第33話 老庄屋は男尊女卑(笑)
顔が映るほど磨きこまれた廊下を辿った最奥の座敷に老庄屋が端然と座していた。
「遠路よくまいられましたな。信松尼さまのご事績をお訪ねくださったとか。年古るごとに忘れられてゆく昨今を嘆いておった拙者どもとしてはまことにありがたき仕儀にござる」気さくに声をかけてくれた老庄屋は、言葉づかいも武士そのものだった。
「初見の身をお屋敷にお招きいただきまして、厚く御礼申し上げます」
知恵も丁重に返答してから、遅ればせながら自己紹介を行う。
「わたくしは、肥後守さまにお仕えする知恵と申す女中、こちらは
果たして、柔和な二皮目と鷲の如き眼光とを併せ持つ老庄屋は、些末にこだわらぬ性質と見え「ふむ。で、何を知りたいのじゃな、お若いの」端的に突っこんで来た。
「信松尼さまの許で、幼年期のわが主君は、如何様にお過ごしになられたのか……」
率直に答えようとする知恵を、意外にも老庄屋は皺ばんだ手で
「彼岸に片足を掛けた老いぼれ爺さの独り言と聞き流してくれてもよいのじゃがな。お女中衆よ、かような場合は、男を立てておくほうが、四方八方の見栄えがよろしいものじゃ。何事も、見苦しいよりは美しいほうがええ。な、さようには思われぬか」
老いた目で近々と覗きこまれて、知恵は迂闊にもうろたえた。
赤の他人からかように率直な提言を受けるのは初めてである。
思わず言葉に詰まると、かたわらから欣之助が自虐ネタの助け船を出してくれた。
「拙者が
「ほら、
「なるほど。ありそうな話じゃわな。で、一朝一夕に出来上がった訳ではなさそうなご名君の、そもそもの成り初めを探り、お国へもどってご仕官のお役に立てたいと、かような次第か。たしかめるまでもないが、上役の指示を得ての探索であろうの?」
問いかける老庄屋の双眸は、いまや知恵を無視し、欣之助ひとりに注がれている。
――あちゃあ、とことん嫌われてしもうたわい。
「もちろんでございます。すべては主君の、強いては御家の御為にござりまする」
欣之助がきっぱりと答えると、納得した老庄屋は、ゆるゆると昔語りを始めた。
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