわざわざ言及することはしないが。
「ノーコメント。僕らは僕らの作戦で忙しいから、そっちは君がやってくれると助かる」
「ふーん、使えるものは親でも使えってわけね?」
彼女は封筒から資料を取り出し、ある一点を凝視する。
「動いてるお金が福祉団体の規模じゃないわ」
「そうだね。後は調べれば色々出て来るんじゃないかな? ガチの殺し屋とか雇ってたらシャレにならないから、十分気を付けてね」
冗談めかして言ったが、それが大げさなほら話ではないと理解してくれたようだ。資料を読み込む彼女の頭には、今後の手筈が組み立てられつつあるのだろう。
「ま、フィフティ・フィフティということで」
ユウキは話題を切り上げる。これ以上突っ込んだら、腹の中を探られるだろう。ところが、彼女はユウキの言葉を流さなかった。
「フィフティ・フィフティになってないわ。私もあなたが知りたい事をひとつ、調べてきてあげる」
「
茶化すように言うが、内心ではガッツポーズしている。実はどう話を持っていくかずっと考えていたのである。これから彼女が話す事が、
「じゃあ、ひとつだけ。原作者の君なら、改悪された『放浪少女と陽気な王様』をどんな風に再修正する?」
「は? 何でそんな話が?」
案の定怪訝そうな顔をしているが、この状態の彼女を誘導するのは簡単だ。
「おやぁ? 前言を覆すのかい? 実は考えても思いつかなかったのか?」
スーファはむっとした様子。勿論こちらが挑発しているのは分かっている。分かっているが、ユウキが自分の興味で聞いたのか、何か裏があるのか判断できないのだろう。真実は両方だが。
結局、後者は考え過ぎと判断したようだ。
「そんなんじゃないわ。話せばいいんでしょ?」
こうして、ブレイブ・ラビッツは作戦のキモを手に入れる。スーファのずば抜けた構想を聞いたユウキが、内心で歯ぎしりして悔しがった事が代償だったが。
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