第61話 飛鳥時代より培われた忍術と御家騒動
八月八日申の刻。
知恵と欣之助は出羽山形に到着した。
付近一帯は外様の最上家の領地(五十七万石)だったが、御家騒動の頻発を理由に十三代源五郎義俊が改易となり、近江大森領(一万石)に転封後、諸領に分裂した。
その内のひとつである山形領(二十万石)には、譜代の重臣として信頼の篤い鳥居左京亮忠政が磐城平領(十二万石)から加増入封した。左京亮は中央を脅かす陸奥の押さえとしての期待によく応えたが、後継の伊賀守忠恒が「末期養子の禁令」に触れたため改易となる。その後に送りこまれたのが、公方さまの異腹弟・肥後守だった。
――何やら、まやかしの匂いがせぬでもないようじゃ。
忍の兄の感化を受けた知恵は、一連の流れをさように見ていた。
初代・東照大権現をはじめ二代目・台徳院、三代目・大猷院……歴代の御公儀は、隙を見ては外様潰しを図って来られた。当然、知恵の仲間の草の者が暗躍したはず。
*
この一件に限らず、全国各地の大名家で頻発する御家騒動にも、遠く飛鳥時代より培われて来たあらゆる忍術の技が縦横に駆使されたであろうことは想像に難くない。
人間本来の本能的な弱点として、たれしも逃れる術を持たぬ「喜、怒、哀、楽、恐怖」の感覚の妙を突き、敵、さらには味方まで意のままに操る
足音、呼吸音、匂いを消す
忍び歩き、犬走り。
鶯張りの床や草叢での
城壁や塀を
屋根を伝って逃げる
野で寝る
祝言明け、病後、遊興後、風雨後など、眠りが深くなる夜を狙う入虚の術。
虚無僧、出家、山伏、商人、
視力を高める
聴力を高める
記憶力を高める
姿を隠す観音隠れ、
夜間に動くときの闇夜の習い。
究極は魔除に唱える九字護身法(臨、兵、闘、者、開、陣、烈、在、前)である。
*
諸先輩方が命懸けで積み上げて来た忍術の尊さに、知恵は自ずから頭を下げる。
たとえ御公儀の外様潰しや大名間や君臣間の悪行に利用されたとしても、人間本来の美質や欠点を見極めた算術としての忍術の尊さに、いささかの揺るぎもないはず。
落ち着いたら、欣之助どのとも、忍の世界について、じっくり話し合うてみたい。
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