第19話 殿さまは奥方さまに悋気
於万ノ方さまの語り口は奇妙なほど落ち着いておられた。
「わたくしが席を外しているあいだに姉妹の席次を入れ替えられたのは、松姫どのへのというよりも、加賀百万石への、すなわち公方さまへのご配意にございましょう」
図星だったと見え、肥後守は、かっとばかりに憤激する。「よくぞ申してくれた。おのれの罪を隠蔽せんとて巧みに話題の転化を図ろうとする図は、自ら尻尾を出した女狐そのもの。もはやいっさいの抗弁は無用じゃ。者ども、この者を引っ立てい!」
屈強な近習が駆け寄り、於万ノ方さまをうしろ手に縛りあげる。
奥方さま付きの老女が「あれえ、ひいっ!」と床に突っ伏せる。
たったこれだけの、ご詮議とも言えぬご詮議で、長年、苦楽を共にされてきた奥方さまを、世にも恐ろしい毒殺事件の下手人と決めつけてしまわれるとは信じがたい。ご夫妻の積年の捩じれへの、殿さまの意趣返しか……。知恵はぶるっと身震いした。
手荒く引き立てられてゆく奥方さまは、早逝されたお子さま方や、媛姫さまを別にしても、四男・正経さま(十二歳)、五女・石姫さま(十0歳)、五男・正純さま(六歳)と、育ち盛りのお子さまを三人も抱えておいでの母君さまでもあられる。
殿さまが決めつけられたように、たとえ側室腹を快く思われぬにしても、ただちに発覚するような愚弄を働かれるだろうか。母親の心情として、まったく納得できぬ。
*
知恵が存じ上げている於万ノ方さまは、決して邪悪な魂の持ち主ではなかった。
それどころか、むしろ弱き者の味方であり、悩める者の相談相手でもあられた。
殿さまの機嫌を損ねて
そのうえ、無上の動物好きでいらして、屋敷内に飼われているたくさんの犬や猫、兎、鶏、亀にも、われ先に於万ノ方さまに身体を擦りつけたがるほど慕われている。
――正直、殿さまより人気がおありになるくらいじゃわ。
内心で言い放った知恵は、ふとある事柄に思い当たった。
――まさかとは思うが……悋気か?! :;(∩´﹏`∩);:
沽券にこだわる男の嫉妬は、女より陰湿だと聞いている。
――奥方さまの人望は殿さまの癪の種だったやも知れぬ。
暗澹たる思いで伏せた目の端を、とりわけ若さを強調する朝顔柄の絽がよぎった。
家老の口利きで側室として江戸屋敷に迎えられたばかりの於縫ノ方が、まなじりが吊り上がった細い目を
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