第89話 出迎えた兄夫婦に人馬二組のめでたき儀を告げる
八月十一日酉の刻。
知恵の兄夫婦の屋敷に帰り着いた二組は、兄・武光と義姉・茜の大歓迎を受けた。
「んまあ、よくぞ無事にお帰りで、ほっと安堵いたしました。それにいたしましてもなんだかおふたりとも急に大人びたような……」知恵を見、欣之助を見して茜が目を細めれば「積もる話はあとにして、まずは旅の疲れを解くがよい」武光も満足気だ。
女中に足濯ぎの用意を命じた茜は、あらためて鉄扇と霧笛の二頭を見やる。
「はて、この子らまで大人びて見えますが……旅先で何事か起こりました?」
「義姉上さまはさすがにお目が高くていらっしゃいまする。じつはですねえ、高遠に到着する手前の森で、あの、その、いささかの成り行きが……」恥ずかしそうな知恵にすべてを言わせず、茜の
「あ、やっぱり?! ひと目で分かりました、鉄扇のお腹がやさしげに弛んでおり、乳首がうっすらと色づいておる状況がね。いやあ、でかしましたね~、知恵どの~」
――まことに面目至極もござりませぬ。(´ω`*)
小声で呟きながら頭を掻いたのは欣之助だった。
「あら、なにゆえに欣之助どのがあやまられるのでしょう。腹ぼての下手人は霧笛でありましょうに。ははあん、もうひとつ別のお心当たりがおありになるのですね?」
図星な指摘に、欣之助は見る見る首まで朱く染める。
「なに?! 約束どおり知恵の侍衛役を最後まで全うしてくれたろうな? 欣之助」
馬術では頭の上がらぬ兄弟子に語気鋭く糾弾された欣之助はぐうの音も出ぬ様子。
慌てて知恵が取り成そうとするところを、例によって茜が助け船を出してくれた。
「まあ、あなた、よろしいではございませぬか。想い想われた殿方と女子とが、月に引かれて満ちる潮の如くに、成るように成った、それだけの仕儀でございますから」
「そなたはまたさような戯言を申しおって。いったい全体、どっちの味方なのじゃ」
かっとばかりに目玉をひん剥いた武光は、駄々っ子の如くに地団駄を踏み鳴らす。
「もちろん、あなたの全面的なお味方でございますよ。なにせ、ほら、わたくしは、人もうらやむ恋妻でございますからね、ほほほほ」茜は軽く
武骨で生真面目な兄と、天女の如く拘泥のない義姉と……似合いの好一対である。
*
「なれど、此奴に知恵が手籠めにされたと思うと、居ても立ってもおられぬのじゃ」
「あらまあ、さようでございますか。でも、本音ではかくなる状況を待ち望んでいらしたのでございましょう、欣之助どのを知恵どのの護衛にお付けになったときから」
たとえ怒っているときでも茶目っ気が潜む、愛くるしい茜の目に睨まれた武光は、
「馬鹿も休み休み申せ。むざむざ大事な妹を贄に供する兄が何処の娑婆におろうか」
道端で喚き立てる腕白坊主の如くに吠え立てたが、ひょいっと体を
「あらまあ。ならば、わたくしも、あなたさまの贄だったのでござりましょうか?」
赤くなったり青くなったりの夫をよそに茜は知恵と欣之助を玄関に導いてくれた。
早くに二親を亡くした知恵にとり、兄夫婦の屋敷はまさに実家そのものに当たる。
主婦の心配りが隅々まで行き届いた清潔な屋敷は、身内ならではの心弛びの情調に満ちており、かすかに焚きこめた香が、緊迫の長旅に疲れた心身を労わってくれた。
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