第42話 欣之助をどんどん好きになる知恵





 鉄扇の背で夢想に耽る知恵は、心なし熱を持ち始めた目蓋の裏を少年から青年へ、一国一城の領主を経て中央政治の補佐役へと、出世魚の如く大躍進を遂げる肥後守の姿が、幼い頃に見た覗き絡繰りのように鮮やかに通り過ぎて行くのを見詰めていた。


 ふと気付けば、いつの間にか歩行の順序がはっきりしなくなって来ている。

 探索旅の出立時には断固として知恵と鉄扇組が先頭に立っていたが、しだいに曖昧になり、いまでは、欣之助と霧笛組の、文字どおり後塵を拝する状況も珍しくない。


「旅の棟梁はわたくしですから!」と大見栄をきったのはつい先頃だったが、まあ、いいか。それにしても、錐の如く尖がっていた自分はいったい何処へ行ったのやら。欣之助に対しては、何処までも寛容になりきれる己が、知恵には不可思議でならぬ。


 ちらりとかたわらを見やれば、分厚い胸と背中、たくましく盛り上がった二の腕の筋肉を小紋の小袖越しに脈打たせている欣之助は、しごく当たり前といった表情で、知恵の先に出てみたり、うしろに下がってみたり、至って気ままな歩を進めていた。


 どちらかと言えば、わたくしは殿方の二皮目が好きであったが、欣之助どのを得たいまは、切れ長の眸の奥に得も言えぬ艶を秘めた一皮目のほうが愛しゅうてならぬ。


 かく言う知恵自身は、一見一皮だが、よく見れば二皮、いわゆる奥二皮目だった。

 お城勤めの折りに付け文をくれた侍衆には「色っぽい目蓋が薄赤く染まったところなど堪りませぬ」などと悩ましげな吐息を吐かれたものだったが、それとて今は昔。



 ――わたくしは、欣之助どののもの。

   鉄扇は霧笛のもの。(。・ω・。)ノ♡



 田舎ぶりの大福餅の如く弛みがちな頬を押し留める術とて見つからぬ。他愛もない女子の自分に呆れ果てるもうひとりの自分を、知恵は照れくさげに横に押しやった。


 思い返せば笹子峠での口論も、義は義、不義は不義として位置づけ、なおかつ情を交わした知恵には全き共感を求めずにおられぬ誠実さを示しているように思われる。




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