第31話 何者かにおそわれる一行




 とそのとき、二組の人馬の背後から、黒いつぶてがいくつか空をきって飛んで来た。

 知恵が苦無くないで応戦するより早く、欣之助の腰の物が傾き始めた西日に煌めく。


 たれの差し金か風車型の平型手裏剣が二頭の馬の脚を狙い矢継ぎ早に飛んで来る。そのうちの数個が両馬の四肢を掠めると、恐怖に目を引きつらせた鉄扇と霧笛は、



 ――ひひーん! 


 ――んぎゅー! 



 甲高くいななきながら、二本のうしろ足で竿立さおだちになった。驚愕のあまりわれを失い、奔馬ほんばになって猛り狂ったりすれば、倒れて瀕死の怪我を負うやも知れぬ。手練れの馬術師を任ずる知恵にも欣之助にも手に負えなくなる状況は必定だった。



 ――こちらは引き受けた。知恵どのは馬たちを頼む! 



 欣之助の阿吽の呼吸を察知した知恵は、ぐいとばかりに二本の手綱を引き寄せる。両肩にふたつの長い顔を担ぎ、羽織の袖で両馬の外側の目を塞ぐ。頭部の側面に位置する馬の目の瞳孔は横長に開くので、周囲の全景を見渡せる構造になっている。それだけに襲いかかって来る敵への憂虞ゆうぐの度は、人間の比ではないと教わっていた。


 外側を塞ぎ、内側の目で互いを確認し合えるようにしてやり、「大丈夫、大丈夫。心配はいらないよ。会津で一、二を争う柳生流の剣術遣いの欣之助どのが必ずおまえたちを守ってくれるから、すっかり安心しておるがよい」穏やかに話しかけてやる。


 果たして効果は抜群で、安全だと信じていた巣穴を鉄砲水におそわれた穴熊の如く興奮し、大混乱に陥っていた鉄扇と霧笛は、しだいに落ち着きを取りもどし始めた。




      *




 ふっと気づくと静寂がもどっていた。

 欣之助が清潔そうな歯を見せている。


「欣之助どの! お怪我は?」

 急流の如き絶叫をほとばしらせた知恵だが、安堵のあまりあとの言葉がつづかぬ。


「なあに、かような小童こわっぱ、拙者の敵ではござらぬわ。百人でもお引き受けいたす」

 わるびれもせず告げる欣之助の言辞がいまの知恵の耳には極めて頼もしく響いた。



 ――もし、あの……。



 遠慮がちな男声に振り向くと、小ざっぱりした身なりの百姓が立っている。歳の頃にして三十路半ば。小柄ながら弛まぬ鍛練がうかがわれる筋肉質の肢体をしている。


「先刻からご様子を拝見しておりましたが、信松庵に御用でいらっしゃいますか」

 百姓とは思えぬ丁重な物言いに、知恵は、ぴんと来た。欣之助も同様と見える。


「わたくしたちは保科肥後守さまのお屋敷から派遣されてまいりました。さる一件に関連して、昔の由縁を少しばかり調べております。いえ、信松尼さまのご事績を貶めようとか、悪辣な謀略を働こうとか、さようなつもりはいっさいござりませぬ……」


 知恵がありったけの心を込めて訪問の目的を告げると、黙って聞いていた百姓は、

「相承知仕りました。敢えてご事情は伺いませぬが、ただいまの重々しい仰せからしてどなたかの命運を決するが如き重要な案件絡みのご探索とご拝察を申し上げます。では、どうぞこちらへ」慇懃に告げた百姓は、すたすたと先に立って歩き出した。





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