第66話 元奥女中に出羽山形の仕置きを訊く




 同日未の刻。

 隠居侍のもとを辞した知恵と欣之助は、元奥女中だった老婆のもとに向かった。


 隠居侍の肥後守語りは話半ばで力尽きたが(笑)、寛永十五年六月には、出羽山形の采配時代で最大の事件となった隣国の百姓一揆が勃発し、慎重な肥後守には珍しく厳密な取り調べも行わぬまま首謀者を処刑している。奈辺の内輪話を聞きたかった。




      *




 肌の色はあくまで浅黒く、脂気の類いはさらになく、刈り倒された枯れ木に無理に小袖をまとわせたように色気のない老婆は、人里離れた茅屋のひとり住まいだった。



 ――夜陰に紛れて、光源氏が忍んで来そうな……。(*´ω`*)



 入り口でふと思いかけた知恵は、老婆に会ったとたんに「ないない」と否定した。

 紫の上から六条御息所まで幅広い色好みの光源氏もさすがに手を出せまい。(笑)


 床の間の枯淡な渋みの山水軸。

 年季の入っている紫檀の文机。

 ぷっと膨らむ桔梗の一輪挿し。


 趣味のいい調度類を眺めつつ無礼な想像をめぐらせていると「いわゆる白岩しらいわ一揆への肥後守さまのお仕置きは如何様であられましたか?」欣之助が先んじてくれた。


 前置きなしの質問にむっとした老婆は、険のある目で、じろっと欣之助を睨んだ。突然の訪問を警戒してはいるものの、さりとて門前払いを食わせる気もないらしい。隠棲して久しい身を、見知らぬ若者に頼りにしてもらうのがうれしいのかも知れぬ。


「さように性急な物言い……。物事には順序というものがござりますわい、のう?」

 いきなり振られた。色惚けの高遠の老女と逆に、殿方ぎらいの性質であるらしい。


「あ、はい。わが夫は根がせっかちなものですから、まことに申し訳ございません」

欣之助に代わって詫びると、老婆はたちまち機嫌を直し、知恵のほうに膝を向ける。


「まずは、彼の一件の主役の話から、ゆるゆると語るとしようかいのう。いやいや、肥後守さまにはあらず、長門守(酒井忠重)さまじゃよ、白岩一揆譚の主人公はな」


「さようでございましたね。では、ぜひその糸口からの解説をお願い申し上げます」

 礼を尽くす知恵に、老婆は一も二もなく相好をくずした。

 ぽっかり空いた歯のない口が、雪洞ぼんぼりの如くに明るんだ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る