第四章 出羽山形に於ける采配
第59話 北國往還を鯨海へ、海風に疾走する人馬
知恵と欣之助、鉄扇と霧笛or知恵と鉄扇、欣之助と霧笛の括りにすべきだろうか。
いずれにしても、相性のいい二対の次なる探索地は、大猷院(家光)さまの格別のご厚誼を得た肥後守さまが、高遠三万石から転封された出羽山形二十万石だった。
杖突街道を往路とは逆にたどり、甲州街道の金沢宿にもどった二対は諏訪湖を見ながら北上し、北國西往還を
牛に曳かれた老婆の逸話で有名な善光寺からは、北國往還を
「まあ、すごい! ねえ、ご覧なされまし。あんな高所に海が光っておりまする」
「やや。狐狸にでも化かされたような」初めて見る鯨海に欣之助も興奮を隠さぬ。
*
高田に着くと、今度こそ、どかんとばかりに大海が開けた。
凄味を帯びた
「やはり海は広うございますね。どこまでも果てなく……」
知恵が小娘の感懐を漏らすと、
「当たり前でござる。海に限りがあれば、海ではござらぬ」
欣之助が偉そうにたしなめる。
「もう、欣之助どのったら。一緒に感激してくださってもよいではござりませぬか」
鬼灯提灯の如く頬を膨らませてみせながら、知恵は軽口の会話が楽しくてならぬ。
――この方となら、さして退屈せずにやっていけそうじゃ。( ^)o(^ )
自分の飽きっぽい性分(人間、それも殿方に限ってであって、女子同士や動植物には当てはまらぬ(笑))をよく承知している知恵は、この先に連綿とつづくであろう平凡で穏やかな夫婦生活を思い描いて楽しんでいたが、心地よい潮風に吹かれながら柏崎、出雲崎と
*
せっかく駿馬に乗りながら、かように温和しい
長の旅路を慮れば、さすがに
――鉄扇、走るよ。はっ!!
無言の気合いを入れると、両足の踵で発進の合図を送る。
よいか、知恵。馬上のわが身を弥次郎兵衛に置き換えるのじゃぞ。乗りこなそうと力んではならぬ。
乗馬の師匠でもある兄・菊地武光の教えが、一言残さず、鮮明に思い起こされる。
面白いように速度が上がり、海からの追い風に乗った人馬は一体になって走った。
「おおい、待て~。待てったら待て~!!」はるか後方から欣之助が追って来るが、むろん、待ってなどやるものか。口悔しかったら追い付いてご覧なされまし。競争のお相手、喜んで仕りましょう。負けじ魂の塊と化した知恵は、いっそう鉄扇を煽る。
勝ちたい一心で、いつしか
――わたくしは馬が好き。鉄扇が大好き! 何処までもこの子と駆けて行きたい。
雄叫びの如き凱歌を叫んだとき、ようやく追い付いた欣之助と霧笛が横に並んだ。
「無茶をしてはなりませぬ、知恵どの。鉄扇が怪我でもしたら万事休すでござるぞ」
欣之助の心からの助言を、勝気な知恵は男の負け惜しみと受け留めた。
「大丈夫でございますよ、鉄扇はわたくしに似てさように柔な馬ではございませぬ。いらぬご心配はご無用。わたくしの馬のことは、わたくしにお任せくださいませ」
問答無用とばかりに決め付けると、勝ち誇った気分で欣之助と霧笛を見やった。
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